勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

迷宮戦


「うぉお、いきなり変わったな」

 まるで何処かの実験施設にありそうな場所だ。全体がメタリックな材質に覆われている。
 とても迷宮の中とは思えない造りだ。壁や床から白い粒子が飛び出し魔物の形を象っていく。
 一つはケンタウロスにまた一つはミノタウロスにそして一つはグリフォンだ。
 完全な形になった魔物たちは一斉に動き出す。

 ズドーンと音を立ててポチが飛び出し一瞬にして三体の魔物を片付ける。
 ケンタウロスは上半身と下半身が切断され、ミノタウロスは立派な二つの角を掴まれ、
 そのままハリケーンの様に回転し首を捩じり切られる。
 一番ひどい目にあったのはグリフォンだった。まずはその背中に乗られムシムシと羽を千切られ、
 ふさふさしている尻尾を掴まれ何度も振り回され壁や地面に叩きつけられる。
 ビクビクと痙攣して地面に倒れているグリフォンの毛を丁寧に抜いて行って最後の毛を毟った時には既に絶命していた。

「つまらないな」

「いや、随分と楽しんでなかったか?毛を毟ってるときのポチなんてすげえ無邪気な笑顔だったぞ?
 本当に、子供が玩具で遊んでいるみたいに無邪気だったぞ?」

「そうですね、とても楽しそうでしたよ」

「……行くぞ」

「あ、否定はしないのか」

 てっきり否定するのかと思っていたが、そんなことはなく先に進んでいってしまった。
 このような展開になることは読めてはいた。あっさりと一層をクリアし二層目に進む。
 一層目とは打って変わってそこは火山を模した階層になっていた。
 急な変化に体を壊しそうになるが、幸せなことに今の体には関係がない。

「確か次は……」

「ケルベロスの大群ですね」

「む、前に戦った奴か、あまり手応えがないやつだよな」

「「……」」

 恐らくだがスラまでも無言になったのは俺と同じことを思い浮かべていたからだろう。
 あの、俺とスラとヤミの三人で魔王城を目指し道中のデッゴス火山での戦闘だ。
 アレがこの世界で初めてケルベロス出会った日だ。そして同時に激戦を繰り広げた日だった。
 片腕を失い危うくヤミすらも失いそうになったあの戦闘の記憶……今の俺やスラだったら苦戦はしないがが、
 それでも手応えが無いと言われるのは少し胸を締め付けるものがある。

「一応言っておくが、最初に真ん中の頭を潰した方が倒しやすいからな」

「そんなもの関係ない」

 一層同様に壁や地面から粒子があふれ出て無数のケルベロスを象っていく。
 全てが現れる前にポチは動き出しており、一瞬にして無と化していく。
 そんな感じに暫くの間ポチの独擅場だった。三層目には即死トラップが設置されていたが、
 ポチはそんなのお構いなしに進み、見事に罠を踏み即死級の毒が塗ってある矢が飛んできた。
 だが、ポチにはそんなモノ当たるわけもなく、加護によって地面に落とされる。
 
 四層目に足を踏み入れた瞬間、体力が半分ほど持っていかれたが、直ぐに回復するため問題ない。
 スラは事前にこの階層の事を知っていた為ポーションを飲み回復をしていた。
 その先に待ち受けていたのが永久的に回復するハイオーク。普通ならば此処で物凄く苦戦するのだろうが、
 ポチには関係なかったようで、回復が間に合わない速さで分断していった。

 五層目は催眠トラップがあったが、俺とポチには魔法や加護の影響で効かず、
 スラは事前に準備していた為、効くことはなかった。
 六層目は五層目で倒れた仲間がゾンビとして襲ってくる為、誰も倒れなかった俺たちにはサービス階層となっていた。
 そんな感じで特に苦戦することなく次々とポチの力によって階層をクリアしていく。

・・・・・

「おぉ?おぉ!?良いね良いねぇ!最初はどういうつもりかと思ってたけどぉ、
 そういう事ねやっとわかったよぉ、これはボクぅも本気ださないとぉ!」

 迷宮の最下層で彼は心底楽しそうに言葉を紡ぐ。
 150cm程の男にしては小柄の身長には変わりは無いが、
 ボブカットで綺麗なエメラルド色の瞳、物凄く可愛い少女に見えるが、性格がひねくれて居る少年だ。
 迷宮を監視している彼は最初仲間のスラが謎の二人を連れて迷宮に入ってきたときは
 彼女が何をしたいのか理解できなかったが、監視を続けていく内に彼は理解してしまった。
 小さな少年が発する懐かしい魔力にその魂に。

「これぐらいなら倒してくれるよねぇ?」

 彼は次々と階層を攻略していく仲間たちに向けて新たな脅威となる存在を用意する。
 階層ごと書き換えそこに凶悪な魔物を配置する。
 3メートルほどの巨体の全身が鱗によって包まれている。外部からの攻撃から身を守る為か、
 全ての鱗は鋭いモノとなっており、外側に向かってその鋭利な先を突き付けている。
 偉く発達した日本の足がその巨体を支え、腕は丸太よりも太く手は巨大だ。
 爪は伸び切り刃物よりも鋭い見た目をしている。

 大きな背中からは巨大な真っ黒な翼が生えている。一見、鳥のようにも見えるが、
 それは違い、羽なんてものではない。禍々しく渦を巻いた闇が翼を象っている。
 胸の中心が盛り上がり、それはまるで心臓のように鼓動を打っている。
 血管の様なモノが赤い物体に纏わりつきそれも同様にドクドクとしている。
 
 百獣の王の様な鬣があるが、ライオンのようにふさふさとしてはいない。
 体同様鱗の様なモノで構成されており見るからに痛そうだ。
 眼は鋭いながらも力強く開かれておりその眼を向けられただけでも怯んでしまうだろう。
 巨大な口からは鋭利な牙がギラギラと姿をのぞかせている。

「さぁ、ソラくん……ボクぅをたのしませてくれよぉ!!」

 ソラを待ち焦がれた狂った精霊の王様が笑う。

 その異変が起きたのは丁度50層に達した時の事だった。
 今までとは比べ物にならない程の気配を持つ魔物の様な者が現れたのだ。
 3メートルほどの巨体。その全身が鱗によって包まれている。
 外部からの攻撃から身を守る為か全ての鱗は鋭いモノとなっており、外側に向かってその鋭利な先を突き付けている。
 偉く発達した日本の足がその巨体を支え、腕は丸太よりも太く手は巨大だ。
 爪は伸び切り刃物よりも鋭い見た目をしている。

 大きな背中からは巨大な真っ黒な翼が生えている。一見、鳥のようにも見えるがそれは違う。
 羽なんてものではない。禍々しく渦を巻いた闇が翼を象っている。
 胸の中心が盛り上がり、それはまるで心臓のように鼓動を打っている。
 血管の様なモノが赤い物体に纏わりつきそれも同様にドクドクとしている。
 
 百獣の王の様な鬣があるが、ライオンのようにふさふさとしてはいない。
 体同様鱗の様なモノで構成されており見るからに痛そうだ。
 眼は鋭いながらも力強く開かれておりその眼を向けられただけでも怯んでしまうだろう。
 巨大な口からは鋭利な牙がギラギラと姿をのぞかせている。

 見たこともない存在を前に少し怯んでしまう。今までは全てポチに任せていたが今回ばかりはそうはいかなそうだ。
 構えを取り、ポチに注意を促す。
 だが、時既に遅く、強敵を前にしたポチは止まることを知らない。
 今まで以上の敵意を向けて何の考えもなしに我武者羅に突っ込んでいく。

「ポチ気を付け――っ!」

 ポチの攻撃は魔物の不可思議な行動によって避けられてしまった。
 全身が半透明のフィルムの様なモノが包まれ攻撃の軌道を逸らされてしまった。
 そして、魔物は巨大な体とは裏腹に素早い動きで反撃を開始する。
 これまで一度も攻撃を喰らった事が無かったポチが、いとも簡単に魔物の拳によって吹き飛ばされる。
 俺の真横を弾丸のように通り過ぎていく。

「ポチさん、大丈夫ですか!?」

 決してこの程度で傷を負うポチではないが、スラは心配して壁に減り込んでいるポチに向かって行く。
 
「問題ない……それにしても今のは何だ?」

 傷一つ負っていないポチがスラに差し出された手を掴み壁から抜け出す。
 てっきり鼻で笑って差し出された手を無視すること思ったが、
 しっかりとその手を掴んでいる光景を見てとても嬉しい気持ちになった。
 こんな場合ではないとは分かっているが、仲間が仲良くなるのはとても嬉しいことだ。

「ソラよ、こいつは何だか面倒な感じが――来るぞっ!!」

「っ!」

 ポチとスラに気を取られていると背後から巨大な拳が迫ってきていた。
 ポチが声を出さなくても気配で気付いてはいたが、予想以上の速さに少し慌てて回避行動を取る。
 本来ならば左右何方かに移動してよけようと考えていたが、咄嗟に右斜め上に飛び回避をする。
 ドゴォンッと言う破壊音を立て拳は先ほどまで俺が立っていた場所に落ちる。
 宙を舞いながら次の攻撃を警戒して魔眼を発動させる。

 決して相手のステータスを見る訳ではない。見たところで何も変わらない。
 どうせこいつを倒さなければ先に進めないのだから倒すのみだ。魔眼さんの力は回避に使う。
 下から土煙が高く舞い視界を遮るが、これならば攻撃を避けることが出来る。
 煙の中から何かが光るのを確認した直後、煙を消し飛ばし禍々しい色をした球体が複数飛んできた。
 一瞬にして目の前まで迫るがそこで時が急速に遅くなる。
 ゆっくりと進む時の中、迫る球体を全ての軌道を逸らす行動を取り――時間は日常を取り戻す。
 寸前でまるで球体が自ら此方を避けるように四方八方に不可解な軌道を描いて吹き飛んでいく――が

「――ッ!!」

 何時の間に見逃していたのだろうか、背後にもう一つ球体があったらしく、
 避けきったと思っていた所、背中から胸を球体が貫く。
 痛みはなく、傷も直ぐに塞がるがその衝撃と驚きからだらしなく背中から地面に墜落する。

「ソラ――っ!!」

 慌てて駆け寄ってきたスラが心配そうな顔で覗いてくる。
 
「今すぐポーションを――って、傷が塞がってる!?」

 ポーションを取り出すまでの行為をした後にやっと体の異様性に気が付いたようだ。
 驚愕と困惑といった複雑な感情が顔に現れている。

「詳しい事は後でな、俺とポチはちょっと特殊でな傷は直ぐに回復するから気にしないでくれ。それにしても――」

 既に傷が塞がっている胸に手を置き視線を落とす。傷は問題なく塞がっており平常運転だ。
 だが、今まで破れることのなかったポチ特製の執事服がぽっかりが開いてしまっている。
 これはかなり異常な事だ。あの何でも、加護で片付けてしまうポチ特製の服が破られた。
 今回の敵は今まで戦ってきたどの魔物よりも格上という事だ。

「悪い、ポチ。服台無しにしてしまった」

 先ほどのダウンから復活したポチが真横に来る。

「もう一度作り直せば問題ない」

「そうだな、また頼む――それにしてもこんな気持ち久々だ。
 本当に久々に楽しめそうな戦いだ」

 ポチも同じことを思っているのだろうか。ポチも同じように口角を釣り上げ不気味な笑みを浮かべる。
 先に動き出したのはポチの方だった。魔眼を使ってやっと追うことが出来る速度の攻撃を仕掛けるが、
 それも先ほど同様に不可思議な動きで回避される。だが、ポチは諦めずに何度も何度も攻撃を繰り返していく。

「まずはあの半透明の壁をどうにかする必要があるな」

 攻撃を躱すたびに魔物の体には半透明の壁が現れる。
 恐らくだが、あれが不可思議な動きをする原因となっているものだろう。
 
「ソラよ、何かくるぞ!」

「うぶっ!?」

 ポチの声と同時にそれは引き起った。巨大な翼から巨大な魔法陣が構成される。
 禍々しい光を放ち無数の腕が生じる。一直線に此方に向かってくる腕から逃れようとしようとしたのだが、
 その前にスラに抱えられてしまい、身動きがとれないまま彼女の動きによって腕を避けていく。
 追尾システムでも搭載しているのかと思う程正確に此方を追ってくる。

「面倒です――っ!!」

 追尾してくる腕にスラは自らの体を分離させ、小さな分身を盾として使う。
 ある程度数を削ることはできたが、それでも全て封じることはできなかった。

「後は任せて置くがよい重力操作グラビティ・コントロール!!」

 魔物本体と追尾してくる腕に全力で重力操作を掛ける。
 ズゥーンと空間全体が押しつぶされる程の力を喰らった腕は地面に堕とされそのまま潰れる。
 だが、魔物本体には全くと行って良い程効いておらず未だにポチの攻撃を不可思議な動きで避けている。

「ん?」

 先ほどから攻撃してくる翼に目をやるとある異変に気が付いた。
 不可思議な回避を取る際に半透明の壁が現れるのは魔物の体のみで翼には現れていないのだ。
 あの禍々しい色の翼に当たり判定があるのかどうかは分からないが、
 今攻撃を与えられそうな部分はあの翼しか見当たらない。

「ソラよ、こいつ腹立つぞ!」

「まぁ、落ち着け。なんとなくだが攻撃が当たりそうな部分を見つけた。
 つか、ポチよ、時間を止めてから攻撃すれば当たるんじゃないのか?」

 一度攻撃を中断したポチがピクピクと表情を震わせながら怒りを口にする。
 
「それだとつまらない戦いになるだろ。あれは雑魚にしか使う予定はないぞ」

「ふっ、やはりポチは面白い奴だな」

 時間を止めると言う無敵とも言っても過言ではない切り札の様な行為を雑魚専用だと言う。
 普通ならば切り札として強敵との戦いに使うモノだと思うのだが、ポチは違うらしい。
 気持ちは分からなくはない。強敵ほど弱い技で倒したいモノだ。

「今から俺は奴の翼を潰しに行く。ポチとスラにはその援護をしてもらいたい。出来るな?」

「ああ」

「任せてください」

 身体強化で極限まで力を付けた俺の体は魔物との距離を一瞬にして詰める。
 背後に周ろうとするが、魔物はその速度に追いつき巨大な拳で抵抗を試みる。
 だが、右の拳はポチが攻撃を仕掛け、強制的に不可思議な動きをして此方を阻むことはできない。
 もう片方はスラの紅蓮の炎によって同じく妨害される。
 二人の協力によって無事背後に回り込むことが出来た俺は透かさず短剣を具現化させる。

「喰らっとけ化け物があっ!」

 化け物と言ったら身近に何人か存在しており、脳裏に浮かぶが一瞬にして頭から消し去る。
 禍々しい翼の付け根に向かって短剣を武器に突っ込む。
 ガキンと金属同士が当たった様な音が鳴り響き火花を散らす。
 今までどんなものでも切り裂いて来た短剣に抵抗出来る翼に驚愕を隠せずに目を見開く。
 
「ッ!!」

「我はこっちを貰うぞ」

 ポチがもう片方の翼の付け根に向かって攻撃をするが、此方と同様に拮抗しているようだ。
 先ほど喰らった禍々しい球体が翼から幾つも召喚され此方に向かって来る。
 何十発モノ球体が体を貫通し、一瞬力が抜けそうになるが必死に耐える。
 
「くっそっ!!」

 一旦引いて態勢を立て直そうかと思った瞬間――

『協力します』

 頼もしい複数の声が響いた。
 カタカタカタカタと音を立て無数の骸が現れ翼を覆い隠してしまう。
 球体が襲い掛かるが骸の壁を貫くことはできずに埋もれて行き、新たな球体を生み出すことすらままにならない。
 
「うぉおおおおおおおおお!」

 雄叫びを上げて気合を入れて思いっきり押し込む。短剣が掛けてしまっても直ぐに新たな短剣を具現化させる。
 
『全く、我々がいないと何も出来ないんですね、ダメダメですよ』

 お調子者の骸骨さんの声が聞こえ、俺の小さな手の上に掌を重ね思いっきり力を入れてくる。
 
「ふっ、本当にお前たちは優秀すぎて助かる。行くぞ、俺たちの力を示せ!」

『行くよ』

――GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!

 全力を込めて翼を切り落とすことによってやっと魔物が怯んだ。
 此方が落とすのと数秒遅れてポチの方も翼の切断を完了した。

「流石ソラです。見事に不透明な壁が消えましたよ!」

「此処からが勝負だ、気を抜――くっ!?」

「ソラッ!!!」

 魔物の姿がブレて一瞬にして視界から消えた。そう認識した時には既に遅かった。
 巨大な拳が小さな体を吹き飛ばす。くの字に体が曲がり、遅れて腕と足が吹き飛び全身が壁に激突する。
 直ぐに態勢を立て直そうと壁から抜け出すが行動うする暇もなく次の攻撃が襲い掛かる。
 目の前に移動してきた魔物の身長が小さくなったと思いきや、一瞬で伸び俺の体が激しい衝撃と共に宙に打ちあがる。
 
 更に追い打ち。
 天には既に次の攻撃の予備動作をしている魔物の姿がある。
 抵抗する間も無く隕石のように拳が降り注ぎ、そのまま押しつぶされる形で急速に地面まで落とされ、
 俺の体は無残にも爆散しぐちゃぐちゃになる。

「ソラァァアアアッ!!!」

 スラの悲鳴が聞こえる、と同時に一瞬だけ意識がブラックアウトし、直ぐに蘇る。

「――っあああああ!!くっそ!!エキサラが鬼畜じゃなかったら今のトラウマもんだぞ!!」

 復活し直ぐにその場を離脱して今にも泣き崩れそうなスラの下へ飛ぶ。

「そ、ソラ?」

「大丈夫だ問題ない。俺は死なない……それにしてもあいつ急に早くなりやがったな」

「大丈夫なのですか?」

「ああ、問題ない。ところでスラよ、試験会場で俺に使った拘束のスキルあいつにも使えそうか?」

 それはスラと再会した日に掛けられた謎の手によって拘束されると言うスキルだ。
 なかなかの強度があり、抜け出すのにはなかなか困難なスキルだった。
 完全に動きを封じることは不可能でも少しでも動きを鈍くさせることは可能だろう。

「はい、出来ます。ですが、完全に動きを封じることは難しいかもしれません。
 流石にあの巨体となるとかなりの魔力を消費しますし、使えるのは一度でしょうね」

「一度か、かなり魔力消費が激しいスキルなのだな……まぁ、その方が燃えるというものだ。
 まだ50層だと言うのにこんなにも強力な魔物が出現するとは、
 本当にこの迷宮を作ったやつは最高に頭が狂ってそうだ。なんだかあいつを思い出して腹立つぞ」

「ふふふふ」

 この到底クリアさせる気のない迷宮の造りに昔股間を踏みつぶしてやった女の様な男を思い出す。
 此方の無事を見て安心したのだろうか、スラは意味ありげな笑みを零す。
 未だに有り得ない速度で移動を繰り返しながらポチとの激闘を繰り広げている魔物に視線を移す。
 互いに攻撃をよけ合ってはいるが、力はポチの方が上なのは間違いない様だ。
 魔物に何度も攻撃を与えているが、俺たちのようにその傷は直ぐに塞がっている。

「治癒力も高いのか……本当に厄介な敵だ。スラ、ポチが攻撃を与えた瞬間を狙え。
 刹那、本当にその程度だが、治癒する際に硬直する様だからな。どのタイミングで仕掛けるかは任せる」

「わかりました。ではその時は声をおかけしますね」

 本当に一瞬だが体を修復する際に硬直する。狙いはそこだ。攻撃するのには短すぎる隙だが、
 スキルを掛けるのには十分だろう。一度しか使えないスキルなのだ。動き回っているよりかは成功率が上げるというものだ。
 真剣な眼差しでポチと魔物の戦闘を観察するスラ。
 魔眼もない状態でも見ようとすればあの高レベルの戦闘を追う事が出来ているようだ。
 本当に成長したんだなと感心する。

「行きます!」

「ポチ、同時に頼む!」

 一瞬の隙を付いてスラがスキルを発動させる。それと同時に踏み込み地面を蹴り上げる。
 さらにポチに協力を促し、短剣を具現化させる。地面から謎の手が幾つも生える。
 ニョキニョキと急成長をし巨大な体を地面に引き釣り込むようにして強引に動きを止める。
 魔物も抵抗を見せ今にも拘束がギチギチと音を立て千切れてしまいそうだ。

「っ!行くぞ!」

「ああ」

 空中でポチと合流し魔物の胸にある心臓の様なモノに向かって突撃する。
 拳と短剣が拘束されている魔物の胸に接触する。何気にこの魔物の体に触れるのはこれが初ではないだろうか。
 不気味に波打つ心臓な様なモノに短剣が突き刺さりブニョリと柔らかい感触が伝わってくる。

――GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA……
 
 短剣が飲み込まれ手に嫌な感触が直接伝わってくるのとほぼ同時に魔物の断末魔が聞こえ、
 それは徐々に力なく小さくなっていき、やがてダラリと全身から力が抜けたように、
 拘束している手の力だけによって支えられている様な形になった。
 
「やったか……」

 スラの拘束が解けると同時にその場から離脱する。
 
「やりましたね!」

「ああ……」

 倒れる魔物を見ながらやっと倒したという事を実感する。
 
「ふっ、まだ50層だと言うのに此処まで苦戦するとはな、流石選ばれし者の迷宮だ」

「何を言う、ソラよ、全然本気ではなかっただろう?」

「え?そうなのですか?ソラ」

「ふっ、さあな。そんなことより疲れたな、スラの魔力も先ほどのスキルで厳しいだろう?今日は此処で休憩するぞ」  
 
・・・・

――パチパチパチパチパチパチパチ

 迷宮の最下層で満足そうに狂った精霊王は手を叩く。

「うんうん!!いいねぇ!初めてソラくんにあったときもぉ、未来予知みたいなのされたけどぉ、
 知らない間にもっと強力な力を身に付けてるねぇ……それでも本気じゃないかぁ!
 本当に未知数だなぁ、倒せるとは思ってなかったんだけどぉ……本当に面白いなぁ」

 本当に心底そう思う。精霊王は笑みを浮かべる。
 
「やっぱりソラくんだねぇ。また楽しい日々が返ってくるんだぁ。うんうん。いいねぇ」

 精霊王は歩き出す。決して彼を向かいに行くのではない。結果的には近付いてはいるが、王は足を止める。
 最下層、一つ上の階層に移動して古びた王座に座る。

「此処で待つよぉ、最後の相手はこのぼくぅさぁ!」

 スラが持ってきていた風呂敷の上で美味しい手作りサンドイッチを食べる。
 何時の間にかにサンドイッチなどつくっていたのか、疑問が生まれたが、
 スラ曰く、戦闘中やることがなかったため、こっそりと作っていたそうだ。
 俺やポチに気付かれずに料理をする能力は非常に高く評価できるものだ。

 腹を満たした後はそのまま風呂敷の上で横になり眠りにつく。
 この迷宮に入ってから張り切って戦っていたポチは疲労が溜まっていたのだろうか、直ぐに眠りに落ちた。
 スラもぐっすりと眠っており、未だに眠れずに居るのは俺だけだ。
 目を瞑っても一向に眠くなる気配はない。それも仕方がないはずだ。
 
 この迷宮に入って本格的な戦闘を行ったのは先ほどは初めてだったのだ。
 興奮し意識が覚醒しているままでは到底寝付くことは不可能だ。
 寝ることは諦めて熟睡している二人を起こさないようにゆっくりと立ち上がり風呂敷を出る。
 靴を履き、極力音を立てないようにゆっくりと遠ざかっていく。

・・・・

「なぁ、魔眼さんやい」

 ある程度距離を取り、スキルを発動して魔眼さんの事を呼び出した。
 
――何ですか?愚かなソラ様よ。まさか眠れないから私に話し相手になれとか言いませんよね?
  
 迷宮の硬い壁に文字が浮き上がる。
 何だか非常に口が悪いが、その通りだ。
 眠れない為、散歩でもしようかと思ったのだが迷宮の中は非常に退屈だ。
 変わらぬ風景に美味しくもない空気。日の光は当たらない。風もない。
 誰かと会話をしていたほうが100倍マシだ。

「愚かなソラ君は魔眼さんと会話をしたいんですよ」

――はぁ、仕方がない人ですね。で、話題は何ですか?
  下らないことでしたら殴りますからね。

「今日戦って思い出したんだけどさ、魔眼さんって昔未来予知みたいな事してくれただろ?
 あれってもう使えない感じなのか?」

 迷宮での戦闘でふとある人物と戦った際の事を思い出していた。
 あの時は未来予知を使い相手をボコボコにしてやったなぁ……可哀そうだ。

――なんですか?それは私に対する不満ですか?今の力では物足りないと言うのですか?
  そうですか、あんな未来を予測しているだけのゴミの様な力が欲しいと?
  相手の言動から予測しているだけで穴だらけのあの力が欲しいと?
  折角私が最高の力を授けたと言うのに、それ以下の代物欲しがるのですか。
  なるほど、それでは私にも考えがありま――

「まてまてまて!!ごめん!!そういうつもりで聞いた訳じゃないんだ!
 ただ、そういえばそんなのあったな~って思い出して言ってみただけだ。
 使いたいとかそういう訳じゃないぞ。今の力には凄く満足してるし、魔眼さんには本当に世話になってる」

 このままいけば確実に痛い目を見るのは此方の方なので必死になって否定する。
 本当に思い出したことを口にしただけなのだが、此処まで反応があるとは思わなかった。
 魔眼さんを怒らすと怖いことは知っているので、今後はもっと慎重に発言しよう。

――そうですよ。ソラ様の成長を一番近くで見守って来たのは私なのですから。
  もっと感謝してください。

「はい、何時もお世話になってます……」

――それで、話というのはそんな下らない話だけなんですか?

「いや、そういう訳じゃ――」

――無いんですね。では、次は私が説教をするとしましょう。

「は?説教?」

 ゴリゴリと押し切られてしまい、何故だか俺が説教を受ける立場になっている。
 一体何に対しての説教なのか見当もつかない。

――はい、説教です……それで、何故ソラ様は立ったままなのですか?
  さっさと正座したらどうなんですか?

「……」

 此処で反抗的な態度を取ったら確実に痛い目を見るのは分かっている。
 大人しく渋々とその場に膝を折り、冷たい地面の上に正座する。
 興奮を収めるために歩いてきたのだが、何故正座させられているのだろうと考えてしまう。

――先ほどの戦いは何ですか?一体何発攻撃を喰らえば気が済むのですか?
  私の力を使っておきながらもソラ様は一体何発攻撃を当たるのでしょうね。
  いきなり本気を出さなかったのは良い判断です。色々と壊れてしまいますからね。

「さっきの相手は本当に強かったんだよ」

――はぁ、よくも私の前でそんなことが言えますね。
  私はソラ様と常に共にある存在です。その私が分かっているのです。
  あの程度の魔物に苦戦する訳がありません。本気を出さなくてもです。
  そもそも、私の力をしっかりと使って居れば攻撃など一発も当たるハズがない。
  それなのにソラ様は苦戦し、何発も攻撃を受け……最近、だらしな過ぎですよ。

「う……」

 だらしないと言われ心当たりしかない為何も言い返すことが出来なかった。
 
――何故骸骨共が攻撃を防いでくれなかったかわかりますか?

 骸骨さんたちには彼ら自身の意思を尊重するようにと言ってあるため、
 俺の事を完全に守れとは言って無いし、そもそも守るかどうかは彼らの意思次第だ。
 今回も守りたいなって時と守りたくないと言う時があっただけだろう。

「さあ、骸骨さんたちには骸骨さんたちの意思があるかだろ。俺は別に強制しているつもりはない」

――はぁあああああ、本当に愚かモノですね。ソラ様。
  彼らはソラ様の事を何時だって全力で守ろうと言う気持ちで一杯ですよ。
  今回は、ソラ様ならば避けきれる。と思って居たから守りに入らなかったんですよ。
  彼らはソラ様の事を信じていた……それなのに、何度も攻撃を受けやがって。
  
「そ、そうなのか」

 何だかんだ言っても汚い言葉はあまり使わない魔眼さんが、やがって、って言ったぞ……
 これは本当に怒っていらっしゃる。

――ええ、そうですよ。しっかりと反省しなさい。
  それにしても、これは私が一度鍛えなおさなければいけないようですね

「鍛えなおす?何を言っているんだ?確かに魔眼さんには沢山力を貰っているが、
 一体どうやって俺の事を鍛えるというのだ?」

 確かに魔眼さんには世話になってるし、かなりの力を授けてくれている。
 だが、魔眼さんには実体があるわけではないのだ。それで一体どうやって鍛えなおすと言うのか。
 まさか、今のように文字だけで鍛えなおすとでも、とんでもない事をするつもりか。
 映し出された文字を前に驚かずにはいられない。

――簡単なことです。しばらくの間、魔眼の主導権を私に返してもらいます。
  そうすれば必然的にソラ様は私が向いた方向を見ることになる。
  しばらくの間はこうして私がソラ様の行動を制御します。

「それは大丈夫なのか?少し恐ろしいのだが。この眼が自分の意識とは別に動くのだろう?
 それは何と言うか、気持ちが悪いな」

 自分のモノなのだが、自分のモノではない。意思とは関係なしに動く。
 眼が動けば必ずその方向を見てしまう。魔眼さんはそうやって俺の事を鍛えなおす様だ。
 
――勿論拒否などしませんよね?別に断ってもらって構いませんが、もしそんなことをすれば
  ソラ様の眼が今まで通り二つであることは保証しませんけどね。

「……是非ともお願いします」

 最初は選択肢があるように聞こえたのだが、最後まで聞くとそれは拒否したら眼を潰すと言われている様だった。
 これは選択肢があるようで実は断ることはできない。鬼畜の選択だ。
 こんなもの拒否出来る訳がない。

――良い返事です。では早速主導権は私に返してもらいます。
  と言っても日常生活には支障をきたすことはないのでご安心してください。
  あくまで私が動くのは戦闘時のみ。あとは自由にしてくださって構いません。

「そうか、それは良かった。てっきりずっと主導権を握られたままなのかと思っていたぞ」

 映し出された文字を見て一安心だ。
 日常の行動すべてが制限されるとばかり思っていた。
 トイレと時も風呂の時も全て眼を制御されてはたまったものではなかった。

――骸骨との連携も私の方で指示をしますので、ソラ様は大人しく私にされるがままで居てくださいね。
  心配しないでください。私が制御する以上攻撃など一発も当たりませんから。
  しっかりと参考にするように。

「分かったよ。そこまで言うならば期待しているぞ」
   
 そこまで言うのならばじっくりと見させてもらおうではないか。強者の立ち回り方というものを。
 実際に動くのは俺だが、眼のコントロールを握られている以上、彼女の指示通りに動く操り人形のようなものだ。

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