勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

迷宮へ

「直ぐに終わらせる」

 そういってポチは試験会場へと足を運んだ。
 今日はネルガ王国に行く日でもあり同時にポチのランクアップの試験がある日なのだ。
 ポチは別に今日でなくとも良いと言っていたが、そこまで急ぐ理由もなく迷惑を掛ける訳にもいかないので半強制的で受けさせている。
 昨日あれほど荒れた試験会場が綺麗に元通りに整備されており、目にしたときは少し驚いた。

「ちなみに、試験の内容って知ってるか?」

 観客席に行き隣に座っているスラに話しかける。
 確か俺がSランクに上がるための試験を受けたときはSランク冒険者を倒す的なモノだった。
 最低ランクから次のランクに上がる際は試験など無かったが、その次からはこうして試験があるようだ。
 一体どんなものなのだろうか。対人ならば相手が非常に気の毒だ。

「Sランクより下の試験は全てギルドの人間が試験を務めますので、担当によって変わりますね。
 確かポチさんの担当はセツさんですので、人形を使った実力測定でしょうね」

「おお、それは良かったなセツさん。
 もしポチと戦うんだったらスラに全力で止めに行ってほしかったんだが、
 その心配はなさそうだな。人形相手なら死人がでることはないしな」

 一安心だ。人形相手ならばポチがどれだけ本気を出そうとも人が死ぬことはない。多分。
 範囲攻撃の様な事をしなければ死なないだろう。うん、多分だけど。
 改めて会場を見てみると、中央にかかしの様なものが立っており、その横に受付嬢セツが立っていた。
 それらと向き合う形で面倒くさそうな顔をしているポチがいる。

「それにしてもあんな耐久性のなさそうな人形で大丈夫なのか?
 素人の剣でもあっさり破壊できそうな見た目なんだが」

「ふふ、何も知らないのですね。何だか不思議です、前までは何でも知っていて私が聞く側だったのに。
 ですが、なかなか良いモノですねソラに教えると言うのは、今までの立場が逆転しているようでなんだかゾクゾクします……」

「す、スラさん?」

「あっ、えっとですね、あの人形は世界樹製でして破壊どころか傷を付けるのもかなり難しい代物です。
 それに加えて幾つかの防御スキルが貼られているので幾らポチさんでも破壊するのは難しいかと思いますよ」

 なんだかスラが何かに目覚めそうだったが、気にしないでおこう。
 それにしても世界樹か、エリルスの記憶には大きな木程度しか無いが、言葉だけでもそれなりに理解できる。
 世界樹を使っているのならばもう少し見た目をそれ相応なモノにできなかったのだろうか。
 なんだか使われている世界樹がとても可愛そうに思えてくる。

「安心――出来ないなぁ、だってポチだしなぁ……この世界の常識は通用しないと思うぞ。
 今の俺もそれは例外じゃあないが、ポチは俺以上だ」

「そうなのですか、それは是非とも見てみたいですね。
 もし破壊なんてされてしまえば冒険者ギルド側は真っ青でしょうね」

 ふふふふと笑うスラ。一応彼女も冒険者ギルド側の人間なのだが、笑っていて良いのだろうか。
 ポチならば本気で破壊しかねないからな。そんなやり取りをしていると、試験が始まった様だ。
 セツの声が会場に響き渡る。一度お辞儀をしてからポチとかかしから距離を取り、腕を天に掲げた。
 そして掛け声と共にその腕は始まりの合図となる。

「では、始めてください――」

 腕が振り下ろされた――その刹那、ポチは一連の動作を終了させた。
 普通の人間では追う事すら、その動作が行われたことすら見抜けない一瞬の出来事だった。
 腰を落とし、体を捻り予備動作を付け拳を付きだす動作だ。それはとてもシンプルなもので
 魔法もスキルも持っていない人間でも子供でも出来る動きだった。
 唯一違う点と言えば彼女のその動作は異常な速度という点だ。
 
 一連の動作、と言っても拳を付きだした状態のまま彼女は固まっていた。
 俺からしてみればしっかりと手順を踏んだ動きだったのだが、セツからしてみれば
 急にポチのポーズが1フレームで変わったように見えているのだろう。
 
「うわぁ、凄いですねポチさん」

「これは不味いな……」

 感心しているスラの事を無視して俺は急いでとある行動に移っていた。
 会場、正確には会場の壁と近くに居たセツさんに向かって絶対防御を掛けたのだ。
 流石に会場全体を覆うとすると時間が足りない。
 拳を前に突き出した状態で静止しているポチ。彼女の攻撃はこの程度で終わるはずがないのだ。
 ドォオオオっと地響きのようなまるで地面が叫んでいるかのような音が聞こえたときには
 すでに目の前の光景は崩壊していた。
 
 折角スラが直した地面が重力が逆転してしまったかのように次々と地割れを起こし
 バラバラになって宙を舞う。激しい衝撃波とゴォオオオオオオと言う爆音が会場を包み込む。
 世界樹のかかしはすでに形など留めてはいなかった、残骸すら塵と化す。
 絶対防御を掛けられた場所は無事だが、それはセツと壁のみだ。
 それ以外の場所は無残にも破壊されていく。当然俺とスラが座っている場所もメリメリと音を立てて吹き飛ぶ。

「大丈夫ですから、私から離れないでくださいね」

 暴風の中、なぜだか俺はスラに抱きかかえられながらその場に留まっていた。
 バリアの様なものが貼られており此方には一切被害が無い。
 何故だろう、不思議な感覚だ。守るべき立場なのは俺のハズだったのにそれが逆転してしまっている。
 そもそもこの程度ならば何もしなくとも平気だと言うのに、少し過保護すぎではないだろうか。

 嵐が過ぎ去った後に残されたのはボロボロになった地面と廃虚の様になった観客席、
 それなのにも関わず綺麗に残っている壁がより一層会場を不気味に装飾している。
 
「は、はぇ……」

 全身の力が抜け情けない声を出しながらその場に尻を付く受付嬢。
 目の前で嵐のような破壊が起こっていたのだ。死んでいてもおかしくはない状況にさらされてまだ意識があるのは凄いことだ。

「合格で良いのか?我は急いでいるのだ、早くしてくれ」

「ぁ……は、はい」

 中身のない様な無気力な声を絞り出した。
 相変わらずつまらなそうな顔をしているポチはふんと鼻で笑うと一目散に此方に向かって移動する。
 軽々とジャンプをし観客席にやってきた。

「お疲れさんって言いたいんだが、ポチさんやい、もう少し周りの事を考えてはどうなんだ?
 別にこの会場がどうなろうとかかしが壊れようとも良いが、
 あそこに情けなく座り込んでいる受付嬢の事を亡き者にするところだったんだぞ?
 俺が急いで絶対防御を掛けたから良いモノの……」

 試験を終え、無事合格したことを祝ってやりたい気分だが、お説教が優先される。
 ポチは何のことか?と言った感じに首を傾げていたが、何を言って居るのか理解した様で、
 ああ、うっかりしていた!と言わんばかりの表情を見せつける。

「流石だなソラよ、我のミスをしっかりとフォローできるのはお前くらいだぞ。礼を言うぞ」

「おい、こら!そこはありがとうじゃなくてだな、ごめんなさいだろ!!」

「うぅ、すまない」

「分かればよろしい」

 そんなやり取りを隣でふふふふと笑っているスラを睨みつけているポチ。
 この二人はいつまでこんな感じなのだろうか……。
 ポチの試験を無事……とは言えないが終わらせた俺たちは遂にネルガ王国に向けて歩き出した。

「お?おぉ!!」

 水の都から出て一目の付かないところで転移を使い、ルネガ王国の近くに移動していた。
 周り全体が壁に覆われている王国だ。懐かしい風景なのだが、どこの国も大体大きな壁があると言う印象の為、なんとも言えない感じだ。
 門兵にギルドカードを提示して門の中へ進む。

「どうですか?懐かしいですか?」

「ん~まぁ、懐かしいっていえばそんな感じもするんだが、どの国も同じような感じだからぁ、
 水の都みたいに特色があれば良いだけどこうも壁があって人が沢山いてって感じじゃなぁ……」

「まぁ、それもそうですよね。ささ、早く冒険者ギルドに向かいましょうか」

 人混みを避ける道を通って冒険者ギルドに向かう。数年ぶりだがしっかりと覚えている様だ。
 足が自然と目的地へと進んでいく。石煉瓦造りの二階建ての建物。
 そして入り口にはようこそ!と可愛らしい文字で書いてある。

「此処は何も変わっていないんだな」

「ええ、あの時から何も変わってませんよ。どうです?ここなら懐かしいと感じるでしょ?」

「ああ、そうだな。此処は懐かしく感じるよ」

 そんなやり取りをしているなか、後ろにいるポチの視線が殺気を持ち人を殺す勢いで突き刺さってきた。
 少し考えてみればわかることだが、先ほどからの会話は俺とスラ二人だけの世界に入り込んだ会話だ。
 ポチが居るのにも関わらずこの会話をするのは少し酷いものだ。

「ポチよ、此処は俺が始めて訪れた冒険者ギルドだ。どうだ?」

「ふん、そうか、随分とちっぽけな建物だな。手が滑って壁を殴ってしまっただけで崩壊してしまうそうではなか」

「……やめろよ?絶対やめるんだぞ?」

 ポチに話を振ってみるが冗談に聞こえない冗談が聞こえてしまい思わず本気で止めに入ってしまう。
 ピキついている今のポチならば本気で、手が滑った。とか言って壁からすべてを破壊してしまいそうだ。
 この冒険者ギルドには結構世話になったし、今も尚すらが世話になっている為、迷惑になる行為は絶対にダメだ。
 注意を受けたポチはそれを鼻で笑い飛ばし視線をずらす。

「では、行きましょうか。私は奥で報告等を済ませてきますので、酒場で待っていてくれると嬉しいです」

「ああ、分かったよ。ジュースでも飲んで待っているさ」

 懐かしの建物へ足を踏み入れる。
 スラがカウンターの奥に向かっていくのを確認してから周囲を見渡す。
 ふと、始めて此処にやってきた時と似ている光景が目に入り、懐かしい気分に浸る。
 わいわいと騒ぎながら酒場で酒を飲んでいる若者達。どこから迷い込んだのか泣いている幼い少女。
 ガラの悪そうなお兄さんがその幼い少女に近付いて、
 先ほどの怖い顔とは比べ物にならないほどの笑みを浮かべ、幼い少女と話をする。

「あっ」

 視線をカウンターに戻すとそこには見覚えのある容姿の受付嬢がいた。
 褐色で腰まで届いてあるだろう長く鮮やかな黒髪、優しげな目をしており、
 そして何といっても耳が尖っているのだ。
 闇精霊人ダークエルフのリーザ = キャンベルという者だ。最初に世話になった受付嬢だ。
 相変わらず仕事熱心だ。何も変わっていなくて何だか安心する。

 ポチと共に酒場に向かい、カウンター席に座って適当なジュースを注文する。
 
「なぁ、ポチさんやい」

「なんだ?」

 互いにジュースを口にしながら会話を始める。
 
「これから行く場所は未知だ。最初は余裕かもしれないが深くなればなるほど敵は強く、
 罠は極悪なモノになっていくだろう。間違いなく一度や二度は死ぬことになるだろうな」

 あくまで予想だが、かなり下層になると流石に俺とポチでも一度や二度死ぬことになる。
 死ぬと言っても死なないのだが。そんな小さいことは置いておこう。
 即死の罠や理不尽な魔物の配置。強化された魔物。序盤ですら耳を疑いたくなるほどの魔物が出現しているという情報がある。
 下層に行くにつれそれはもっと凶悪なモノになっていくのは当然のことだ。

「そうか、そんなこと関係のない事だろ?強敵と戦えるのならばそれだけで良い。
 我とソラは死なないのだ。必ずその迷宮とやらを攻略して見せよう」

「そうだな、まぁ、俺とポチ良いとしてもスラは俺たちの様に死なない訳じゃない。
 ポチも見たからわかるとは思うが強さは保証する。だけど命はしっかりと存在している。
 だから俺とポチの仕事は彼女を守りつつ迷宮を攻略することだ。
 まぁ、かなり下に行くまではそんなこと気にしないで戦っていられるだろうがな」

 スラはかなり強くなっているが、それでも命は限りある存在なのだ。
 俺とポチはエキサラの力によって特殊な命が宿っているが、、彼女は違う。普通の命しかないのだ。
 やっと再会したと言うのに迷宮を攻略した時には欠けているなんてことは許さない。
 そのことを伝えるとポチは一瞬すごく嫌な顔をしたが、一気にジュースを飲み干した後、
 力強くコップを置き、口を開く。 

「あの女の事は気に食わないが、奴の強さと仲間であることは認める。
 仲間である以上は死なせるわけいかないな。気が向いたらだが、守ってやる」

「ふっ、ありがとな」

 何だかんだ言ってスラの事を仲間意識して認めている様で安心だ。
 此方もジュースを飲み干した時にスラが奥から戻ってきて此方にやってきた。
 酒場にいた冒険者たちがスラの姿に気が付いて声を掛けている。
 それを何時も通りに笑顔で流していく。知らない間に人気者になったものだ。

「お待たせしました。無事休暇を取ることが出来ました」

「そうか、それは良かったな。では早速だが、行くとするか」

「あっ、でもその前に依頼を受けておきませんか?どうせなら依頼を受けて攻略しちゃった方が得ですよ」

「それもそうだな、では受けていくとするか」

 依頼の手続きを済ませてからネルガ王国を後にする。
 依頼を受ける際に受付嬢からも周りの冒険者からも無謀だと言われていたが無視安定だ。
 特にスラに関しては周りからの人気も、受付嬢たちからの人気も凄いモノで必死に止められていた。
 特にリーザは『ソラさんはそんなことを望んでいません!』と、俺の名前を出して止めていた。
 俺の事を覚えてくれていたことに関して驚き感動もしたが、残念ながらソラさんはそんなことを望んでいるのだ。

「なぁ、迷宮の場所ってどこにあるんだ?」

「此処からヘルノリア王国を目指してそこから草原を進んで森の中へ進んだところにありますよ。
 私たちが昔通ったことのある場所ですね。転移を使って移動することも可能ですよ」

「そうだな……」

 一瞬歩いてゆっくりとでも行こうと思ったのだが、ふとポチに視線をずらしてみると
 体をうずうずとさせており今すぐにでも戦いたいと口にはださないが体は正直だった。
 
「転移で行くか。取り敢えずヘルノリア王国の草原の先に転移する。そこからは歩きだ」

「うむ、早くするのだ」

「はいよ」

 一度行った場所ならば転移することは可能だ。一瞬にして森の目の前に移動する。
 森中へ足を踏み入れる。魔物の気配を多く感じるがポチが先ほどから殺気を垂れ流しにしているお陰で
 こちらに敵意を向けてくる魔物はいない。スムーズに森の中を進んでいく。

「これか……随分と普通だな」

「ええ、普通ですね」

「止まれ、ここから先は――ってスラさんではないですか!?」

 目の前に広がるのは巨木に穴が開いている形の迷宮だ。森になじんでいてとても良い感じだが、
 なんだが見た目が普通過ぎて少しがっかりだ。その迷宮の周りには複数の兵士が立っている。
 頻繁に魔物が襲ってくるのだろう、彼らの武器には血がべっとりと付いている。
 それもまだ滴る新鮮なものだ。
 
 それでも彼らは与えられた仕事をしっかりとこなす。
 こちらに向かって来たのだが、スラの顔はかなり広いモノらしく兵士たちにも知られている様だ。

「はい、そうですよ。今日は依頼を受けてこの迷宮の中に入らせていただきます。
 一応ギルドカードを提示しますね。この方たちは私のパーティです。実力は私以上です」

「Sランク……確認しましたけど……本気ですかスラさん。この迷宮は――」

「ええ、分かっていますよ。受付嬢で、Sランクなのですからそこのところはしっかりと理解してますよ」

「そ、そうですか……無理はしないでくださいね」

「はい、ありがとうございます」

 スラが全てやり取りを済ませてくれたお陰ですんなりと迷宮の中に入り込むことが出来た。

「さてさて、さくっと攻略しますか!」

 暗い道を進んでいく。一歩一歩足を出していくと視界が下がっていく。
 どうやらここは階段になっているようだ。水平の床が現れ暫く直線に進むと光が現れた。
 その光に誘い込まれるようにして進む足が速くなっていく。
 暗闇を抜けた先には――

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