勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

新魔王軍の半壊

 何時からだろうか。物心が付いた時からだろうか。それもと生まれた時からだろうか。
 それとも前世からそうだったのかもしれない――形あるものが破壊されていく瞬間が美しいと感じたのは。
 それは心の奥底でずっと眠っていた感情。それが呼び覚まされたのが両親が魔物に食い殺された時だった。
 守る為に戦闘経験など皆無に等しい父が護身用に買っていた武器を手に魔物に立ち向かっていった。
 その光景は眼を瞑れば昨日のように思い出せる。母親が手で視界を隠し、聞こえてきたのは
 悲鳴と魔物の下種な笑い声と何かが飛び散る音。

 そして次に訪れたのが衝撃と母親の悲鳴。衝撃により気を失い――目を覚ました時には
 ボロボロに使われている母親の姿と上半身だけになった父親の姿だった。
 完全に壊れたまま生きて魔物と繋がっている母親、周囲を真っ赤に染めて上半身だけになった父親。
 本来あるべきではない姿に変わってしまった二人を見て心の底からある感情がこみあげ来た瞬間だった。

 今でも思い出せる、あの時の興奮を、高揚を――

「あ……ぁ……ぁあ、美しい」

 零れたのはこの場に相応しくない言葉。まるで愛おしいモノを見るかのような蕩けきった表情。
 そしてもっと美しいものを見たいという欲求が生まれ、立ち上がり転がっていたガラスの破片を手に
 目の前の獲物に必死になって腰を振っている魔物の背後から思いっきり首目掛けて振り下ろす。

「あぁ、なんて美しい……あぁああああああああぁあああああァァアアァアア、
 美しいィ、美し――ィ!!素晴らしいですゥ」

 気が付いてしまったのだ、破壊されたモノではなく破壊される瞬間が最も美しいのだと。
 同時にそれが快楽に繋がり――得られた快楽を忘れられるハズがなく、
 その日を境に彼の世界は芸術へと変化した。
 破壊こそこの世の美、破壊こそ最高の快楽――

「私は『新魔王軍』破壊の魔王 ブローメド=ジャスゼッタイこの世界を破壊に導く存在ですゥ
 皆さんにもこの美しさを分けてあげましょうゥ!!」


・・・・・・

 突き進んでも視界に映りこむのは血みどろの現実。まだ狂人の手が行き届いていない場所は
 武器を手に勇敢に戦う民間人と冒険者で黒装束の相手をしている。
 黒装束だけを攻撃する様に相棒に言い聞かせて止まることなく進み続ける。
 周囲の目が此方に向くがその視線に敵意は含まれてはいなかった。街中で獣が暴れている姿をみたら
 普通恐怖や敵意を抱くが、今はそんな感情を抱くほどの余裕はなく、誰であれ救世主に見えている。

『やつの気配が多すぎる……』 

 ボソリと零すように言葉が漏れた。先ほどからポチがイライラとしている理由の一つでもある。
 気味の悪いことにこの周囲には無数のあの狂人ブローメド=ジャスゼッタイの気配があるのだ。
 端から端までビッシリとだ。下にも上にも。気配を探れば直ぐに奴の下に辿る付けると思っていたのだが、
 そう簡単にはいかないようだ。周りの残像の様な気配に邪魔され本体に辿り続けずいる。

 ならばせめて視界の良い場所へと考えたポチは石煉瓦造りの屋根に飛び跳ね上から探すことにした。
 改めて思うのだが、思考が伝わってくるというのはなかなか便利なものだ。
 
「一応冒険者ギルドに行って情報収集でもしてみるか?
 まぁ、それどころではないと思うのだが」

 このまま闇雲に探してもキリがない。
 ならば一番情報が集まっている可能性が多い冒険者ギルドに行くのが得策だろう。
 それに腕の立つもの立ちがいる場所を求めあの狂人がノソノソとやってきているかもしれない。
 行く価値はあると思う。

『そうだな、行ってみるとするか』

 目的地が決まれば進む足も自然と早くなる。屋根と部屋を飛び跳ね歩いてきた道を戻り、
 冒険者ギルドの中に転がり込む。

「おやおやァ?何事かと思えば貴方たちでしたかァ……ぁ?
 さっき破壊したハズですが?なんでいきているのでしょう?
 おかしいですねェおかしいですねェ!!良いですゥ!良いですよォ
 これで終わりじゃァ美しいだけで楽しくはなかったところですからねェ!!」

 鉄臭さが鼻を刺激する。血の海に立つ真っ赤に染まった黒装束に身を包む狂人の姿。
 その周囲には無残にも体に穴が開き倒れこんでいる冒険者たち。
 腕の立つ冒険者たちだったのだろうか、周りにいる冒険者たちの顔は歪み怯え切っている。
 そして、俺とポチが転がり込んできた瞬間、それは狂人が腰を曲げる寸前の時だった。
 我ながらヒーローの様な登場だと思う。

 周囲を見渡し受付嬢の無事を確認する。流石に顔見知りの死体を見るのは心が痛む。
  
「さぁ、さァ!私を楽しませてくださいねェ!!貴方はとても美しく壊れていきそうですゥ……
 ハァハァ、此処に居る方々は貴方の後にしましょうねェ。楽しいことは先にやりたいのですゥ!!
 あああァアア、想像するだけで興奮が止まりませんンン!」

「本当に狂ってる」

「えェ、そうですね、そうでしょうねェ!!貴方にも美しいと思うことはあるでしょゥゥ?
 それが私の場合がかなり特殊なんですねェ……」

「……」

 思わず言葉を失ってしまう。彼は自分で狂っているという自覚はあるのだ。
 狂人だとわかっているのにも関わらずその悪行に手を染める。
 無関係の人々を苦しめ、美を求めるその姿は非常に腹立たしい。
 まだ話が成立するだけマシなのだろうが、危険であることには変わりない。

『そろそろ良いか』

 先ほどまで抑えていた彼に対する殺意が一気に解放され冒険者ギルドを飲み込んでいく。
 空間が歪むほど強烈な殺気、加護で守られていなければきっと俺も危なかっただろう。
 周囲の冒険者たちが心臓を押さえ彼方此方から水分を漏らし泡を吹き倒れこむ。
 
「ぉぉおお……ァ、な、んて、なん、ていう……あぁ、美し――」

 ポチの本気の殺気に耐えている狂人の言葉を遮るようにして飛び掛かり、
 鋭い爪と爪の間に首を挟めそのまま地面に押し付ける。
 少しでも力を込めれば殺せるという脅しかける。

「お前のあの力は何だ」

 ポチは俺の代わりに体となり、俺はポチの代わりに口となり行動をする。
 現状、これが一番効率が良く戦闘面でも優れている。

「ひえェ、凶暴な獣ですねェ!全く躾が出来てませんよォ!イケナイナイケナイ――うっ」

 ポチの脅しが全く聞いていないようで相変わらずの口調でペラペラと口を動かす。
 それに腹を果てたポチが更に力を籠め、爪が食い込み出血する。
 この脅しが本気だと分かったのか少し悩むような表情をして口を開ける。

「簡単なことですよォ、私は倒した分だけ分身が作れるんですゥ。
 その分身に透明化のスキルを掛けて攻撃スキルもセットするわけですョオ、
 あとは簡単合図に合わせてドーンッ!!ねェ簡単でしょうゥ!!」

 思っていた以上に簡単に種明かしをしてきた。この内容を信じるかどうかはまだ決められないが、
 真実だとしたら相当胸糞悪いことだ。この国を覆いつくすほどの気配。
 彼の説明だとそれらは透明化している分身。その分身たちは殺した分だけ作ることが可能。
 つまり、少なくともこの狂人はこの国を覆い隠すほどの命を刈り取っているということだ。

 本当にふざけた野郎だ。

「それは本当か?」

「えェ、本当ですともォ。貴方と戦うのは楽しそうですがァ、恐らく私は勝てないでしょうからねェ、
 この獣の動き全く分かりませんでしたァ……なので今回はあきらめましょうゥ
 この状況は非常に不味い少しでも機嫌を取った方が良いと判断したましたァ……」

 性格はどうしようもない糞だが、合理的な判断はしっかりと出来る様だ。
 
「私はまだ死にたくないのでねェ、此処で去るとしましょうかァ」

「逃がすと思うのか?」

「えェ、合図というのは別に言葉でも良いんですよォ?」

「――っ!?」

 男の下卑た笑みが頭に焼き付く。しまったと思った時にはすでに遅く、
 次の瞬間、再び俺の目の前真っ赤に染まった――

 真っ赤に染まった視界が直ぐにクリアなっていく。
 してやられたと失態を口にしようとしたのだが、予想外の結果に目を見開いた。
 目の前に広がるのは下卑た笑みを浮かべている狂人。
 だが、その表情はまるで時間が止まっているかのようにピクリとも動いていなかった。
 周りの冒険者や受付嬢も凍ったように固まっている。

『すまん、また死んでしまったな。発動が遅れた』

「ああ、やっぱりポチの仕業だったか」

 こんな異常な状態をつくることが出来るのはポチぐらいしか――いや、実際見たことはないが、
 知り合いに4人ぐらいしかいない。そして今一番身近にいるのはポチだけだ。
 時を止めると言う世界の理から外れた技を使った様だ。
 少し発動が遅れてしまったらしく一度死んでしまった為、一瞬視界が真っ赤に染まってしまったのだろう。
 その考えに至った瞬間、焦りが生じ急いで周りを見渡す。

「……無事か」

 周りの人々には被害はいってなかった様で無事だ。
 この事からこの狂人のスキルは指定が出来ると言う事が分かった。
 発動者を中心に波の様に広がっていくと言う事も一瞬頭をよぎったのだが、その可能性は低い。
 後者だとこの狂人と屋根で民間人を破裂させた時、まっさきに俺とポチがやらていたはずだ。

『さて、仕組みも聞いた訳だしもう生かしておく必要はないだろ?
 こんなゴミに二回も殺されたんだ、そろそろ我慢の限界だぞ』

「確かに聞いたが、まだ色々と聞きたい事が沢山あるんだが……」

 新魔王軍とは一体なんなのか。破壊の魔王という事は他にも魔王が居ることを指している。
 そいつらの情報も集めたいと思っていたのだが。
 まぁ、でも確かに二回も殺されたという事に関して怒りを覚えている。

『別に此奴から聞き出さなくても良いだろ、
 他にも魔王とやらが居るのならば此奴が死ねば何かしらのアクションを起こすだろう
 その時に聞きだせばよい――此奴は駄目だ、我とソラを殺したんだからな。
 絶対に許さないっ』

 怒りを露にし時が止まっている狂人の片耳を鋭い爪で切り落とす。
 時が止まっているのにも関わらずそこからは鮮血が語ぼれ出している。
 確かにポチが言う様に他の魔王を誘き出すには良い餌になるかも知れない。

『餌か、良い事を思いついたぞ。こいつの記憶の中に居る関りが深い者を探す』

「ほほお、なるほど、なかなか良い趣味してるな」

 ポチの考えはこうだ。まず精霊の力とやらを使い狂人の記憶に焼き付いている
 関係の深い者たちを探し、そいつらの脳内にこいつの苦しむ声を送ると言うものだ。
 精霊って本当になんでもできるな、凄すぎだろ。羨ましい。
 苦しむ声を出させるには当然此奴の時止めは解除しなくてはいけないし、
 声を受信する側の時も解除しなくてはいけない。
 中々高度な事だと思うのだが、それをしれっとやってのけるのがポチさんだ。

『把握した。この国以外の時状態は通常に戻してある。
 後は此奴をたっぷりと痛み付けて殺すだけだ。ただ、殺されるかも知れないから
 我とソラに少しの間だけ外部の攻撃を無力化する結果を張った』

「本当にポチなんでも出来るよな……凄すぎ」

『これぐらい簡単な事だ。時を重ねればきっとソラも出来るようになるぞ』

「……」

 ポチが本気で言っている事が伝わってきて思わず苦笑する。
 例え何百年生きようが流石にポチのようにはなれないと思う。
 本気で目指すならまず精霊を食べなくてはいけないからな。

『解除するぞ、一応逃げられないように両足を潰しておく』

「どうぞ」

 今回は俺は一切手を出さないと決めている。
 その理由は簡単だ。ポチの怒りをしっかりと此処で発散させておかなければ
 後々被害を被るのは此方なのだ。此処は思う存分に発散してもらおう。
 俺も此奴に対する怒りの感情はあるが、ポチ程ではない。

『我に全て任せるとはな、どうなっても知らないぞ』

「やっちゃえポチ!」

『ふっ!』

 ポチの後ろ脚に力が込められるのを感じ、次の瞬間、
 グチャグチャと何かが潰れる音とバキバキと言う音が聞こえてきた。
 聞くだけで震えあがってしまう程の生々しい音だった。
 そして――

「あ、れぇ?え?どうなって――あぁああああぁ痛いですぅうううあああああああっ!!」

 時間が流れ始めた狂人は目を白黒させ何が起こっているのか把握できずに
 激痛に襲われた様で盛大に叫び声をあげた。ポチに抑えれていなければ
 今頃痛みのあまりのたうちまわっていたことだろう。

『次』

 それからポチは無慈悲にジワジワと痛めつけて行った。
 痛み付けると言う表現よりも体の一部を徐々に潰して行ったと表現した方が正しい。
 最初はうるさかった叫び声は後半になるにつれ小さくなっていき、
 最期には「死に、たく……ないです」と言葉を漏らして命を散らした。
 最後の最期には素直になるなら最初から悪さを働かなければ良かったのだ。

 狂人の命が散った冒険者ギルドは血のむせ返るような臭いと沈黙だけがあった。


・・・・・・


 新魔王軍破壊の魔王ブローメド=ジャスゼッタイが圧倒的な強者に遊ぶようにしてこの世から屠られた。
 破壊の魔王を名乗るモノが手も足も出ずに一方的に破壊された。
 無慈悲で残虐的な行為ばかりしていた彼も最後は赤子の様に涙を零し、駄々をこねる子供のように助けを求めた。
 だが、その悲痛の叫びは誰の心にも届くことはなく、彼の命はそこで消滅した。
 その衝撃的な出来事は一瞬にして新魔王軍にも伝わった。

 彼の命が消滅したことを感じすぐさま新魔王軍は会議を開いた。
 薄暗い部屋を照らしているのは天井から吊り下げられている僅かな光を放つシャンデリア。
 円卓を囲み十の席が設置されており、そのうちの九の席が埋まり、一つだけ空席のままだ。
 彼らがその空席を見て思った事は共通の事だ。本当に破壊の魔王ブローメド=ジャスゼッタイが消滅したのだと。

「何が起こったのか、知っている者はいるか?」

 その言葉にこたえられる者は此処には存在していない。その問いかけに帰ってくるのは静寂。
 彼の存在がこの世から消滅したと言う事だけは確定したが、その過程を知っている者はいない。

 新魔王軍、この名を名乗る者たちはあらゆる勢力から今の世界に不満を持ったモノたちの集まりだ。
 この世界は大きく分けて魔王側と勇者側に分かれているが、近年、二つの勢力が大きくぶつかり合う事がないのだ。
 小さな小競り合い程度の争いごとしか起きないこの現状に不満を持ったモノたちが集っている。
 当然そのような集いは二つの勢力と敵対する立場にある。

 つまり、現在この世界には大きく分けて三つの勢力に分かれているのだ。
 魔王側、勇者側、新魔王軍側、どれも敵対し合っているのが現状だ。
 どの勢力も戦い渡れるほどの戦力を身に付けている。それは新しく出来た新魔王軍も同じだ。
 その中で最も力があるモノたちが新魔王軍の魔王を名乗っているのだが、
 その内の一人である破壊の魔王ブローメド=ジャスゼッタイが何の前触れもなくこの世から消滅した。

 破壊の魔王を名乗っていることから分かることだが、彼は新魔王軍の中でもかなりの戦力になっており、
 単純に攻撃力だけを見るならば彼が一番と言っても良い程の実力を持っていた。
 そんな彼がやられるという事は今回の犯人は相手も魔王か勇者と言う考えに至っても不思議ではない。
 
「問題は何が、じゃなくて誰か」

 新魔王軍の誰かがそう言葉を漏らした。

「なるほどねぇ……あのブローちゃんがやられちゃうなんて、こりゃ大変だ。
 でもでも、あの性格だからなぁ、私は嫌いだったから別にいなくなっても良いかなぁ~」

「それはお前の問題だ。今は我々新魔王軍としての会議だ。我々に敵対する何者かが現れた、先制攻撃を仕掛けてきたと言うことが重要だ」

「はっは!何をいまさらいってんの?俺たちは魔王と勇者に狙われても文句言えない立場だろ?
 それに争いを起こすことが目的で集ったのに一人殺された如きでなにを騒いでいる?
 殺し殺され当然。憎み憎まれ当然。先にやるかやられるか。
 今回は先手を取られたってだけの話っしょ?そんなに騒ぐことなのかね」

「つ~か、魔王か勇者以外の存在の可能性を考えない訳?」

 魔王たちがそれぞれの意見を言い合い新たな可能性が生み出される。
 その可能性は最も身近で誰もが思いつきそうなモノなのだ。
 だが、彼らはその可能性を考慮してはいなかった。
 勇者と魔王のことしか警戒していない彼らはこの世界に再び舞い降りた奴の事を知らない――

「そんな情報は入ってないですね。ですが、その可能性がゼロとは言い切れません。
 どうせここでは有力な情報は出てこないでしょう。此処は私が現地にいって情報を入手してきましょう
 確か、彼は水の都に行っていたはずですね?」

「ああ、そうだ。ではこの件はお前に任せる。頼んだぞ。他の奴らも文句はないな」

 否定の言葉が誰の口からも飛び出すことはない。
 この場に居る全員が彼の能力を知っている為、今回は適任だと判断した。

「ええ、では行ってまいります。この情報の魔王ビスボスの手に掛かれば情報など直ぐに手に入ります――」

 情報の魔王ビスボス。科学者の様に白衣を纏い賢く見える丸い眼鏡を身に付けた長身の男。
 彼は様々な情報を知っている。身分の高い者たちの極秘の情報からしょうもない秘密話まで
 彼は何でも知っているのだ。彼の情報収取の方法は至って簡単なモノだ。
 彼にしか使えない彼の唯一の力を使いあらゆる情報を集めている。

 唯一の能力。それは相手に乗り移り一瞬にして記憶をコピーすると言うものだ。
 乗り移る条件は何もない。何か情報を持っていそうな存在が居ればその能力を発動する。
 それで情報収集は終わりだ。至って簡単だ。だが、何にでも乗り移れるが、コピーする記憶を選択することは不可能だ。
 知りたい情報も入手できれば知りたくもない様な事まで手に入ってしまうのだ。
 そして記憶が一瞬にして流れ込んでくる。その激痛は計り知れないものだ。

 この二つのデメリットを克服した今の彼は本当に何でも知っている男となったのだ。
 何でも知っていて知らないことがあっても直ぐに情報を手に入れることが可能な男。
 だが、そんな彼でもこの世界では二位の存在だ。最も情報を持っている存在は彼ではない。
 上には上が居る。良く聞く言葉だが、彼自身上が居ることを知らないのだ。
 その存在を知るモノは極僅かしか存在しない。たとえビスボスが大勢の記憶をコピーしたとしても
 その存在にたどり着くことは不可能だと言っても良い。

 でも、そんな存在は知らなくて良いのだ。知れば必ず後悔しか残らない。
 後は嫉妬と絶望と死が待っているだけだ。彼と彼女の差はそれほどにまでかけ離れている。
 だから、知らなくて良い。彼は彼に見合った身の丈の情報だけで良いのだ。
 故に彼は自分自身がこの世界で最も情報を有している者だと信じ込んでいる。
 それで良い。それ以上を望まない方が良い。全てを知ろうとなんてしなくて良いのだ。

 だが、情報の魔王ビスボスはそれを許しはしなかった。
 知らないことがあるのはプライドが絶対に許さないのだ。
 だから今回も率先して動く。何も難しい事はしない。何時もの様に数人に乗っ取り記憶をコピーするだけ。
 たったそれだけだ。何時も通りの行動だ。何も難しい事はない。
 そう……そうなるはずだった――

「ぁ、ぁぁ……」

 (何故?なんで私がこんな目に会っている?なんなんだこいつは?)

 水の都に向かったハズの彼はその道中で満身創痍の状態で地面に倒れ込んでいた。
 彼の近くには明るい銀髪のショートヘア、そして何よりも美しい紫眼の女性が立っていた。
 傷だらけの彼と真逆に彼女の体は傷一つ付いていなかった。
 それだけでも圧倒的な力の差が存在していることが分かる。
 
 本来であらば緑豊かなこの草原は今は焼け野原と化している。
 緑は灰と化し地面は抉れ、彼方此方が業火に見舞われている。
 汗一つ掻いていない彼女からは異様な雰囲気が漏れ出す。

「困るんだよ。何をしている。貴様らゴミの集まりが何をしている。
 折角、我のソラが頑張っていると言うのに邪魔をするなよ?
 本当に不愉快だ。久々だ、こんなにも我を不愉快にする存在が現れたのは……本当に腹立たしい」

「な、に、を……」
 
 怒りを露にする女性に対し何を言っているのか全く理解してないし、身に覚えがないと訴える敗北者。
 その発言が彼女をより一層不快にする。

「何を言っているのか分からないとでも言うつもりか?ふざけるなよ?
 確かにお前自身はまだソラには手を出してはいない。だが、既にお前の仲間は手を出したんだよ。
 ソラが特別だったからまだ我はそこまで怒っていないけど、貴様の仲間は一度彼を殺した。
 それに、今お前は彼の事を探りに行こうとしていたのだろう?本当に気分が悪い。
 我のソラに手を出す奴は皆死ねば良い。この世界には必要ないんだ。さっさと死んでくれよ
 死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、殺す、殺す、死ね、死ね、死ね、殺す――!」

「ぉ、まえ、は……」

 彼は体力を振り絞り彼女に乗り移り記憶のコピーを試みた。
 だが、それは彼がこの人生で最も愚かな過ちを犯した瞬間だった。
 
「ぁ、ぁああ。あ。ぁああ。あああああああ!!!」

 これまでにないほどの情報が流れ込んでくる苦痛と同時に彼は知ってしまったのだ。
 この世界で最も恐ろしい存在達の事を。知ってはいけないことを知ってしまったのだ。
 知らなくても良い事を知ってしまった。そして、己が今からやろうとしていたことの過ちを知る。
 目の前の人物の桁外れの力を知る。この世界の歴史を知る。そして、これから己に身に降りかかる残酷な運命を知る。

「うるさいな、喋るな。本当に不愉快だ!」

「っ――!!」
 
 一瞬の出来事だった。彼女が手を振りかざした瞬間に、彼の命はそこで途絶えた。
 槍の様なモノが彼の体に刺さると同時にそれはまるで生きているかのように体の内部へ入り込む。
 彼の体が悲鳴を上げる間すらなく、破裂し肉片が散らばり鮮血の雨が降り注ぐ。
 そして彼女は今までの言動が全て演技だったかのようにころりと表情を変えて歩き出す。 

「さてと~次はあそこだね~」

 彼女――大魔王エリルスが目指す先は新魔王軍の本部。
 彼女を止めるモノはいない。彼女を止めることが出来るのは今は彼女の近くにはいない。
 故に彼女は止まらない。大切な者を二度と奪わせないために彼女は動く。
 かげかがえのない彼の為に彼女は力を使う。彼の成長を見守る為に彼女は邪魔者を排除する。
 例え相手が雑魚だとしても彼女は加減することはない。

 破壊の魔王ブローメド=ジャスゼッタイに続き情報の魔王ビスボスが消滅した。
 それも彼が本部を出て行ってから数十分後の出来事だった。
 まだ円卓部屋には新魔王軍の魔王たち全員が座っており今後の方針について話し合っている最中だった。
 ビスボスの救援を求むテレパシーを受信したと同時に彼の存在がこの世から消滅したのだ。

「何が起こっている!?二人目だぞ!一体何が起こっているんだよ!」

「……逃げた方が良い」

「ちょっとこれは不味いかもしれないっすね……そんじゃ、自分はお先に――」

「おい、そっちは駄目だ――」

 調子モノの新魔王軍の一人がこの事態を重くみ一足先にこの場から逃げ去ろうとした。
 だが、彼が向かった方向からは途轍もない魔力が存在しており、普通ならば気が付く様なものなのだが、
 慌て焦っていた彼は気が付くことが出来ずに其方に向かって走り出してしまったのだ。
 急いで彼を止めようとするも既に遅く――

「ぁあああっ――」

 短い断末魔の様なものが聞こえ、この世のモノとは思えない音が聞こえ、
 遅れて首から上がなくなった死体が円卓のを破壊しながら飛んできた。
 それなりに力を持っている新魔王軍の一人が無残にもたった今目の前でやられた。
 それも普通ではない。刹那。本当に一瞬過ぎる出来事だった。
 一瞬で頭を潰され絶命させ、死体を弾丸の如く飛ばし円卓を破壊。

 その光景を目の当たりにしていた新魔王達は誰一人とも動くことは出来なかった。
 この場に残された五人の新魔王軍の魔王を名乗る者たち。
 決して彼らは弱いわけではない。もし冒険者として生きていれば余裕でSランク以上に到達できる実力を持っている。
 当然、魔王をという事は下には部下になるモノたちが存在している。
 部下の上に立つにはそれ相応の力を持っているという事だ。
 そんな彼らだったが、呼吸をするのもままにならい程、目の前の存在が異常すぎるのだ。
 
 美しい見た目とは裏腹に彼女から発せられる魔力は化け物、いや、それだけでは言葉足らずだ。
 彼女を言葉で表す事は不可能に近い。一歩一歩ゆっくりと歩む。
 その歩みだけでも新魔王軍たちには恐怖する。迫りくる死そのものに。
 数歩進んだ所で彼女の足は止まった。畏怖している彼らはそんな行動にすら怯え唾を飲み込む。

「ふむ、此処が本拠地であたりのようだな……それにしてもどいつもこいつも雑魚ばかりではないか。
 こんな糞の集まりとはな……よくも……よくもそんな力で我のソラをっ!」

 エリルスはこの場にいる全員の魔力や強さを一瞬にして魔眼にて測り取り、
 その弱さにガッカリし、同時にその程度の強さでソラを傷つけたと言うことに憤りを感じた。
 
「な、何者……」

 今にも消えてしまいそうな程小さく怯えた声で新魔王軍の一人が声を上げた。
 たった一言だったが、圧倒的なまでの圧が掛かっているこの空間で声を上げられる。
 その勇気をたたえても良い程だ。
 だが、大魔王エリルスはその様なことを許すことはなかった。 

「……勝手に喋るなっ!」

 顔を歪まさせ明らかに不機嫌だと言う事を露にして声を発した者に魔眼を使い一瞬にして命を刈り取った。
 
「我が質問した時だけ口を開くが良い。それ以外は何も認めない」

「「「「……」」」」

 いとも簡単に奪われる命。抗いようのない力を前に誰もが戦意を喪失し、
 彼女に言われるがままの行動をする。

「正直に答えた方が良い。そうすれば我の手で殺しはしない……
 魔王を名乗っているが、それは誰から授かったものだ?」

 魔王になるのには大魔王が指名しなくてはならない。
 彼らが自称魔王ではなく、本当の魔王だという事は魔眼によって見ぬけている為、
 本当に魔王かどうかなど無駄な事は問いただしたりはしない。
 
「……っ」

「遅い」

 彼女が質問を口にしてから約十秒程の沈黙だった。また一人の命が無慈悲に散った。
 
「だ、大魔王デーグ様です!!私たちを魔王にしてくださったのはデーグ様です!」

 次はお前だと言わんばかりにエリルスが視線を向けると、男は慌てて口を開いた。
 大魔王デーグその名前は当然彼女は知っている。同じ大魔王で先日少しだが実際に会い会話をしている。
 
「デーグか、余計なことをしてくれる。だから嫌いなんだ。
 ……質問は以上だ。精々残された時間を有意義に過ごすが良い」

 知りたかった情報を手に入れた彼女はそう言い残し転移を使ってある場所に向かった。 

「い、行ったか……なんなんだよアレは」

「わからない、でも生きてる」

「……」

 生き残ったのは三人。取り敢えず命があることにホっと一息吐くが、彼らは知らない。
 大魔王エリルスは一度、敵と認識したモノは何が何でも殺すという事を。
 三人は知らない。上空から巨大な魔力の塊が迫っている事を。
 知らない。彼らの命はあと数秒だという事を――

・・・・

 新魔王軍の本拠点がまるで核でも撃ち込まれたかのように破壊し、周囲が崩壊した世界に化した頃、
 転移した先で大魔王エリルスは大魔王オヌブと会話をしていた。
 
「オヌブ~知っていることを話して欲しいな~」

 出会って第一声がこれだ。色々と抜けているが、オヌブにはこれでも伝わるのだ。
 先ほどエリルスの行動を見ていた彼女は聞き返すことはせずに平常心で答える。

「わからない。大魔王デーグがいつ彼らに魔王の名を授けたのか私は知らない。
 信じて欲しい。私はエリルスとあの少年と謎の生物の事を見た。
 嘘をついてエリルスと敵対するような愚かな事はしない」

 世界を見ている彼女すら知らない内に大魔王デーグは動いていた。
 それは嘘ではなく真実だ。オヌブはエリルスとソラ達の事を知っている為、敵対するような言動は取らない。

「そっか~じゃあ仕方ないね~」

「……それだけ?」

 あっさりと引き下がるエリルスに思わず驚いてしまうオヌブ。

「だって~オヌブが知らないって事は本当に謎ってことでしょ~?
 我はオヌブの事は仲間だって思っているから~信じるよ~
 大魔王デーグの事は~もともと嫌いだったし~良いキッカケが出来て嬉しいよ~」

「……戦うつもり?」

 大魔王同士の戦い、それは勇者と魔王が戦う程度の規模では済まない。
 下手すると世界が崩壊するかもしれない。いや、大魔王同士が本気でぶつかりあえば確実に崩壊する。
 大魔王一人ですら世界の半分を制服することが可能な程の力を持っているのだ。
 ソレがぶつかり合うという事は途轍もない被害が世界に出てしまうという事だ。
 同じ大魔王として、世界を観察している者としてそれは出来れば止めたいと言う考えをしているオヌブ。

「い~や~戦わないよ~あいつが何かしてこない限りね~
 後の事は全部ソラに任せるつもり~その方がきっと喜ぶと思うんだ~」

「そう……なら良い」

 戦わない旨を聞き一安心するが、それでもまだ不安が消えた訳ではない。
 得体の知れないソラと言う少年の事だ。もし彼が大魔王デーグと戦う事があればこの世界はどうなってしまうのだろうか。
 そんな事を考えてしまう。少年がもたらす影響は計り知れないモノだ。
 彼が勝てば恐らく何も変わらずに戦いで壊れた世界はゆっくりと回復していくことだろう。
 だが、もしソラが負けるなどという事があれば、それは世界の崩壊を意味している。

「聞いても良い?」

「ん~なに~?」

「そのソラっていう少年は何者なの?何が目的?」

 その質問に対してエリルスは一切悩むこと無く、即答と言っても過言ではない速度で口を開く。

「勇者~いや勇者になれなかった存在だよ~そして我の大切な人だよ~それにソラ、いやソラと仲間たちが本気を出せば~
 大魔王なんて一瞬で殺されちゃうだろうね~でもソラはそんなことはしないね~
 だって~彼の目的はこの世界にいるある神をぶん殴ることだから~本当に最高だよ~」

「神を……殴る?」

「そうだよ~面白いでしょ~」

「変わった人。何時か話してみたい」

「うんうん~今度紹介するよ~」

 勇者になれなかった少年に興味を抱くオヌブ。
 世界を知り尽くしていた彼女に新しい光が差し込む。

「……」

コメント

  • ノベルバユーザー576559

    エリルス最高、かわいい

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