勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

別れと帰還

 かなりの苦戦を予想しており数時間は覚悟していたのだが、
 僅か数十分程で勝負が付いてしまった。
 負けるわけには行かない為、全力で挑んだのだが、
 あまりにもあっさりと終わってしまい、本当に倒せたのか疑問に思ってしまう。

 当然だが周囲を見渡しても奴の姿は見当たらない。
 死体が完全消滅しており本当に倒したのか確認のしようがない。
 だが、いくらあっさりと勝敗が付いたとは言え、戦いに勝ったという認識は正しい。

 ポチの下へに向かい、速攻でポチに抱き着きもぞもぞと器用に動き背中に上る。

「ん~なんかすごいあっさり倒しちゃったんだけど」 

『そりゃ、世界を超越した技を使われちゃ勝ちようがないだろう』

 この世界において奴は最強だったのかも知れない。
 全てを無効化というのはこの世界でおいて最上位の力と言える。
 もし、此方にスキルという異世界の力が無ければ勝敗は大きく変動していただろう。
 決して弱者だったという訳ではない。この世界のヒエラルキーの頂点。
 そこに生じた異常。頂点に立つ者がその異常に対応する手段が無かった。

 決して不正とかではない。使えるモノは全て使い勝利を目指す。
 そこに後悔などは無い。決して負けることは許されない戦いだ。

「悪く思うなよ」
 
 姿など微塵もない彼に向けて小さく呟く。
 もう一度周囲を見渡す。先ほどと何かが変わっているという訳ではないが、
 それでも次はしっかりと勝利したと心に刻み込む。

「これで終わったな」

『ああ。奴の気配は完全に消滅した。
 その証拠に我の加護も復活しているぞ』

「ん、それを聞いて安心した。戻るか」

『ああ、お疲れさま』

 やはり達成感を感じないのだが、これでやっと帰れるんだ。
 やっとヤミ達の下へ帰れる。長かったようで短かったこの世界の旅も悪くは無かった。
 新たな仲間、家族と呼べる存在が増えて大満足だ。
 あちらの世界に戻り、全て解決してから皆で此方の世界に来るのも悪くはない。
 まだ知らないことだらけの世界だ。みんなで冒険するのは非常に心が躍る。
 
 その為には再びヘリムに協力してもらう必要がある。
 俺の様に魂を転生させるという方法もあるのだろうが、
 流石に皆さん一度命を落としてくださいなんて事は頼めないし、頼むわけには行かない
 これから向こうの世界に帰れるというのだから、無傷で転移する方法はあるのだろう。
 ヘリムの様子からして結構準備には時間がかかるみたいだが、
 手掛かりはヘリム以外にも心当たりがある。
 
 最初に俺やクラスメイト達を異世界に転移させたあの神だ。
 死んでいないことは分かっている。
 もう一度戦い情報を聞き出すことも目標に加えよう。

 エキサラ達の下へ戻ると、そこにはニコニコと笑顔を浮かべたヘリムが立っていた。

「ただいま、約束果たしたぞ」

「うん、おかえり!ありがとうね」

「おかえりなのじゃ~」

「早速で悪いんだけどね、
 実は僕の魔力的に向こうの世界に帰れるのは二人が限界になっちゃった」

「え」

 突然ヘリムの口から告げられたのは衝撃的なものだった。
 折角神を倒したと言うのにも関わらず、みんなで向こうの世界に行くことは叶わない。

「二人……なら、全員送れる魔力が回復するまで待つか」

 誰かを見捨てて行くのならば全員が行ける様になるまで待った方が良い。
 早くヤミ達に会いたいのだが、こればかりは仕方がない。

 結構重大な事なのにも関わらず、エキサラとヘリムの表情には曇りなどは一切なく、
 清々しいまでに笑顔を浮かべ、ゆっくりと頷き口を開く。

「いや、その必要はないよ。僕とご主人様で話し合ったんだけどね、
 ソラ君とポチの二人を送るって決めたんだよ」

「え、でも――」

「一応僕はこの世界の神だからね、せっかくの機会だから今後、
 ああいった糞野郎が出ない様に少し見守ってから行くとするよ」

「妾は命の恩人が創る世界にちと興味があるのでのう。もう少しだけ残るとするのじゃ」

 此方の返事などは一切聞く耳を持たない。二人とも言葉を遮り自分の意見を述べる。
 確かにヘリムの言っている事は正しい、同じことを繰り返させないためには
 それが一番良い方法だろう。

「僕達がこっちの世界にいる間にイチャイチャすると良いよ。
 僕が行ったらそんな事許さないからさ――ほら、行ってきなよ」

「……えっ、え!?ちょっと急すぎないか!?」

 色々と言いたい事があるのだが、ヘリムが魔法を発動したらしく、
 俺とポチの真下には魔法陣が出現し光を放ち始める――
 眩い光に目を瞑るが、ふとヘリムの事を見るとうっすらとだが目に涙を浮かべていた。

「ははは、余り話すとさ送り難くなっちゃうからね、
 ここはあっさりと!……ありがとね、本当に」

「……ああ」

「じゃあ、楽しんできてね。僕の我儘を聞いてくれてありがとう」

「ばいばいなのじゃ~」

「待ってるからな、絶対に来いよ!」

「うん、絶対に行くよ。約束さ――」

 光が全身を包み込み天高く光が放たれ――俺とポチは異世界に飛ばされた。

・・・・

 丁度ソラとポチが飛ばされた日、向こうの世界では勇者召喚が行われていた。
 予定では三人の莫大な力を持つ勇者を呼び出す予定だったのだが、
 この世界にやってきたのは正確には五人――三人は王座の間に――
 そして、最も凶悪な存在の二人は草原へ――

 三人の勇者と二人の魔王――いやそんなやさしい存在ではない。
 魔王も大魔王すらも超える凶悪の存在が降臨したのであった。
 その存在に気が付いたものは数多いのだが、一瞬にして気配が消え――
 誰もが気のせいだったのかと安堵するのであった。

『此処がソラの世界か』

「ああ、そうだ。帰って来たぞ――」

 ソラとポチ――この規格外の二人が原因でこの世界のバランスが崩れ始めるのだが、
 それは後々の話だ。
 王国では勇者を歓迎する声が響き渡り――

「ああ、ああ!この感じは!!帰ってきた!!帰ってきた!!
 遂にこの日が来たのね!ふふふふふ、ははははははは!」

 とある魔王城で不気味な笑い声が響き渡った――。
 
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 本日、リーン王国にて勇者召喚が行われる。
 前回の勇者召喚は戦力拡大の為、力の強弱は問わずに出来るだけ多くのもを召喚し、
 神の加護を与え手っ取り早く戦力拡大を完了することが出来た。
 今回の勇者召喚はそれとは違っており、量よりも質を選ぶ予定だ。

 神の力と王国魔法使いの魔力を合わせ莫大な力を秘めている真の勇者召喚だ。
 国民にもしっかりと勇者召喚の日程は知らされており、
 その後に開かれるパレードに向けて国全体で準備に取り掛かっている。

 王座の間で召喚の儀式が行われる。
 王座には王が座り、万が一の出来事が起きる可能性がある為、
 近衛兵がズラリと左右に並んでいる。
 全ての魔力を預かっている王様が召喚魔法を唱えると赤い絨毯の上に魔法陣が浮かび上がる。
 魔法陣に込められた魔力は膨大で鍛え抜かれている近衛兵ですら思わず怯んでしまう程だ。

 そして魔法陣から三人の勇者が召喚される――

 今まさにそんな重要な出来事が起ころうとしている中、草原を歩く二人の影があった。

・・・・

『さあ、何処に行く?』

「ん~取り敢えず人がいる場所に行ってみようか」

 やっと世界に帰ってこれたのは嬉しいのだが、正直に言ってあの二人がいないのは寂しい。
 だが、何時までもそんな事は言ってられない。
 二人が送り出してくれたのだから今は思う存分に満喫しよう。
 ヤミたちに早く会いたい気持ちもあるのだが、何処にいるのか分からない――。
 無駄に探し回るぐらいなら冒険をしながら情報を探して探していこう。

 エリルスの記憶を辿る限り此処はリーン王国の近くの草原らしい。
 数年しか経っていないが、この世界なら地形が変わっていてもおかしくはない。

『そうか、なら乗るが良い』

「ん、ありがと」

 非常に慣れた動作で姿勢が低くなっているポチに飛び乗り、
 全身を預けその気持ちよさを堪能する。
 こっちの世界に来てもポチのモフモフは変わる事はない。
 そういえばこっちの世界では魔法は使えるのだろうか?
 彼方の世界ではエクスマキナの力でスキルが使えるようになったが……
 そう思いつつ騎乗を発動させポチと魔力を繋げる。

『む?』

 成功したようだ。ポチの思考が伝わってくる。

「ちょっとした実験だ」

『ふむ、そうか……所でソラよ』

「嫌だ」

『まだ何も言っていないだろう!』

 騎乗を使っている為、ポチが何を言おうとしていうのか分かってしまう。
 この先に襲われている人たちがいるが、どうする?と言う事だ。
 正直に言って面倒だ。此方に来て早々にトラブルに首を突っ込むのは好ましくない。

『情報が欲しいなら利用すべきだと思うんだが』

「ん~」

 確かに情報は欲しい……よくよく考えれば何処かの国へ行く際には
 身分を証明するものがないとそれこそ面倒なことになる。
 初めて国に入った時の様に記憶を頼りに何とか誤魔化すということは出来るだろうが、
 ここ数年で変化があればその誤魔化しはかえって怪しまれてしまう。

 ポチは情報の為に利用すると言っているが本心は暴れたいと言うのが大半の様だ。
 人を助け、ポチの気持ちも晴らすか、人を見捨て、国の兵と多少揉めるか……
 何方の面倒を取るか天秤にかけるまでもない。
 

「よし、助けよう。だけどポチは人間の姿になってくれ」

『ああ』

 ポチの上から一旦降りるとボコボコと獣の姿から何時ものお姉さん姿になった。
 相変わらず皮膚の下から骨の様なモノがボコボコと蠢いて変形しているのはかなりグロテスクな光景だ。
 変身後はもちろんすっぽんぽんだが、目を逸らしたりはしない。流石にもう慣れた。

「出来れば強そうな男の姿が良かったんだが……」

「残念だな、男物の服はない――うぇえええぇえ」

「お、おぉ……」

 じゃあ、女物の服は何処にあるんだよとツッコみたかったのだが、ポチがお金同様に吐き出しやがった。
 一体どういった仕組みになっているのだろうか。あんな小さな人の口から出て来る様なモノではないだろ。
 それも全く汚れていなく、洗濯したてだと言っても違和感がないぐらいだ。

「その汚い排出やめろ、あとお腹の中に収納するな!」

「ふっ、いくぞソラ!」

「ぶへっ……」

 鼻で笑われてしまい話題を逸らされてしまった。
 首根っこを掴まれ、物凄い勢いで連れていかれる。
 旗の様にバタバタと靡きながら目的地に接近する。
 直ぐにポチの言っていた襲われている現場が見えてきた。
 懐かしい馬車擬きを囲む数人の雑魚の姿があった。
 二人で馬車の中から人を引きずりだそうとしている。

「ソラの世界にはあんなのばかりなのか?」

「いや……まぁ、あっちの世界と比べるとああいったのが多いのは間違いないのかもな」

 向こうの世界じゃスライムすら最強レベルに強いのだ。
 もし今、目の前にいる馬車を襲っている奴らが向こうに行ったとすれば即死するだろう。
 最初から居るのであればああいった輩にはなっていないはずだ。

「大変な世界だな。では、行くぞ――」

「うん」

 口では大変などと言っているが、心底どうでも良い様だ。
 単に相手を把握する為に少しだけ時間が欲しかっただけの様だ。
 何時ものならそんな時間は必要ないのだが、流石にまだこの世界に適応しきれてはいないらしい。

「おぉん?」

 近付いて行くと此方に気が付いた雑魚の一人が鋭利な刃物を向けてきた。

「おいおい、なんか来たぞ?しかも女がいるぜ!!」

「うひょ!丁度良い所に来たなぁ!」

「へっへへ、まずはあの餓鬼を処理しますか!」

「お前、行ってこい!」

「へーい」

 ある程度近付き声が聞こえる距離まで詰め、足を止めた。
 雑魚共の会話からあの馬車擬きには女が乗っていないらしい。
 それにしても……餓鬼と言われるのは少し不愉快だなぁ

「安心しろ、直ぐに殺して償わせてやるから」

 頼もしいけど、別に殺さなくても――っ!?

「へっへっへ!」

 身体強化を予め使っていたのだろう。
 決して反応できない速さでは無かったが大して警戒する相手ではないので無視していると
 一瞬にして背後を取られ首に刃物を当てられてしまった。
 ちょっと、怖い。

「おい……誰がソラに触って良いと言った!!!」

「――」

 別に許可など必要ないのだが、ポチはそれが気に喰わなかったらしく、
 物凄い形相になり瞳孔が開き完全に殺人鬼の顔つきになり、
 相手に有無を言わせずに頭を掴みそのまま回転させ首を引き千切った――
 大量の鮮血が飛び出すがポチの掛けてくれている加護によって汚れ一つ着かない。

 頭部を失った体は無気力に膝から崩れ落ちて行く。
 切り離された頭部は血の海に雑に転がされ、波紋が広がると同時に、
 ポチによって何の躊躇もなく踏みつぶされる。

「なにもそこまで――!?」

 そこまでやる必要はないだろ、と言おうとしたのだが――世界の時が止まった。
 闘技大会で使われた例の反則級の技だ。
 相変わらず俺の意識はあるようだが……雑魚相手に此処までやるか?
 ……待てよ?雑魚相手に使うと言う事は使われた俺も雑魚と言う事だったのか!?

「貴様らの所為で!!」

 んんんんん!?ポチさん!?

 時が止まっている中でポチは雑魚一人一人に怒りをぶつけながら
 散々ボコボコにして殺していく。
 あるものは四肢を引き千切られた後に頭をつぶされ――

「我のソラが汚れてしまったじゃないか!!!」

 シンプルに二つに裂かれたり――色々と刺激が強すぎる出来事が目の前で繰り広げられた。
 そして時間が動き始める――その場には真っ赤な湖が出来ていた。
 穏やかな草原は一瞬にして地獄へと変貌した。
 止める間も無く起こった出来事に思わず頭を掻く。

「やり過ぎだ」

「知らん、勝手に死んだ」

「……」

 溜息すら出ない状況だが、収穫を得ることは出来たい。
 今回の件で、此方の世界でも十分に魔法や加護は使える事が分かった。
 俺の魔法が使えたのだから、ポチだって問題ないとは思っていたが……
 それにしてもこの世界でもポチの加護まで使えてしまうとは、こっちの世界でもポチには振り回されそうだ。
 恐らく先ほどの戦闘……と言うよりかは一方的な蹂躙だったが、それだけでは満足していないのだろう。
 今すぐにでも次の敵を求めて走り回りたい。そう言った感情がビンビン伝わってくる。

 俺としても今すぐに此処から離れて綺麗で穏やかな草原をのんびりと歩きたい。
 だが、そうはいかないのだ。此処まで来て、此処までやってしまった以上には――
 
 さて、そろそろ現実に戻ろうか。

「あれ触りたくないんだけど」

 馬車擬きには雑魚共の鮮血によってベッタリ染まっており、
 勿論扉も真っ赤になっており、いくら加護があるとは言え下種の血など触りたくないのだ。
 今は真っ赤にそまっているが、恐らく中にいる人物は窓ガラスから外の様子を見ていたと考えると
 とても驚いていることだろう。

 ポチが時間を止めている間、俺は意識がある為何が起こっているのか理解できているが、
 一般の人々からすれば突然雑魚共の頭が一斉に吹き飛ぶと言う不可解な光景を目にしているだろう。

「ポチ、開けてこい」

 相手から出てきてくれるのならば一番助かるのだが、
 もしかしたら驚きすぎて気絶しているのかもしれない。
 此処はこんな悲惨な現場に変えてしまったポチが責任を取るべきだろう。

「嫌だ……と言いたいことは所だが、仕方がない……これで良いか?」

 ポチが口ではそう言いながら精霊の力を存分に使い、
 馬車擬きの周りのゴミを風で吹き飛ばし綺麗にしてくれた。

「十分だ……だけどな、俺の姿をみろ」

「可愛らしいじゃないか」

 舐め回すように全身をジロリとみられて思わず身震いしてしまう。

「……そうじゃない、子どもだ!
 子どもよりも大人の姿をしているポチの方が色々と信憑性がますだろ」

「ちっ」

「え?いま舌打ちした?」

 ピンチを助けてくれたのが子どもだったら明らかに怪しがられる。
 感謝はされるのだろうけど、
 それ以上に子どもが大人を何人も殺していると言う現状に恐怖を抱くだろう。
 心がつながっているとこういった事も勝手に伝わってくれるから非常に便利だ。

 舌打ちをしつつも仕方がないとポチが扉の前まで行き、勢いよく開いて見せた。

「ほう……我の索敵もこの世界ではもう少し改良が必要という事か」

「ん?」

 ポチが馬車擬きの中を見てそう呟いた。何かを発見した様だ。
 人なのは間違いないのだろうけど、果たしてそれが生きているのか死んでいるのか。
 ポチの反応から……ああ、どうやら――

「邪魔だ」

 ポチが馬車擬きの中でお楽しみ中だった下種雑魚野郎の頭を容赦なく貫き、
 腕に頭が嵌っている状態で振り、外に放り投げた。
 こればかりはやり過ぎとは思わない、当然の報いだ。
 振り投げる際に鮮血が此方に向かってくるが、加護の影響で跡形もなく消え去る。

「お疲れさん」

「ふっ、其れよりも、こいつどうするんだ
 普段通りの索敵じゃこいつらの反応を感じることが出来なかった」

「うわぁ、こりゃ酷い
 まぁ、索敵出来ていたとしても間に合わなかっただろうな」

 馬車の中を覗き込んでみると、そこには服が乱れ、彼方此方に殴られた跡が痛々しく残り、
 更には先ほどの雑魚の血が掛かりとても清潔とは言えない程汚れている女性がいた。
 涙を流し虚ろな目をしており、此方の存在に気が付いていない。これは完全に堕ちている。

「てっきり女はいないと思っていたが、あれは順番を待ちきれずに馬車を開けようとしていただけか」

「殺すか?」

「ん~、俺が彼女だったら死んでしまった方が良い気がするけどなぁ」

 もし俺が彼女の立場なら下種に犯されるぐらいならば死を選ぶだろう……
 だが、今ならばそういう決断はしないだろう。
 大切な仲間が待っている、そして何より――ポチに掛かればすんなり解決するのだ。

「ポチ――」

「ほう、これは何時かそれなりの報酬を期待しても良いのだな」

「へいへい」

 折角利用しようと助けてやったのに、こんなんじゃ使えない。
 無駄足にならない様にポチに治すように言う。

「本当は見過ごせないだけだろ。御人好しが」

「わーわーきこえない」

 本当の心を読まれてしまい恥ずかしくなり耳をふさぐ。
 その間にもポチは精霊の力を使い女性の身体を清める。
 殴られた跡も傷も消え、体内に入り込んでいる液も綺麗さっぱりに消えさり
 大切な壁すらも復活し記憶すらも操作し散らされる寸前まで巻き戻す。

「って、凄いなポチ」

 ポチの心を読んでいると、物凄く凄い事をやっている事実を知ってしまった。
 何時も凄い凄いと思っているのだが、此処までとは……流石ポチだ。
 俺も今度嫌な記憶消してもらおうかなぁ……

「そんな事に使わないぞ」

「ちぇー」

「ほら、終わったぞ」

「ん、お疲れさん、ありがとな」

 礼を言って再び馬車擬きの中を覗くとそこには見違えるほど美しい女性が居た。
 枝毛一つ無い綺麗な黒髪、綺麗な顔立ちにクリッとした瞳。
 流石に破けたドレスまでは治せなかったのだろうか。至る所が破けている。
 汚れは落ちているため、かなり高級なドレスだと言う事は分かる。
 ひょっとして何処かのお嬢さんなのかな?

「つか、生きてる?」

 目は開いているのだが、瞬き一つすらしない。
 死んでるのではないかと思うほど静かだ。

「生きてるぞ、少し刺激を与えれば復活するはずだ」

「なるほど、じゃ遠慮なく」

 流石に無防備な女性のお腹を触ったりする勇気はないので
 広いおでこにを指でぱちんと弾いた。
 勿論、身体強化などは使っていない状態でだ。
 もし使っていたのならば何の準備もしていないこの女性の頭は吹き飛んでいるだろう。

「いっ……きゃああぁああ!!」

 ポチの言う通り刺激を与えた事によって復活したようで、
 眼を見開き恐怖を思い出した様で両肩を擦り逃げ場のない馬車擬きの中で尻もちを後退った。
 こうなっても別に何ら不思議ではなく当然の反応だ。
 彼女の記憶は犯される寸前で止まっていたのだから。

 こういう時にはこの身体は非常に有利だ。

「目覚めた!!良かった!!大丈夫お姉ちゃん?」

 表情と声色をコロコロと変えて本当に心配する子どもを演じる。
 女性は周りを見渡し先ほどの下種が居ない事に気が付くと
 今度は俺とポチの顔を交互に見て困惑していた。

 ポチさんやい、説明してやってくれ

『なんで我がそんな面倒な事をしなくてはいけないのだ』

 多分彼女は俺とポチの関係を姉弟か親子だと思っているはずだ。
 つまり、彼女からすればどのみちポチの方が俺よりも上の保護者的な存在なんだ。
 俺の故郷では子どもの発言だけでは信憑性がないとして、
 学校に電話しても休ましてもらえない事が良くあるんだ。
 俺が言いたいことはだな、子ども発言は所詮―― 

『そんな説明しなとも、やるつもりだったのだが……』

 あ、そう……

「混乱しているようだが、安心しろ。ゴミは処理した。
 お前が清い身体で居られているのはこの餓鬼のお蔭だ、感謝するが良い」

 おい、まてまてまてまて!!誰が餓鬼だ!!

『気にするな、口が滑っただけだ』

「そ、そうなの?賊は全員倒したのですか?」

「ああ、全員処分した」

「私生きているのね……」

 やっと冷静になり助かった事に一安心した彼女は胸を撫で下ろし、
 次に身体を彼方此方触って身の安全を確認し始めた。

『おい、ソラよ。あいつは何をしているんだ?』

 本当に汚されていないのか確かめているんだろ。

『なんだ、我の言葉が信用できないとでも言うのか』

 まぁ、仕方ない事だろ。
 散る寸前だったんだから他人に言われて信用できる訳がない。

「ほ、本当に大丈夫のようですね……」

 身の安全を確認し終わった様だ。
 言葉ではそう言っているが彼女は肩を抱き、小刻みに震えている。
 流石に寸前までやられていたのだ。直ぐに復活とは行かないだろう。
 落ち着くまではそっとして置くのが良いだろう。
 今の状態では到底まともに話が進むとは思えない。

 周囲を警戒しつつ、ポチに後片付けをさせておく。
 ぐちぐちと嫌そうに文句を垂れながらもしっかりと掃除を完了させる。
 これに懲りたらもう勝手に血だらけにするのはやめてもらいたいものだ。

「……ふぅ」

「ん、お姉ちゃん、もう大丈夫なの?」

 思ったよりも早く落ち着きを取り戻してきたようだ。
 まだ若干引きずっている様だが、会話をするぐらいなら問題はなさそうだ。

「はい……私の名前はラパズ=パピルスと申します。
 この度は助けて頂きありがとうございます」

「僕はソラ!それでこっちはお姉ちゃんのポチだよ!」

 自己紹介を交わす。出来るだけ子どもらしくだ。
 一瞬ポチの事をお母さんかお姉ちゃんどっちにするか迷ったのだが、
 母親と言うよりは何だかんだ言って世話をしてくれる姉と言う感じだ。

『ほう、我が姉だと』

 歳を喰った婆さんよりは良いだろ。

「ソラくん、ポチさんですね、本当に――」

「そんな事よりも助けた礼はしてくれるのだろうな?」

 ラパズの言葉を遮り報酬の話を持ち出すポチ。
 どのみちその話に持っていき上手い事近くの王国に楽して入国する予定だったのだが、
 彼女にはまだその話は少し早い気がする。大丈夫だろうか。

 不安になりつつも彼女の様子を伺う。

「は、はい!それは勿論ですわ!何を支払えばよろしいのでしょうか」

「そうだな……我たちは身分を証明する物を持っていないのでな、
 此処の近くの王国に楽して入れる手続きをして欲しいのだが」

「え、そんな事でよろしいのですか?
 てっきり金銭など要求してくると思ったのですが……」

 驚いた顔でそう言われ、そんなみすぼらしい恰好でもしているのだろうかと心配になる。
 執事服と可愛らしいお洒落な服……別に普通だ。
 正直な事を言うと確かにこの世界のお金は持っていない為、
 金銭も欲しいのだが……金稼ぎも冒険の一つのだ、コツコツやっていこうか。

「構わない、ちなみに可能なのか?」

「はい、問題ありません」

 よし、これでこの世界にきて一つ目の目標は達成だ。
 ……記念すべき一つ目が相手を利用するって少し残念だ。

「お姉さん、なんでこんな所にいたの?」

「えっと……それはですね、今日はリーン王国にて勇者召喚のパレードがありまして、
 ぜひ見に行きたいと思い、こっそりと抜け出して来たのですが……このざまです。
 御者さんには非常に申し訳ない事をしてしまいました……」

「!」

 下を向き今すぐにでも泣き出しそうな声で呟いた。
 どうやら御者が居た様だが賊にやられたようだ。
 襲われる危険がある事を考慮して護衛を雇わなかった彼女の責任だ。

 それよりも、気になるな……

「力も無いくせに護衛を雇わずに来たお前の責任だな。
 精々、生きてその愚かさを償うことだな」

 おや?珍しくポチが他人に優しいことを言っているぞ。

 何時もなら、お前の責任だ。で終わりそうなのだが、
 今回はその続きがある。何だか今日は何かが起きそうだ。

『ソラ、後で覚えてろよ?』

「はい、そうですね……気を取り直して、早速向かいましょうか!」

 それからラパズは御者の代わりとなり馬車擬きを動かしてリーン王国に向かう。
 俺とポチは中でゆったりとくつろいでいた。
 本来であれば俺とポチが馬車を動かすべきなのだろうが、
 生憎と馬を操る能力は無く、それに加え正確な道のりも分からない。
 入国する際にも俺たちよりも彼女の姿のが見えていたほうが良いだろう。

 馬車擬きの室内はポチのお蔭で塵一つない状態になっており、非常に快適だ。
 本当にこの世界に来てからポチには助けてもらってばかりだ。

「ソラよ、これからどうするつもりだ?」

「勇者召喚、どう思う?」

「知らん」

「……まぁ、そうだよね」

 ポチに勇者召喚と言っても伝わらない。
 彼女は確かに勇者召喚のパレードがあると言っていた。
 勇者召喚……新しい勇者がこの世界にやってくる事を意味している。
 ……また、繰り返すのか。

「そんなに故郷が同じ者と戦うのが嫌なのか?」

「ん~別に嫌ではないが、気分が良いものではないな」

 出来れば手遅れになる前に助けてやりたいと思うのだが……
 まぁ、それは機会があればって事で良いだろう。
 故郷が同じと言うだけで無理をして助ける必要性は感じない。

「何だかんだいってどうせ助けるつもりだろ」

「それはどうかな、勇者の人間性にもよるかもな」

 本当に魔王の手からこの世界を救ってやる!!
 などと考えている莫迦ならば助ける必要はない。勝手に世界救ってろ。
 口では世界を救うと言いつつ、そんな面倒な事はしないと心で決めている、
 そんな人間ならば救いようがある。話が通じる相手ならば救いようがあるというモノだ。

「じゃあ、パレードに行くと言う事で良いのだな?」

「ああ、そうだな。恐らくそこで勇者の事見られるだろうし」

 二つ目の目標だ。

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