勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

ポチの八つ当たり

「さて、行くとするか」

「あ、あまりやりすぎるなよ?」

 名前が呼ばれる前に席を立ったポチ。
 対戦相手の事を思って一応そういったのだが、
 ポチで鼻でフンと笑われてしまった。

「それと、一応」

 俺はポチの体に掌を付けて魔力を流し込んだ。
 これは騎乗を発動させるために必要な事で決してやましい事ではない。

「心配性だな」

 ポチは嫌がることなく魔力を受け入れ、こちらにも流して来た。
 これで騎乗の準備は完了だ。

 ポチの事が心配なのではなく、相手のことが心配なのだ。
 万が一やりすぎた場合は即座に止めなくてはならない。

「では、行って来るぞ」

 そういってポチはテクテクと歩いて行ってしまった。
 後、この場で出来る事と言えば後は対戦相手の無事を祈るのみ。
 相手が死なない以上、加減というものが難しい試合なのだが、
 長年生きているポチにとっては容易い事だろう。
 ……そうだと信じたい。手加減してくれよ。

 それから暫くして騒がしいアナウンスが流れ
 ポチと対戦相手がステージに上がってきた。
 対戦相手の名前はフミと言って中々良い装備を身に纏い、
 厳つい顔には幾つもの戦場を切り抜けてきたことを示す傷がいくつもある。
 武器の大剣を片手で持ちながら入場だ。

 対奴隷では無く本日初めての正式の試合だ。
 観客達もこれまでとは違った盛り上がり方をしている。

「さて、」

 俺はこれから起こるであろう事前に知るために魔眼を発動させた。
 力を取り戻してから一度も未来予知を使っていなかったため、
 若干心配だったが、問題なく発動したようでポチと対戦相手フミの動きが見える。

「――まずいな」

 魔眼が見せてくれたのは圧倒的なまでの虐待――ポチによって蹂躙されるフミの姿。
 試合開始のアナウンスと同時にポチが一瞬にして間合いを詰め、
 手を鋭利な刃物の様に変形させ相手の逞しい腕を肩から切り落とした。
 切り落とされた腕が地面に着く前にもう片方の腕を――

「ソラ君、駄目だよ」

「え?」

 予想もしていなかった人物からの声に俺は思わず声を出して戸惑ってしまった。
 普段ならあまり止めたりはせずに寧ろ悪ノリをしながら加わったりしているのだ。
 だが、今回のヘリムは違い。真面目に真っすぐと此方の方を見てそう言ってきた。

「ソラ君が実力を測るために此処に来ているようにポチも同じなんだよ
 ソラ君が出るから付いてきたって言うのも理由の一つだろうけどね、
 これからの僕達が挑む相手は得体のしれない相手なんだ。
 だから、ポチは手を抜いたりはしないし、
 本気で挑んでるところを邪魔するのは許されないことだよ」

「そ、そうか。悪い」

 久しぶりに此処まで真面目なヘリムを見て、思わず謝ってしまった。
 これから俺たちが戦おうとしている相手は神様だ。
 確かに自分の実力が分からない様じゃ得体のしれない相手と戦うのは怖い。
 俺だって死なないと分かっていても怖い。
 例えどんなに強くてもそれは同じことなのだろう。

 ヘリムやご主人様もきっとそうだ……たぶん。

「でも、この試合は無意味だね~」

「うむ、この試合は八つ当たりじゃのう」

「え」

『試合開始――!!』

 試合開始の合図と同時にポチの姿が一瞬だけ消え、
 瞬きする暇も無く戻り――

「ぁああああああ!?」

 フミの断末魔が会場に響きまわった。
 魔眼が見せてくれた未来予知通りにポチがフミの両腕を
 目にも止まらぬ速さで切り落としたのだ。
 現状を理解した観客からは歓声ではなく、小さな悲鳴が起きていた。
 殆どの人々が怯えた表情をしており、声を出せずにいた。

「ほれ、見るのじゃ」

 エキサラに言われ観客に向いていた視線をポチに戻すと、
 仮面から露出している口角が上がっており、
 それを見た俺は何故だが妙に寒気がした。

「参っ――」

 フミが痛みを耐えながらも参ったと言おうとしたのだろうが、
 それはポチによって阻まれてしまった。
 何らかの魔法を使ったのであろう、フミの首に真っ黒い靄の様なものが
 浮かび上がりそれは首輪の形をしている。

「完全にスイッチ入ってるね~
 まぁ、あの相手じゃ実力の測りようがないから
 八つ当たりには丁度良いね」

 声が封じられたフミは何とか逃げようとふらふらと場外へと向かうが、
 軽い足取りでやってきたポチによって両足を切断され阻止される。
 大量の血が零れ出るがそれはポチによって止血される。
 四肢を失った状態でステージの上に転がっているフミを
 何処か楽し気に見下ろすポチ。

「なぁ、これはもう止めて良いよな?」

 実力を測る事すらできない弱者なら
 ポチの事を止めてもヘリムは文句は言わないだろう。
 八つ当たりにせよもう十分だ。

「ん~、もとはというとソラ君のせいだから
 これはソラ君の判断に任せるよ」

『ポチ、ハウス』

『む、楽しいのはこれからだろ?何故止めるのだ』

 おいおい、あの状態から更に何かするのかよ。
 恐ろしいなポチ。

『これ以上は流石に相手が可哀想だ。
 いくら死なないとは言えトラウマ確定だぞ。
 後でたっぷり文句だの聞いて遊んでやるから戻ってきなさい』

『むぅ、仕方がないな』

 何とかポチの説得に成功した。
 ポチはフミの体を蹴り飛ばし場外へ落した。
 せめて優しくとは言わないが手で投げてやってほしかった。
 試合終了のアナウンスが流れるがその声は震えていた。

 あれだけ殺気を浴びせてもケロッとしていた司会者が
 怯えるなんて相当やばい奴だなポチ。

 救護班は急いでフミとフミの部位を回収していった。
 その光景を見て可哀想としか思わない俺も相当やばい気もするが、
 まぁ、死なないだけ幸せだろう……手足は魔法でどうにかなるだろうし、
 心のケアもきっと魔法でどうにかなるだろう。

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