勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

取り引き

 ポチが面倒くさそうによろよろと左右に揺れながら
 傷だらけのダブルホワイトに近付いていく。
 二人の眼は此方を睨み付けるかのように鋭い。
 仕方のない事だが明らかに警戒されている様だ。

 突然目の前にこんな大きな獣が現れたのだから仕方が無いのだろう。
 全く、こんなにモフモフなのに分かってないなぁ

『我だけの所為ではないと思うのだがな』

 距離を大分近付けたが、一定の距離を保つ。
 流石に警戒されている状況でがっつり近付くのは危険すぎる。
 深手を負っている二人に攻撃されようが問題ないのだが
 相手の気持ちも多少は考えてあげる。

 例えばポチが熊だとしよう。
 死にかけている時に目の前に熊が現れ、
 のしのしと此方に近寄って来たらもう失禁ものだろう。

――ごほん

 何となくこれから話すぞと言う合図に咳払いを一回する。

「えーと、取り敢えずこんにちは?」

「……」

 挨拶は大事。
 何事も挨拶から始まると習っていた為、
 取り敢えず挨拶をしてみたのだが、返事が返って来る様子は無い。
 全く、どういう教育を受けてるんだ、ぷんすこ。

『状況を考えろ』

 ……はい、ごめんなさい

 ポチに怒られてしまった。
 流石にこの状況で挨拶を交わすのは無理があったか。

――ごっほん

 改めてと言う意味で咳払いを再びする。
 まずは今の所危害を加えるつもりはないという事を伝えよう。

「俺――」

「貴方は一体、何ですか?」

 言葉を遮られてしまった。
 今からそれを説明しようとしてたんだよ!畜生!
 ちょっと悔しい気もするがまぁ、良い。

「俺達は……」

 あれ、俺達ってなんだ?

 先ほどまでは自分たちの事を説明できる気がしていたが、
 いざ声に出すとなると何と説明したら良いのか分からない。

『何だって良いだろ』

 いや、説明しないと不味いだろ。
 なんか良い答えだしてくれ!

『んー、こいつ等は死ぬ運命だった。 
 そんな大した価値の無い命を救ってやった恩人。それだけで良いだろ』

 うわぁ、酷い。

 価値云々は放っておいて、
 たしかにそれだけで良いかも知れない。
 そもそもこの世界の事を良く分かっていないし、
 ダブルホワイトが何者なのかも分かっていない。

 本当に敵では無いとは言い切れないし、
 これから敵対することが無いとは言い切れない。
 だから今はポチの言う通り恩人という事で良いのかもしれない。
 詳しい事はもっとこの世界のなどを知ってからでも良い。

「俺達は通りすがりの恩人って事で。
 詳しい事は聞かないでくれ。取り敢えず今はダブル――」

 違う!

「お前達に危害を加えるつもりはない。
 ……信用しろって言っても無理があるのは分かっている」

「……」

「……」

『おい、続きはどうした』

 ごめん、何も思い付かないんだけど!

 流れであそこまで言ってしまったが続きが出てこない。

『情報でも聞き出してみろ』

 この状況でそんな鬼畜な事する――?!
 いや、丁度良いかもしれない。
 此方が出すのは傷の回復でダブルホワイトが出すのが情報。
 無償で回復してやるよりもこういった取り引きを持ち掛けた方が
 安心できると言う物だ。

 無償で回復します!なんて言われたら
 絶対に裏があるとか目的は何だとか考えてしまう。
 それに比べて取り引きだと相手の目的があるという事が分かっているため
 そこまで怪しむ事は無く互いに多少の信頼関係が生まれる。

「取り引きをしないか?此方はお前たちの傷を癒す。
 此方が求めるのは情報だ」

「……」

「んー、信用できないか。
 だったらこっちが先に傷を癒してやっても良いぞ」

「!本当、ですか?」

「ああ、本当だとも」

 ダブルホワイトが驚いたように目を見開いた。
 傷を癒してしまえばダブルホワイト達が裏切り
 逃げる可能性も無い訳ではないが、別に問題はない。

「僕達が、逃げ、るかもしれません、よ?」

「逃げれる自信があるならどうぞ」

 俺とポチの力で倒したあの鎧野郎でやられるようじゃ
 到底俺達から逃げられるハズが無い。

「……そう、ですね。ちなみに、欲しい情報とは?」

「そうだな、最低限この世界の情報。
 後はお前達に任せる」

 最低限で一番知りたい情報。
 後は回復に見合うぐらいの情報をくれたらうれしい。

「分かり、ました。ではA-982番の、手当を、お願いし、ます」

「?」

 何故先にダブルガールの回復をしなくてはいけないのだろうか?
 どうせ回復するならいっぺんにした方が楽だろ。

『おい、楽とか言うな
 やるのは我だぞ!』

 まーさか、ポチさんよ、たかが二人の傷を癒すのが
 大変だなんて言わないよね?

『余裕に決まっているだろ!喰うぞ!』

 そんな挑発をしたりとしながら
 ポチがダブルホワイトに回復魔法を掛けてあげる。
 二人の体が緑白い光に包まれて一瞬にして傷を癒していく。
 出血や内出血様々な負傷が癒されていき真っ白な綺麗な肌に戻る。

「こ、これは……凄い」

「驚いた、こんなの初めて」

 只の回復魔法を使っただけなのに一体何を驚いているのだろうか。
 二人は自分の体を何度も見て互いに向き合って驚きの表情を浮かべていた。

「じゃ、早速情報を」

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