勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

爺さん

 またその日も夢を見る事は無く無事に眠れた。
 次の日も次の日も鬼の様なトレーニングをし、
 夢を見ることなく眠り非常に充実?している日々を送っていた。

 ポチとエキサラの訓練は毎日同じだが、
 ヘリムのメニューだけ三日に一度のペースで変わっていった。
 初めは頭の狙い方、次は背後からの無力化の仕方、
 次は心臓を貫く方法……次は目を抉る方法……
 徐々にエグイ内容になっていっているが為になるのは事実だ。

 俺は魔法やスキルは少しであるが使えるが
 戦い方はほぼ素人なのだ。
 エリルスの記憶を頼りに今までは戦っていたが
 それは形を真似ているだけであり、
 しっかりとした戦い方は持ち合わせていないのだ。

 ヘリムが教えてくれるのは若干偏っている気もするが
 ゼロよりはマシなので真面目に取り組む。
 初めの頃はエキサラやヘリムの後の為ヘトヘトで辛かったが、
 今ではもう一セット行けそうなぐらい余裕がある。

 そんな訓練を続けて早数か月が経ち、
 平和な日常に異変が訪れる。
 ポチとエキサラの訓練を終わらせて、
 ヘリムから教えてもらった事を復習している時、

「熱心だな」

 突然背後から声が掛けられ、聞きなれない声に驚いて
 咄嗟に木刀を構えて振り返るとそこには見覚えのある
 仮面をつけた謎の爺さんの姿があった。

「びっくりした……爺さんか」

「久しぶりだな」

「うん、久しぶり。何しに来たんだ?」

 エキサラが爺は用事があって忙しい的な事を言っていた様な気がするが、
 やっと用事が終わったのだろうか。

「ちょっとエキサラ様に伝えたいことがあってな、
 それと前回は果たせなかった頼みを果たしに来た」

「頼み?ナニソレ」

「ああ、お前を強くしてくれってエキサラ様に頼まれていてな。
 ……それよりもお前何があったんだ?お前の命、その汚れ様初めて見たぞ」

 爺は見下ろす形を止めて姿勢を低くしてそう言ってきた。
 ご主人様そんな事を頼んでいたのか、本当に優しい人だ。

 そう言えばこの爺さんは命とかそういうのが見えるんだっけ。
 それにしてもそんなに汚れているのか俺の命。
 まぁ、大魔王の加護が戻って殺すことに躊躇いがなくなってしまってるからなぁ
 そりゃ、汚れるか、しかも二回目だし相当汚れてるんだろうな

「色々とあったからね、俺は説明下手くそってよく言われるから
 知りたかったらご主人様から聞いてくれると助かる」

「そうか、なら後で聞くとする。
 では、早速お前を鍛えるとする――っふん!」

「っ!」

 切り替えの早い事で、爺はしゃがんだ状態で
 俺の腕を掴み立ち上がって勢い良く遠くに投げつけようとしたが――

「……おかしいな、本気でやったつもりなのだが」

 俺の体は宙を舞う事無く、一ミリも動く事は無く、
 少し驚いた点を除けば何のダメージも喰らってはいなかった。
 それも当然、常時身体強化と重力操作を使っており慣れるに連れ
 重力を強めて行き、今では最大まで重力を掛けている。

 そんな事をすれば体は身体強化でどうにかなるとしても
 地面が大変な事になるのは目に見えているが、その心配は必要なく、
 上手い事重力が地面に伝わらない様に操作しているのだ。
 詳しいやり方は正直に言って勘としか言いようがなく、慣れが重要だとしか言えない。

「これでも毎日鍛えてるから、そう簡単にやられはしないぞ」

 そう、毎日鍛えているのだ。
 そして、今毎日の成果を発揮する時。

「なら、これはどうだ!」

 爺さんがムキになって何やら魔法を掛けたのであろう
 体が青白く光り今度は両手で腕を掴み思いっきり振り上げた――が、
 宙に舞ったのは爺さんの方だった。
 俺がやられて黙っている訳なく、力を試す絶好の機会だと思い、
 掴まれた腕を思いっきり振り上げたのだ。

 そして宙に舞い無防備になった爺の頭を狙う。
 ヘリムに教えてもらったように頭二つ分ほど余計に視野を広くし
 空いてる方の手で木刀で斬りつける。
 と言っても寸止めするつもりだ。

「ぐ――っぁあ!」

 だが、そんな事を知っているはずもない爺さんは
 本気で当てられると思い咄嗟に俺の腕を離して銀のガントレットで防御する。
 寸止めしようとしていたのがガントレットによって阻止され、
 木刀は勢いよくガントレットを粉砕し、爺の体を吹き飛ばしてしまった。

「あらまぁ」

 当てるつもりが無かった攻撃を当ててしまい、
 物凄く申し訳なくなってしまった。

「何だ、その力……在り得ない、何者なんだ?」

 どうやら爺さんは生きている様だ。
 思ったよりも元気でのそっりと起き上がり
 粉々になったガントレットの破片を振り払っていた。

「何者なのか、か……」

 異世界人ですと言えば良いのだろうが、
 残念ながらそう簡単には言えないのだ。
 何て言ったってもう人でもないし、転生しているのだ。
 異世界人以外……ならこの世界に来た目的を使うか。

「そうだなー、神を殺す者かな」

「神を殺すだと?……それは正気か?」

「ああ、正気だぞ」

「そんな事をすれば只では済まないぞ」

「んーそうだろうな、だが約束したんだ。
 だから俺は神を殺す。個人的にも気に喰わないんだよな
 何が序列時代だ」

 そんなの只の差別だ。
 多少の差別はあっても良いと思っている。
 王と民、これぐらいの差があっても別に良いと思う。
 だが、まともに生活する事すらさせてくれない程の差別、これは許されない。
 生き物は皆平等であるべきだとまでは言わない。
 せめて最低限度の生活は保障されるべきだ。

 序列の低い種族は有無を言わせずに奴隷。
 そんなの間違っている。

「神を殺した所でこの世界が変わるとでも?」

「知らね。最初は人間を救おうとしたが、そんな面倒な事は俺には出来ない。
 俺はただ気に喰わない神を殺すだけだ。
 その後はこの世界の住民達に任せるさ。どうにもならないならそれまでだ。
 正直な所、俺は神を殺して帰れれば十分なんだよ」

 なんだか余計なことまで口走っている様な気がするが、
 本音を言ってしまえばヤミ達に会えるなら
 この世界がどうなろうと知ったこっちゃない。

「何て自分勝手な奴だ。
 まぁ、そういう奴は嫌いではない。
 俺も今の序列時代は好きではないからな、少しは期待してやる」

「……そっか、がんばる」

 まさかの期待の声に驚いてしまい、
 少し言葉を詰まらしてしまった。

「この強さなら俺が鍛える必要はなさそうだな、
 とっととエキサラ様の所にいくとするか」

 あっさりと爺さんの鍛えは終わってしまった。
 腕をプラプラとさせて爺さんは家の中へと入って行った。
 そんな姿を見て、

「やらかしたなぁ……」

 と呟くのだった。

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