勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

ケログウヌ

「あの子、本当に子どもなの……?あり得ないわ」

 捕虜達の近くでソラの戦いを見ていたイシアがボソリとそう呟いた。
 見た目はどう見ても幼い子供。
 そんな子供が大人並みの戦術を使い自分よりも何倍も大きい魔物に
 何の躊躇も無く挑んでいる。

 イシアはソラの発言や獣に乗っている時点で
 只の子供では無いと判断していたが、
 まさか、此処まで自分の目を疑うとは思ってもいなかった。

 彼女は今ソラが戦っている魔物の事を知っている。
 魔物の中でも凶暴で魔獣と呼ばれる魔物。ケログウヌ。
 頭が三つもあるため非常に賢く、あらゆる戦術を駆使して獲物を屠る。
 捕食する訳でも無いのに村や畑を荒らすだけ荒らし帰っていく。
 皮膚は鋼の様に固く生半可な武器では傷さえ付けることが出来ず、
 討伐するのにも魔剣クラスの武器が必要な為、今まで放置されてきた。

 そんな凶暴な奴だったが妖精族達により討伐ではなくケログウヌが指揮された。
 その際に妖精族は何百人と命を落としたが、
 そのお陰で畑や村が襲われずに結果的に沢山の命を救った。
 だが、その魔獣が指揮者がいなくなり暴走してしまった。

 また沢山の命が失われる。
 そう思ったが彼女は諦めては居なかった。 

 あの化け物と親しげに話していた彼なら
 もしかしたら倒せたりするのではないか。
 そんな無責任な希望を少年に抱いていた。

 そして、現在、目の前に居るのはそんな化け物相手に
 小さな短剣で挑む少年の姿。

 もし、倒せない様なら私の全力を使って
 この場に居る皆を避難させる。
 そう思っていたが、少年、ソラは 

 あろうことか攻撃を華麗に避け、
 風の様な身軽な動きをしその小さな短剣で
 ケログウヌに傷を付けたのだ。

「君なら本当に倒せるかもしれないわ!」

 何度も目を擦ったが目の前に広がるのは現実。
 彼女はその現実を全身で受け止め、
 有りっ丈の魔力を使い少年に加護を授けることにした。

 両掌をソラに向けて軽く瞼を閉じ、
 全神経を研ぎ澄ませ掌に体中の全魔力を集中させる。
 先ほどまで聞こえていた風や木々の音は彼女の耳には入らず、
 今は自分の鼓動の音だけが聞こえる。

 ソラの戦いを見て興奮してしまった彼女の鼓動は少し早く打っていた。

「全ての生を司る精霊達よ、私の全魔力を贄とし――」

 巨大な魔法陣が掌に現れイシアの体から
 魔力を容赦なく吸い上げる。

「彼に莫大な加護を授けたまえ――第十精霊加護ツェーントガイストヒルフェ!!」

 魔法陣から白く輝く光が勢いよく飛び出し
 ソラの体の中に入り込んでいった。 
 そして、役目を終えた魔法陣は砕け、
 全魔力を使いソラに加護を授けた彼女は
 物凄い倦怠感に襲われその場に倒れる様に座り込んだ。

「ははは、何で私、敵なのにあの子に此処まで……任せたわよ」

 朦朧とする意識の中、彼女はそう呟き気を失った。

・・・・

「うおっ?!」

 イシアから第十精霊加護を授かったソラは、
 今にもあふれ出しそうな力が漲り驚愕した。
 先ほど走ったせいで少し息切れをしていたが、
 その息苦しさも消えていた。
 誰の仕業かは直ぐに分かったが今は礼を言っている暇は無い。
 ソラは心を鬼にして再び短剣を構えなおした。

「さぁ、来い!」

 僅かな傷口だがケログウヌには効いた様で
 唸り声を上げてソラの事を力強く睨み付けていた。
 六つの眼に睨まれ心臓を丸掴みにされている感覚に陥ったが、
 今のソラはそれぐらいでは折れない。

 左の頭の眼が動き一瞬だけ捕虜達の方を向いたが、
 ソラはその事に気が付いていない。

 確りと攻撃が効くと分かっても下手に動いたりはしない
 ソラは未だにケログウヌの事をケルベロスだと誤解しているため、
 三つの頭には能力があると思い込み、その能力を警戒している。
 念には念を入れソラは次はケログウヌから動くのを待った。

 睨み合いが長い間続くと思ったが、
 ケログウヌが動き出すのは早かった。
 咆哮を上げソラ目掛け真正面から突っ込んで行った。
 ソラもそれに応えるように走り出した。

 能力対策としてソラは何時でも
 ボロボロの短剣を出せるようにイメージを固めていた。
 能力を出す素振りを見せれば具現化し、
 普通の攻撃であればこの短剣で応戦する。

 そう考えていたソラだったが、
 ケログウヌは全く別の行動を取った。
 距離が数メートル付近で突然方向転換したのだ。
 ケログウヌの体は捕虜達の所へ。 

「っ!」

 ソラはケログウヌの目的を一瞬で理解し、
 必死に後を追おうと方向転換しようとしたが、
 突然の命令の為、頭では理解していても体は付いていかず、
 大分時間をロスしてからやっと方向転換することが出来た。

 普通なら先に行動に移しているケログウヌの方が
 ソラよりも早く捕虜に手が届く。
 一瞬で方向転換出来ていたのならばまだ間に合ったかも知れない。
 数秒遅れてからでは間に合わない。 

 だが、第十精霊加護を授かったソラの体はそんな常識を覆す。
 ケログウヌの後を追う為に力強く一歩、片足が地面を踏み締めると、
 地面が沈み、もう片足が地面に着くと同時にソラの体は疾風の如く、
 物凄い速さでケログウヌの背後まで急接近し、

「行かせねえよっ――!!」

 自分の速さに驚いたが、雄たけびを上げ集中する。
 先ほど短剣で傷付けた位置に再び短剣を差し込む。
 一度目よりも抵抗無く刺さる短剣を強く深く差し込む。

――ガァアアァアア!!

 皮膚の固いケログウヌは今まで傷を付けられる
 という体験はした事が無く、生まれて初めて味わう痛覚に
 耐えきれずに悲鳴の様な咆哮を上げた。
 だが、ソラはそんな事はお構いなしに攻撃を続ける。

 加護を授かったソラの力は凄まじく、
 短剣事自分自身の拳までも傷口を抉りケログウヌの体内に入り込む。
 生暖かい血液を拳で感じ、生き物であると再認識するが
 そんな事を構っていればやられるだけだ。
 それに、今のソラは慈悲を与える余裕などない。

 体内で短剣を離し、新たな武器をイメージする。
 イメージするのは短剣では無く巨大な剣。
 岩も鋼も容易く切り裂き物語の英雄が持つ様な巨大な剣。
 どんな不条理でも覆してしまう英雄の武器。

 ソラはイメージを固め巨大な剣を具現化させる。

――ガアァアッッアア!

 具現化された巨大な剣はケログウヌの体内から
 あらゆる物を切り裂き地面に突き刺さり動きを止めた。
 目を背けたくなるような大量の鮮血が辺りを真っ赤に染めていく。
 そんな血の海を波立たせソラが歩く。

 先ほどまでの威勢は見られず、
 ケログウヌはぐったりとし弱弱しい咆哮を上げていた。
 それでも眼は鋭く歩いて来たソラの事を睨みつけていた。
 ソラは決して怯えたりはせずに勝者として堂々と胸を張り見下ろした。
 だが、そんなケログウヌの姿を見て不覚にもポチの事を連想させてしまった。

 ポチとケログウヌは似ても似つかないが、
 同じ獣という部類の為か物凄い罪悪感に襲われた。

「絶対に謝りはしないからな」

 やられなければやられる。
 それにソラには守らなければならない捕虜達がいる。
 絶対に負けられない戦いだったのだ。
 予想外な事が起き、ありもしない力を発揮してしまったが
 勝利は勝利だ。

 だったら、勝者は堂々と胸を張って居なくては行けない。
 堂々と敗者に誇れるように。絶対に後悔なんてしてはいけない。
 そんな事をしてしまえば敗者に失礼だ。

 だからこそ、今言うべき事は謝罪の言葉では無く、

「お疲れ様、どうか安らかに眠ってくれ」

 昔のソラではこんな事は言いもしなかっただろう。
 一度力を失い絶望したソラだからこそ言える。
 何の努力も無しに力を得る事だって出来る。
 だが、力を得ても努力しなければ意味がない。
 力無き者も努力をすれば強くなれる。
 だが、努力をしなければ強くなどなれない。

 そんな当たり前の事をソラは改めて知った。
 エキサラの力を得ても体を鍛えなければ只の餌とかす。
 ソラは毎日の筋トレは欠かせなかった。
 故に只の餌ではなく力を持つ者になった。

 何事も努力があってからこそなのだ。
 ケログウヌも同様に今まで努力をしてきたのだろう。
 でなければ戦いの最中に捕虜を狙うなどと言う卑怯な手は思い浮かばないだろう。
 一度力を失い自分の無力さを知った。
 だからこそソラは強くなる。

――グゥウウ

 ソラは少し長めの剣を具現化し
 勝者としての最後の仕事に取り掛かる。
 ケログウヌの首に剣先を向け剣を振り上げ覚悟を決め振り下ろす。
 肉や骨を切り裂く感覚が剣を伝ってくる。
 その感覚から逃げようとはせずに確りと受け止め更に二度剣を振った。

・・・・

「ふぅ……」

 戦いを終えたソラは気を失っているイシアの下へ向かった。
 一応礼をいって置くべきだと思っていたが、
 魔力切れで気を失っていたためソラは彼女の横に座り
 戦闘の疲れを息と共に外に放出した。

 捕虜達の様子を伺うと、先ほどまで泣いていたりしていたが、
 今は泣いている者は少数となり、
 皆の顔は先ほどよりマシな顔つきになっていた。

 捕虜達は戦争に出ている為、勿論戦士達だ。
 その戦士達はケログウヌと戦っている幼いソラの事を見て感動した
 のだが、そんな事は知る由もないソラは、
 魔物が倒されて気が楽になったのだろうと解釈していた。

「そろそろ、ポチ達も戻って来る頃かな?」

 そう呟いた矢先、森の中からポチが現れた。
 ポチの美しいモフモフの毛には結果が貼っており、
 やはり血の一つも付いていなかった。
 口の周りには少しだけ血の跡が付いているのは、
 食事の邪魔になるからそこだけには結界は貼ってないからだ。

「お疲れ、ポチ」

『ああ、ソラもやったようだなお疲れだ』

(ああ、あのモフモフ感……はやく触らしておくれ!)

 ソラ願望が伝わったのかポチはのそのそと歩き、
 ソラの下までやって来るとソラを包み込むようにして丸くなった。
 イシアがポチの尻尾の下敷きになったがモフモフなので問題ない。
 モフモフの幸福に包まれたソラは早速それを全身で堪能する。

『ソラよ、あいつは手強かったか?』

「うん、結構強かったけど捕虜の一人が
 協力してくれたお陰でこの通り、無傷で勝てたよ」

 イシアの加護が無ければそう簡単には勝てなかった。
 恐らく数回死んでいただろう、
 それにあそこで加護が無ければ確実に捕虜に被害が出ていた。
 ソラも確りとその事は理解している為、
 彼女が起きたら真面目に礼をする予定だ。

『なるほどな、まさか捕虜に助けられるとはな面白い奴だ』

「本当に面白い奴だよな」

『何を言っている?ソラの事だぞ?』

「え、俺の事だったのかよ……と、ご主人様が帰ってきたな」

 茂みの中から小さなご主人様がよいしょと声を漏らしながら
 傷一つ無い姿で戻ってきた。
 エキサラは倒れているケログウヌの姿と、
 ポチに包まれる様にして幸せそうな顔をしているソラの事を見て、
 優しい笑みを浮かべていつも通りのテンションで

「戻ったのじゃ~」

「おかえり、ご主人様」

「うむ、それにしてもよくそいつを倒したのう、
 物凄く強そうだったのじゃが弱かったかのう?」

 エキサラにもポチに話した事を同じように伝えた。
 すると、何故かエキサラにも面白いのうと言われてしまった
 ソラだったが、一体何が面白いのか理解出来ていない。

「一体何が……まぁ、いいけどさ」

「うむ、では戻るとするかのう、その死体はエルフ共にやるのじゃ」

 やると言っているが、
 捉え方を変えれば死体の処理をエルフに任せるという事だ。
 死体を解体して食料にするも土に埋めるもエルフ次第だが、
 食料にするとなると皮膚が固く物凄く大変な事だが、
 だれもそのことを気付いては居なかった。

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