勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

唯一手に入れた力

「痛っ……」

 動けなくなった俺はまたエキサラに右手の人差し指を
 喰いちぎられた――が、

「痛くない……」

 確かに指はエキサラによって喰いちぎられたが、
 前回とは違い、チクリと針に刺された程度の痛みしか襲ってこなかった。
 他にも指の復活する速度が前回とは比べ物にならない程早く復活していた。
 食われたと思ったら既に生えてる、
 そんな感じだ。

 痛くない……どうしてだ?
 確かに喰われたのに、痛みが襲ってこない
 それに、指が既に復活しているぞ。

「言ったじゃろ、痛いのは最初だけじゃと。」

 困惑している俺を見てエキサラは
 指を口の中でモグモグしながらそう言ってきた。

 痛いのは最初だけ……
 確かに言ってたな。
 痛くないなら別に喰われるのも良いかもしれない……
 いや、ダメだ。このままだと出血死してしまうかもしれない!

 俺がそんな事を思っている中、
 エキサラは俺の指を復活しては喰い、
 復活しては喰い……

「な、なぁ、もういいだろ?」

「まだ物足りぬ」

「いや、もう止めてくれ。
 止めてください。出血死してしまう!」

 俺がそう言うと、エキサラは喰らうのを止め、
 何やら首を傾げた。

「何を言っているのじゃ、出血しても妾の力は凄いからのう、
 出血した血も復活するのじゃ、原理は良く分からぬがのう、
 それに、何をしてもソラはもう死なぬぞ?」

「はぁ?」

 血液が復活するって事にも驚いたが、
 それ以上に俺が死なないって事の方が驚いた。

 いやいや、幾らエキサラの力が在るからと言っても
 死なないって事はないだろ。

「この指と同じじゃ。」

 エキサラは復活した人差し指をつまんだ。

「この指を喰らった時初めは痛かったじゃろ?
 しかも復活するのも少し時間が掛ったじゃろ?」

「ああ。」

「じゃが、今では痛みも無く一瞬で復活しているじゃろ?」

「ああ。」

「そう言う事じゃ。」

「いや、つまりどういう事だよ。」

 そう言う事じゃ、とか言われても全く分からん。
 それと俺が死なないって事と何が関係するんだ?

「むー、鈍いのう。
 つまりじゃな、初めは弱い力じゃが、数を重ねる事に強い力になるのじゃ。
 妾は昨日ソラの指を沢山喰らいまくったからのう、
 だから痛みが無く、即復活するのじゃ。」

 喰われる数が多いほど、痛みがなくなり直ぐ復活するようになる……
 何とも信じがたい事だが、現に俺の指がそう言う状況だから、
 信じざる得ない。

 だけどそれと俺が死なない事って――っ!

「……まさか」

「やっと気づいたのかのう。
 そうじゃ、妾は昨日ソラが気を失っている間に
 人間の弱点である心臓や脳……
 沢山の部位を数え切れないほど喰らったのじゃ」

「な……」

 どうやら、俺の考えは正しかった様だ。

 エキサラは俺の心臓や脳を喰らいまくった。
 つまり、心臓が破壊されたとしても即座に復活して、
 死ぬ事すら許されない。
 脳も同じだ。

「……最高だ。」

 寿命はどうか分からないが、
 俺は死なない。
 この世界では何の力も無い俺が唯一手に入れた力。

 最高だ。
 これで世界を救えるかもしれない。

 俺はそう思った。

「なんじゃ、嬉しそうじゃな。」

「まぁね。」

「少し気になるが、今はいいじゃろう。
 では食事の続きと行こうかのう。」

 エキサラはそう言って俺の――左手を持ち、
 手首を齧り、あり得ない力で喰いちぎった。

「――っ!!!」

 言葉にならない痛みが体全体を走り抜けた。

 くそっいてえ!
 左手は喰らって無かったのかよ!
 ああ……いてえええ

「うむ、美味じゃ。」

 喰いちぎった左手をモグモグしながらエキサラは満足そうな表情を
 しながらそう言い、

 俺は痛みの余り再び気を失った。

・・・・

「うぁ……」

 本日の二度目の物凄い倦怠感と共に目を覚ました。

 一度目の目覚め程ではないが、
 体が怠い感じがする……

 エキサラの力じゃどうにもならないのか、これ。
 毎回こんな感じだったらかなりきついぞ。
 ……気絶しなかったら少しは楽になるのかな。

 そんな事を考えながら、
 動けるようになっている体を動かし、
 起き上がった。

「うわぁ、ボロボロ……」

 起き上がった俺は何となく自分の服装を見てみると、
 昨日までは立派だった執事服が、
 彼方此方破れたり、千切れたりしていた。

「勿体ないな……」

 執事服って高いだろうに……
 こんなボロボロにして……やっぱりお金持ちのやることは次元が違うな。
 エキサラの場合次元と言うより存在そのものが俺とは違い過ぎる。

 俺はボロボロになった執事服を身に着けたまま、
 部屋を見渡しても何処にも居ないエキサラの事を探しに寝室から出た。

 エキサラを探す理由は、二つある。
 一つ目は、今の服をどうにかして欲しい事だ。
 こんなボロボロの服じゃ、彼方此方露出して恥ずかしい。

 二つ目の理由は、空腹だ。
 先程からお腹が空き、ぐ~ぐ~となっている。

 寝室から出た俺は取り敢えずリビングに向った。

 リビングに行くと、勘が良かったのか、
 エキサラが毛皮の上で寝っ転がっていた。

「おお、起きたのかのう。」

 俺の存在に気が付いたエキサラは頭だけ動かし、
 此方を見てそう言ってきた。

「本日二度目の最悪な目覚めだったよ。」

「まぁ、あんだけ喰らったのじゃ、
 当たり前じゃな。
 もっと喰らってやっても良いんじゃぞ?」

 俺が少し嫌味っぽくそう言うと、
 エキサラは邪悪な笑みを浮かべそう言ってきた。

「やめてくれ。」

「冗談じゃ。」

 本当に洒落にならない冗談だ……
 怖い怖い。

「なぁ、服がボロボロなんだけど、
 替えの服って無いの?」

「執事服で良いのなら沢山あるのう。」

 エキサラはそう言いながら、
 何もない空間から執事服を取り出した。

「ほれ。」

「ああ、ありがとう。」

 エキサラが寝ながら投げた執事服を
 慌てて受け取り、軽く礼を良い、
 着替える為にリビングから出て行こうと後ろを向いた。

「待つのじゃ。」

 出て行こうと歩き始めたが、
 何やらエキサラによって止められてしまった。

「ん?」

 再びエキサラの方を向くと、
 先程まで寝っ転がっていたが、今は毛皮の上で座っていた。

「此処で着替えるのじゃ。」

「は?」

 くっ、この展開は二度目の様な気がする……

「何故?」

「ちと、確かめたい事があってのう。
 気絶している間に確かめようとおもっていたのじゃが、
 忘れていてのう。」

「確かめたい事?」

 一体何を確かめたいんだ?
 此処で着替えて確かめられる事って何がある……

「妾の血がどれぐらい馴染んだか確かめたいのじゃ。」

 エキサラの血がどれぐらい馴染んだか……
 どうやって確かめるんだ?
 血だから体内を……
 また俺は喰われるのか……

「優しくお願いします。」

 断ってもどうせ奴隷の首輪の力によって
 強制的に動けなくされると予想して、
 俺は素直に従う事にした。

 その場でボロボロになった
 羞恥心に耐えながら、
 執事服を全部脱ぎ、新しい執事服を着ようとすると、

「待つのじゃ。」

 エキサラにそう言われ、
 俺は着替えを中断し、
 新しい執事服を手に持って、大事な部分を隠した。

「うむ、良い子じゃ。」

 そう言って立ち上がり、
 此方に寄って来た。

 そして、俺の目の前に来ると、
 ジロジロと体を舐めまわす様に見てきた。

「な、何?」

「ふむ、見た感じは馴染みきってるのう。
 じゃが、一応確認しておくかのう。」

 エキサラはそう言って、
 自分の人差し指を俺の口の中にねじ込んできた。

「んん!?」

 いきなり、エキサラの指を口の中に入れられ、
 困惑した。

「喰いちぎるのじゃ。」

「そんな事――ぐっ」

 出来ない、そう思い俺はエキサラの手を掴み、
 口から指を引き抜こうとしたが、
 それは叶わなかった。

 掴もうとした俺の手は、
 エキサラのもう片方の手によって阻止され、
 そのまま握りつぶされてしまった。

 痛みは大して無かったが、
 俺の脳はその一撃に逆らっては行けないと
 判断し、体が動かなくなってしまった。

「ほれ、早くするのじゃ。
 ガブリと。」

 くそっ、指なんて喰いちぎったこと無いんだぞ。
 そんな簡単にいうなよ。

「むぅ、焦れったいのう……
 首輪の力を使うしかないかのう……」

 おいおい、前は余り使いなくない的な事言ってなかったか?
 ……何か強制的に喰わされるのは嫌だな。
 せめて自分の意志で……喰らうしか選択肢がないからどのみち強制的だけど。

「喰うから、首輪の力は使うな。」

 指を入れられている為、若干喋りにくい。

「うむ、じゃあ早く喰らうが良い。」

「くっ……」

 なんでこんな事しなくちゃいけないんだよ……

 俺はそんな事を思いながら、
 勇気を振り絞って思いっきりエキサラの指を喰いちぎった。

 エキサラの指は思っていたよりも柔らかく、
 まるで骨が無いかの様に喰らう事が出来た。

「うっ……不味い。」

 頑張って飲み込んだが、
 物凄く吐きそうになる。

「失礼じゃな。妾の体は美味しいはずじゃぞ。」

 体が美味しいとか
 怖い事言うなよ。

「……で、これで何が確認できるんだ?」

 吐きそうになりながらも、
 俺はエキサラに質問した。

「ふむ、問題なさそうじゃな。」

 満足そうにそう言うエキサラ。

「何が?」

「妾の血が馴染んていない状態でのう、
 妾の体の一部を取り込むと、力に耐えきれなくてのう、
 体がどっか~んってなるのじゃ。」

「なっ……」

 何だよそれ!
 そんな危ない事を確認していたのかよ。
 ……でも、冷静に考えれば体がどっか~んしても、
 俺って死ぬ事は無いよな……

「うむ、満足じゃ。
 早く着替えるが良い。」

 エキサラはそう言って俺に背を向け、
 再び毛皮の上に向った。

 そして、俺はいつの間にかに
 落ちていた新しい執事服を拾い上げ、
 今まで晒されていた事を思い出し、
 羞恥心を殺しながら着替えた。

・・・・

 指を無理矢理食べさせられると言う、
 普通の人間じゃ出来ない体験をした俺は、
 色々な感情が爆発しそうだったが、落ち着き

 エキサラにお腹が空いていると話すと、
 エキサラは眩しい程清々しい笑みを浮かべ、
 偉そうに腕を組みながら

「妾は料理出来ないのじゃ!」

 と言ってきた。
 俺は余りの清々しさに目を背けながら、
 心の中で此奴使えないな。
 と呟いた。

「はぁ……お腹空いたな。」

「食材ならあるんじゃがな……
 すまぬな。」

 エキサラは申し訳なさそうにそう言ってきた。

 何で料理出来ないのに食材はあるんだよ……
 あっ、でも食材があるなら自分で作ればいいんじゃないか!

「食材って何処にあるんだ?
 自分で料理したいんだが。」

「おおっ!ソラは料理出来るのかのう、
 待っておれ今取り出すからのう。」

 そう言って、例の空間に手を突っ込み、
 何もない所から食材を取り出した。
 それを机の上に置き、若干ドヤ顔をしながら此方を見てきた。

「もっとあるのじゃが、これで足りるかのう?」

「うん、十分だ。」

 何の卵かは分からないが、少し大き目の緑色の殻をした卵。
 一見鶏肉の様に見える何かの肉。
 青々とした野菜。
 白い粉が2……怪しい。
 瓶に入った油らしき何か。
 黄色い液体……
 黒茶色の粉……胡椒か何か。

 う~ん、この食材で何をつくろうか。
 取り敢えずこの得体の知れない粉達が何なのか確かめるか。
 卵とか肉とか野菜は別に食べられれば何でも良い

「ご主人様よ、この白い粉と瓶に入った液体と
 黄色い液体とこの黒茶色の粉は何?」

「何じゃそんなもんも知らぬのか。
 白い粉はのう、塩と砂糖じゃ。
 瓶に入ってる液体はのう、何かの油じゃ。
 黄色い液体はのう、酸っぱいあれじゃ。
 最後の粉はのう、コショーじゃ。」

「そ、そうなのか。」

 塩と砂糖と胡椒ぐらいしか分かってないんじゃないか。
 何かの油って何だよ怖えよ。
 酸っぱいあれは酢的なやつって事で良いのかな。

 ……これならアレが作れるな。
 よし、早速取り掛かるぞ!

「ご主人様よ、台所借りていいか?」

「構わないのじゃ。」

 食材を両手一杯に持って
 台所に向い、皿などを用意し
 早速取り掛かった。

 まず、野菜を食べやすい大きさに切る!
 肉は――今回は使わないで良いや。
 切った野菜は皿に盛りつけるっ!

 そして、卵を割る!
 卵黄だけを取り出し容器に入れて、
 酢、塩、砂糖、胡椒を入れる。
 これを良くかき混ぜる!

「うおおおおおっ!」

 かき混ぜ終わったら、
 油を少しずつ容器の中に入れて、
 トロリとするまで混ぜる!

「うおおおおおっ!
 ――完成だっ!」

 試しに味見を、ペロリと。

「うん、これは間違いなくマヨネーズだ!」

 後はこれを皿に盛りつけた野菜の上に
 たらせば完成。

「はい、完成。」

 完成した野菜をテーブルの上に置いた。
 我ながら上手く出来たと思う……
 只切って混ぜて盛り付けただけだけど。

「これは何じゃ?」

 エキサラはテーブルの上に置いてある料理を見てそう言った。
 恐らく野菜の事では無く、マヨネーズの事を言っているのだろう。

「これはマヨネーズ。
 知らないか?」

「まよ、ねず?
 知らぬな。」

「食べてみな。」

「うーむ……」

 少し抵抗があるのか、
 随分と不安そうにマヨネーズを見つめ、
 マヨネーズが少しだけ付いている野菜を手に取り、
 パクリと食べた。

 すると、エキサラの不安そうな顔が
 一瞬で晴れ、笑顔になった。

「美味いぞソラ!美味じゃ!」

「それは良かった。」

 マヨネーズの味が気に入ったらしく、
 野菜をバクバクと食べているエキサラ。

 そんな姿を見ながら俺は、
 ずっと野菜を食べていてくれればいいのになと思っていた。

「って、俺の分が無くなる!!」

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