勇者になれなかった俺は異世界で

倉田フラト

俺が耐えられなくなる前に――

 肌寒い風が壁の隙間から入って来る。
 ひんやりとした地面、今にも虫が湧き出てきそうな
 薄暗い牢屋の中で俺、ソラ=マッルシュークは目を覚ました。

「此処は……」

 確か謎の3人組にゴウルがやられて、
 急いで逃げようとしたら衝撃と共に気を失って……
 目が覚めたら牢屋の中。

 俺の記憶はこんな感じか。
 ゴウル……くそっ!

「本当に無力だな俺。」

 目の前でゴウルが襲われていたのに、
 只々立ち尽くし何も出来なかった自分に嫌気がさす。
 見殺しにした自分に嫌気がさす。

 俺に力があってもう少し早くリビングに行っていたら、
 結末は変わっていたかもしれない。

 そもそも、俺が足何て折らなければ
 ゴウルが襲われる事なんて無かったんだ。
 全て俺のせいだ。

「くそっ!」

 自分の無力さに腹を立てて
 ひんやりした壁を力一杯殴った。

 ドォンッという激しい音はする訳も無く、
 ドスッっと鈍い音がするだけだった。

「……」

 仕方のない事だ。
 今の俺には力が無い、無力だ。
 勇者でも無ければ力も加護も無い。
 只の人間なんだ。

 力の無い弱者は力のある強者に守られて生きて行くしかない。
 だから、仕方がない事だったんだ。

 俺はそう自分に言い聞かせた。
 そう言い聞かせないとゴウルを見殺しにした罪悪感で押し潰されそうだった。

「ふぅ……」

 大きく深呼吸をし、気持ちを落ち着かせ
 俺は今の状況を把握しようと周りを見渡した。

 ボロい壁、ボロい床、薄暗いランプ
 そして、鉄格子。

 一見、犯罪でも犯して牢屋に打ち込まれた様にも判断出来るが、
 俺は自分の格好を確認してその考えは消え去った。

 ボロボロな布切れの様な物を身に着け、
 手首の片方片方に手錠、足首にも同様に。
 さらに、首輪だ。

「……奴隷の格好にそっくりじゃねえか。」

 そっくりでは無く、本当に奴隷になってしまったんだと
 心の中ではそう確信していた。

 この世界での奴隷の扱いは知らない。
 だが、これだけは、ハッキリと分かっている。
 どの世界でも奴隷の扱いは非人道的で残酷だと。

 おいおい、勘弁してくれよ。
 自分の力の無さに絶望した後に更に絶望しろってか……
 ふざけんなよ……俺にはまだやらねきゃいけねえ事が沢山あるんだよ。

「くそがっ!此処から出しやがれっ!」

 鉄格子を掴み、乱暴に揺さぶりそう叫んだ。
 だが、反応する者は居なく
 代わりに返って来たのは木霊した自分の声だった。

「誰も居ねえのかよ……っ!」

 不意に視線をずらすと、
 俺と同じ格好をした少年が目の前の牢屋に入っているのが見えた。

「おい、お前!」

「……」

 だが、その少年からの返事は無く、
 まるで座ったまま魂を抜かれたかのようにピクリともせず、
 只々、ぼーっと何処かを見ていた。

 少年の目には何が映っているのかは分からない。
 だが、一つだけ気が付いた事がある。

「なんて目してんだよ……」

 少年の目には一切の光が映って居ない様に見えた。
 まるで、全てに絶望してるかの様に。

 見渡せる限りの牢屋を見たが、
 皆同じように絶望の目をしていた。

「くそっ、揃いも揃って……」

 流石に周りを見て現実が分かって来た
 俺は大人しくその場に座り込んだ。

 そう言えばライラも奴隷だったな……
 あいつ、こんな場所にずっと居て良く耐えられたな。

 日の光が入ってこない空間で外の状況も分からない。
 俺がこの牢屋に入って何日目かも分からない。
 目が覚めたのはさっきだが、本当は何日もこの場所に居たのかもしれない。
 何も知らない状態で時間だけが過ぎていく。

 ずっと永遠にこの場所から出られないかも知れない。
 そんな不安が俺の心を蝕んで行く。

「俺には耐えられないかもしれねえな……」

 誰か誰でも良い。
 俺が耐えられなくなる前に、
 不安と罪悪感で押し潰される前に
 本当に絶望し切る前に、

「誰でも良い助けてくれ……」

 精神共に限界だった俺はそんな願い事をボソリと吐いた。

・・・・

「――ぁ」

 何時からだろうか。
 ふと気が付くと真っ白な空間にいた。

 何時の間に寝てしまったのだろう。
 寝た?どうして。

 何で?何で、どうして?
 何で寝てしまったんだ、いや、何で寝れたんだ?

「あんな……あれ?」

 あんな?どんな?
 分からない、分からない。
 思い出せない……

 俺は何でこんなにも震えているんだ?
 どうして、一体何があったんだ?

 震えを抑える様に自分の肩を抱き、
 小さく丸まり、震えの原因となるであろう記憶を辿った。

 そして、俺が辿りついた答えは――

「――ぁ、記憶、記憶がない……」

 記憶が一部だけスッポリとまるでくり抜かれたかのように、
 ゴウルがやられた後の記憶から今に至る記憶が
 スッポリと無くなっていた。

 どうして?

 記憶が無いのにも関わらず、
 俺の体は震え続けている。

 何だ、一体何があったんだ?
 得体の知れない恐怖が襲いかかる。記憶の虚無から次々と溢れ出してくるそれは身体を精神を虫歯んでいく。


「怖い、怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い――」

「落ち着いて。」

 記憶が無いと言う恐怖と不安が俺の中を支配している中、
 その声は突然聞こえてきた。

「ぁ、ヘリ、ム。」

「全く、ソラ君らしくないよ。
 今の君は。」

 ヘリムはやれやれと言った感じで
 横になって丸くなっている俺の頭の近くまで来た。

「そんなに震えちゃって、
 僕が言える立場じゃないけど、
 ソラ君、君、この前の僕よりも恥ずかしい姿だよ。」

 ヘリムはそう言って正座をすると、
 俺の頭を持ち上げ、膝の上に乗っけてきた。

「え?」

「大丈夫だから、落ち着いて。」

 ヘリムは優しい顔で俺の事を見てきた。

「何、が?」

 大丈夫って何が?
 落ち着いて?そんなの無理だよ。
 怖い、怖い、怖いよ。

「僕は君を見ていたから。
 大丈夫、大丈夫。
 だから、落ち着こう、ね?」

 そう言って、頭に手をのせ撫でてきた。
 ヘリムの手が頭に触れると、
 不思議と不安や恐怖が薄れていき、震えも収まりだした。

「そう、良い子。
 大丈夫だから、全て僕に任せて。
 君がこうなってしまったのは僕の責任だ。」

「責任?」

「ああ、そうだよ。
 全て僕が悪いんだ。
 こうなってしまったのも
 ソラ君の元に行けなかった僕が悪いんだ。」

「それは――」

 違う、違うんだ。
 確かにヘリムが近くに居てくれなかったから
 今のような状況が生まれたのかも知れない。
 良く分からないけど。

 だけど、それ以上に――

「俺に力が無いから。」

 ヘリムはその言葉を聞いて目を丸くした。

「何を言い出すかと思ったら……
 全く、優しいなソラ君は。」

 優しい?
 そんな事は無い。
 俺は只事実を言ったまでだから……

「あー、そろそろ足痺れて来たから
 本題に入るね。
 ソラ君、君は今精神汚染されているんだ。
 精神を汚染され、君の体は耐え切れなくなって記憶の喪失、気絶。」

「精神汚染……」

 耐え切れなくなって記憶の喪失……そして気絶。
 ヘリムの言う通りなら今の状況が理解できる。
 だけど、俺に精神汚染を掛けたのは誰なんだ?
 一体何のために?

「おっ、いいねその顔。
 何時ものソラ君らしくなってきたじゃん。」

 俺の顔を見て、ニンマリと笑いそう言った。
 そして、

「一体誰が、何のためにって顔してるね。
 大丈夫だよ、僕が見てたから。」

 ヘリムは人差し指を立て、鼻に当て、

「今から話す事は紛れもなく真実なんだ。
 何時ものソラ君なら大丈夫だと思うけど、今の君だと驚いちゃうかもしれないけど、
 一切口を出さないでね。」

「それは、どういう?」

「おっと、そんな悲しそうな顔をしないでくれ。
 別に君の声が聞きたくないって訳じゃないんだ。
 只、足がちょーっとばかし痺れて来てね。
 僕としてはさっさと話を終わらしたいんだ。」

「ああ、」

 ああ、そうだ。
 これがヘリムだ。
 自分勝手な糞野郎。

 これが何時もの精神状態だったらきっとキレていただろう。
 だけど、今の俺にとって此奴は光の様な存在だ。

 恐怖と言う闇から俺を照らしてくれた。
 不安と言う闇から俺を照らしてくれた。

 だから、今はヘリムに従おう。 

「簡単に説明しちゃうけど、
 ソラ君は奴隷になった――いや、奴隷にされたんだ。
 知らないと思うが、奴隷になると同時に魔法が掛けられるんだ。」

 奴隷……俺が……
 一体誰がそんな事を。

「ソラ君ならもう分かっていると思うけど、
 その魔法が精神汚染なんだ。
 何せ暴れる奴隷もいるからね、
 だから奴隷になると同時に魔法を掛け
 檻の中でじっくりと仕上げていく。
 空っぽの物としての奴隷を。」

「――っ!」

「ああ、でもソラ君はもう大丈夫。
 僕が今から救うから。
 言ったろ?
 やっと君を手に入れたんだ。
 誰にも渡さない。」

 ヘリムはそう言って俺の顔を両手で包み込み、

「今から精神汚染を解除するね。
 記憶も全部元に戻るから、結構な苦痛かもしれないけど頑張ってね。
 それと、ソラ君に魔法耐性を付けるよ。
 もう、僕の大切なソラ君がこうなるのなんて見たくないからね。」

 記憶が流れ込んでくる苦痛ならもう既に味わっているさ。
 きっと今から体験するよりも、もっと強大な。

「ごめんね、ソラ君。
 君に大変な思いさせて、でも、もう少し。
 もう少しでそっちまで行けるから。
 待っててね。」

 そう言うと、ヘリムの上に魔法陣が浮かび上がり、
 魔法陣は俺の体まで降りて来て――俺は目を覚ました。

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