始祖の竜神と平凡の僕。

深谷シロ

8.1%でも希望があるなら

 村長は人間種である僕らに親切にも語ってくれた。本当にこの村の人々は親切な人ばかりだ。少女の名前はミシェルというらしい。ミシェルは高台にずっといた。何か意味があるのだろうと思っていたが、予想していた事より酷かった。人間の醜さが浮き彫りになったからである。

 ミシェルは孤児である。実際には両親は死んでいる……とは限らない。その理由は両親ともに行方不明だからだ。ミシェルは両親の事が好きであったために後見人となった家の人も気持ちを察してくれたのだろう。家にいろ、とは言わなかったが、ミシェルは一度も家に帰らなかった。

 高台には一軒の小屋が建っている。それがミシェルの元の家なのだ。だから高台を離れたくないのだ。ミシェルは実質一人暮らしをしている。

 ミシェルの両親は普通の両親だった。他の親と変わらず子供を愛し、仕事をして幸せな暮らしをしていた。だからこそその幸せが奪われたミシェルは酷く悲しんだのだ。

 ミシェルの両親が行方不明となったのは今から三年前のこと。少し村から出ていた日の事だ。偶然にも亜人を待ち構えていた人攫いが両親を攫ったのである。その後の行方は誰も知らない。ミシェルは家にいたため、攫われることは無かった。

 村の人はその様子を遠くから見ていたためにすぐに駆けつけたが、距離があった為に逃げられてしまった。

 ミシェルは人間を憎んだ。悲しみから立ち直るのに暫く時間が掛かったがそれからの毎日は村の屈強な男達でも嫌がるような厳しい訓練を行う日々だった。その復讐心のみで力をつけていったミシェルはその体つきからは分からないが、村では最も強いのである。大人になったら人間に復讐すると誓ったから。

 村の大人達はミシェルにダメだと説得したが聞く耳を持たなかった。成人する頃には目が覚めるだろうと見守る事にしたらしい。

「今、ミシェルは何歳ですか?」

「……十四歳です。あと二年。」

 この世界の成人年齢は十六歳。僅かである。未だに復讐心は続いているようだ。ということは……。

「僕らがいて大丈夫なんですか?」

「まだ伝わっていないはずです。ですが伝わるのも時間の問題かと……。」

 どうにかして助けたい。でもどうすれば……。ルカも同じ表情をしていた。ルカは人間では無いが、全てを統べる始祖の竜神だ。生きる生物達を見捨てる心などしていない。

「大変です、村長!」

「どうしたんだ!」

「ミシェルが……。」

 聞いてしまったようだ。ここに来る事は避けられないか。せめて場所だけでも移して欲しいな。ルカに目配せする。手出しをしないで欲しいと伝えたつもりだが上手く伝わっただろうか。まあ、それは良い。

「村長さん、僕がどうにかしてみようと思います。」

「危険です!」

「いずれ人間とも話すことになるでしょう。それが早くなっただけです。」

 村長さんは終始親切だった。狼人種は敏捷性が高い。それで攻撃料が高ければかなり強敵だろう。恐らく僕とは身体能力が天と地の差があると思う。だがそれで辞めるのは人としてどうなのだろうか。僕は無いプライドに掛けてどうにかしようと決意した。

 村長の家から出るとすぐにも飛び掛ってきそうなミシェルがいた。確かに人間への復讐心の塊のようだ。こんなミシェルが人間の都市に出たら阿鼻叫喚の様子になるだろう。僕はミシェルを止めている村の大人の人達に「大丈夫です。」と伝えた。

 村の大人達はミシェルを離す、と同時にミシェルは飛び掛ってきた。その速い攻撃に僕は咄嗟にマントを翻した。マントは最硬の魔道具アーティファクト。そう簡単には打ち破れない。聖竜か竜神でも無い限り。

 ミシェルの手にはナイフがあった。

「なんで人間がいるのっ!!」

 ミシェルは何度も何度もナイフをマントへ切りつけた。しかしマントには全く歯が立たない。ナイフは遂に砕けてしまった。

「人間ごときに!!」

 どうしてこんな年齢から世界を恨まなくてはならないのか。この世界は残酷だ。どうにかして両親を見つけ出してあげたい。どうすれば……。僕はミシェルと共に旅をするという選択肢が頭に閃いた。ただ、これにはミシェルが人間に復讐心を抱かないようにしてもらわなくてはならない、難しい話か……。

 ミシェルがナイフを砕けたのを見ると次は拳でマントを殴り始めた。亜人の拳はやわではない。しかし少女の拳はすぐに傷つき始める。力は徐々に弱まっていく。

「どうして……!どうして……!」

 ミシェルは……泣いていた。人間は憎いのだろう。僕とて人間は正しいとは思えない。自分自身の事も。人攫いも完全には取り締まれない事からも甘さがあると思う。だけど……それを少女に背負わせて良いものなのか?

「君の痛みは分かる。だけど君がそんな重荷を背負う必要なんてない。」

「煩い!」

 ミシェルはマントを殴り続けるが悲しい抗いだ。既に勝負は決している。ミシェルには勝ち目が無い。だが諦めていなかった。それだけ両親の事が大好きなのだ。愛しているのだ。人間全てを恨むほどに。

「いや、君の痛みは僕には分かる。君より少しだけ人生の先輩だからね。ここにいる大人達、みんながそうさ。君の痛みは分かっている。……僕に良い提案がある。君の両親を探さないかい?僕は旅をしている。いずれ世界中を回ることになるだろう。可能性が高いとは言えない。だけどその可能性が一パーセントでもあるのなら。それにかけてもいいと思うんだ。」

 ミシェルは僕を見た。涙が溢れる目を見開いて。僕を殴る事も止まっていた。それだけ驚きなのか。人間は悪と思っていたのか。僕は絶対にこの子の親を見つけたい。それに人生を費やしても。そう思った一瞬であった。

「私も一緒に旅をする。」

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