亡国の空軍魔導士

ノベルバユーザー194919

プロローグ 化物狩りの狼




ガタン、ゴトン―――


魔導機関車の振動にウトウトとしていたティーナは意識を覚醒させる。窓の外はすでに景色の八割方が茶色の荒地へと姿を変えていた。

「情緒もへったくれもないな…」

それは二十年前、ティーナの出身地である地図に名前も載らないような小さな村の近くにある山に子供の足ではかなり大変な思いをして先祖の墓参りという一大イベントを終えて、村へと帰る道の途中で見た田園と山の斜面に無秩序に生えていた樹木に囲まれているような光景からはあまりにもかけ離れた光景に、ティーナは自らの口からため息が漏れるのを禁じ得なかった。

あの頃は、こんな田舎から抜けだそうと、子供ながらに決心していたなぁ。

とティーナは幼少のころからは考えられないこれまでの自身の人生を思い出した。

帝国暦420年の夏。ティーナが16歳にしてその命を賭して守ることを誓ったアマルティア王国は帝国との終戦協定を結んだ。事実上の敗北、完全降伏、帝国への恭順の証拠にアマルティア王国はサインした。関税自主権の撤廃、国王並びに王族の幽閉・処刑、新たな統治者を帝室から派遣、統治機構を帝国の規格に準拠するよう変更する…などなど。一枚の終戦協定に驚くほど細かい文字で書かれた条件はどれもがアマルティア王国がガデロニア帝国の植民地になることを示していた。

まぁ、せめてもの幸運は帝国の兵士は紳士的で、いわゆる「騎士道」を順守する集団であったことだ。民の虐殺や必要以上の建造物の破壊、芸術品の破壊・略奪行為が植民地化の最中に起きることはなかった。なにか変わったかと聞かれれば、アマルティア王国という国が地図から消え、帝国アマルティア領へと名前が変わり、王国を牛耳っていた醜悪な貴族や行政官達が軒並み打ち首にされて、頭部のみが王城前の広場に掲げられる毎日が一ヵ月ほどあった。そして新たに派遣されてきた黒服のスーツを着たまさにエリートの風貌をした者たちが一斉にアマルティア領の「健全化」を始め、国民は戦争をする前よりもよほど豊かになったことだ。

だが、結局のところ植民地は常に帝国本土を守る壁、緩衝地帯としての役割を持たされているのだと旧アマルティア国民が思い知ったのは424年の春。雪解けと共にさぁ種をまこうかと農家が冬の間に凝り固まった腰をほぐし始めていた頃。それまでアマルティア王国の「良き隣国」であったクロダ共和国は帝国に宣戦布告。その時の口上は未だ帝国の軍部で文書化されて飾られている。
「帝国に突き付けられた最もアホな宣戦布告」と名付けられたそれ、の内容はこうだ。

「アマルティア王国の王女を保護しており、彼女は正統なアマルティア王国の後継者である。帝国は王国の後継者がいないことを口実にアマルティア王国を植民地として扱っている。これは、重大な倫理的かつ国際的な違反行為に他ならない。よって、我が国は帝国がアマルティア王国を正当な後継者である王女に引き渡さない限り、帝国を敵とみなし、アマルティア王国を復興させるためならばいかなる行為であっても断固として行動することをここに宣言する」というものだった。

だが―――。

帝国は、この宣戦布告を帝国に対する挑発行為として判断。そして、いともあっさりとこの宣戦布告そのものの効力を失わせる事実を確認せしめた。

「アマルティア王国における正統な後継者は王直系の男子に限られており、王女は正統な後継者足りえない。よって、クロダ共和国の要求は不当なものである」

なぜその程度の確認もせずに宣戦布告の理由としたのかは未だ軍事行動上今世紀における代表的迷宮問題として扱われている。旧アマルティア王国の中で広がりを見せようとしていた王国復興運動レジスタンスはこの帝国の言い分によって完全に沈黙した。非常に間抜けな醜態をさらしたクロダ共和国だが、それでもまぁ「良き隣国」であった歴史があったのだ。また、クロダ共和国はこの状況に不利を見てとったが、それでも戦争をしたがった。なぜなら、国内に独立しようとする不穏分子が現れていたから。共和国は焦っていた。そして、喧嘩を吹っ掛ける相手を見誤ったと言わざるを得なかった。今、共和国内部で反乱の二文字はすでに消え失せていることだろう。帝国は共和国をその暴力的な数を持ってすり潰し、押しつぶし、塵も残さず消し去ろうとしているのだ。

クロダ共和国は不当な理由によって我がアルマティア領を侮辱し、挑発した。これに対し帝国は正当な報復攻撃を行うことができる。なので、我々はクロダ共和国に宣戦布告する。

簡潔かつ明瞭な宣戦布告をもって両国は衝突した。さて、ここで不幸…と二文字で片づけるのは忍びないが、クロダ共和国はそれなりに―――つまり、帝国と争えてしまう程には大きな国家、国家群であったことを明言しよう。となるとクロダ共和国内で戦線が維持できるのか…残念ながらNOだ。帝国はいつも最低で三つは戦線を持っている。常識的な戦略思想なら辿りつけない、むしろ理解できない領域だ。二正面作戦の時点で危ういことが素人にはわかる。しかし帝国とはまさに三、最大で6正面作戦を行うことさえできてしまう。その時、戦線は六正面が全て繋がって正面と背後のみになっていたが。

そう、出来てしまった。といっても帝国にも余裕がなかった。

余裕はなくとも戦争は続けられる。そして、帝国は若干押し込まれながらも常にクロダ共和国と戦線の押し合いをしていた。となると緩衝地帯のアマルティア領はまさに戦線の押し合いの真っただ中に置かれた。すでに高射角爆裂術式封入弾が何百、何千と落ち続けている大地は深く、深く耕されているのだ。農家が畑を耕す代わりに、高射角砲が耕した地面という地面がおそらく今後十年は辺りの土を運ぶだけで鉄屑代くらいの金になるくらいは。しかし、このアマルティア全土の鉄畑化をティーナは戦線に一週間遅れでやってくる帝都新聞でしか分からなかった。

敗戦処理の一環で、アマルティアの軍部は解体され、帝国軍に再編されたが、陸軍の兵士だった多くの者たちは戦時国際法違反の未成年を含んでいたため、帝国は彼らの身分を保障し、帝国本国への移住を許可するなど、陸軍戦力の大半は帝国の労働力となり消滅した。唯一、空軍はその専門技術の必要性から帝国でも重宝され、特に空軍魔道士ともなると相応の立場を持った。ティーナはその1人として帝国空軍に編入されたわけだが、帝国式の戦争理論を学ぶための学校に一年通わされる促成コースを受けさせられるなどで一時は帝国本国にいたが、すぐさまバルバレイ人民国との戦争に投入され、今日に至る。

しかし、ガデロニア帝国司令部としては不満ながらも六正面作戦は帝国政府によって三正面作戦に変更された。帝国と戦っていた六カ国の内、三カ国との間に休戦協定が相手国の外交筋からの申し入れで結ばれてしまったのだ。いかにガデロニア帝国と雖も国際法を順守する国家としての体面があり、これを仕方なく承認した。
まぁ、そもそも六正面作戦には戦争屋と揶揄される帝国といえども内部経済の疲労や帝国内の16~25歳の成人数が減少傾向になりつつあり、これ以上長引くことは帝国政府内でも懸念事項として挙げられており、避けたい事態だったのだ。おそらく、帝国の財務省辺りは今頃ほっと一息ついているころだろう。

帝国のもつ植民地はそれぞれ一つごとにアマルティア王国が三つ位は入りそうな面積があるが故に、帝国が食糧の調達で困ることはないのだが、働き手が減ってしまうと食糧の生産率も下がってしまう。すると、生まれてくる子供の数や餓死や病気で死んでしまう子供の数にも影響が生まれ、最終的には回り回って戦争に必要な人員が減ってしまう事態が訪れる。なので、帝国は五年ほどをめどにいくつかの国とは休戦協定を結ぶことが多いのだ。

そして、今回の休戦は押し込まれているクロダ共和国の戦線等々を押し上げるための戦略的休戦協定の面を含むものだと思われる。司令部と政府の間での取り決めだろう。どうやらすでにアマルティア王国民として、というよりはガデロニア帝国民として英雄レジスタンス的な行動を行っている集団が最近現れてクロダ共和国側で善戦しているらしい。ああ、何と素晴らしい! 国の英雄だ!

―――諜報機関員火種物資を運ぶ任務をしていなければ素直に喜んでいられたのに。

「はぁ…里帰り、なんて悠長なことを言ってもいられないんだろうなぁ」

そもそも、アマルティア戦線の真反対に位置するバルバレイ人民国との休戦協定が結ばれてから一週間しか経っていないのだ。休戦条約に基づく撤退に二日、帝都まで一日を費やし、休みと言えたのは四日。その内一日はアマルティア戦線にむけた準備航空便で潰れており、実質的な休みは三日。しかし、ティーナは二日を寝不足解消に費やしたため、帝都で所謂「一般人」の暮らしができたのは一日だけ。

「正直、帝都の家は無駄なんじゃなかろうか…」

空軍魔導士は様々な所で優遇処置が取られており、その一つに帝都のマンションの一室を与えられている。が、この一室が使える機会はまさに帝国が停戦を行う五年ごとの節目の年の一週間のみだ。それに比べて、戦線の中での配置換えや戦線間の移動に使用する魔導機関車の二等車をタダで使用することができる事の方がよほど重要だった。三等車には農家から徴兵されてきた男女が寿司詰め状態と聞くので、ティーナとしては非常にありがたかった。アマルティアで空軍魔導士として働いていた時は移動すら偵察行動を伴う形で飛行させられていたのだ。

―――まあ、帝国にも「航空便」という任務をさせられたが。

『まもなく、終点:アマルティア戦線後方。終点です』

部屋に備え付けられているスピーカーから流れるアナウンスを聞いて、ティーナはカバンの中に仕舞っておいた階級章を取り出して、壁に掛けてある軍服に取り付ける。その階級章は少佐。空軍魔導士の階級は少尉が最低階級なので、昇進回数は三回。部隊での役割は副隊長なのだ。さらにカバンの中から空軍魔導士にのみ支給されるマグナム弾を装填できる装飾エングレービングされた拳銃。なお、実用可能なタイプで、もしも暗殺される危険性があった場合はその場で犯人を銃殺できる。ただし、乱用は厳禁。
そんな拳銃のホルスターを腰に巻きつけた時、コンコンとドアが二回ノックされる。ティーナは拳銃を背後に隠した。急ぎの用事の時のノックの仕方など、二等車で使われることなどほとんどない。

「入れ」

ガチャリとドアが開き伝令兵らしき人物が敬礼する。胸につけた階級は低く、おそらくは使い走りと見た。

「伝令! H-999部隊は大陸間魔導機関車を降車後、14:27分に発車予定のアマルティア戦線方面の魔導機関車に乗車してください。移動中、14:30から隊長の部屋でブリーフィングを行うので集合。以上です!」
「了解した」
「失礼します!」

後ろ手に隠した拳銃を軍服のホルスターに仕舞い、隊長の悪戯か何かだろう…と思いつつ軍服に着替えるティーナ。帝国は男尊女卑の考えを遥か昔に捨て去っており、女性専用の軍服がしっかり支給されている。慎ましやかな胸のおかげというべきか、軍服を特注しなければいけないことはなかった。周囲に1人だけ特注した同期が居たが、敵空域の偵察任務で死ねばいいと今でも思う。
軍服を着ると、女性としてのラインが失われ、顔でしか性別を判別することができなくなる。だが、ティーナとしては顔で識別されるというのが嫌いだ。金髪に碧眼という貴族的な容姿をしているが故に、帝国軍に編入してから幾度となく貴族筋と勘違いをされたが、ティーナは両親ともに平民で、村の中で1人浮いた子供だった。

「まぁ―――もう、その村もないんでしょうけど」

プシューと魔導機関車が停車すると同時にティーナは何も入っていないカバンを持って降車した。帝国の建設した近代的な駅構内は白い床に白い天井と清潔感が保たれていたが、窓の外に見える景色は一面土色ですでに戦闘地域に突入しているのだなと実感したティーナはスゥ、と息を吸って気持ちを切り替えた。

ここからは帝国軍人としての職分が最優先事項、至上の命題。故郷であろうとも敵を殲滅するために人々の生活が破壊されることを厭うことはもう、ない。






□□□□□






「さて、H-999部隊問題児諸君。作戦会議と行こう」
隊長のグランは両手を広げた。お気楽な任務で機嫌がいい時の彼の癖だ。「先日の航空便」がよほど効いたらしい。
「まずは状況の説明を」
「そうだな…現在、アマルティア戦線は膠着状態だ。クロダ共和国は砦を戦線沿いに作り上げ、周囲に塹壕を掘っている。地上からの突破は厳しいと見るべきだな」

まぁ、おおよそ今の時代において塹壕が使われない日はなく、これほど厄介な物も少ないだろう。ちなみに航空便が偵察の代替だ。

「で、我々空軍が呼ばれたわけですね」
航空便は軍事行動扱いではないノーカウントというのが司令部の基本理念だそうだ。
「ああ。すでにアマルティア戦線司令部は魔導防壁戦車による強行突破か空軍が補給備蓄砦を破壊するかのどちらかしか選択肢を残されていない。今消費している人員は完全に時間稼ぎと言わざるを得ない」
「ということは、クロダ共和国からの攻勢が激しいと言うことですか?」
「いや、帝国だって砦を作って周囲に塹壕を掘ってるんだ。おそらくは両者痛み分けという状態だな」
「じゃあ、あっちも空軍が出てくるんじゃないですか?」
「まぁ、そうだろうな。…先に本題に入っちまうと、最前線の報告によればすでに空軍の爆撃機による爆撃で被害が出始めている。まだ魔導士の姿は見えていないが、こちらが爆撃機を撃墜すれば自ずと、あっちの魔導士だって出てくるだろうさ」
「じゃあ、制空権の取り合いというわけですか」
「そうだ。だから帝国は虎の子H-999部隊を招集したとも言う。ここでクロダ共和国と講和を結ぶと帝国の戦争経済が破綻する。常に我が国は多数の国と戦うことで経済を回したり調整したりしているのだ」
「そもそも、それがおかしいと何故上層部は気づかないんですかね?」
「今までそれで何とかなっているから。そしてこれからも何とかするつもりだからだな」

帝国はこれまで戦争を常に行うことで戦争特需効果により経済をそれはそれは回しまくり、工業力を高めてきた。まぁそれでもなお途切れない資源力はさすがというべきか、呆れた方がいいのか。アマルティアには資源と呼べるような大規模な鉱山は一つもなく、豊かな大地にも恵まれていない。土台、帝国に勝つことはまずできなかった、と今なら分析可能だが当時は帝国の経済力など考える暇はなかった。

「さて、政治論争おしゃべりはともかく、我が隊は常に遊撃部隊だからな。今は東方面に向かってる。爆撃機の目撃情報と被害が報告された方面だ。とりあえず敵を見ないことには始まらない」

機関車に備え付けられた部隊長向けの部屋には十数人が集合することができる作戦室ブリーフィングルームが併設されており、H-999部隊員は全員がこの部屋に集合していた。そもそもH-999部隊は総勢12名の部隊だ。これは特別にH-999部隊が少ないわけではなく、空軍魔導士は才能によって成り立つ職業であるがゆえに帝国でも用意できる数には限りがある。なので、部隊を細切れにすることで助け合いの精神を遺憾なく発揮し、死亡者を減らすことが求められていた。H-999部隊の面々から上げられた状況の可能性を作戦室ブリーフィングルームの備え付けボードに整理する。

『状況A:爆撃機は幻視で、実際は迫撃砲の被害が報告されただけで司令部の早とちり。我が部隊は瞬時に航空優勢を獲得し、攻撃が可能』
「一番望ましい状況だな」
「あり得なくはありませんが、多数の報告が挙げられているので全てが誤報とはいきません。あまり期待しない方がいいですね」

『状況B:爆撃機は実際に飛来しているが、実際の報告数よりも少なく迫撃砲の被害が上乗せされている。現在クロノ共和国は爆撃機の実地検分中で、我が部隊が制空権を得ることができる』
「ま、妥当なラインとしたいところだ。クロノ共和国がのを条件にな」
「まぁ、帝国相手に持ちこたえている時点で違うでしょう」
そもそもアマルティアにしてもクロノ共和国の援助を常に貰っていた。もちろん、レンドリースという形を取ってはいた。

『状況C:爆撃機は報告通り飛来しており、クロノ共和国は戦力投射効率の実地測定と検証を終えて、より本格的な爆撃を開始する予定』
「前線からの情報によれば、爆撃機の数は増える一方。まだ敵の空軍魔導士がいないだけで前線はメチャクチャなのに変わりはないだろうな。情報部からは敵の陸軍が撤退を始めてるって噂も掴んでるとさ。大方、戦果が出ない陸軍に痺れを切らしたと見える」

『状況D:すでに制空権を完全に掌握されており、これから行く戦場は罠で、到着した途端に空爆される可能性を秘めている』
「まぁ…最終防衛線を越えたら防御術式ディフィーナは展開するに越したことはないな」
「ということは、機関車の中で装備しろと?」
「ああ。最終防衛線通過は15:38だ。それまでに第五車両装備保管庫で完全武装して各自の部屋で待機」
「その言い方だと、襲撃があると明言していませんか?」
「まぁ、情報部がこう言うとき糞の役にも立たないのはいつものことだからな。おおよそ情報の伝達速度が遅い。もしかするとクロノ共和国の大攻勢が始まるかもしれんしな」
「了解しました」

なお、ここまでが司令部のためのアリバイ工作だ。実際は事前偵察で敵航空基地に爆撃機と飛行練習をする魔導士を確認している。





□□□□□






クロノ共和国アマルティア戦線航空基地

数日前から行った少数の爆撃機による塹壕破壊作戦はことごとくが成功した。これによりクロノ共和国アマルティア方面指令部は帝国がこちらの戦線まで空軍魔導士を派遣する余裕がないことが証明されたとした。そして、指令部は爆撃機による大規模な塹壕破壊と補給砦の破壊を命じた。作戦参謀らによる計画は即座に承認され、暁の光作戦と名付けられた。

「時間だ! 作戦開始!」

また、クロノ共和国の潜り込ませているスパイの情報で空軍魔導士一部隊が派遣されてきたという情報が入った為、この部隊を撃破することで帝国の反攻作戦の機を潰そうという目的が追加されたことで作戦が急遽変更。
本来爆撃機の守備に回すはずだった空軍魔導士一個大隊による浸透作戦後、多段爆撃で魔導機関車もろとも敵空軍魔導士を吹き飛ばすという作戦だ。



――――――今や、そのはずだった…というべきだろう。






キィィィン…と吹き飛ばしたはずの魔導機関車の客車から魔導光が見えた。全部で十二個の光。それはまるで引き絞った弓につがえた矢の鏃が太陽を反射するときのように、殺意の込められた光が輝いて見えた。
瞼がその光の眩しさのあまり、閉じようとした時だった。十二本の光の筋が自分の脇をすり抜けたと感じた瞬間、胸のあたりに猛烈な熱さと痛みを感じながら、背後の補助魔導装置がチリチリと爆発する寸前の音を聞いたように感じた。

―――そして、意識は暗転した。





□□□□□





最終防衛線を通過し、これは隊長グランの賭けが外れたかと思ったと同時に魔導機関車内に空襲警報音が鳴った。次の瞬間にティーナは補助魔導装置に魔力を通した。そして、爆撃魔法の前兆となる微弱な魔導波を感知したと同時に自身の真上に防御術式ディフィーナを展開。二秒の時間経過タイムラグのあと、閃光と爆音。しかしティーナは焦ることなく真上に上昇するために魔導推進機関メインエンジンに目いっぱい魔力を送り込み、傍らに置いていた空軍魔道士専用ライフルを手に取り、真上に構えた。



そもそも、帝国は奇襲戦が得意…というよりは好きという表現が適切と思うがその辺は置いておいて、他の方法がいくらでも、それこそ正攻法の方がよほど楽だろうという時にでも奇襲戦を行う物好きが帝国軍司令部の上層部には出そろっている。そして、帝国軍司令部上層部は負けず嫌いだ。だから、自分たちがそう…いわば愛している奇襲戦をされるのが大嫌いだ。だから、奇襲戦を徹底的に分析し、解析し、研究し、時として実戦での実験すら行ってきた。
それを、二百年は行ってきた帝国において例え空軍魔道士の一部隊が奇襲を受けると言うことすらも許容しがたい事実となり得た。だから、ティーナが帝国軍に入ると同時に学ばされたのは敵軍の奇襲を予知する方法と回避もしくは反攻作戦の立て方からだった。まさに、帝国軍人が書いた素晴らしくも誇らしい書の一つに選ばれるだけあって中身は400ページを超える情熱や愛によって狂気のただなかで書かれたのかと思えるような―――
まぁ、その本については置いておくにして。とにかく、ティーナのみならず帝国軍人、しかも虎の子と帝国軍司令部が呼ぶような部隊の隊員が僅か十分程度で考えられたかのように浅はかとも言える奇襲作戦を予知することは難しいことではなかったし、魔導機関車が爆撃される想定というものはすでに訓練課程に組み込まれるような帝国で言うところの「定石ともいえる奇襲作戦のファーストステップの一つ」に数えられていたのだ。

爆撃魔法や爆撃魔術、爆裂魔法に火球魔法などなどの総称的に攻撃魔法と呼ばれるものには常に対象を捕捉ロックオンするために発せられる魔導波が使役者から放出される。この魔導波は人間が感知するには微弱だが補助魔導装置を使えば感覚を拡張することで容易に感知できる。よって、帝国空軍魔導士に対して魔力を使用する奇襲攻撃はことごとくが事前に察知される。よって、クロノ共和国の空軍魔導士らによる奇襲作戦はなんの意味も成さない。さらに、こう言った奇襲作戦の場合は敵が放った魔法数をカウントすることで大よその敵部隊の規模を把握することすら帝国では推奨されている。



こうして、帝国軍の「奇襲戦のすゝめ」を読みこなす帝国軍人で構成されたH-999部隊は各自で瞬時に敵の規模が三個隊から一個大隊と見積もった。第四章の十三節、状況B対応作戦と呼ばれる当該作戦の遂行手順が書かれたページにしたがって各隊員は瞬時に反攻準備を行う。後は、攻撃後の煙がある程度晴れた時点で隊長の言葉によって隊員は飢えた狼のごとく攻撃成果を確認しにのこのこやってきた羊のごとき敵を食い破ることだろう。



『…ザッ…ザザッ………攻撃、開始…』



次の瞬間、ユニコーンのごとく光の尾を引いて、H-999部隊はアマルティアの空へと駆け上がった。支給されたライフル銃の銃身から銃弾が一発だけ放たれ、それだけで部隊員の数と同じ14の敵魔導士が背中に背負った補助装置の魔力暴走によって爆散した。そして、爆散したことでその周辺にちょっとした魔力の偏りが発生する。
まさに、反攻作戦は手順通りの道筋を辿っていた。敵魔導士はランダム回避軌道に移行するも、発生した魔力偏向場によって僅かに回避軌道が遅くなる。これを魔力偏向場の影響を受けないところまで上昇したH-999部隊は即座に狙撃行動に入り、先ほどの14名に5名が追加された。すでに、敵魔導士一個大隊は多大な損害を受け、壊滅状態に追い込まれる。いくらかの半狂乱になった敵魔導士がこちらにメチャクチャに弾を撃ってくるが、帝国製の補助装置が自動的に発生させる魔力防壁によって貫通術式弾ですらないただ火薬の力だけで飛んできた弾を瞬時に無力化し、補助装置によって自身の時間感覚が引き延ばされている隊員達は何食わぬ顔でそれらの狂人を射殺した。
その間に体勢を立て直した敵魔導士部隊はすぐさま、いまだ数で勝るためにこちらを包囲しようと二手に分かれ、距離を開けながらこちらの左右へと展開し始めた。しかし、その行為はH-999部隊からすればカモがネギを背負ってやって来るかのようで、瞬時に対応。部隊は元々予定されている通りに二人一組の一人はこっち、もう一人はこっちと別れた。副隊長であるティーナは右側の敵へと率いる部隊員と共に乱数回避行動と光学欺瞞術式デコイーラスを使用しつつ、敵へと急速接近した。

「クソッ弾が当たらない!」
「当たれぇぇぇ!!!」

と叫ぶ敵の声が聞こえる距離に近づき、ティーナは次弾装填リロードし、常に構えておいたライフルの照準をチラリと覗き、引き金を引いた。ライフルの内部に刻まれた魔法紋が補助装置に貯蓄プールされていた魔力を吸い込み、銃弾に刻まれた魔法紋の起動コードを発動させると同時に銃用雷管プライマーをハンマーが叩き、弾は銃身を通って放たれた。
真っ直ぐに飛んだ弾は敵が咄嗟に展開した防御術式ディフィーナを易々と突破し、敵の体に弾がめり込んだ瞬間、内部に刻まれた爆発術式エクスプローナによって敵は血と肉の花火となる。

「今回の開発された弾は効果あり、か。防御術式ディフィーナを貫通するための対防術式アンチプルーナを唱える時間が要らなくなるのは称賛に値する」

H-999部隊は此度の出撃時に渡された弾が今まで使用していた通常弾・爆発術式弾・貫通術式弾に加えて対防御術式魔法紋が銃弾に刻まれた弾を渡されていた。これに伴ってライフルも新型に交換された。
この画期的な魔法紋はライフルの内部に刻まれた魔法紋を二つに増やすことで爆発術式から対防術式の順に起動させることができるようになったからだ。ただし、少しでもライフルに歪みが出るとどちらかの術式が起動しないという戦争において貴重品扱いしなければいけないどこか設計思想に問題があるライフルだ。そして、術式魔法紋を二つ刻む必要がある弾も手間暇とコストが多大にかかり、こちらも貴重品扱いだ。

「何と言うか、便利なのになかなか使えないものを開発されると何ともしがたいな」

しかもこの武器最大の欠点はこの対防御術式魔法紋が刻まれた弾と刻まれていない弾を撃つ際にライフル側の設定を変更する必要があると言うことだ。つまり、戦場ではどちらかの弾しか撃つことができない。H-999部隊は今回の戦闘では全て刻まれた弾を撃つことにしているが、現時点ですでに莫大な金額を敵に打ち込んでいる。スイッチ機構の取り付けを請求したが、現在開発中の一言で足蹴にされた。

「少佐! 敵勢力崩壊、撤退するようです」
「了解。大佐、先に爆撃機を叩きましょう。おそらくは二手に分かれたはずです」
「おう、このまま分かれた状態で爆撃機群を撃滅する! 行け!」
「了解。B分隊、事前策定作戦通りだ! 行くぞ!」
「了解!」

機関車の上空を離れて十分。予定ではもう爆撃機と会敵しているはずだが、姿ははるか彼方の空にある。どうやら我々の考えていた補給基地への奇襲爆撃ではなく、前線突破の支援爆撃であったらしい。いくつかの爆撃機はその腹に抱えていた多量の爆弾を全て地上に投下し終わって、帰投のための旋回行動に移っていた。

「B分隊長!」
「はっ。何かご用命でしょうか?」
「悪いが、この速度では追撃戦になる。それでは爆撃機の全機殲滅の可能性が薄まってしまう。私が先行して敵の頭を押さえるから、後ろから援護しろ!」
「了解」

魔導推進機関メインエンジンに設計上安定して運用できる魔力量の限界値以上に魔力を瞬間的に注ぎ込む。それまで赤色の炎を噴出していた噴出口から青色の炎が噴き出した。たった三秒間の超加速だが、重力制御魔法をしても緩和しきれない加速Gがかかる。だが、そのおかげで旋回し終わった爆撃機の真上に到達した。急制動の反動で脳を掻きまわされそうな衝撃に耐えながら、僅かに視界に捉えたコックピットと思わしきガラス部分を狙って引き金を引く。着弾の有無を確認する暇もなく、後続の爆撃機や旋回していない爆撃機からの対空射撃を交わすために本来なら人体の構造上推奨されないような多角的軌道を用いて回避行動を行う。軌道を変えるたびに訪れる慣性という変えようのない物理法則と自身の体の兼ね合いを探り続けるような不思議な感覚に陥る。







―――実時間にしておよそ七秒。






弾幕の間隙を突いて、爆撃機の直上を取った。後続の爆撃機のコックピットに爆発術式弾を叩き込み、素早くコッキング。第二射を、慌ててこちらに迎撃態勢を整えようとした爆撃機に合わせ、まだ腹に抱えたままの爆弾を誘爆させるため、こちらにも爆発術式弾をぶち込む。初弾の時点でこちらに向きを直しつつあった機銃の銃口から再びけたたましい音と共に弾がそこにいたはずのティーナに対してぶち込まれる。

が、結果は空振り。第二射は幻影術式ファントゥーナが見せた幻で、実際のティーナは幻影が狙った爆撃機の上部装甲に銃口を押し当てていた。

「共和国の皆さん、こんにちは。―――死ね」

ティーナは引き金を引くと同時に急加速し爆撃機群から離脱。まだ一つも落ちていなかった爆弾が爆撃機の腹の中で誘爆し、周囲の爆撃機を巻き込みながら周囲の空を燃やしつくした。あの中で生きられるヤツはいない。

「こちらホーク2。応答願う」「こちらホーク1。どうぞ?」
「爆撃機群の殲滅完了。支援は必要か?」
「ホーク2、支援攻撃の必要はない。順次、列車に帰投せよ。すでに列車が駅に入っていた場合は駅のホームで集合とする」
「ホーク2、了解」

「―――B分隊、帰投する! 私に続け!」
「「「了解!」」」


<a href="//8035.mitemin.net/i296344/" target="_blank"><img src="//8035.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i296344/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>
□□□□□



二時間後、クロダ共和国の軍務省で会議が開かれた。

「戦果、極めて少なく。損害、甚大…か。この責任は誰がとるのかね?」

会議を開いた主催者のトリーマン陸軍元帥が視線で男に問いかける。

「…はっ」

男は、無言で視線をテーブルへと移し、わずかに頭を下げた。

「なぁ…何でも神妙な顔して頭下げたらなんとかなるとでも思っているのか?」

テーブルに座る将校たちは、今回の暁の光作戦に関するいわば反省会議を行っていた。
その中でも特に眼光が鋭く、周囲を圧していたのは空軍大将のミッテランだった。彼女は、自分たちの部下が皆殺しにされたことにひどく腹を立てていて、会議の場での暴力を禁ずる規則さえなければすぐさま自身がにらむ男の胸倉を掴んで地面に叩きつけたことだろう。それほどまでに彼女は怒っていた。
そして、彼女の視線の先に居る男、諜報部のリーダーであるベルニカ中将は自らが蛇ににらまれたカエルであることを理解していた。

「情報によれば、前線基地へと輸送される敵空軍魔導士部隊は一部隊で、その実力はおおよそ一般的な範囲に収まっているものと思われる…ねぇ? これをうちの奴らは信じて奇襲攻撃を仕掛けてみれば、なんだって? 帝国の死神部隊リーパーズだっただと…? こいつ、いや、こいつらは化物エースじゃないか…戦場を跋扈する化物ファンタジーの国の住民じゃないか! 帝国に唯一拮抗しえたバルバレイ人民国の空軍魔導士一個大隊がこいつらに殲滅された遊ばされたんだぞ! なんでうちの奴らはこいつらと戦わなきゃいけなかったんだ? なぜだ。せめて爆撃が成功するならまだしも…爆撃すらまともにできなかった! なぜ…なぜだ! なぜ、うちの空軍魔導士は奇襲攻撃をさせられたんだ、えぇ?」

ミッテランはテーブルを叩いた。上に乗せられていた食器が一斉にガシャンと音を立てたが、それに抗議できるものは誰一人いなかった。気圧されていた。彼女の怒気に、会議の面々は威圧されていた。殺気が籠っていた。6年前まで戦争をしていた彼女の殺気は会議室の空気を凍り付かせた。

そして、面々が必死に視線を送ることで口を開くな、開くなと忠告しているにも関わらずその男は口をわずかに震わせながら「言い訳」を始めた。

「ま、誠にその件につきましては申し訳ありません。で、ですが帝国軍はこちらの諜報活動を妨害するためにか、彼ら死神部隊リーパーズの魔力波のパターンを別の部隊の物に偽装する装置を使っていたようでして、その…あの…」
「ごちゃごちゃ抜かしてんじゃねぇ! てめぇらの責務は諜報活動だろ! なぜ作戦計画の変更をした! なぜだ! 空軍の計画になぜおまえら諜報部が介入した! 言え…その理由を吐け!」
「えっ、あっ…そ、そのですね。何というか、その…」
「確固たる理由もなしに作戦部プロの仕事に邪魔…貴様、今すぐその頭打ち抜くぞ」
「ミッテラン大将、その辺にしたまえ。彼らとて、今回の件でよーく理解したことだろう。自らの情報がいくら正しいと思えたとしても、その情報を功績として残そうと作戦を変更することの危うさというものに」

トリーマン元帥はミッテラン大将が構えたライフル銃の先端を握った。情報部隊の長であるこの男が明確な答えを言えなければミッテランは本当に引き金を引くと思ったからだった。

「元帥…くっ、わかりました。こいつの頭を打ち抜くのはまた今度にしましょう。しかし、貴殿もご存知の通り、今回の作戦に従事した部隊は帝国の一般的な空軍魔導士と唯一サシで勝負ができるやつらを選りすぐって構成したのです。彼ら精鋭がいなくなり、空軍はもはや爆撃機の守備部隊の存在が紙同然となり、自爆覚悟の作戦しか行うことができない。場合によってはアマルティア上空は完全に彼らの物になる。どうされるのです」
「…撤退しかあるまい。アマルティア領内での維持はもう限界だ。すでに機動防御しかできておらん」
「そんな! そうなれば本国にも戦火が及びます!」
「どうにもならん。今の状態でアマルティアでの戦線が崩壊すれば国内の戦力では帝国の打撃に耐えられぬ。補給路を縮めねば活路もない。もう一つ悪い知らせをこの場の面々に話すが、どうやらアマルティア国内でレジスタンスが動き始めた。彼らの敵は我々共和国だ。そして、そこにいる情報部隊とは別の陸軍独自に構築したラインからの情報だが、レジスタンスの一部に帝国の諜報部が入り込み、レジスタンスのテロ行為を援助しているという情報がある。これ以上アマティア内で戦争をすれば、この動きが爆発的に拡散する。なにせ、彼らは帝国式の植民地化を5年も味わってしまったからな…」

こうして、共和国の歴史に残る最悪の撤退劇が始まろうとしていた。





□□□□□





爆撃機の被害を受けずに済んだ補給基地の一角でH-999部隊はふたたびブリーフィングを行っていた。

「共和国が撤退を始めた。どうやら我が部隊の見事な対応が奴らに撤退の決断をさせたらしい。 喜ばしい事だ。やっと帝国の得意な戦術に持ち込める」
「そして私たちはまた休暇がなくなるんですね。わかります」
「その通りだ。だが、言い方が悪いぞティーナ小佐。 我々は帝国軍人として支払われた対価に対する労働を求められている。これに答えることこそが我々の義務だ」

ブリーフィングは、現状整理から始まった。

「まず、撤退は計画的に行われているのですか? それとも、無秩序な撤退ですか?」
「計画的だ。どうやら、トップが出張ってきたと見える。戦力の効率的な維持と撤退は完全にセオリー通りに行われている。まさに、撤退戦の天才なわけだ。クロダ共和国が生き残ってきたセオリーに我が帝国は嵌りつつある」
「あれですか、誘引オペレーション作戦トラスト
「そうだ。一度は自ら攻め込んで占領した地域を放棄し、戦線を自国まで下げる。そして、迎撃しやすい地形までおびき寄せて、真正面から敵戦力を粉砕し、継戦能力を失わせる。というのが一連の流れだな。クロダ共和国ができてから300年、変わらず続けてきたことはこれまでの歴史を紐解けば容易にわかる」
「ただし、舐めると簡単に逆侵攻されるのが悩みどころですね」





―――――帝国でなかったら。





「それにしても、クロダ共和国の情報収集能力が落ちているという評価が正しいのか疑っていたが…こうも帝国の有利に働くとやはり疑り深くなってしまうな」

帝国の得意戦術である奇襲攻撃は、計画が綿密に練られているほど打撃効果が増幅し、敵の戦力を粉砕する。その点、クロダ共和国はまさにあちらの諺で言えば「カモがネギを背負ってくる」だ。

大体、撤退作戦が綿密に行われるということはそれを統率するだけのいわば「カリスマ」を必要とするのだ。この人の命令なら命に代えてでも遂行するという強い意志を与える司令官の存在。クロダ共和国において、それほどの経験と実績を積んだものはただ一人、陸軍元帥トルーマンしか存在しない。

「状況を鑑みるに、やはりここは帝国の十八番、首狩り戦術を用いるという結論に司令部は至った。H-999部隊われわれを中核に撤退作戦の指揮所を強襲し、敵の首魁であるトルーマン元帥を捕獲もしくは殺害せよ。各員、懸念事項は?」
「隊長、一点だけ」
「発言を許可する、ティーナ」
「おそらくトルーマン元帥の空軍魔導士守備隊にミッテランという人物が張り付いている可能性があります。彼女は私に空軍魔導士としての航空戦闘ドッグファイト基礎理論を授けた人物であり、帝国空軍魔導士の近代飛行方法の元祖ともいうべき人物です。彼女との戦いになった場合、H-999部隊の人間でも撃墜リスクを抱えます。―――よって、私が彼女との戦闘を行います。各員は彼女と戦闘を始める前に私に一報すること。直ちに私が急行し彼女と相対します」
「それほどの人物か」
「はい。私は彼女の技術の多くを理論化しました。しかし、彼女自身は技術の理論化をできないとしていました。それほどまでに彼女の空軍魔導士としての才覚は高く、クロム共和国の教導隊には理解すら難しかったのでしょう。彼女はまさに感と経験で戦場を潜り抜けてきた化物です。我々はさながら化物に挑む矮小な人間と思うべきです」
「ははは、副隊長が人間? せいぜい化物が化物と戦うだけだろ?」

ドスッと背後にいた分隊長の脇腹を肘で突く。ゴフッゴフッとせき込んでいるが、会議は進む。

「あ…あー、えーと。うん、ともかく、敵の撤退計画はおそらく指揮官トルーマンの頭の中にしかないだろうから、我々は裏の仕事ブラックワークをするとしよう。早速、先日送った航空便が役立ちそうだ」





□□□□□





H-999部隊は、空軍に所属する精鋭部隊で、戦意を常に向上させるためのプロパガンダ部隊の役目を背負っている…というのが表の仕事ホワイトワーク。しかし、H-999部隊には他のプロパガンダ部隊とは所属が一部異なる点がある。

司令部空軍特務魔導士プロパガンダ部隊兼、内務省諜報部特務魔導士アサシン部隊。

戦場においては味方の視察任務と敵の撃滅任務を同時に行い、戦場の外においては敵への諜報活動の連絡任務や諜報活動に向けた支援物資の運搬(航空便)。だが、時としてH-999部隊は自ら敵地に浸透し、ライフラインたる補給路を破壊する。今回は補給基地ではなく敵司令部の本拠地を爆破するだけだ。

そして、今回に関してはレジスタンスの協力を得ることが可能で、爆薬も事前に届けている。まだ共和国側の陣地で爆破が起きたという話は届いていないので爆薬はまだ使われていない可能性が高い。

―――もちろん、爆薬がすでに使われていた場合は強襲をかけることになる。




□□□□□





結果から話すと、爆薬はすでに使われていた。私たちが侵入するために防空網を構築していたレーダー塔を破壊するために全てではないが一部が使われた。
そして、おそらくではあるが司令部を爆破するための爆薬量は一切使われていないことを前提とした量が必要と計算されていた。

「まぁ、おかげで我々の存在が気づかれなくて済んだわけだから良しとしよう。しかし、レーダー塔三つをそれぞれ別の方法で機能停止にする手腕はさすがというべきかな?」
「ははは、伊達に20年もこの仕事をしておりませんよ」

帝国の内務省諜報部工作部隊で常に前線を引っ張ってきた老年の紳士は、その柔和な顔からは想像できないほど鋭い眼光を抱えて我々を迎えた。

「これは失礼! ところで、現在占拠中のレーダー塔から偽装信号を送ることは可能ですかね?」
「ふむ…少々時間を貰えますかな。さすがに偽装信号を送った後に脱出する時間は残されておりますまい」
「構いませんよ。撤退が完了するまでに必要な時間は膨大だ。まだ撤退作戦は前線で維持できなくなった師団を撤収する段階だ。本戦力が撤退し始める前に強襲できればいい」

前線で維持できなくなった師団を無理やり再編してもう一度前線に押し込んでいた共和国からすれば大胆な方針転換だ。司令部がこれを撤退作戦の序章と判断したのは勘違いではないだろう。まぁ、代わりに新たな師団を送り込んできているが、前線からの報告では敵側でこちら側の予測しない爆発が認められたや暴発事故と思われる混乱状態を確認した等々…明らかに戦慣れした人間がいないことがわかる。すでに共和国は時間稼ぎを始めたのだ。未来ある自身の血と肉片を対価に、まさに血の滲むわずかな時間を稼ぎ出すことが共和国司令部に課せられた命令なのだ。

「あまり気分が良いとは言えませんね…」

帝国と戦った最後の夏では、歩けるものは全て戦場に行けと言わんばかりのまさに総力戦となっていた。空軍魔導士であったが故にその地獄の惨状に巻き込まれることはなかったが、上から見るとまさに地面に大きな赤い池ができていたかのようだった。
しかし、その頃アマルティア王国の王族たちは貴族と共にパーティーを開いていた。本来なら戦場に居るはずのティーナはなぜかそのパーティーの護衛をさせられ、本当にこの国に仕える意味があるのだろうかと考えさせられてしまった。その時、一体何人の人々がアマルティアの地面のシミになってしまったのかを考えた自分は、おそらく正常だったのだろう。だが、周囲の人間は貴族の人間と関わるうちにおかしくなっていっていた。人を家畜を潰すように使う。それは、人を数字として見るよりも惨いことだ。

「んん? もしやあなたは帝国の空軍魔道士の母とまで呼ばれたティーナ殿ですかな?」
「その名前はやめて下さい。過去の空軍魔道士が築き上げてきた技術の否定は私が最も嫌うものです」
「そうでしたか。そういえば、たしかあなたの師が敵司令部にいらっしゃるのでは?」
「私の手で殺します。―――戯言おしゃべりは結構。私に話しかけないで頂けますか?」
「これは失礼。レディの逆鱗に触れてしまったらしい。では、失礼」

狸爺め…と恨みの視線をその背中に向けた後、ティーナは自らに与えられたテントに向かった。





□□□□□




「あれ、スコルじゃないか。久しぶりだね」

テントには、いつの間に入り込んだのか同じ人間とは思えないほど小さな体をした女がいた。
H-999部隊専属の魔導具師、ブリードだ。主に銃の調整を行ってくれる。時々壊れた魔導推進エンジンや補助装置の修理も行う優秀な奴。だが、H-999部隊部隊に来た時から私の事をティーナと呼んだことはない。そして、スコルは常にH-999部隊のいるところにいる。運んでもいないのだ。常に不思議な目で見られているブリードだが、彼女がそれを気にしているところはいまだ見ていない。

「…私の名前はティーナだ。いい加減覚えろ。あと、ここは私のテントだ」
「あはは、そこは冗談だよ。でも、そんなこと言われても、君の呼び方を変えることはしないよ。スコルはスコルさ。それにしても、その銃の調子はどう? うまく使えてる?」
「あんまり。弾も高いし、銃も不便だ。いちいちモード変更のために地上に降りないといけないあたりが特に、不便だ」

その返答を受けて

「そっかぁ。でもでも、人間の技術ではとっても画期的な銃なんだよ? それを不便って言ってあげないでよ。頑張って作ってるんだよ?」
「すぐに銃が壊れそう。今度の作戦はこんな銃では挑めない。さっさと私のを出して」
「はいはい。時間が開いたからね、スコルの銃もきっちり仕上げてるよ」

H-999部隊には軍の研究者が開発した新型武器の性能を確かめる役目がプロパガンダ部隊にくっついている。大体、性能の高い新兵器が回ってくる確率など「森の中で適当に投げた棒が跳ね回る鹿の尻に刺さる」くらいあり得ない。そのため、多くのプロパガンダ部隊は損耗率が高くなる。しかし、H-999部隊は現在損耗率ゼロを誇る。これは、諜報部の特務部隊を兼任しているだけでなく、ブリードのおかげもある。激戦が予想されるときにはブリードの調整したブリードの作った銃を使用し、それほど激しい戦いにならないと思われるときは新型兵器を「現地改修」して使っていた。

「やっと二重魔法紋ダブルが使えるようになったからね。これで戦術の幅も広がるでしょ」

ポンと渡されたライフル銃は装飾エングレーブ…に見える魔法紋が全面に刻まれていた。帝国の軍学校で少しだけ魔法紋の形を覚えたティーナには、全面に刻まれた魔法紋のいくつかが理解できた。
「銃身安定、銃弾安定、照準安定…魔法紋の展覧会のようだな」
「ふふふ。全部で32個。これだけで今の帝国が標準装備としている補助装置全部が補えるの!」
「ブリード、これだと32魔法紋じゃないか?」
「まーまー。二重も二連も同じようなもんだし!」
「二重は可能だと言われてきたけど二連はまだまだ特異点シンギュラリティの場所もわからないはずだが…」
「ダイジョーブ! 似たようなもんだから!」

ブリードの持ってくるものはどれもが技術的に帝国でも不可能とされたもので構成されている。どうやら私が来るまではこんなことはなかったらしいとグランから聞いてはいる。それにしても、これがもう少し魔導技術について知っていれば驚きようも違うのだろうが、そのあたりに関する知識を持っていない私にはよくわからないし、我が部隊にはブリードしか技術的な事がわかるのもいない。

「で、これが専用弾と通常弾。さすがにこっちは二重魔法紋の弾だね。証拠残っちゃうし。でも、銃の方で弾の切り替えはできるから」
「それはどうも。その技術を研究者に教えてやってくれ」

こう私が言うとブリードはいつもの返しをする。

「んー、人間のものは人間が生み出さないとね。私が教えちゃうのはズルだから」

じゃあ、お前は人間じゃないのか。その疑問を問うことはそれ自体が罪のようで、ブリードに聞くことは一度としてなかった。それは、ブリードという存在を否定してしまうような気がして。

「―――そうか。私は行く」

私はいつものようにブリードに別れを告げた。いつもなら、彼女は「あなたが太陽を食べられますように」といって私を送り出した。だが、今に限って彼女は言葉を変えた。

「頑張って。





―――――親殺しはニンゲンの定めなのだから」





□□□□□





「これより無線封鎖区域に突入する。現在時刻九時二十秒前…十秒前―――今」
遠く…守衛隊の警戒線ギリギリと思わしき所で爆発が発生。H-999部隊の選抜部隊、V分隊が侵入する方向の真反対だ。そして、爆発と守衛隊本部を直線状に結んだ線の上を私は飛んでいた。

「爆発確認。こちらスコル、作戦を開始する。オーバー」
「こちらバイパー部隊、了解した。健闘を期待する。精々、俺達が到着するまでは粘ってくれよ?」
「笑止。私が援護することになる」
「これは失礼した。スコルの到着を楽しみにしよう。では、無線封鎖開始」

私は無線装置の電源を切った。一瞬の静寂が空の上に訪れる。風のない、凪の時間だ。

ィィィン―――

遠くでもよく聞こえる魔導推進装置の高音。おそらくは消音装置マフラーを使用していないか本来の性能以上に速度を出している。よほど自身のあるベテランか新兵だ。そして、今回に限って新兵はあり得ない。司令部付きの魔導士が新兵ということは共和国と言えどもあり得ないと断言できる。

チリッと微弱な魔力が照射される。人生で最も速い反応速度で体を動かす。次の瞬間に先ほどまでいた空間が炎と光に包まれる。広がる光、肌を灼くような熱、ドォンと鼓膜を震わせる爆音を感じながら、私はとにかく一秒たりとも同じ場所にとどまらないことで相手の照準を狂わせ、同時に気休め程度に幻影術式ファントゥーナを使用する。

そして、私も薄暗がりの中でわずかに見えた影に照準を合わせ、普通の爆裂術式弾を発射した。瞬時にその場を離れる影。早い。同じか―――それ以上だ。だが、影は動きを緩やかにして、こちらに近づいた。月の光で顔が浮かび上がる。

「久しぶりだねぇ、ティーナ?」
「―――お久しぶりです、ミッテラン中将」
「今は階級が上がって大将だよ」
「それはおめでとうございます。じゃあ―――死ね」

背中に回していたライフルを瞬時に前に持ち出し、カチリとモードを切り替えて弾を発射。

「やっぱりティーナは―――っっっ!?」

二重に貼られた防御術式ディフィーナを貫通し、彼女の脇腹を銃弾が抉る。だが、彼女はほんの少し顔をしかめて脇腹に手を当てる。ただそれだけで彼女の脇腹はみるみる内に元に戻っていく。

「へぇ、それが帝国が開発した新兵器か? またぞろ、厄介なものを開発する…」
「あなたが共和国の未来を心配する必要はない。あなたはここで死ぬ」
「ふふ―――いいね。私が育てただけあるか」
「そうだ。私はお前を殺す。お前が何であろうと、お前は私の敵だ。帝国の敵だ。帝国の邪魔者は塵1つ残さず殲滅する」
「すっかり帝国の犬…そんな奴に私が倒されるのか?」
「倒す。私は犬でなく、狼だ。化物を狩る狼だ。お前のような、人間の形をかろうじて保っているだけの化物を狩るために私は居る。お前が死ぬのは定められた運命だ。当然の宿命さだめだミッテラン。人間に紛れ込む化物。お前の存在を私は許しはしない」

再び発射した銃弾を防御術式ディフィーナで防がずに回避するミッテラン。それを見て、ティーナはこの戦いの勝機を確信した。

「そうか。ティーナ、お前も私を倒す者か。そうか―――ならば、死ね」

ミッテランは自らのライフルを取り出し、両手で握ると、ライフルはその形を両手剣に変える。その姿はまさに魔剣というべき禍々しい濃紫の色を持ち、刃にまでその色は浸透していた。月の光の中で静かに光を含んで輝いていた。

次の瞬間、ミッテランの姿は瞬時にティーナの前に現出したかのように目の前にあり、ティーナはすでに構えていた銃の引き金を咄嗟に引き、最大速度で後ろに移動した。一目でわかる鋭利な刃がティーナの目の数cm前を通り過ぎた。ティーナの動きからほんの少し遅れた髪の毛がパラパラと落ちていく。

「おっと…一撃で仕留められなかったのはティーナくらいだ」
「それがあなたの切り札か」
「そうさ。魔剣レーヴァテイン。選ばれた者だけがその真の姿を引き出せるのさ」
「それが何であろうとも、お前を殺す。純粋な殺意で、明確な殺意で、ただひたすらにお前の死を求める」
「つまらない奴だ…そんなにつまらない奴だとは思わなかったぞティーナ。失望した。お前はもっと―――」

パァンと銃声が響く。それはミッテランの眼にはわからない速さで、放たれた。だが、その弾丸は彼女の口に咥えられていた。彼女はその弾丸をパキン、と二つに割り、ティーナの持つライフルを静かに見つめた。

「ティーナ…お前の持つそのライフルは何だ?」
「私は答えを持っていない。ただ、お前のお喋りには飽き飽きしただけだ」

ライフルに刻まれた20の魔法紋が静かに光り、ティーナの体からわずかに黄色く輝く光があふれ出す。

「私はスコル。太陽を追いかけるもの、太陽を食べるもの、太陽を産む者。巨人の作り出す虚構を打ち砕き、真の世界を創造する者。我が力は太陽と狼によりて生み出されん」

次の瞬間、ティーナはミッテランの心臓にライフルを突き刺し、引き金を引いた。

「去ね、我が師、我が友、我が母よ。お前の役割は今、終わりを告げた。ヴァルハラへの扉は開かれた、安らかに死ね」

銃口を離れた銃弾は、ミッテランの体を水晶に変え、そしてバラバラの破片に変貌させた。

「さらば。あなたに死の安らぎが訪れんことを」

ライフルに刻まれた魔法紋は静まり、ティーナの体からあふれ出していた光が収まった。辺りは月光の光に照らされて、静かな森がざわざわと風に揺らめいていた。

「―――仕事に戻るとしよう」

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品