Color

春野ひより




 台所まで持っていった時に
 祖母に嫌そうな顔をされた。
 袋の紐はすっかり腕に食い込んで、
 下ろすと赤くなっていた。

「こんなもろて、あんたどうする気や」

「だって、くれるっていうから」

「よっぽど人がええか、
せやなかったら貧乏性や」

「はいはい、次は気をつけるよ」

 祖母は迷惑そうに言ったわりに、
 受け取った野菜たちを手際よく
 調理し始めた。
 途中で美子さんも加わり、
 姉妹仲良く料理していた。
 何はともあれ、僕にお咎めが
 無いのなら何でもいい。

 それより、先ほどから僕の胸
 に引っかかっていたものがあった。
 今朝道を聞いてきた人達の車が、
 まだ庭に止まっている事だ。
 もしかしたら今夜の晩餐に
 招待されたお客様なのかもしれないと、
 今更あの時失礼な態度では
 なかったかと気にした。

 今日は、祖父母の家で一年に一回の
 最も盛大な晩餐になる日だ。
 何故かはよく分からない。
 ただ政治家や記者や職人など、
 類を問わずたくさんの著名人が集まる。
 昨年は僕が昔見ていた時代劇の
 お奉行役の演者が、
 祖父と笑いながら晩酌をしていて、
 目玉が飛び出るかと思った。

 それほどまでに色々な業界に
 顔が広い祖父は、何者なのだろうかと
 考えたのはここ何年かだけではない。
 小さい頃から両親に訪ねてはいたが、
 いつもはぐらかされてばかりだった。
 故に高校二年生になっても未だに
 祖父が何者かわかってはいないのだ。

 ぺたぺたと自分の部屋に向かって歩く。
 鳥のさえずりと獅子おどしの音しか
 聞こえない。
 今はまだ静かだが、
 昼を過ぎればどたばたと足音が増え、
 賑やかになるのだろう。
 その時の忙しさを今から
 想像したくないので、
 頭を振るって吹き飛ばした。

 畳の柔らかさを足の裏に感じながら、
 僕は荷物の中から本を取り出した。
 どこか温もりを感じるような
 厚手の文庫本を見て、僕の胸は高鳴った。
 ずっと読みたかった短編集だ。
 暁 ギョウという、
 何年か前に直木賞を受賞した作家が、
 それより遥か前から書きためていた短篇集だ。

 彼の作品は残酷で暗い話が
 ほとんどだったが、この短篇集には
 稀に見る彼の穏やかな心情が書かれていた。
 藍色の背景に赤色の鈴蘭が
 描かれている表紙は、
 色こそ対象なものの、
 世界の調和を極めているような気がした。
 どれもこれも、愛読者としての
 贔屓目は否めないが。

 徐に全頁に目を通す。
 文末だけ攫ってみても、
 やはり彼の書く文章は美しい。
 張り詰めた緊張感は解けることを
 知らないが、繊細なのは確かで、
 人の心の内に問い掛ける力を秘めている。
 一頁一頁、新しい紙の独特な香りを
 噛み締めながら目を渡らせる。
 なかには張り詰めた弓のような
 話があったが、やはり常の彼の
 文体とは異なっていた。
 昔から執筆しているだけあって、
 表現の仕方も文体も違うのだ。
 存在しているかどうかもわからない
 人間の過去に足を踏み入れる感覚は、
 まるで古代文明探検隊にでも
 なったかのようだった。




 

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