Color

春野ひより

じいちゃん



 僕は毎年のように自分の為に
 空けてある部屋に荷物を
 置いてから、台所で祖母の妹、
 美子さんに西瓜を貰って
 祖父がいる部屋に向かった。

 きしきしと若干軋む床に、
 僕が毎日生きるので精一杯ななか、
 ここではゆったりと時間が
 過ぎているのを感じた。

 まだお客さんは来ておらず、
 辺りは虫と囁かな風の音しかない。
 襖を軽く叩いて、返事を待つ。

「じいちゃん、僕だよ」

「はいりなさい」

 声だけで厳格さが伝わる祖父を、
 幼い頃はよく怖がってたのを
 覚えている。
 元を辿れば僕がこれだけ必死に
 自転車をこがなくてはならなく
 なったのも祖父の所為であるし、
 祖父の部屋の近くで騒いでは
 怒鳴られていたから怖がるのも
 無理はないかと思う。

 しかし歳を重ねるごとに祖父の
 中身が見えてきて、今では全く
 そういうことは思わなくなった。
 だいたい、戦争を経験した人が
 理由もなしに人を叱ることはないし、
 優しさを持たずに
 生きているはずがない。
 きっと、祖父はたくさんの人を救い、
 助けになっていたのだろうと思う。

 襖に手を掛け、ゆっくりと開けた。
 浴衣を着た祖父は本を片手に僕を見た。

「なんだ、文与が気を遣ったのか」

 本を閉じて眼鏡を置いた祖父は、
 嫌そうにしつつも、
 どこか口元を綻ばせていた。
 その表情に少し老いを感じさせられて、
 僕も釣られて笑った。

「そう、西瓜と冷たい水。
本読むのもいいけど休んだら」

「お前も一緒に食べるか」

「いいの」

「隣に座りなさい。
疲れたろう。今座布団を出してやる」

「押し入れでしょ。自分で出す」

 立ち上がろうとする祖父を制止して、
 押し入れを開いた。
 くんと伸びをする祖父は、
 やっぱりどこか厳格さを匂わせていて、
 そのうえ年の割に背筋は真っ直ぐだし、
 言葉一言一言に重みがあった。

「また背が伸びたか」

 他愛のない話から始まり、僕も
 久々の開放感からか意気揚々と
 祖父になんでも話してしまっていた。
 学校や部活、両親の近況、最後に
 番谷の話をした辺りで祖父は
 大きく息を吐いた。

「そいつは、強い」

「僕も…そう思う」

「お前はどうなりたい」

「え?」

「お前はそいつを見て、
どんな人間になりたいと思うんだ」

 僕はそれまで数珠繋ぎに
 吐き出していた言葉の一切を失った。
 舌が動かず、喉が詰まったような
 感覚さえ覚えた。

 未だに、祖父のこういう所は
 苦手なのかもしれない。

 番谷を見て、僕がどうなりたいか。
 彼は堂々としていて、格好良くて、
 自信があって、僕が持っていない
 ものを全て持っている。
 そんな彼を僕は支えたくて
 奮闘したいと思ってはいるが
 具体的に何をするかは決まってない。
 そもそも彼に対して僕なんかが
 出来ることがあるのかどうかも
 分からない。
 僕にしか出来ないことなんて
 無いだろうと高を括った気で
 いたのが裏目に出ていた。
 もっと僕にも彼のように強さが
 あればいいとは思うけど、
 恐らく皆思っている事だと思う。

 いつか部屋で考えていたように、
 ぐるぐると正解のない
 思考の中に入っていた。
 静まった部屋では、
 台所から包丁の音が聞こえた。
 僕から一時も目を離さない
 祖父の目を見返すこともできず、
 ただ時間だけが過ぎていった。

「そうだろうな」

 祖父が呟いた。

「お前は、そういう奴だ」

「どういうこと」

 祖父は僕の質問に返事はせず、
 西瓜を齧った。
 種を飛ばし、僕を見た。

「たまには自分で考えてみろ。
お前は小さい頃から人に
すぐ聞く癖がある」

「べ、別に悪いことじゃないだろ」

「悪い。
自分で掴まなきゃいけねえもんは
自分自身に聞くもんだ」

「へえ」

 僕はまだこの時深く考えていなかった。






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