あの夏二人で見た打ち上げ花火は君の胸の中だった
第1話:出会い
6月下旬ー。梅雨が終わりかけどの学校も期末試験が終わり学生は来月末からくる「夏休み」について考え始める頃だ。
学生の中には勉強する者、部活をする者、遊ぶ者それぞれの過ごし方で思い出ある夏休みを送るだろう。俺自身も高校最後の夏を思い出たくさんにしておきたいと思っている。
しかし、現実はそう甘くはなかった。何故かというと俺が住んでいるこの町は山と海に囲まれた田舎なのだ。小さい頃からキャンプや海水浴をしてるので今更もう面白くない。
もっと都会的な場所に行こうとしてもこの町に電車が来るのは2、3時間に一本。行きたくてもあまり行けない。こんな町ではせっかくの夏休みもただ時間を無駄にしてしまうだけだ。
「おい、今年の夏休みはどうする?せっかく高校最後の夏なんだから最高の夏休みにしようぜ!」
今この町では楽しい夏休みが送れないと思っていたところに幼馴染の森口 司はこの町では無理な計画を立てようと近づいて来た。
「最高の夏休みって…。この町でどうやったら実現できるんだよ」
この返答に対して司は口をポカーンと開けたまま固まっていた。まるで馬鹿みたいな顔をしながら「確かにな」と答え机にうつぶせた。
「何で俺たちはこんな田舎に生まれたんだよ!コンビニもない、カラオケもないしスーパーですら車で1時間以上かかるし…もうこんな町嫌だ…」
半べそをかきながら絶望する司の姿に同情して俺は司の肩を数回叩いて慰めた。
「仕方ないさ。だから今年も俺たちは電車を使って1日都会人になろうぜ」
この町に住む学生は誰もが都会にあこがれる。なので学生のほとんどは数少ないお金を消費してでも1日都会人になろうとする。きっとそれがこの町の人間が思い出ある夏休みの唯一の過ごし方だろう。
「それもそうだな。はぁ…できるだけ金を使わずに楽しみたい」
「はーい、皆席に着いて。HRを始めるぞー」
朝のHR前のにぎわった教室から担任による始まりの声が聞こえた。それと同時にチャイムが鳴り全員が席に着いた。
「きりーつ、気をつけー、れーい」
その日の日直のやる気のない声による号令でHRが始まった。これがこの学校の1日の始まりである。
「今日はみんなに嬉しい発表があります。何と今日このクラスに転校生が来ました」
いつものつまらないHRが担任の一言により教室内の空気が変わった。季節外れの転校生で教室中が「おぉ!」と驚く声を出した。そこに一人の男子生徒が立ち上がり「先生!転校生は男ですかー?女ですかー?」と尋ねた。
それに対して先生はその質問を待ってましたと言わんばかりの表情をして「男子の皆喜べ。転校生は女の子で結構美人だぞ」と大声で発表した。
先生がそう告げると質問した男子生徒はおろか教室内のほぼ全員の男子が立ち上がり「よっしゃー!」と叫び出した。その男子たちの姿を見た女子は心なしか全員ジト目をしながら一歩引く。
「はいはい、嬉しいのは分かったからとりあえず入ってもらって簡単な自己紹介をしてもらうよ」
喜びの渦に飲み込まれている男子たちを一度席に戻し先生がコホンと咳をして転校生に教室へ入ってくるように言った。
「ほら、中に入って自己紹介してね」
クラス全員が転校生が入ってくると思われる教室の扉に視線を向ける。すると扉はゆっくり開き廊下からとて美人な黒髪ボブショートヘアの女子生徒が入って来た。彼女は教室に入ると黒板の前に立ちチョークで名前を書き始めた。
「高橋 愛奈と言います。父の仕事の都合で引っ越して来ました。どうぞよろしくお願いします」
彼女は最もベタな挨拶をしたが男子たちは彼女の声を聞いて感動しているように見受けられた。たった数文字の言葉で彼女は男子たちを虜にさせたのだ。
「席はー、宇野 照史君の隣で大丈夫かな?結構後ろの席になるけど黒板見えるかな?」
席は定員割れで一席分空いている俺の隣になる。とても美人な彼女が隣に来るので嬉しいという気持ちより男子たちの怒りと嫉妬の視線で恐怖に落とされた。
「はい、視力は別に悪くはないので大丈夫です」
彼女がそう言うと先生は「なら、席に座っていいよ」と言い彼女は俺の隣である自分の席へ向かって歩き始めた。彼女の歩く姿はまるでファッションショーを見せられている気分になるような気持ちになる。
「おぉ、すげー美人だ」
誰もがそう言いながら彼女の歩く姿を目で追う。教室内は彼女に釘付けだった。
「今日からよろしくね、照史君」
美しい彼女にポーッと見惚れていた俺は彼女の言葉に気づくのが遅れ「あ、よ、よろしく」とまるでコミュ障のような挨拶になってしまった。しかし、彼女はそんな俺の姿を見ても「ふふっ」と微笑み受け流してくれた。
「あ、丁度いい。せっかく隣の席になったんだし宇野君、放課後高橋さんに学校の中を案内してあげてよ」
先生の指名に俺は状況を理解できず「へっ?」とマヌケな声を出してしまった。男子たちは俺を睨みつけるがここで断ってしまったら高橋さんに嫌なやつと思われてしまうので渋々受け入れた。
キーンコーンカーンコーン…
「はい、じゃあ朝のHRはここまで。皆一時限目の準備をしておいてね」
再びチャイムが鳴りHRの終わりを知らせた。今日も退屈な1日が始まる。
「そして主人公は恋人である彼女に5年後再開し結婚して幸せになるって話ね。つまりここで筆者が伝えたいことは…」
つまらない授業の中でも国語だけは別だ。特に小説などの長文物はかなり魅力を感じる。物語に入り込み登場人物の視点だったり筆者の視点だったりとあらゆる立場の視点で見れるところが国語ならではと思う。
「楽しそうだね、授業。君、国語好きなの?」
授業に夢中になっていると普段はいないはずの隣の席からジッとこちらを見つめる高橋さんの姿があり彼女は俺と目が合うとにこりと微笑んだ。
「面白いよ。登場人物や筆者視点から見るのは特にね」
彼女は「ふーん」と興味がなさそうに相槌を打ち俺の教科書を覗く。自分の教科書を持っているはずなのにわざわざ俺の教科書を見る姿にドキッとしながらも平然を装った。おかげで授業には全く集中できずどこまで進んでいたのかわからなくなってしまった。
「そんなに照れなくてもいいのに。私ちゃんと板書してたから後で見せてあげよっか?」
一時間ずっと俺の隣で教科書を見ていたはずの彼女は確かに完璧に板書をしていた。俺はそこでようやく高橋さんにイタズラされていたことに気づく。
「え、もしかしてわざとだったの?だから教科書持ってるのにわざわざ俺の方を見ていたの?俺が板書できないように?」
高橋さんは全ての問いに「うん」と答え喜ばしそうにしていた。俺はそんな彼女の姿を見て恥ずかしさと悔しさに顔を赤めた。
「放課後、案内よろしくね。照史君」
彼女の言葉に俺は怒りを照れに変え小さく首を縦に振った。
※
放課後俺は高橋さんの学校案内をしなくてはならない。彼女はどう思っているかは知らないが俺自身としては美人な彼女と二人っきりで校舎を周れることを嬉しく思う。
「おまたせ、提出物があったから遅れちゃった」
「ううん、いいよ気にしないで。それじゃあ早速だけど案内してもらえる?』
うちの学校は別に頭が良かったりスポーツができたりするわけではないので校内面積は大して広くはない。教室も昔は生徒が沢山いたのだろうが今はほとんどが空き教室になっている。
「ここが理科室。で、その隣から順に理科準備室に実験室。実験室はあまり使わないから授業の時は大体理科室でやるよ」
「は〜い」
案内を始めた頃からか彼女は俺が話すたびにニコニコ微笑む。何が面白いのかはわからないが無視して案内を続ける。
「ねぇ照史君。君…好きな人いる?」
彼女の質問は今のこの状態を一気に気不味くさせた。出会って初日の相手にそんなことを聞かれるとは思わなかった。
「え、今はいないかな…」
俺は別に嘘をつくわけでもなく正直に話した。彼女は思っていた通りの返答を聞いたような顔をして俺を追い抜いて歩いた。
「そうなんだ、何か意外だな。私ね今日初めて照史君に会うはずなのに何だか前から知ってた気がするんだ」
彼女の言葉が理解できず「何だそれ」と鼻で笑うような返事をした。
案内も終わり俺たちは教室へ戻っている途中高橋さんは廊下に掲示してあるあるポスターに目を向けた。
「花火大会?何これ?」
「あぁこれ毎年この町で行うやつだよ。割と規模がデカイらしいから県外からも多く人がくる日なんだ」
そのポスターを見ながら高橋さんはまた歩き出した。よほど気になるのか彼女は首が動く範囲の間ずっとポスターを見ていた。
「今日は案内ありがとう。先に帰るね」
彼女は鞄を持ち教室を後にした。季節外れの転校生…家族の関係上仕方のないことなのかもしれないが高校最後の年に転校なんて可哀想だなと思った。仲が良い友達とも離れ離れになり彼女も心細いのではないかと心配する。
「おい!案内どうだったんだよ?何か面白いことでもあったか?」
考え事をしていると司が背後から現れた。話しかけると同時に肩に手を回してきたから俺は驚き大きな声を出した。
「うわっ!ビックリさせんなよ…別に何もなかったよ」
俺は司に案内をしていたときのことを話した。もちろん花火大会のポスターを長時間見つめていたことも全て。
「ふーん。それって単純にお前と花火大会に行きたいんじゃないの?興味もないならポスターなんて眺めたりお前に好きな人いるの?なんて聞かないでしょ」
「そんなわけないだろ。会って初日のやつを好きになるなんて」
司は適当なことを言い俺の反応を見て面白がっている。だが、司の言っていることが本当ならと思う。思春期男子がよく考えてしまうことだろう。
「まぁお前にその気があるなら誘ってみろよ。もしかしたらOK出してくれるかもよ?」
俺はその言葉を真に受けながらも「考えとく」と興味がなさそうに答えた。
自転車を押しながら俺は通学路を通る。辺りはもう夕暮れ時で町全体が朱色に染まり町の家々に少しずつ照明の明かりがつき始める。
(高橋さんってどんな人なんだろう。でも本当に可愛かったな…)
歩きながら彼女のことを思い出していた。授業中に見せた彼女の笑顔が脳裏をよぎり思い出している俺自身も勝手にニヤついてしまう。
「ヤバイヤバイ!これじゃまるで変態みたいじゃんか!」
自分にしっかりしろという感じで俺は自分の頬を数回両手で叩いた。しかし、それでも彼女の笑顔が忘れられず俺はまた数回頬を叩く。気がつくと叩きすぎたせいで俺の頬は軽く腫れ夕焼けと同じ色に染まった。
「ただいま」
家に着くと玄関には見慣れぬ靴が置いてあった。両親に客が来ているのだろうと思った俺は邪魔にならないように静かに二階の自室に向かう。
「あら、照史おかえりなさい。丁度良かったあんたも挨拶しなさい」
「えっ誰に?」
俺は母さんに客間へ連れられ母の言うお客さんに挨拶をすることになった。客間の前に着くと身だしなみが整っているか確認し部屋に入った。
「失礼します」
「あ、照史君おかえり。ここ照史君家なんだね」
客間へ入るとそこには先程学校で別れたはずの高橋さんが座っていた。
「え、何で高橋さんがいるの?」
彼女は立ち上がり「私がいたら悪かった?」と言い俺の目の前まで近寄って来た。そうすると俺の耳元まで顔を近づかせ小さな声で囁いた。
「今日からよろしくお願いします」
彼女の甘い声に翻弄されながら俺は顔を赤める。よろしくとは一体どういうことなのかと自分の頭の中で精一杯考えた。だが、頭の中では都合のいい解釈しか出てこず答えを見つけれなかった。
「あら、2人とも若いわね〜」
入り口の方から母さんの冷やかす声が聞こえた。俺は突然現れた母さんに対し「いや、これは誤解で…」とわけのわからない訂正をしていた。
「あ、おばさん。これつまらないものですけど受け取ってください」
母さんが現れると高橋さんは俺を無視するかのように通り過ぎ母さんにラッピングされた箱を渡した。
「え、何?どういうこと?」
俺は状況が飲み込めずアタフタした。しかし、2人はそんな俺を見てクスクスと笑う。
「あんた朝に言ったじゃない。今日から隣に人が引っ越してくるから挨拶しなさいよって」
母さんは笑いながら状況を説明する。どうやら俺は母さんが朝に言った言葉を聞いておらず1人だけ浮いた状態になっていたみたいだ。
「っていうことは今日から高橋さんはお隣さんになるの?」
彼女は「そうだよ」と笑みを浮かばせた。
彼女は挨拶が終わると自宅へ帰った。部屋から彼女を眺めると本当に隣の家に入って行く。どうやら本当に彼女は俺の隣人になったみたいだ。
「照史君、また明日ね」
彼女は帰り際挨拶をした。その言葉は何となく心に響き反射的に俺も「また明日」と言った。
「高橋さん変わった人だな」
俺はまだ彼女がどんな日とかはよく知らない。しかし、これから先彼女のことをよく知ることになるだろう。だが、今の俺はそんなミステリアスな彼女が気になって仕方がない。
ご愛読ありがとうございます。
今日から新しく連載させて頂く「あの夏二人で見た打ち上げ花火は君の胸の中だった」です。
少し季節は遅めですがまだまだ暑い日は続くので読者の方々はお気をつけてください。
これからもよろしくお願いします。
学生の中には勉強する者、部活をする者、遊ぶ者それぞれの過ごし方で思い出ある夏休みを送るだろう。俺自身も高校最後の夏を思い出たくさんにしておきたいと思っている。
しかし、現実はそう甘くはなかった。何故かというと俺が住んでいるこの町は山と海に囲まれた田舎なのだ。小さい頃からキャンプや海水浴をしてるので今更もう面白くない。
もっと都会的な場所に行こうとしてもこの町に電車が来るのは2、3時間に一本。行きたくてもあまり行けない。こんな町ではせっかくの夏休みもただ時間を無駄にしてしまうだけだ。
「おい、今年の夏休みはどうする?せっかく高校最後の夏なんだから最高の夏休みにしようぜ!」
今この町では楽しい夏休みが送れないと思っていたところに幼馴染の森口 司はこの町では無理な計画を立てようと近づいて来た。
「最高の夏休みって…。この町でどうやったら実現できるんだよ」
この返答に対して司は口をポカーンと開けたまま固まっていた。まるで馬鹿みたいな顔をしながら「確かにな」と答え机にうつぶせた。
「何で俺たちはこんな田舎に生まれたんだよ!コンビニもない、カラオケもないしスーパーですら車で1時間以上かかるし…もうこんな町嫌だ…」
半べそをかきながら絶望する司の姿に同情して俺は司の肩を数回叩いて慰めた。
「仕方ないさ。だから今年も俺たちは電車を使って1日都会人になろうぜ」
この町に住む学生は誰もが都会にあこがれる。なので学生のほとんどは数少ないお金を消費してでも1日都会人になろうとする。きっとそれがこの町の人間が思い出ある夏休みの唯一の過ごし方だろう。
「それもそうだな。はぁ…できるだけ金を使わずに楽しみたい」
「はーい、皆席に着いて。HRを始めるぞー」
朝のHR前のにぎわった教室から担任による始まりの声が聞こえた。それと同時にチャイムが鳴り全員が席に着いた。
「きりーつ、気をつけー、れーい」
その日の日直のやる気のない声による号令でHRが始まった。これがこの学校の1日の始まりである。
「今日はみんなに嬉しい発表があります。何と今日このクラスに転校生が来ました」
いつものつまらないHRが担任の一言により教室内の空気が変わった。季節外れの転校生で教室中が「おぉ!」と驚く声を出した。そこに一人の男子生徒が立ち上がり「先生!転校生は男ですかー?女ですかー?」と尋ねた。
それに対して先生はその質問を待ってましたと言わんばかりの表情をして「男子の皆喜べ。転校生は女の子で結構美人だぞ」と大声で発表した。
先生がそう告げると質問した男子生徒はおろか教室内のほぼ全員の男子が立ち上がり「よっしゃー!」と叫び出した。その男子たちの姿を見た女子は心なしか全員ジト目をしながら一歩引く。
「はいはい、嬉しいのは分かったからとりあえず入ってもらって簡単な自己紹介をしてもらうよ」
喜びの渦に飲み込まれている男子たちを一度席に戻し先生がコホンと咳をして転校生に教室へ入ってくるように言った。
「ほら、中に入って自己紹介してね」
クラス全員が転校生が入ってくると思われる教室の扉に視線を向ける。すると扉はゆっくり開き廊下からとて美人な黒髪ボブショートヘアの女子生徒が入って来た。彼女は教室に入ると黒板の前に立ちチョークで名前を書き始めた。
「高橋 愛奈と言います。父の仕事の都合で引っ越して来ました。どうぞよろしくお願いします」
彼女は最もベタな挨拶をしたが男子たちは彼女の声を聞いて感動しているように見受けられた。たった数文字の言葉で彼女は男子たちを虜にさせたのだ。
「席はー、宇野 照史君の隣で大丈夫かな?結構後ろの席になるけど黒板見えるかな?」
席は定員割れで一席分空いている俺の隣になる。とても美人な彼女が隣に来るので嬉しいという気持ちより男子たちの怒りと嫉妬の視線で恐怖に落とされた。
「はい、視力は別に悪くはないので大丈夫です」
彼女がそう言うと先生は「なら、席に座っていいよ」と言い彼女は俺の隣である自分の席へ向かって歩き始めた。彼女の歩く姿はまるでファッションショーを見せられている気分になるような気持ちになる。
「おぉ、すげー美人だ」
誰もがそう言いながら彼女の歩く姿を目で追う。教室内は彼女に釘付けだった。
「今日からよろしくね、照史君」
美しい彼女にポーッと見惚れていた俺は彼女の言葉に気づくのが遅れ「あ、よ、よろしく」とまるでコミュ障のような挨拶になってしまった。しかし、彼女はそんな俺の姿を見ても「ふふっ」と微笑み受け流してくれた。
「あ、丁度いい。せっかく隣の席になったんだし宇野君、放課後高橋さんに学校の中を案内してあげてよ」
先生の指名に俺は状況を理解できず「へっ?」とマヌケな声を出してしまった。男子たちは俺を睨みつけるがここで断ってしまったら高橋さんに嫌なやつと思われてしまうので渋々受け入れた。
キーンコーンカーンコーン…
「はい、じゃあ朝のHRはここまで。皆一時限目の準備をしておいてね」
再びチャイムが鳴りHRの終わりを知らせた。今日も退屈な1日が始まる。
「そして主人公は恋人である彼女に5年後再開し結婚して幸せになるって話ね。つまりここで筆者が伝えたいことは…」
つまらない授業の中でも国語だけは別だ。特に小説などの長文物はかなり魅力を感じる。物語に入り込み登場人物の視点だったり筆者の視点だったりとあらゆる立場の視点で見れるところが国語ならではと思う。
「楽しそうだね、授業。君、国語好きなの?」
授業に夢中になっていると普段はいないはずの隣の席からジッとこちらを見つめる高橋さんの姿があり彼女は俺と目が合うとにこりと微笑んだ。
「面白いよ。登場人物や筆者視点から見るのは特にね」
彼女は「ふーん」と興味がなさそうに相槌を打ち俺の教科書を覗く。自分の教科書を持っているはずなのにわざわざ俺の教科書を見る姿にドキッとしながらも平然を装った。おかげで授業には全く集中できずどこまで進んでいたのかわからなくなってしまった。
「そんなに照れなくてもいいのに。私ちゃんと板書してたから後で見せてあげよっか?」
一時間ずっと俺の隣で教科書を見ていたはずの彼女は確かに完璧に板書をしていた。俺はそこでようやく高橋さんにイタズラされていたことに気づく。
「え、もしかしてわざとだったの?だから教科書持ってるのにわざわざ俺の方を見ていたの?俺が板書できないように?」
高橋さんは全ての問いに「うん」と答え喜ばしそうにしていた。俺はそんな彼女の姿を見て恥ずかしさと悔しさに顔を赤めた。
「放課後、案内よろしくね。照史君」
彼女の言葉に俺は怒りを照れに変え小さく首を縦に振った。
※
放課後俺は高橋さんの学校案内をしなくてはならない。彼女はどう思っているかは知らないが俺自身としては美人な彼女と二人っきりで校舎を周れることを嬉しく思う。
「おまたせ、提出物があったから遅れちゃった」
「ううん、いいよ気にしないで。それじゃあ早速だけど案内してもらえる?』
うちの学校は別に頭が良かったりスポーツができたりするわけではないので校内面積は大して広くはない。教室も昔は生徒が沢山いたのだろうが今はほとんどが空き教室になっている。
「ここが理科室。で、その隣から順に理科準備室に実験室。実験室はあまり使わないから授業の時は大体理科室でやるよ」
「は〜い」
案内を始めた頃からか彼女は俺が話すたびにニコニコ微笑む。何が面白いのかはわからないが無視して案内を続ける。
「ねぇ照史君。君…好きな人いる?」
彼女の質問は今のこの状態を一気に気不味くさせた。出会って初日の相手にそんなことを聞かれるとは思わなかった。
「え、今はいないかな…」
俺は別に嘘をつくわけでもなく正直に話した。彼女は思っていた通りの返答を聞いたような顔をして俺を追い抜いて歩いた。
「そうなんだ、何か意外だな。私ね今日初めて照史君に会うはずなのに何だか前から知ってた気がするんだ」
彼女の言葉が理解できず「何だそれ」と鼻で笑うような返事をした。
案内も終わり俺たちは教室へ戻っている途中高橋さんは廊下に掲示してあるあるポスターに目を向けた。
「花火大会?何これ?」
「あぁこれ毎年この町で行うやつだよ。割と規模がデカイらしいから県外からも多く人がくる日なんだ」
そのポスターを見ながら高橋さんはまた歩き出した。よほど気になるのか彼女は首が動く範囲の間ずっとポスターを見ていた。
「今日は案内ありがとう。先に帰るね」
彼女は鞄を持ち教室を後にした。季節外れの転校生…家族の関係上仕方のないことなのかもしれないが高校最後の年に転校なんて可哀想だなと思った。仲が良い友達とも離れ離れになり彼女も心細いのではないかと心配する。
「おい!案内どうだったんだよ?何か面白いことでもあったか?」
考え事をしていると司が背後から現れた。話しかけると同時に肩に手を回してきたから俺は驚き大きな声を出した。
「うわっ!ビックリさせんなよ…別に何もなかったよ」
俺は司に案内をしていたときのことを話した。もちろん花火大会のポスターを長時間見つめていたことも全て。
「ふーん。それって単純にお前と花火大会に行きたいんじゃないの?興味もないならポスターなんて眺めたりお前に好きな人いるの?なんて聞かないでしょ」
「そんなわけないだろ。会って初日のやつを好きになるなんて」
司は適当なことを言い俺の反応を見て面白がっている。だが、司の言っていることが本当ならと思う。思春期男子がよく考えてしまうことだろう。
「まぁお前にその気があるなら誘ってみろよ。もしかしたらOK出してくれるかもよ?」
俺はその言葉を真に受けながらも「考えとく」と興味がなさそうに答えた。
自転車を押しながら俺は通学路を通る。辺りはもう夕暮れ時で町全体が朱色に染まり町の家々に少しずつ照明の明かりがつき始める。
(高橋さんってどんな人なんだろう。でも本当に可愛かったな…)
歩きながら彼女のことを思い出していた。授業中に見せた彼女の笑顔が脳裏をよぎり思い出している俺自身も勝手にニヤついてしまう。
「ヤバイヤバイ!これじゃまるで変態みたいじゃんか!」
自分にしっかりしろという感じで俺は自分の頬を数回両手で叩いた。しかし、それでも彼女の笑顔が忘れられず俺はまた数回頬を叩く。気がつくと叩きすぎたせいで俺の頬は軽く腫れ夕焼けと同じ色に染まった。
「ただいま」
家に着くと玄関には見慣れぬ靴が置いてあった。両親に客が来ているのだろうと思った俺は邪魔にならないように静かに二階の自室に向かう。
「あら、照史おかえりなさい。丁度良かったあんたも挨拶しなさい」
「えっ誰に?」
俺は母さんに客間へ連れられ母の言うお客さんに挨拶をすることになった。客間の前に着くと身だしなみが整っているか確認し部屋に入った。
「失礼します」
「あ、照史君おかえり。ここ照史君家なんだね」
客間へ入るとそこには先程学校で別れたはずの高橋さんが座っていた。
「え、何で高橋さんがいるの?」
彼女は立ち上がり「私がいたら悪かった?」と言い俺の目の前まで近寄って来た。そうすると俺の耳元まで顔を近づかせ小さな声で囁いた。
「今日からよろしくお願いします」
彼女の甘い声に翻弄されながら俺は顔を赤める。よろしくとは一体どういうことなのかと自分の頭の中で精一杯考えた。だが、頭の中では都合のいい解釈しか出てこず答えを見つけれなかった。
「あら、2人とも若いわね〜」
入り口の方から母さんの冷やかす声が聞こえた。俺は突然現れた母さんに対し「いや、これは誤解で…」とわけのわからない訂正をしていた。
「あ、おばさん。これつまらないものですけど受け取ってください」
母さんが現れると高橋さんは俺を無視するかのように通り過ぎ母さんにラッピングされた箱を渡した。
「え、何?どういうこと?」
俺は状況が飲み込めずアタフタした。しかし、2人はそんな俺を見てクスクスと笑う。
「あんた朝に言ったじゃない。今日から隣に人が引っ越してくるから挨拶しなさいよって」
母さんは笑いながら状況を説明する。どうやら俺は母さんが朝に言った言葉を聞いておらず1人だけ浮いた状態になっていたみたいだ。
「っていうことは今日から高橋さんはお隣さんになるの?」
彼女は「そうだよ」と笑みを浮かばせた。
彼女は挨拶が終わると自宅へ帰った。部屋から彼女を眺めると本当に隣の家に入って行く。どうやら本当に彼女は俺の隣人になったみたいだ。
「照史君、また明日ね」
彼女は帰り際挨拶をした。その言葉は何となく心に響き反射的に俺も「また明日」と言った。
「高橋さん変わった人だな」
俺はまだ彼女がどんな日とかはよく知らない。しかし、これから先彼女のことをよく知ることになるだろう。だが、今の俺はそんなミステリアスな彼女が気になって仕方がない。
ご愛読ありがとうございます。
今日から新しく連載させて頂く「あの夏二人で見た打ち上げ花火は君の胸の中だった」です。
少し季節は遅めですがまだまだ暑い日は続くので読者の方々はお気をつけてください。
これからもよろしくお願いします。
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