英雄って何ですか?

たかっしー

18話

「父様、この赤い人は誰ですか?」

赤髪の女性に向かって初めて言った言葉がこれだった。

「失礼な子供ですね。誰が、サンタクロースですか。」

「誰もそんなこと言ってません。」

失礼な事だと分かってはいたが、子供が気になる人にちょっかいを出して構ってもらえるようにするようなことをしてしまっていた。

「すみませんね、先生。ですが、あなたが美しすぎるのが悪い。どうですか、一晩泊まっていきません?」

「貴方、公爵家の当主がどこのチャラ男の真似をしてるんですか。先生の前で、恥ずかしいじゃない。まずは挨拶からでしょう?パパラチオ、先生。」

「それはどこの挨拶ですか。この国の挨拶をして下さい。」

両親はあまりの美貌にちょっと頭を怪我したようだ。女性は呆れてはいないが返しがうまい。きっと高名な人なんだろう。そういえば、両親がこの人を先生と呼んでいたような……。

「初めまして、シャーラ君。私の名前は、ロスト・クロステイン。探索者ギルドから依頼で来ました。どうぞお見知り置きを。」

「初めまして、私のことを知っているようですが、一応名乗りましょう。シャーラ・ボレスティーヌ。公爵家の1人息子です。先ほど依頼とおっしゃっていたようですが、今日はどう言ったようでしょうか?」

そう聞くとロストさんは不思議そうな顔をして首を傾げた。

「そこのトリップしているご両親からお聞きでない?」

「はい、そこの情緒不安定な両親からは何も聴いてないですね。」

そう答えると納得した表情をして教えてくれた。

どうやら彼女は私に感情というものを教えてくれるようだ。確かに、この前両親にそんな感じのことを質問したがそのようなことを教えてくれる教師がいるものだろうか。ましてや探索者ギルドとは……。父の考えることはよく分からない。

「ふふふっ、不思議に思っていますね。私も不思議です。」

「そうですか……。」

意味深なことを言ったと思ったら、本人も分からないといいちょっと疲れた感じにシャーラは返事をした。

「まぁ、私は基本なんでも出来るのでこの依頼も受けたんですがね。」

「はぁ。」

シャーラは何を言っているのかを理解するのも疲れると理解し返事もしなくなった。

「本当の本当に疲れましたが、玄関で立ち話もなんですし、どうぞ中へ。」

「ご両親はどうしますか?」

ロストにそれを聞かれて苦笑いしながら頰を掻いて答えた。

「あー、そこの知能が低下した両親は今までこんな事になったことがないので分かりませんが、後でくると思いますからほっときましょう。」

チラッと両親の様子を見た後、シャーラはロストを伴って屋敷に入った。リビングに向かっている途中、無言なのも気まずくなるのでロストと世間話をしながら向かっていると、使用人が全員固まっているのが目に入り苦笑していると、不思議そうにロストが首を傾げていた。

「ああ、すみません。父の様に口説くわけでは無いのですが、貴女の見た目に使用人達が固まっているのを見て少し可笑しくなりまして。ですが、本当に美しいですよね。有名になってもおかしく無いほどに。」

「ふふふっ、煽てても何も出ませんよ。まぁ、実際見た目でというわけでは無いのですが私自身は有名ですよ?」

「本当ですか!?だが、申し訳ない。私が無知なのか、どう言った具合に有名なのか検討もつきません。」

「仕方ありませんよ。私は基本衆目の前には出ませんから。」

和やかに話しているが、警戒しているシャーラは内心舌打ちした。

(この女性、自称有名だと言ってそこを挑発してみたら上手くかわして私をその他大勢と同じだと言いやがった。つまり、この手の会話ができるということはこの業界のことは多少は知っているということか。)

最初に圧倒されたにも関わらず少しでも情報を集めようといろいろ話を振っているが、それを嘲笑するが如くすべてお前が馬鹿だと返してくるのだ。しかもあらゆる方向から攻めているにも関わらず。

そうして、一方的な情報戦は進んでいったが、リビングについてしまった。

「どうぞ座ってください。では、早速ですが、依頼内容についてお教えいただけないでしょうか。」

ロストはシャーラが手で指し示した対面のソファーに座り、気持ち背筋を伸ばした様にして説明を始めた。


「まず、探索者ギルドについて説明します。このギルドは3年前に新たなギルドをいくつも建てた人が総ギルドマスターを務める組織です。それぞれに役割は違いますが、理念は同じです。それは、自身にとっての人生を探す事です。そういう意味なら探索者ギルドが1番アウトドアな活動をしていますね。ですが、理念がどうであれ我々は生きているわけですから働かざるもの食うべからず、ということで様々な屋外的な依頼を出して報酬を払うのがこのギルドの簡単な仕組みです。そういう事で派遣されたのですが、その依頼者がお貴族様ですから、下手な人を派遣すると失礼になるんですよ。いえ、ギルドの立場的には問題はないのですよ。平等にすると発表しているわけですから。ですが、それぞれ礼儀という物が有りますから、ギルドで最も相応しいと思われたのが私なのですよ。」

「はあ。」

ギルドの説明をしているロストにそれが何か?といった惚けた返事をした。

「長々と言いましたが、簡単に言うと貴方を指導してくれと言う依頼ですね。聡明なご両親が認めるほど、貴方は頭がいい。ですが、子供のうちに学ぶはずのものを貴方は学ぶ前に知識欲を満たそうとした。」

「……私はおかしかったのでしょうね。」

それが、今自分が疑問に思っている事だと気づくことが出来て、若干落ち込んだ様に顔を暗くするシャーラ。そして、それと同時に自身が普通ではないことが分かり両親に迷惑を掛けていたのだと気付きロストから視線を下げた。

「まぁ、それが悪いとは言いませんがね。なので!これから学びましょう!!と言う事ですよ。」

「今更遅いのでは…?」

相当参っているのか自嘲気味にシャーラは言った。

「どうでしょう?自然災害の被害も復興出来るんですからこれくらい出来ると思いますがね。」

「もし、出来たとしてもこれまでの迷惑を思うと両親に顔向け出来ません。」

「顔向けできるでしょう。それを当のご両親が出来ると信じているのですから。」

「だが…………。」

なおも反論しようとしたが、思いつかなかったのか下を向いたまま動かなくなった。
やはり、頭が良くともまだ子供のシャーラには重すぎるのだろう。気落ちした様に重苦しい雰囲気は続いていった。だが、諦めてはいないのだろう。視線をロストに合わせて弱々しく尋ねた。

「私は、まともになれるのでしょうか……?」

それを聞かれたロストは慈愛が含まれた微笑を浮かべて頷きながら優しく答えた。

「貴方がそうしたいのなら、きっと成れますよ。」

それを聞くとシャーラは憑き物が取れた様に一筋涙を流し、静かに決意した。

《尊敬する両親の様に人に温かい笑顔を向けれる様な立派な人間になろう》、と。





それからのシャーラは指導してくれるロストの言うことを愚直なまでに素直に実行していった。時には領内の民の様子を見たり、それに気づいた子供と遊んだり、酒場に行って酔っ払いと取っ組み合いをした。馬鹿なことだと言われる様な事でもそれを喜んで笑顔・・でやった。遊んだり喧嘩したものとは友人関係を築いて、本だけでは知らない事を経験した。そう行った日々は両親としか居なかったのとは別の楽しさで溢れていて、何よりも心から大切にしたいと願った。その事を自覚した時、シャーラは理解した。

こんな馬鹿な事ですら、人は笑うことができるし、これを糧に明日もまた楽しく生きることが出来るのだと、これこそが人生だと、初めて理解できた。


その様子を見ていたロストは、慈しみが込もった目を向けながら感慨深く頷いて、その場から静かに立ち去りながら言った。

“依頼完了”

と。






その後、近くにロストがいない事に気付き酒場の店員にロストがどこに言ったのかと聞くと先に帰ったと言うので友人達に手を振りながら屋敷に帰り、使用人にロストが何処にいるのかを聞くと驚愕する事を言ったので急いで父の執務室にノックをして返事を待ってから入ると、詰問した。

「父さん!姉さんが出て行ったってどう言う事ですか!!」

いきなりシャーラが大声で言うから驚いて仰け反っていたが、何を聞いているのかを理解して落ち着いて答えた。

「何も驚くことはないだろう。これは依頼だっただろう?なら、その達成内容はなんだった?」

それが理解できたのだろう、言いずらそうに答えた。

「……私に、人の感情について、教える事。」

「そうだ。先生は私たちの依頼通りに本当は私たちが教えるはずだったものをこれ以上ない程にお前に伝えてくださった。つまり依頼完了だ。なら、その依頼主である私に報告して消えるのは当然だろう。」

「ですが、私は姉さんに何も返せていませんし、お礼もまだですっ。」

「あはは、私も止めたんだよ。ささやかながら感謝を伝えようと食事会を開こう、と提案したんだ。だが、彼女は私には不要ですし、未練が強くなるだけだと言ってそそくさと出て行ったよ。」

この父の言葉の中にあったさっさと出て行ったと言う言葉を聞いて、胸が苦しくなった。

自分と一緒にいた時間は依頼をこなすためだけの時間だったのか、と。

その様子に苦笑いしながら父親はシャーラに一通の手紙を渡した。

「そうなると思ってたんだろうね。先生はこの手紙をシャーラに渡せって言っていたよ。」

シャーラは顔を歪めながら手紙を開いた。

「私はまだ見ていないんだが、何を書いているのかい?っと聞くまでもなかったみたいだ。」

シャーラは手紙を読みながら鼻水で顔を汚し涙で手紙を濡らしながらも一生懸命読んでいた。その内容はーーー

“この手紙を読んでいると言うことは、貴方は私が突然出て行った事をお父上に問いただしたのでしょう。

まぁ、その様がありありと思い浮かぶのでこの手紙を用意しました。
あーあ、涙で汚して。紙も貴重な資源なんですから丁寧に扱いなさい。

勝手に出て行って怒ってはいけませんよ。私は貴方に感情を と言うものの素晴らしさを教えるために来たのですから。ですが、やはり貴方は頭がいい。私が教えた通りに笑うことができる様になった。もう立派な悪ガキですね。同年代と遊ぶことは楽しい かったでしょう?酒場の酔っ払いのかまってちゃんには呆れたでしょう?友達と作った遊び場が壊れた時は悲しかったでしょう?それは全部貴方が自分で繋いだ絆が起こしたことなんですよ。その全部が貴方を作った。貴方が貴方自身を作ったんですよ。素晴らしく美しいことでしょう?
それを貴方はもう分かっているはずです。前よりもずっといい笑顔で笑えるようになっているじゃないですか。もう、胸を張って言えるんじゃないですか?貴方のご両親と貴方は同じ家族だと。

それができると言うことは私はお役御免ということなんですよ。


PS:お礼など不要です。私は空気の読めるステキな女ですからね!

ふふふふふふふふふっ。


                          ロスト・クラステインより”


その、全く笑えない冗談にロストの気遣いが分かり涙で顔をクシャクシャにしながらも苦笑して小さく呟いた。

「空気なんて全く読めてないじゃないですか……。」

そうして、シャーラ・ボレスティーヌは生まれて初めての恩師と別れた。


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