砂鯨が月に昇る夜に

小葉 紀佐人

ハッピーエンディング? 29-1



夢を見ていた

何の夢なのかはわからないが、彼女は眉間にシワを寄せて少しうなされる

「…返すギャ……それは…ゾイの肉だギャ」

何も無い空中に手を伸ばし必死に何かを掴もうとするが、それは空を切る

白い眩しさで目を覚ましたゾイは、手に取れなかった夢の中の骨付き肉を名残惜しそうにスッと掴もうとするが、目の前の白い天井を見上げて小さくため息をついた

少し重い身体を起こし、目をこすりながらあたりを見回すと、そこが医務室であることを理解し、体にかけられていた毛布を退けて足をベッドの脇へと下ろす

まだ脚が短い為に床に届いてはいなかったが、ゾイはお尻を滑らせて床に降りると、部屋の出口であろうドアへ向かって歩き出した

ドアの前まで来たゾイはドアノブに手をかけたが、ふと視界に入った鏡に映る自分が気になりそちらの方へと顔を向けた

顔の左側から首にかけて、薄いアザの様なものが見え、ゾイはドアノブから手を放して鏡に近寄る

「…………」

彼女は無言のまま、別に驚きもせず、そのアザの様な変色した部分を手で触れてみたり、押してみたりする

少しだけ悲しい顔をした自分を見ていたくなかったゾイは、目を逸らし、足早に出口から出て行った

廊下に出たゾイは右を見て、左を見る

どこに行けば良いのか分からず、とりあえず右へと歩き出す

ペタペタと裸足の足音だけが聞こえる

誰もいない通路の十字路に差し掛かった時、突然目の前が真っ暗になった

「うぁっ!!びっくりした!!」

真っ暗になった原因を手で押しのけ距離を取ったゾイは見上げる

「………君は……」

見知らぬ金髪の男が立っていた

「あぁ!!ティトちゃんの友達だな!?ごめんごめんびっくりさせちゃって!目が覚めたんだね!!みんな甲板にいるからおいで!」

ゾイは見知らぬ金髪の優男に手を引かれて少し戸惑ったが、みんないるならと黙って着いて行く事にした

「俺はアッシュ!ティトちゃんとは歳が少し離れてはいるが…まぁ幼馴染みってとこかな?だから心配しないで!」

アッシュは眩しい笑顔でゾイに話しかけるが、少しまだ眠たいゾイはただ黙って手を引かれ歩く

行き着いた両開きの扉をアッシュが開け放つと、眩しさでゾイは少し目を細めるが、それは一瞬だった

外はまだ夜で、甲板の上には沢山の照明器具が設置されて輝き、運び込まれた大きなテーブルの上には豪華な料理が並べられていた

軽快なリズムと音楽が聞こえて見ると、灯りに照らされた眩しいツルツルの頭をした男が四角い箱の上に座ってその箱をリズミカルに叩いて鳴らし、その横では大小様々な弦楽器や笛が音を奏でる

「ほらほらアッシュ!!どきなさい!!邪魔っ!!」

と、いつの間にか別の新しい料理を両手に持った女性たちが後ろにつかえていた

ゾイとアッシュはササっと甲板に出ると、彼女たちはテーブルの上に料理をどんどん乗せていき、それに群がる汚れた男達

「…もう、アマンダさん!良いの!?あれ!!」

若い女性が、ゾイも見覚えのある恰幅の良い女性に詰め寄る

「良いよ!今夜だけは!!あんたたちも!もういいから!好きなだけ騒ぎなっ!!」

そうアマンダが言うと、料理を運んできた若い女性たちは前掛けを取って空へ放ると、音とリズムに合わせて踊りだす

それを呆(ほう)けて見ていたゾイの手を引いて、アッシュは歩き出す

甲板の隅

照明も音も少し届きづらい場所

そこには

大きな毛布が敷いてあり、何かがいくつも横たわっていた

ちょうど小さな雲に隠れていた満月が顔を出し

その横たわる何かを照らし出す

「………みんな…」

そこには

カザ

ティト

シグ

アズー

バサロ

ガラムが

泥々の格好のまま

泥の様に眠っていた

ポタポタと、甲板に落ちる雫

両腕で顔を隠し

それでも溢れてくる涙

「……ひっ……ひっく……」

みんなが無事で、安心したのか嬉しかったのか、アッシュには分からなかったが、ゾイの頭をそっと撫でて、アッシュは宴の方へと消えて行った

しばらくそこで泣いていたゾイは、誰かがムニャムニャ言っているのに気づきそれを探す

「…へっ、へへっ……これは俺の肉だチビ」

シグだった

さっきの夢の肉泥棒はお前かと、ゾイは近寄りほっぺたをつねるが、ヘラヘラと笑うばかりで効かない

「…そっちは危ないガ!…こっちだガ!!」

急な大きな声にビクッとするゾイは、いつもの事なのに慣れないガラムの寝言に顔をしかめる

「…ムニャムニャ……ほら、置いてくぞ」

小さな声で、寝言を言うカザ

みんな同じ夢でも見ている様な気がして、それが妙に可笑しくて

軽く鼻で笑ったゾイは

みんなの間に割って入って

一緒に眠りについた

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