砂鯨が月に昇る夜に

小葉 紀佐人

バルウ防衛戦 10-1



昼のうちに簡易的な見晴らし台とヤグラを防壁の後ろに設置し、防壁の強化の作業途中の何でも屋のガンザと守護隊隊長のオーキは、その上であぐらをかいて沈みゆく夕陽を見ていた

「…大黒海なんて本当にあるのか?俺は信じられない」

オーキは胸の中から取り出せない不安を独り言のように呟く

「俺だって信じられねぇよ」

煙草をふかしながら目を細くして夕陽を眺めるガンザ

「…何で腐者なんていんだよ」

オーキは襲われたアルルの街を思い出し悔しそうに膝を叩く

「…俺が聞きてぇよ」

いつからか麻痺してしまった感情を誤魔化すように、ガンザは煙の輪を夕陽に向かって飛ばした

しばらく2人とも黙っているとヤグラの上にもう1人上がってくる

「オーキ隊長、放水の準備出来ました」

そう言った男はオーキよりも若く見える

「悪いなバッツ、シグが出てるのに色々頼んで」

「息子が頑張ってますからね、俺が家で寝てたらかみさんとククルに怒られます。それよりバサラさんが待ってるんで」

守護隊副隊長のバッツはそう言うとヤグラから降りて行った

「あぁ、休憩お終い。そっちは補強頼むな」

と重い体を起こして立ち上がるオーキ

「任せろ何でも屋だ、何だってやるよ」

とオーキに行った行ったと手で払って急かすガンザ

オーキが居なくなりタバコの煙を大きく吐くと「さーてもう一仕事やろうかね!」と太ももを叩いて立ち上がるガンザの腰に痛みが走る

「あぁ、歳はとりたくないもんだな」とボヤきながらゆっくりとヤグラのハシゴを降りて行った


砂バァは無線通信のある部屋で付き人と無線連絡係たちと一緒に情報集めに専念していた

「ゴーデンでは未だに帝国の刺客に苦戦しているとの事で、腐者に関しては何も異変は無いそうです」

無線連絡係の女性はヘッドホンから聞こえてくるモールス信号を言語化して紙に書き出している

「あそこは商人と職人の街ですから、帝国の軍人を相手にするのは流石に難しいですね」

砂バァの付き人は机の上に開かれた地図を見ながら現状について考察する

「…アルルに来てゴーデンに来ておらんとなると南に降りた可能性が高そうじゃのぅ」

何か不安げに考え込む砂バァ

「おいババァ、心配いらねぇよ」

いつの間にかその場に混じっていたナザル

「カザ達の月光蟲があれば何とかなるんだろ?あいつらを信じろ」

「ワシだって信じとるわいっ!たわけが!」

「あ!?誰がたわけだババァ!!」

地図の上で睨み合う2人

「…おぬし忘れたわけではあるまいな…ワシの入れ歯の痛みを」

と砂バァはおもむろに口から取り出した入れ歯を手に持つ

「悪かった!悪かったからそれはやめてくれ!」

急にうろたえ顔が青ざめたナザルは「あっ!用事があったんだ!ババァに構ってる場合じゃなかった!」とそそくさと部屋を出て行く

砂バァは入れ歯をはめ直すと「まだまだケツが青いのぉ」と勝ち誇った笑いが部屋に響いた

「…そういえば後2日で満月ですね」

付き人は思い出したように呟く

「普通なら月の光が強くなれば腐者も出てこんのじゃがの、それでもアルルはやられてしもうた」

「願わくばこの砂の街バルウに月の加護が宿って欲しいものですね」

「…そうじゃの」



陽も落ちて星は瞬く

一段と輝く月はもうほとんど満ちているが満月では無い

屋根の無い見晴らし台に2人

寄り添いながら星を眺めるミゲルとクシナ

「…ねぇ、ミゲル」

「ん?」

「月昇りの日のこと覚えてる?」

「あぁ、忘れられる訳ないよ。14の時だ。あんな幸運はあれからは一度も無いなぁ」

星空を見上げながら思い出すミゲル

「確か私の両親と一緒にゴーデンまで行商に行った帰りだったよね…アジャリナジャリの巣に捕まって夜になっちゃって…満月だからって砂漠で見つけた岩の上でキャンプして…みんな寝ちゃったのに私もミゲルも怖くて寝れなかったんだよね」

クスクスと笑うクシナ

「砂漠でキャンプなんてした事なかったからなぁ。そんで用を足すのにクシナに付いて来てもらったんだよ」

「そうそう、ホント恥ずかしかった」

「俺の方が恥ずかしかったよ!」

2人は肩をぶつけて小突きあう

「でもね、あの後の砂鯨の月昇りは本当に綺麗だった」

「あぁ、今でもたまに夢に見るよ」

「あの時思ったんだ。こんな奇跡を一緒に見たミゲルとは何か縁があるんだって」

「へぇ〜初めて聞いた。っつーかそんな理由で結婚したのかよ!?」

「いけない?」

クシナは茶化すようにニヤニヤしながらミゲルを見る

「え?だってほら!顔が良いとか!性格が良いとかじゃないの!?」

「全然。その辺は普通」

「…マジか。ちょっとショックだな」

「冗談でしょ!?冗談!」

へこんでいたミゲルは嬉しそうに顔を上げる

「半分本気」とクシナが言った瞬間「もう怒った!」と見晴らし台でくすぐり合う2人

ひとしきりじゃれ合って疲れた2人は元々の仕事である砂漠の監視を始めた
クシナは裸眼で、ミゲルは暗視機能のついた双眼鏡を使う

しばらく監視を続ける

「…ねぇ、あそこ…何か見えない?」

砂漠の闇を月明かりを頼りに監視していたクシナは、ミゲルに指差して見てもらう

「………なんだ…………!?」

砂漠の

砂の中から

ゆっくりと湧き出る

大量の黒い液体

ミゲルは渡されていた通信機を拾いスイッチを入れ

「腐者だっ!!東の方角から来てる!!繰り返す!!腐者が来たっ!!」




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