虫籠

日々谷紺

 榎本智樹は小学4年生だった。小柄で痩せ気味、身長は同学年の女子の半数以上に負けている。この年頃ならば女子の方が成長が早くても不思議なことはないだろう。小さな顔にかけられたサイズの合わない眼鏡は心なしか浮いてみえる。その奥にある目は丸く透き通っていたが、どことなく重たげにいつも下を向いていた。
 下校時間、帰宅する生徒たちの大半は左方向へ流れていく。右手側は学区の境目が近い上、一般住宅が少ないため人通りも寂しい。智樹はいつも校舎内の生徒がまばらになった頃に玄関を出て、そろそろと右の方へ歩いていった。校舎の端っこの角を曲がると草むらが広がっている。そこにしゃがみ込んで、陽の落ちるまで時間を潰す。
 子供が一人で遅くまでいると、先生なり近所の大人なりが心配して声をかけてくる。そんな時の智樹の目はいつもよりも重く、暗くなった。帰りを急かされるからだ。だから人目のないこの場所を選んだ。日没まで四葉のクローバーを探したり、地面に絵を描いたり、虫を探したり、初めのうちは何かしら楽しめる方法を探ったが、毎日来ていると流石にネタは尽きる。ただ座り込んで、呆然としている日もある。図書室で借りた本を読むこともあるが、外というのがどうにも落ち着かない様でいつも数ページで閉じてしまう。
 人目に付かないといえど、智樹のお気に入りの場所は学校の敷地内である。用務員としてそこに勤める松原裕造は、時折小さな丸まった背中を見かけることがあった。たった一人きりで、遊具も何もないその場所で、一体何をしているのだろうと気にかけてはいた。しかし彼は教員ではない。影の薄い業務をこなしている彼は、生徒たちの方から声でもかけられない限りはその存在を消して過ごしていた。

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