選ばれし100年の最弱剣士~100年前まで最強でしたが今や最弱採取係です~

海野藻屑

第17話 早く帰りたーい!

「おはようございます!みなさん!」

ダブルベッドの間から、その甲高い声は発せられた。
そこに仁王立ちする茶髪の少女。

甲高い声が似合う童顔が、もう一度大きく口を開き、目一杯息を吸った。




その荒いモーニングコールに、待っていた反応がやっと返ってきた。

「さ、流石にまだ早くない、エイナ?」

半目のライが呟くように言った。その目は焦点があっておらず、なんともアホらしい顔だ。
それでもエイナと呼ばれた少女は声のトーンを下げようとはしない。

「そんなことないですよライさん。今日は大切な日なんですから!」

再び彼女の声が響いた直後、別の声がドアの方から聞こえてくる。

「そうだぞ四人とも。今日やっと帰れるんだ。喜びで目を覚ませ。」

部屋の外から見えるその男は、何やら難しい注文をしてきた。
彼の目の下には隈は一切見えない。本当に目が覚めているようだ。

「イールさん、張り切りすぎです。ゲートを直してくださるエルフさんはお昼頃に到着すると聞きました。それまで寝ていても問題ないと思われま……。」

言い終える前に再び落ちたハルを見て、一瞬起き上がっていたライも力が抜けて崩れていった。

その様子を目にして2つの溜め息が部屋を零れた。







時は一日前に遡る。

長い間寝ていたような感覚を覚えながら、少女の重い瞼は開かれた。瞳に飛び込んできたのは見覚えのない天井。
不思議に思いその部屋をぐるりと見回すと、一人の女性がドアの横の椅子に座りながら寝ているのが見えた。
窓からは日が射し込んでいるのと彼女の姿勢から、彼女は居眠りをしているのだと容易に予想がついた。

胸辺りまで伸びた青い髪、整った顔立ち、座っていてもわかる綺麗な体線、その全てが未だ横たわる少女を魅了した。

「……姫様。」

少女の口から思わず声が漏れた。呟くような掠れた声だ。
その掠れた声が届いたのか、居眠りをしていた美少女がゆっくりと目を開けて顔をあげた。
居眠りしていたことを理解したのだろう、顔を赤くして、目をパチパチさせている。

その愛らしい様子を見て、少女の乾いた口から温かい笑いが零れた。
それを聞いて、青い髪の美少女はやっと彼女の目が覚めたことに気付き、余計に顔を赤らめてあたふたしている。

「あら、目が覚めたのね…。みんなを呼んでくるから、居眠りしてたことは内緒ね?」

口に人差し指を当て、彼女は部屋を出ていった。




「エイナ、といいます。」

七人の男女に囲まれながら、少女は体を起こして簡単な自己紹介をする。
その表情は先ほど笑ったときとは変わって少し強ばっている。警戒しているわけではないようだが、緊張の現れだろう。

「体調はどうだ?二日前にとんでもないことされたみたいだけど。なあ、エロエルフ?」

そう言って銀髪の青年は布団でぐるぐる巻きにされ、横たわっているエルフをチラリと見る。

「わ、悪かったと言っておるじゃろ。だからこれをほどいてくれぇ…!」

その白い髪のエルフを見て、エイナは目を見開く。

「だ、大丈夫です。ずっと前のことのような感じなので。」

残念ながら忘れてはいなかったらしい。
少女は震えぎみに答えた。
青年は苦笑いを浮かべる。

「そうか。目覚めてすぐで悪いんだが、なんであの樹の上にいたのか、教えてくれないか?」

急かす青年のその問いは、一見して当然の疑問のように感じられる。
その場の全員が気になっていたことだ。
なぜ樹に登ったのか。樹の上で何があったのか。
少女以外には皆目見当もつかないことだ。

しかし、


「樹…ですか。なんのことでしょう?」


あっさりと期待は裏切られた。
少女の表情から、嘘をついていないのは明らかだった。
数秒の沈黙が訪れる。



「どういうことでしょうか。アスフィさん、あの樹はどのような役割をはたしているのですか?」

いち早く事態を飲み込んだのは赤い髪の女性だ。
アスフィは布団から唯一出ている顔を彼女に向けて口を開く。

「基本的にはあるだけじゃ。下の方の枝にはワープの研究者がおる。上には……」

「大きい家。」

幽霊でも見たかのような表情で、呟くようにユキが言った。
それを聞いた全員が彼女に顔を向ける。

「確かに大きな家があった。人が居たかは分からないけど、もしかしたらそこに居たかもしれない人に…」

「それはないぞ。おそらくそれは王『フレイ』の家じゃが、彼がアズルカスから帰ってきたという報告はない。足でも滑らせたのじゃろう。そしてそのショックで記憶が飛んだ。そんなとこじゃろう。」

ユキの考察を遮り、アスフィが最もらしい結論を言った。
誰もが腑に落ちないようだが、それに反対する根拠を誰も持ってはいなかった。

「ま、待ってください。私はあんなに高い樹から落ちたんですか?」

エイナは窓の外に見える大きな樹を指差して苦笑する。

「そして、私は皆様に助けられた、ということで間違いないでしょうか?」

「そうじゃ。」

何もせず、ただ襲っただけの人物が言葉を返すと、エイナの表情は一変した。

「あ、ありがとうございます!その、全然覚えてないですけど、本当にありがとうございます!」

それを聞いて少々困惑したのだろう、五人は思わず顔を見合わせた。
しかし、その後数秒の間頭を下げていたエイナを見て、流石に一人が言葉を返した。

「気にするな。生きてんだ、それで十分。」

満面の笑みでライがエイナの頭を撫でた。
ライにしてはお姉さんらしいと、心の中でイールが彼女を見直したのは、ここだけの話だ。




部屋には先程のような活気はない。少女が一人、ベッドに腰かけているだけだ。
考え事をするように、顎に手を当てている。

「白い髪……フレイ……私は何故……?」





「だーかーらー!俺はミスなんてしてねえって!」

アスフィに背中を押されながら階段を登る一人のエルフが、何やら抗議をしている。
パジャマのようなだるんだるんの服を着ていて、緑色の髪の毛が跳ねている。寝起きだろう。
階段を登りきると、大きな穴が見えてきた。

「ミスがあったからこの子が通れたんじゃろ。ほれ、早く直さんかい。」

舌打ちをして、渋々緑色の髪のエルフはゲートに触り始める。
感触を確かめるように手を入れたり抜いたり。

「ようやく帰れるんだな。」

「ええ。フラートさんも心配している頃だと思います。」

イギア帰還を喜びながら、彼らはゲートの再構築を見守った。

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