選ばれし100年の最弱剣士~100年前まで最強でしたが今や最弱採取係です~

海野藻屑

第5話 料理係も大変です。

白い空間でイールは一人、あぐらをかいていた。彼はその姿勢を変えることができない。体が動かない。目の前にいる白い服の少年のせいだろうか。

「君は罪を犯した。そんな君には罰を与えなければならない。どんな贖罪も無意味だよ。」

目の前の少年の顔にはもやがかかっていて見えないが、優しい声とは裏腹に、怒っているのは口調と内容からしてわかる。

(ち、ちがう!あの時は勇者を待つ時間なんて無かったんだ!俺がやらなければならなかった!勝たねばならなかった!)

少年の顔のもやが下から少しずつ消えていく。見えた口はパクパクしていて、声は口から発せられたものではないようだ。

「それは君が決める事じゃないよ、イール・ファート。君は僕との約束を破った。これは君への罰だ。」

もやは完全に消え、少年の顔が確認できた。その顔に表情はない。顔は真っ直ぐ前を向いているが、目は虚ろでどこにも焦点が合ってないように見える。まだ口をパクパクさせているが、何を語るわけでもない。

(じゃあ、俺はいったいどうすればよかったんだよ?何が正解だったんだよ……。)

そう思った瞬間、少年の目がこちらにギョロっと向いた。顔は変わらず前を向いている。パクパクした口から音が発せられた。さっきまでと同じ声だが、それは明らかに文章ではない。

「……る。……ール。イール。イール!イール!イール!イール!イール!」

(うわぁああああああ!)




「イール!イール!大丈夫!?」

「…っ!」

目を覚ますと、心配そうに見つめるレイの顔が視界に入った。身体中は汗でびしょ濡れになっていて、心臓の鼓動も痛いほど速い。嫌な夢を見たようだ。既に内容はほとんど覚えていない。

「れ、レイか。おはよう。」

「おはようって。大丈夫?かなりうなされてたけど。」

「ああ、大丈夫だ。少し嫌な夢を見ただけだ。」

イールは身体を起こし、レイを心配させまいと微笑む。それを見たレイは安堵の表情を見せた。

「そっか。じゃあ早くリビングに来て。みんな待ってるよ。」

「了解。」

それを聞くとレイはイールの部屋を出た。

(アイツ、まだ怒ってんのかな。)

イールもよれよれの寝巻きのまま、リビングへ向かった。


「おいおい、年1しかない出番なのに随分余裕だなぁ、最下位くんは。」

リビングに入るやいなや、イールはライから重めのジョークを食らった。ライは笑顔だが、イールはさっきの夢の影響と、3日前の残念なお知らせのせいでどうも気が乗らない。

「うるせえよ。俺だって今年こそは初戦突破狙ってんだから。」

最下位なのをバカにされたイールは諦めかけていた事を口にした。内心では無理だということは分かっているのに。

「目標あるのはいいと思う。それよりお腹すいた。」

珍しく毒舌のユキがフォローを入れてくれたが、その後の発言で、ただイールが料理を作るのに嫌気が指すのを止めたかったのが分かった。

「たまにはお前ら、自分で作ろうとか思わないのか?」

イールは99年間、四人のコックを務めている。四人からの料理の評価は☆3つだ。ちなみに、掃除も洗濯もイールの仕事だ。

「これがいわゆるハーレムなのだとしたら、世の中の男は夢を見すぎているな…。」

料理を作りながら愚痴を言うのは、もはやイールの日課である。しかし、めんどくさがりながらも、料理には一切手を抜かない。99年間お世話になっている彼女らへの感謝の現れなのであろう。


「でき上がり!ほーら四名様、席着いてください。」

目を輝かせて席に飛んできたのはライとユキ。こらこらと呆れ顔でハルが席につき、レイは料理を運ぶのを手伝う。

「リザードの卵を使った目玉焼きとボアブーのベーコンだ。お好みで塩と胡椒は置いとくぞ。」

ライは少し物足りなそうだが、他の3人は朝は軽めがいいらしく、コックのためにメインは合わせて、代わりにパンを大量に食らう。そんないつも通りの朝食だった。






朝食を食べ終えて出かける準備をする。顔を洗ったり、服を着替えたりして家の外に出た。

「準備はいいですか?イールさん。」

ダンジョン攻略のときとは変わって、長めのワンピースを着た赤髪ショートの美少女が、ドアの前でイールに尋ねる。こうして見ると、最強の冒険者には全く見えず、普通の可愛い女の子だ。

「おう!」

五人揃うと、年に1度の大イベント「グラディオ」の会場へと出発した。

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