噂の殺戮者に出会ったので死刑執行しますby死神

鬼崎

106 本物

 今を生きるものにとって「死」とは、共通の結末であり、また共通の絶望であると言えるだろう。

 それは今しがた最強の力を手に入れた《最低》も例外ではなかった。

 震え、恐れ、畏怖し、現実から目を背けたくなる。今にも膝は笑いそうで、気を抜いたら一瞬で持っていかれそうだ。

 それほどまでに、目の前にいるこの男は異質だった。いや、これこそが正真正銘の死神なのだろう。

 絶対の死を与えるもの。死者を冥府に導くもの。そんなイメージが頭を何度もよぎる。

「あーわかったなら、死体置いていってくれないかな?」

 死神は優しく笑うが、眼は少しも笑っていない。こんなのはもう脅しだ。

「……」

 俺は答えられない。自分の命のため友の亡骸を捨てるか、自身もろとも…

「おい、こっちにもスケジュールがあるんだ…そんな勝手な事されると困るんだよ」

 心中で問答を繰り返していると、さらに強く迫ってきた。嫌な汗が額から、背中から、滲み出てくる。やがて焦りが心を支配していき、もう俺の頭は正常な判断を下せない状態になっていた。

「俺は…」

 場をつなぐため、取り敢えず呟くが何も思い浮かばない。思考が白く染まっていくそんな時。

「天子様の仇っ!」

 少し離れた場所から俺に切り掛かってくる者がいた。おそらく彼はまだ俺の前に立つ男の正体を知らない。だから身体が動かせたのだろう。

 俺はこの状況下でも死神を前にしていることが起因して上手く反応できない。

 このまま殺されるのだと悟った瞬間。

「俺の仕事を邪魔すんじゃねーよ。殺すぞ?」

 俺と襲撃者の合間に割って入る死神はその右手で彼の胸の辺りを軽く小突いた。すると…

「何言ってやがる貴様っ!−−−がはっ?!」

 織田軍に属する男は、何が起こったかわからない、という顔をしてから地に崩れ、死んだ。

 脈をとってちゃんと確認しなくてもわかる。彼は死神に命を刈り取られたのだ。

 もちろんそんな比喩を用いらなくとも、俺たちを散々苦しめてきた不撓不屈の戦士はたった右腕一本でこの世を去った、と表現すればいい。

 そしてその様を眼前で見せられた俺は、もう腰を抜かして立てなくなっていた。

 しかし同様の瞬間を見たはずの織田の残党達は…

「うおおおおおぉぉぉ!
副隊長の覚悟に続けぇぇぇぇ!!」
「「おおおおおぉぉぉぉぉ!!!」」

 どうやら俺に襲いかかってきたのは部隊の副隊長だったらしく、近くにいた者達が感化され同じ様に刀を手にしてすごい勢いで向かってくる。

 その数、およそ20人。

 副隊長がやられた時点で力の差は歴然の筈なのに、それでも彼等は誰一人として逃げ出すことなく向かってくる。

 だが、その全てをかの死神は…

「かはっ!?」
「「ゴフッ…」」
「のあっ!!」
「ひでぶっ!?」

 腕一本で圧倒していく。

 例えをだすと死神の右拳がある男の額に打ち込まれたとする。すると突如として首から下が無残にも粉々に弾け飛ぶのだ。 

 またある男は人差し指と中指の二本の指に鳩尾を突かれたかと思えば、口から血を吹き出して絶命するなど、殺害方法は様々だがどれも常軌を逸している。

 そんなどこまでも残酷で非道な処刑がすぐそばで執行されていた。

 こんな光景を見せられ続ければ、思考、感覚、感性が狂い始めていくのも道理であろう。

 無論、目を逸らせばいいだけのはずだがそうはいかない。いつ、その処刑対象が自分になるかわからないのだ。いつでも逃げられるようにする為、けっして闇に目を向けてはならないとそう思った。

 やがて刑の執行が終わり、20人が余すところなく肉塊に変わり果てた時。振り向いた死神と目が合う。

 見つめ合う事、数秒。

「ふっフフハハハハハハハハッ!」
「な、なに笑ってやがる…」

 突然、声を出して笑い始めた死神に俺は文字通り目を丸くした。

「いや、これが笑わずにはいられるかっての。こりゃ傑作だよ!
ハハ、ハハハハハ!」

 かの死神の目に映っているのは俺だけだ。ということは、俺自身になにか笑いの種になるような事が起きていることになる。

 ペタペタと自分の体や顔を触ってみるが、どこにもおかしいところはなかった。一つ言えば口周りが多少気になった程度だが…

「ハハッお前、それ、わかっててやってるのか?」

 なおも死神は笑いながら問うてくるが何のことか検討もつかない。

「鏡、見てみろよ」

 すると俺がまだ察していないのに気付いたのか、具体的な案を出してきた。

「か、鏡…」

 戦場に鏡を持ってくるやつなんてそういない。無論、俺もその一人だ。

 だが、ここで死神の興味が俺から失せれば即座に殺される、とそんな気がしたので代わりになる物を探す。

 そこで遺体に被せてあるコートの中に調停機関の電子端末があったのを思い出し、コートから抜き取る。

 電源は入れずに、真っ暗な画面を覗き込むと、そこにはもちろん俺の顔が映っていたのだが…

「…こ、これはどういうことだ?」

「ハハハハハッ
 やっと気付いたのか?
 自分の表情すらわからないとか、どれだけ鈍いんだよ!!
 ハハハハハッフハハハハハハッ」

 上辺だけでは困惑の顔をしていると思われるがそうじゃない。終始笑っている死神の言った通り、これは…

「…確かに傑作だな…クッ…クハハハハハハハハ!」

 画面に映る俺の顔は、心底おかしそうに嗤っていやがった。眼前に映る処刑場の光景を見て。

 もはや隠すこともなく、俺は心の底からただ嗤う。誰かの死を。誰かの不幸を。嗤い続ける。

「フハハ…気に入ったぞ、人間!
お前、名前は?」

「ク……クハハハッ…俺の名は、《最低》ブレフォスト・ロワーズだ」

 どうやらこの俺を自分の同類かなんかだと思ったらしい死神は、ニヤリと笑って近づいてきた。

 気付けば、今まで場を支配していた殺気や緊張感が跡形もなく霧散している。そのおかげか俺自身も立てるようになっており、歩み寄ってくる死神を嗤いをこぼしながら待つ。

「おめでとう!
君は真の強さを手に入れた。
死神たる俺を前にして笑っていられるのがなによりの証拠だ」

 軽く祝辞を述べ、死神は右手を差し出してきた。まさか握手まで求めてくるとは。

 まぁ断る理由もないので特に気にせず、こちらも右手を出す。

 そして互いに掴んだ。その時。

「だからこそ…殺してみたい…」
「なっ!?」

 言われてから気付いた。俺が今、握っているのは猛者どもをあれほど殺してきた死神の右手だということに。

 離れようとしても強く掴まれているので、もう逃げることもできない。
 
 瞬間、閃く死神の左手。
 狙いは…胸部!

(神秘『俺に優しい世界』!)

 相手の攻撃が届くと同時に優しい世界を最大出力で展開する。

「お、耐えたか。合格だな」
「なん…だと?」

 もう騙されないと誓いながら、死神の話を戯言と思いながら聞く。

「取り引きを…しないか?」
「取り引き?」

 手は離され自由になりながらも死神は取り引きの内容について語った。

「あの遺体はお前が好きに弔っていい。だが、その代わりにお前は俺のもとで働いてもらう」

「働くだと?一体なにをさせる気だ?」

「お前には…死神になってもらうのさ」

 耳を疑うようなことをサラリと口にする死神だが、どうやらふざけてはいないらしい。

「……断ったら?」
「殺すに決まってるだろ?」

 そこは即答だった。
 俺はさっきの一瞬の闘いを思い出し、到底今のままではこの男から勝つことはおろか逃げることさえもままならないと実感した。

 だから、答えは一つしかない。
 それでもし誰かに後ろ指さされることになっても構わない。俺は最低のクズ野郎なのだから。

「…その取り引き、乗った」
「ハハッ君ならそう言うと思ったよ、ロワーズ」

「最初から選択肢なんてないくせによく言う。レオル」

「では改めてよろしく」

 再度、手を出してきたが俺はもうその手を取らず、言葉だけで返す。

「ああ、よろしく頼む」

 その対応に気分を害することもなく、あっさりと奴は手を引っ込めた。

「では早速、その遺体を弔ってきたまえ。終わり次第、迎えに行くから」

「わかった」

 レオルに背を向け踵を返す。友の亡骸のところまで進み、抱きかかえる。ゆっくりとその重みを感じながら、誰もいなくなった真っ暗な戦場を後にした。



 静かになった戦場で一人佇む死神は、やはり嗤う。

「計画は順調。まさかこんなに有能な人材が一気に二人も見つかるとはねぇ」

 そう呟いてチラリともう一人の方を見る。

「矢帝天子。波動の使い手としてはまだまだだが、十分に可能性はある。
ハハッまったく戦争様々だな」

 遺体が着ている服の襟を掴んでズルズルと引きずって死神も完全に闇とかした戦場から去って行くのだった。


いつもお読みいただきありがとうございます。

ここで一つご報告が。
誠に勝手ではありますが仕事の都合上、4月の投稿はお休みさせていただきます。
もちろん書き溜めることはできると思うのですが、インターネットの環境がないので投稿ができないのです。

 よってゴールデンウィークに書き溜めた分の話を投稿する予定です。
楽しみにされている方々には申し訳ありませんが、ご了承ください。

これからもよろしくお願いします。

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