噂の殺戮者に出会ったので死刑執行しますby死神
105 二人の神秘
「殺してやるっ!」
「……」
 また、失敗した。
 一体、何度目だろう。
 こうやって誰かの憎悪や殺意、またはあらゆる負の感情を向けられるのは。
 一般の人なら、さほど気にならないのかもしれない。いつか忘れるのかもしれない。だけど私はどうしても意識してしまう。周りから私はどう映っているのか、どう思われているのか。
 そんな風に考えるといつも普通な人達が羨ましくて仕方がなかった。
 勿論この考えにはなんの確証も無いけど、それでも信じたい。一般人なら、普通の人なら…
 むしろこんな事を考える時点で、バカなのかもしれない。戦場に立つ資格なんて無いのかもしれない。だけど、だけど私は…
「ごめんなさい…」
 小声で呟いたから彼はきっと気付きはしないだろう。
 
 私には謝る勇気なんて最初からなかったのだ。
 でも、謝らなければならないと思ったから。誰かの大切な人を奪って知らんぷりはダメだと思ったから…
 いつか、この事を殿に言ったことがあった。その時、殿は「お前はやさしいな」って言ってくれたけど、私が求めていた言葉はそうじゃなかった。
 私が言って貰いたかった言葉は…
 ザッ–ザッ–
 憎悪の嵐に囚われていた。
 それでも足は勝手に、無遠慮に相手の間合いへと踏み込んでいく。
 目的を達成するため、とか。
 運命で選ばれたから、とか。
 そんな事はもうどうでもいい。ただアイツを殺したい。殺してやりたい。
 そんな汚れた渇望が、正しい憎悪が俺をどこまでも深い闇に誘っていた。
 だが、眼前の女はあろうことか謝罪を口にした。「ごめんなさい…」と。か細い声だったが俺の耳は確かにそう聞いた。
 その途端、溢れんばかりの怒りが自分を飲み込もうとする。主の意識なんて御構い無しに。
「ぐっ……」
 それを唇を噛むことでなんとか抑え込む。この好機を逃すなと理性をもって御する。
「なに勝手に謝ってんだよ……
《最高》は、相棒は、そんな事をして貰うために体を張ったんじゃない。お前を殺すために命を燃やしたんだ!」
「……」
 聞こえているのか、聴いているのか、それはわからないが、今心に抱いている事を全て吐き出す。
「謝るくらいなら最初から何もするんじゃねぇよ…覚悟もねぇ奴がこんなとこに来てんじゃねぇ!!
 …でも、もう遅いよな……お前はもう戦場に立っちまった。その手で人を殺しちまった…なら、最期の一瞬まで戦い続けろ、それがお前のできる最低限の礼儀ってもんだ…」
 ただ無言で佇む敵に怒りを露わにする。なぜ、そんな所で立ち止まっているのだと。なぜ、
「だから嗤え……嗤えよ、お前の華々しい勝利も、こんな俺も…全部含めて…嗤えよ」
「…私は……」
 なぜ優っているのにお前は笑みを浮かべないのかと。
「惨めな俺を…何もかも失って後悔すら出来ない俺を…嗤ってくれよ…俺も一緒に嗤うからさ…」
 口角がつり上がって三日月ができる。汚い月だ。いつまでもこうしていられる。
 そんな幽鬼の如き形相を一瞬でも垣間見てしまった天子は顔を青ざめさせる。
「ヒィッ-」
 短い悲鳴が聞こえた気がしたけど、きっと気の所為だろう。たぶん引き嗤いだ。ちゃんと俺を嗤ってくれているのだ。
「ハハッ!アハハハハハッ!」
 嗤えば嗤うほど力が漲ってくる。嗚呼、これが相棒の神秘か。
 神秘『笑う所へ福来る』
 この能力は効果領域内で、自分が笑ったり笑われたりすると発動する条件起動式の自己身体強化型の神秘である。
 元々、人間には笑うことで免疫力が上がる、脳の働きが活発になる、血行が促進されるなどの機能が備わっており、この神秘はそれらを昇華したものというのが説明としては妥当だ。
 なお、詳しい理由は今のところ不明だが、この神秘がなぜ移行できるのか、それは笑うことは誰でもできるからという説が一番可能性が高い。
 そんなある意味、チートの神秘が《最低》の元々保持していた『俺に優しい世界』と合わさればどうなるのか、想像は容易い。
 敵対者の特殊能力以外の暴力行為が弱体化という守りに徹した神秘と、笑えば笑うほど力を増す身体強化に徹した神秘。
 それらが導く解は即ち–最強–
 その一言のみ。
 だが、それは二つの神秘が自由自在に使えた場合だ。この男は今しがた二つ目の神秘を手に入れたに過ぎないという事を忘れてはならない。
(ッ!コントロールが難しい…
嗤う事に集中すれば優しい世界がおろそかになり、世界に意識を向ければ嗤う事が出来なくなる…)
 このように二つの大きな願いは保持者の手にあり余ってしまう事になるのだ。
 先刻《最低》が言っていた通り、己の力を極めなければ弱点を自ら晒す事に他ならない。
 無論、それは彼も理解しているのか、明確に殺意を抱いてもそのまま突っ込む事は抑えているようだ。
 大きく距離を詰めたあとは、警戒しつつジリジリと詰め寄って行く。相手をあまり追い詰めすぎないように、されど逃しはしないように、僅かに、微かに、確実に。
 自分の間合いに入るまでその静かな戦いをひたすらに繰り返す。その間にも神秘を調整し続け、効果が途切れないよう気を配る。
 そして敵が俺の攻めを許した瞬間に…
「っおらァ!!」
「ひぃっ!」
 強化された拳が気合いに乗って矢帝に向かい、吸い込まれたかのように綺麗にヒットする。
「ゴフッ−−-!」
 身体が軋み、肺の中の空気が無理矢理に外へと持っていかれる。
 拳の威力が全て身体へと伝わっているため、後ろに吹き飛ぶことはないが、その分、視界が明滅し、息苦しさを覚える。
 波動を使って身体に伝わる衝撃を緩和しようと試みるが、うまく出来ない。
(なんで??なんで波動が発動しないの?なんで−)
 混乱が頭を支配する。何も考えられなくなる前に意識がシャットダウンした。
 たった一撃。されど一撃必殺。
 確実に相手の意識を刈り取る衝撃拳。普段の矢帝天子にならこの攻撃は無意味だろうが、今の彼女にとってはよく効くものだった。
 その主たる理由は彼女のスキル−波動の定義にある。
 どうやら彼女は感情も波動の一種と考えていたらしい。その所為で感情の振れ幅により出力や性質が大きく変わることがあったようだ。
 今回、彼女は恐怖に心を囚われていたようで、波動の力を全て攻撃面に回していたのだろう。そのおかげか守りの波動は取り払われ、《最低》の攻撃が上手く決まったというわけだ。
 もし天子に攻撃する勇気があったのであれば、今ここに立っているのは間違いなく彼女の筈だ。
 だが、彼女は恐怖に負けその一歩を踏み出せなかった。
 そして意識を失い地面にグッタリとして倒れている敵に俺は最期を与えるべく右腕を振りかぶる。
 全身全霊の殺意をもって、その全てを叩き込む。この拳とともに。容赦なんてものはない。
「…っおらァ!!!!」
「ガッ−−−−」」
 天から地へ。上から下へ。そんな単純な力の流れだけで、たったそれだけで、今この時、矢帝天子は絶命した。
「……ハハ、アハハハハハハハッ!
勝った。勝ったぞ《最高》!
俺たちの勝ちだ!」
 独り嗤い、二人で勝利を収めた。
 ひとしきり嗤ったあと、気が済んだのか《最高》の遺体の傍へ向かう。
「さぁ帰ろうか、相棒」
 そっと抱きかかえ、この場を後にしようとする。
 しかし、それは叶わない。突然、背後から声が掛けられた所為で。
「あー悪いんだが、死体の回収は無しだ。そこに置いていけ…」
「ッ!?」
 驚愕。その表情を言葉で表現するのはそれだけで足り得た。
「お前…いつからそこに居た…?」
 《最低》の問い掛けに男はニヤリと笑みを作るだけ。
 ついさっきまで、まったく気配を感じさせず、それでいて現れたかと思えば絶大なプレッシャーがこの身にのし掛かってくる。
 ヤバい。ヤバい、ヤバい。
 頭が、身体が、本能が、警鐘をけたたましくかき鳴らす。なにかがヤバいと。この男は他とは違うと。
−ザッ
 先程、形だけの最強を手に入れた男は思わず後ずさっていた。嗤う事も忘れ、ただ恐怖が全身を支配していく。
 そんな《最低》の様子にその男は、正真正銘の嗤いを見せた。さもこれが手本だと言わんばかりに。
「ハハ!フハハハハハハハハハ!
 さっきまであんなに嗤えていたというのにどうした?
顔が引きつっているぞ?」
「答えろ!お前は誰だ、いつからそこに居た!」
 恐怖に抵抗するため、あるいは誤魔化すため、声を張り上げて再び問う。
 返ってきたのは、嗤い声と…
「俺?俺か?俺の名は、レオル=シグナル。死神だ…」
 その名の意味は死を運ぶもの、または死者の導き手。
 自分の知る死神より一層、死神らしい男が自身の前に嗤って佇んでいた。
「……」
 また、失敗した。
 一体、何度目だろう。
 こうやって誰かの憎悪や殺意、またはあらゆる負の感情を向けられるのは。
 一般の人なら、さほど気にならないのかもしれない。いつか忘れるのかもしれない。だけど私はどうしても意識してしまう。周りから私はどう映っているのか、どう思われているのか。
 そんな風に考えるといつも普通な人達が羨ましくて仕方がなかった。
 勿論この考えにはなんの確証も無いけど、それでも信じたい。一般人なら、普通の人なら…
 むしろこんな事を考える時点で、バカなのかもしれない。戦場に立つ資格なんて無いのかもしれない。だけど、だけど私は…
「ごめんなさい…」
 小声で呟いたから彼はきっと気付きはしないだろう。
 
 私には謝る勇気なんて最初からなかったのだ。
 でも、謝らなければならないと思ったから。誰かの大切な人を奪って知らんぷりはダメだと思ったから…
 いつか、この事を殿に言ったことがあった。その時、殿は「お前はやさしいな」って言ってくれたけど、私が求めていた言葉はそうじゃなかった。
 私が言って貰いたかった言葉は…
 ザッ–ザッ–
 憎悪の嵐に囚われていた。
 それでも足は勝手に、無遠慮に相手の間合いへと踏み込んでいく。
 目的を達成するため、とか。
 運命で選ばれたから、とか。
 そんな事はもうどうでもいい。ただアイツを殺したい。殺してやりたい。
 そんな汚れた渇望が、正しい憎悪が俺をどこまでも深い闇に誘っていた。
 だが、眼前の女はあろうことか謝罪を口にした。「ごめんなさい…」と。か細い声だったが俺の耳は確かにそう聞いた。
 その途端、溢れんばかりの怒りが自分を飲み込もうとする。主の意識なんて御構い無しに。
「ぐっ……」
 それを唇を噛むことでなんとか抑え込む。この好機を逃すなと理性をもって御する。
「なに勝手に謝ってんだよ……
《最高》は、相棒は、そんな事をして貰うために体を張ったんじゃない。お前を殺すために命を燃やしたんだ!」
「……」
 聞こえているのか、聴いているのか、それはわからないが、今心に抱いている事を全て吐き出す。
「謝るくらいなら最初から何もするんじゃねぇよ…覚悟もねぇ奴がこんなとこに来てんじゃねぇ!!
 …でも、もう遅いよな……お前はもう戦場に立っちまった。その手で人を殺しちまった…なら、最期の一瞬まで戦い続けろ、それがお前のできる最低限の礼儀ってもんだ…」
 ただ無言で佇む敵に怒りを露わにする。なぜ、そんな所で立ち止まっているのだと。なぜ、
「だから嗤え……嗤えよ、お前の華々しい勝利も、こんな俺も…全部含めて…嗤えよ」
「…私は……」
 なぜ優っているのにお前は笑みを浮かべないのかと。
「惨めな俺を…何もかも失って後悔すら出来ない俺を…嗤ってくれよ…俺も一緒に嗤うからさ…」
 口角がつり上がって三日月ができる。汚い月だ。いつまでもこうしていられる。
 そんな幽鬼の如き形相を一瞬でも垣間見てしまった天子は顔を青ざめさせる。
「ヒィッ-」
 短い悲鳴が聞こえた気がしたけど、きっと気の所為だろう。たぶん引き嗤いだ。ちゃんと俺を嗤ってくれているのだ。
「ハハッ!アハハハハハッ!」
 嗤えば嗤うほど力が漲ってくる。嗚呼、これが相棒の神秘か。
 神秘『笑う所へ福来る』
 この能力は効果領域内で、自分が笑ったり笑われたりすると発動する条件起動式の自己身体強化型の神秘である。
 元々、人間には笑うことで免疫力が上がる、脳の働きが活発になる、血行が促進されるなどの機能が備わっており、この神秘はそれらを昇華したものというのが説明としては妥当だ。
 なお、詳しい理由は今のところ不明だが、この神秘がなぜ移行できるのか、それは笑うことは誰でもできるからという説が一番可能性が高い。
 そんなある意味、チートの神秘が《最低》の元々保持していた『俺に優しい世界』と合わさればどうなるのか、想像は容易い。
 敵対者の特殊能力以外の暴力行為が弱体化という守りに徹した神秘と、笑えば笑うほど力を増す身体強化に徹した神秘。
 それらが導く解は即ち–最強–
 その一言のみ。
 だが、それは二つの神秘が自由自在に使えた場合だ。この男は今しがた二つ目の神秘を手に入れたに過ぎないという事を忘れてはならない。
(ッ!コントロールが難しい…
嗤う事に集中すれば優しい世界がおろそかになり、世界に意識を向ければ嗤う事が出来なくなる…)
 このように二つの大きな願いは保持者の手にあり余ってしまう事になるのだ。
 先刻《最低》が言っていた通り、己の力を極めなければ弱点を自ら晒す事に他ならない。
 無論、それは彼も理解しているのか、明確に殺意を抱いてもそのまま突っ込む事は抑えているようだ。
 大きく距離を詰めたあとは、警戒しつつジリジリと詰め寄って行く。相手をあまり追い詰めすぎないように、されど逃しはしないように、僅かに、微かに、確実に。
 自分の間合いに入るまでその静かな戦いをひたすらに繰り返す。その間にも神秘を調整し続け、効果が途切れないよう気を配る。
 そして敵が俺の攻めを許した瞬間に…
「っおらァ!!」
「ひぃっ!」
 強化された拳が気合いに乗って矢帝に向かい、吸い込まれたかのように綺麗にヒットする。
「ゴフッ−−-!」
 身体が軋み、肺の中の空気が無理矢理に外へと持っていかれる。
 拳の威力が全て身体へと伝わっているため、後ろに吹き飛ぶことはないが、その分、視界が明滅し、息苦しさを覚える。
 波動を使って身体に伝わる衝撃を緩和しようと試みるが、うまく出来ない。
(なんで??なんで波動が発動しないの?なんで−)
 混乱が頭を支配する。何も考えられなくなる前に意識がシャットダウンした。
 たった一撃。されど一撃必殺。
 確実に相手の意識を刈り取る衝撃拳。普段の矢帝天子にならこの攻撃は無意味だろうが、今の彼女にとってはよく効くものだった。
 その主たる理由は彼女のスキル−波動の定義にある。
 どうやら彼女は感情も波動の一種と考えていたらしい。その所為で感情の振れ幅により出力や性質が大きく変わることがあったようだ。
 今回、彼女は恐怖に心を囚われていたようで、波動の力を全て攻撃面に回していたのだろう。そのおかげか守りの波動は取り払われ、《最低》の攻撃が上手く決まったというわけだ。
 もし天子に攻撃する勇気があったのであれば、今ここに立っているのは間違いなく彼女の筈だ。
 だが、彼女は恐怖に負けその一歩を踏み出せなかった。
 そして意識を失い地面にグッタリとして倒れている敵に俺は最期を与えるべく右腕を振りかぶる。
 全身全霊の殺意をもって、その全てを叩き込む。この拳とともに。容赦なんてものはない。
「…っおらァ!!!!」
「ガッ−−−−」」
 天から地へ。上から下へ。そんな単純な力の流れだけで、たったそれだけで、今この時、矢帝天子は絶命した。
「……ハハ、アハハハハハハハッ!
勝った。勝ったぞ《最高》!
俺たちの勝ちだ!」
 独り嗤い、二人で勝利を収めた。
 ひとしきり嗤ったあと、気が済んだのか《最高》の遺体の傍へ向かう。
「さぁ帰ろうか、相棒」
 そっと抱きかかえ、この場を後にしようとする。
 しかし、それは叶わない。突然、背後から声が掛けられた所為で。
「あー悪いんだが、死体の回収は無しだ。そこに置いていけ…」
「ッ!?」
 驚愕。その表情を言葉で表現するのはそれだけで足り得た。
「お前…いつからそこに居た…?」
 《最低》の問い掛けに男はニヤリと笑みを作るだけ。
 ついさっきまで、まったく気配を感じさせず、それでいて現れたかと思えば絶大なプレッシャーがこの身にのし掛かってくる。
 ヤバい。ヤバい、ヤバい。
 頭が、身体が、本能が、警鐘をけたたましくかき鳴らす。なにかがヤバいと。この男は他とは違うと。
−ザッ
 先程、形だけの最強を手に入れた男は思わず後ずさっていた。嗤う事も忘れ、ただ恐怖が全身を支配していく。
 そんな《最低》の様子にその男は、正真正銘の嗤いを見せた。さもこれが手本だと言わんばかりに。
「ハハ!フハハハハハハハハハ!
 さっきまであんなに嗤えていたというのにどうした?
顔が引きつっているぞ?」
「答えろ!お前は誰だ、いつからそこに居た!」
 恐怖に抵抗するため、あるいは誤魔化すため、声を張り上げて再び問う。
 返ってきたのは、嗤い声と…
「俺?俺か?俺の名は、レオル=シグナル。死神だ…」
 その名の意味は死を運ぶもの、または死者の導き手。
 自分の知る死神より一層、死神らしい男が自身の前に嗤って佇んでいた。
「ファンタジー」の人気作品
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