噂の殺戮者に出会ったので死刑執行しますby死神

鬼崎

101 名コンビ

 夜の暗闇が剣戟の火花で飾られる。

 《最術》が尖兵団を食い止めている間、その反対側では世界調停機関の星害担当課が織田の軍勢五百を相手に激戦を繰り広げていた。

 そしてその激しさを増す戦場で一際目立っていたのが、星害担当課のルーキー橘クレトと到達者の一人《最憶》ファバード・キーシュタインだ。

 いつぞやテロリストの拠点をたった二人だけで壊滅させた事のあるこの二人がいれば、五百程度の軍勢もあまり脅威にならないだろう。ましてや星害担当課の他の面子も戦いに加わっている。勝利は揺らぐことがないだろう。

「さて、王さま。どうするよ?一旦休憩するか?」
「何を甘ったれている。戦うに決まっているであろう。
 さてはクレト、臆したか?」
「バーローんなわけねぇだろっ」

 軽口、悪態とともに一刺し。

「次、上から来るぞ!」
「何だ? 気をつけろってか!」

 キーシュタインがクレトに指示を出し、クレトはそれに従いどんどん敵を屠っていく。お得意の紅蓮千修羅刃を出すまでもなく、敵は次から次へと現れては倒れ、立ちふさがれば吹き飛ばされ、襲いかかれば返り討ちにあう始末だ。

「おいおい、これがあの有名な織田の兵かよ。期待外れだな!」
「そんなことはありませんよ。先程から幾度となく修羅場と化す寸前なんですから。…おっと!」

 キーシュタインの言葉通り織田の家臣達が弱いわけではない。クレトが強すぎるのだ。なにせ彼は幾多の死線や修羅場をその身一つで掻い潜ってきたのだから。

 だが、そんなどうでもいい問答をしているからこそ、致命的なミスを犯してしまう。

「私の仲間を、バカにするなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「なっ--- ゴフッ!!」

 それは星の全てを見たキーシュタインでさえも見落とし、さらに歴戦の勇士であるクレトも気付けず、あろうことか態勢を崩したところを突かれ吹っ飛ばされた。

「天子様!!」
「おお!!天子様だ!」

 そしてその助太刀に現れた少女によって、場の雰囲気は織田軍優勢へと一変してしまう。無論その少女とは織田軍出雲侵略部隊の隊長にして織田五大将の一人。矢帝天子だ。

 彼女は華麗に残心を示し、すぐさま次へと構えをとり、キーシュタインへと狙いを定める。

「くっ………神秘『星の記憶』……」

 キーシュタインの神秘で星へと干渉し、これから放たれるであろう攻撃を回避すべく、記憶を閲覧する。しかし途中でキーシュタインの顔色が変わった。

「は?なぜ、記憶に載っていない?…これでは---」
「遅い…やあ!」
「ガハッ!」

 可愛らしい声とともに放たれる天子の高速右ストレート。あまりに単純で普段の冷静なキーシュタインならば回避かわすことなど雑作もないのだが、なんの因果か綺麗にヒットした。

 またも残心を示し、辺りに他の敵がいないのを確認してから構えを解く。

「ふう。みんな大丈夫?」
「はい!」
「なんてことありません。これくらい」
「それに天子様の笑顔さえあれば、何も心配ないですぞ!」

 『天子様ふぁんくらぶ』会員達が次々に言い募る。そしてその誰もが天子という一人の少女に例外なく癒されていた。主に精神的に。

 天子のポニーテールも元気良く揺れているため、彼女も機嫌が良いのは間違いない。

「事実、我らは一人の死者も出していませんからな」
「そう、なら良かった!」

「マジ…かよ」
「一人も……死んでいない!?」

 一方、瓦礫の上で転がるクレトやキーシュタインは、彼等の言葉に驚いていた。

 見れば先程クレトが相手していた者達が続々と立ち上がり、外傷が少なからずあるにも関わらず、まるで無傷かのように振る舞っている。

「形勢逆転だな、調停機関。今、負けを認めれば、命だけは取らないでやるが?」
「はっバカか!」
「バカだな!」

 クレト達に一番近かった男が、そんな事を口にしているが、鼻で笑われバカと連呼される。先程、天子にそれが理由で殴られたと言うのに。

「私の仲間を貶さないでって言ってるでしょ!!」
「グハッ!」
「グフッ!」

 案の定怒った天子が二人の鳩尾に拳を入れ、仲良く苦しんでいた。

「どう…する、王さま?」

「どうもこうも…ない。
 俺達の道を塞ぐ奴は全員、倒すだけだ…
 立て、我が勇者。そして付いてこい!
 お前に王道を歩ませてやる!」

 一足先に立ち上がったキーシュタインが王たる器を垣間見せ、勇者、クレトに手をさしのべる。徐にクレトは手を伸ばし、王の手を力強く掴んだ。

「ははっ嬉しいこと言ってくれるがおれに王道は歩めねぇよ…
 己が歩むのは、修羅道だ!」

 腕に力を込め、キーシュタインがクレトを立ち上がらせる。もはや、先程のような無駄な動作は一切無く、二人は敵、矢帝天子を深く見据える。

「準備は良いな?」
「おうよ」

「いくぞ!俺達の実力ってもんを刻み込んでやる!」
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!…『紅蓮千修羅刃ー1式炎海ー』纏い焔!」

 夜の戦場がほんの一瞬朱に染まる。天子に向かって駆けているクレトを中心にして紅い炎は放射状に燃え広がろうとするが、その前に紅を制御し自身に寄せ集め纏う。

 攻防一体となり、クレトは捨て身で天子に斬りかかる。
 しかし…

「食らえ!」
「効かない!」

 忘れてはならないトンファーも攻防一体の武器であることを。
 左腕を角度をつけて頭上に挙げ、トンファーで防ぐようにして上からの斬撃を凌がれ、弾いたところを右手で突き返される。

「やあ!」
「ぐ……」

 唸るようにして吹き飛ばないように耐えて、次々と飛んでくる打撃、拳撃、脚撃を受け止め、払い、撃ち返すがトンファーを伴う攻撃は兎に角痛い。転じて防ぐのも払うのもダメージは着実に蓄積される事になる。

 対して天子の炎を物ともしないその姿は見るものを圧倒させ、魅せられることだろう。現に今なお、某ふぁんくらぶが歓喜と熱狂で舞い上がっている。

 なおクレトの剣はトンファーに阻まれ、逸らされ、防がれるため一向に当たる気配がない。このままではいずれ防戦一方になってしまうだろう。だが、そんな境地はクレトには何の逆境にも、ましてや修羅場にもなり得ない。

 そして剣が利かないなら執る行動は一つ。

「剣を捨てればいい!」
「えっ!?」

 ポイッと。それはもう自然な感じで、剣をポイ捨てするクレト。流石のこれには天子も驚きを隠せない。こと戦場で自身の得物を自ら手放す者など早々いないのだから仕方がないだろう。

 だが、このポイ捨てで確実に両者振り出しに戻ったはずだ。いや、この場合、先程から天子の拳を受け続けて拳での攻撃に目が慣れているクレトが一歩リードしているかもしれない。

 しかしそれでも天子も常日頃から組み手ぐらいはやっているだろうから、効果はあまり期待できない。

「ふっ! タァッ! ッテイ!」

 右、左、右膝とテンポよく三連撃を繰り出すクレトといつもの訓練の賜物か辛うじてそれに反応し細かい動作で避ける天子。

 そしてそこから反撃。

「やあ! ていや! とお!」
「クッ………!」

 可愛らしい声は聞こえが良いが、繰り出される技はえげつないくらい速く鋭い。無論、そんな技はクレトに見切れる筈もなく、庇って防御に徹するしかできない。

「クレト!」
「っ!!」

 後方から戦況を見ていたキーシュタインが名を叫ぶ。とっさにクレトはキーシュタインが何をするのか理解し、自身の身体を右に移動させる。
 
 その阿吽の呼吸からキーシュタインが寸分の狂い無く、拳銃を連射。六条のキラリと光る鉄閃が夜中に舞い、天子に吸い寄せられるかのように迫っていく。

 しかし…

-カンカンカンカンカンカン

 心地よく軽い金属音が夜の街に響いたかと思えば、六発の銃弾全てがトンファーによって打ち落とされていた。

「おいおい……マジかよ」
「ふっ!!」
「はぁ…何かと思えば、興醒めです…」

 呆気に取られるキーシュタインを余所にクレトが拳打を放つ。溜め息を吐きながら天子に防がれるが、クレトは止めない。ラッシュ、ラッシュ、ラッシュ。

 適当かと思いきや、それら全てが急所を狙った的確な打ち込みだ。だがそれでも徒手空拳が主戦場の天子には敵わない。即座に返し技を放たれラッシュで崩れた身体に上手くヒットする。

「グハッ!」

 今度は踏ん張れずにそのまま家の壁に叩きつけられる。肺の中の空気が全て外に押し出され、息苦しさと背中の痛みがクレトを襲う。

「勝負あり、です。大人しく降参してください」
「……う…………うう……」

 降伏を呼び掛けるがうずくまったまま返答がない。するともう驚異ではないと判断したのか、次はキーシュタインに意識を向ける。

「さて、今度はあなたです!覚悟っ!!」

「これは流石に分が悪すぎる……しかし……
 しかしここで引けば、クレトが危ない…
 臣下を護るのが主たる俺の役目だ!なら、やることは一つ!!」

 気迫と気合いのぶつかり合い。どちらも一歩も引かず、譲れないものの為に体を張って命を懸ける。

 キーシュタインは拳銃に銃弾を素早く装填し低く構え、対する天子は片方のトンファーを半回転させ、棍棒状にして構えをとる。

 一歩一歩、踏み込む足に力が入っていくのがわかり、地面のアスファルトがそれを強く押し返しているイメージを持たせる。そんな一瞬の光景をクレトは伏せたまま微かに見ていた。

 半瞬後。

 六発の銃声が一つに重なり合ったような銃の絶叫とも表現できる響きと同時に、それと同じような金属音の悲鳴が甲高く鳴り響いて…

 交差。それぞれが各々の形で残心を示し…

-ドサリッ

 どちらかが崩れ落ちる音が虚しく街に木霊する。途端に周りが絶叫と歓喜に支配される。

「キーシュタインッ!!キーシュタインッ!!おいっ!しっかりしろ!
 キーシュタイィィィィィィィンンンンンンンン!!!!!!!」

 ある者は敗者の名を叫び。

「天子様万歳っ!!天子様万歳っ!!天子様マジ天使っ!!」
「やったね、みんな!」
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」

 またある者は勝者とともに喜ぶ。

「クソッ!!クソッ!!守れなかったっ!!……クソォォォォォォ!」

 星が輝く天に向かって泣き叫ぶクレト。倒れたキーシュタインを抱きかかえ必死に声を掛け続けているが、もう意識がないのか…それとももう既に……とにかく返事は返ってこない。

 だが現実はどこまでも無慈悲だ。

「さぁあなたはどうします?」
「………」

 急いでキーシュタインを《最医》に診せなければならないというのに、とても逃げられる雰囲気じゃない。いや、もう既に囲まれている。

「………ろす………」
「はい?……何か言いました?」
「……殺すっ!!」

 天子に背を向けたまま、顔を後ろへ向け睨みつける。どこまでも殺意の籠もった濁った目で。そしてその瞬間、クレトの姿が消える。

ー紅蓮千修羅刃・五十九式瞬動ー

「カハッ!!」

 衝撃。懐に現れたクレトが天子の鳩尾に拳をめり込ませる。天子の反応速度の埒外から打ち込まれた一撃は、深く鋭く身体の芯に直接ダメージが行くようなまさに必殺技と言っても過言ではない代物だ。常人に放ったならまず間違いなく上半身が不随になってもおかしくない。

 その名も紅蓮千修羅刃・三十二式身髄撃しんずいげき

 されど、天子は微動だにしない。少し空気を吐き出さされた程度だ。さらには、技後硬直で動けないクレトに反撃する。

「やあぁ!!」
「………」

 さっきまでとは少し違う明らかに熱の籠もった声と、こちらも必殺になり得る一撃をクレトに見舞う。

 だがしかし、当の本人は無反応。無論、ノーダメージ。

「うっ……うう……」

 そして何故か技を放った方の天子から苦悶の声。

 これぞ、クレトの持つ最大の防御技ー紅蓮千修羅刃・十七式堅牢。

 かつて戦った猛者の中で絶対の防御を得意とする神秘保持者がいたそうだ。もちろんその戦場は修羅場と化し、この技が生まれた。そしてこの技はそれの劣化版の複製であり、ハイリスク、ハイリターンの諸刃の剣ならぬ諸刃の盾なのだ。

 効果は、全身の硬質化。肉体変質系ではないので見た目が変わることはないが、言うなれば皮を被ったメタリックボディだと思ってくれればいい。しかしこの技には唯一にして最大の欠点がある。内蔵系の機能停止だ。脳、心臓、消化器官それら全てが発動中、動きを止める。そのため、事前に効果時間を設定しなければならない。また効果時間を過ぎれば普通の肉体に戻るがその間も攻撃を受けていたら防御した意味がなくなってしまうというとても扱いづらい技なのである。

 なお、天子が腕を抑えて顔を曇らせているのは、自身の攻撃の力の逃げ道がクレトの技で無くなり、分散されずに腕に留まっているためだ。簡単に言い表せば攻撃の反動が自分を苦しめているということになるだろう。

 やがて効果時間が解けたのか、やっとクレトが動く。

「クソッ!!」

 悪態を吐いて一呼吸後。

「……今度こそ……死ねっ!!」

ー紅蓮千修羅刃・三十二式身髄撃ー極ー

 修練に修練を重ねこの頃、一か八かでようやく放てるようになった身髄撃の究極型を隙だらけな天子に向けて放つ。

 まっすぐと一直線に鳩尾を狙う。先程の瞬動からの身髄撃ではないため反応こそできるが、態勢を完全に崩していたため今からでは回避動作が間に合わない。

「っ!!」

 それでも最後の抵抗とばかりに両腕をクロスして己を守る。

「これで、終わりだぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 必殺の拳が、今、当たった…………
 天子は…………

「……生きてる、だと…!?」
「…お前達は!?」
「…えっ?」

 唖然、愕然、呆然。
 ある者は呆気にとられ、またある者は驚き、またある者は気抜けして、それぞれ立ち竦んでいた。

 茫然自失。
 意味は先程と被るが、そう表現するしかない雰囲気がこの場を支配していた。元凶たるたった二人を除いて。

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