噂の殺戮者に出会ったので死刑執行しますby死神

鬼崎

100 契約

 一件落着。めでたし、めでたし。

 そんな声が、拡声術式を通して後方にいた僕の耳に入ってくる。その言葉の意味を考える前に僕はふと視線を少し下に落とした。するとそこに広がっていたのは、自軍が壊滅した光景。そう、つい先程まで部下だった尖兵団の術師達が皆仲良く倒れて気を失っていたのだ。これが敵の慈悲かどうかは知らないが。いや、知りたくもないが。

 そしてその先には我が軍の最高火力である『神焔カグツチ』を防いだ一層の結界がその術師を今尚守り続け、暗闇の中、淡く光っていた。

『ふぅ。仕事も終わったし、帰るか…』
「……」

 結界から一息つく音が聞こえてくる。
 よし。奴が警戒を緩め、結界を解いた時、襲いかかるとしよう。
 僕は咄嗟に止まっていた思考をフル回転させ、気配を薄め、息を潜める。卑怯と言われようが、姑息と思われようが勝てるならそれで構わない。ただミスは許されない。絶対に。

 存在を悟らせぬよう隠れること数分。事態は急変する。いや、この場合、作戦失敗と言った方がいいだろうな。

『それで何時まで隠れているつもりだ? 神さま』
「………」

 鎌を掛けてきている可能性もあるにはあるが、殲滅術式による炙り出しなどされては困るので、ここは素直に応じておく。

「……気付いていたのか?」
『まぁな。にしても随分冷静なんだな』

 今更だがそこまで驚く事でもない。神話再現術式あんなことを単独で出来てしまう凄腕の術師だ。神の一柱二柱ひとりふたり見つけるくらい雑作もないのかもしれん。逆にそこを考えず、無駄な希望に縋った僕の方が何倍も愚かだ。

「…取り乱しても仕方なかろう?」
『それもそうか……で、あんたはどうすんだ?』

 今のところ奴はこちらに明確な敵意を向けてはいない。精々、煩わしい虫程度に思っているのであろう。まぁそれはそれで僕のプライドが傷つくのだけど…

「その前に一つ聴きたい」
『なんだ?』

 ずっと疑問に思っていたことを今のうちに聴いておこう。

「なぜ同盟相手である我らが尖兵団の進行を阻止した?」
『同盟? ……ハハ、笑わせんじゃねぇよ』
「なに…?」

 僕の質問に奴は嘲るような声で答える。

『そもそも俺達は世界の味方であって、お前等神さまの味方じゃねぇよ。
 まぁ今回、お前等の進軍を止めたのは、仲間の最期の仕事を邪魔させないためだけどな。混戦状態じゃどう転ぶかわかったもんじゃない。』

『それにお前等、俺達に何の作戦報告とかもしなかったじゃん。端っから連携する気無かっただろ? …だからお前等を止めるのも俺達の勝手のはずだが? ……それとも連絡遅れてました~ってか?』

 息つく暇なく。止めどなく。奴は勢いに任せて全て語った。

「……確かに僕達は、連携を怠った……違うな、する気がなかったのか…
 なるほど。これで同盟だなんだと言って君達に戦わせていれば、そこらの手前勝手、自分勝手な神と変わらんな…」

「済まない。その点は謝罪しよう…」

 彼に言われ自覚した己の真の愚かさに、僕は頭を下げることしか出来なかった。的を射ているどころの話ではない。ド真ん中だ。さらにはそこを射抜かれた。

『…神さまの癖に素直に頭下げるんだな。もうちょっとプライドが邪魔するかと思っていたが?』
「もともと神話でも殆ど活躍したことなかったからな…そんなプライド持ち合わせていない」
『そんなもんなのか…』

 僕が謝ったのがそんなに不思議なのか、彼は首を傾げていた。

『じゃ、話戻すけど。あんたはどうしたいんだ?』
「僕からは要求できる立場じゃない。君が決めてくれ」
『そうか…うーん…』

 僕は彼に任せると言って、定めを受けるため結界に近付いていき、彼我の距離がどんどんと短くなっていく。その間にも彼は考えていることだろう。僕の処遇を。

 そして結界を眼前に捉えたところで、彼が答えを出した。

『わかった。神さまには……』
「………」
『あんたが持つ全てを俺に差し出して、従ってもらう』

 彼の口から発せられたのは、隷属の一言。死を意味するのと同義ではあるが、簡単に殺さないあたり、頭が回るのかもしれん。それとものし上がるための悪知恵か……それは今から見定めるしかないな。

「……僕を…殺さないのかい?」
『ああ、殺さない。俺は使えるものは何だって使う主義でね。あんたにはこれからある目的の為にいろいろ動いてもらうつもりだ』

 どうやら僕を使い潰すのは確定らしいが、どうにも読めない。彼は一体なにを企んでいるのだろうか…

「一応聴いておくが、その目的ってなにかな?
 もちろん答えたくなければ構わないが…」
『………俺の目的は………』

 長い長い沈黙が、僕たち二人の間に満ちる。やがて意を決したのか、彼は真っ直ぐに僕を見て言った。

『生きること、だ』
「……生きる…こと?」

 いまいちその意味がわかりづらかったので、反芻して聞き返していた。
 しかし…

「その意味を聴きたいなら、俺に隷属しろ」

 彼は自身を覆っていた結界を解いて、無防備にも近寄ってくる。今ここで隷属を迫ってくるということは恐らく目的の真の意味は、彼にとって弱点となり得る事なのだろう。

 だが、彼は結界を解きこちらへ歩み寄ってきている。何故だ?
 なぜ敢えて無防備な形でこちらに来るのだ?
 僕が力を使えば一瞬のうちに殺せるというのに。僕を侮っている?
 いや、逆に僕を何時でも仕留められるということか?

 ハハッ本当に意味がわからない。理解できない。
 だが…
 だけど…

「興味深い……」

 しばらくの思考のうち、至った答えは…

「うん。いいよ。君に隷属するとしよう」
「なら…龍神の魔導書、第六巻、『隷属契約魔法式』発動」

 跪き、彼の右手をとる。どこからか本が現れたかと思ったら、勝手に本が開き、そこに記された魔術の上位互換である魔法が起動する。

 しばらくして契約は終わり、僕の腕には隷属紋が刻まれていた。これで僕は君には逆らえないことになる。

「契約完了だな。早速だがあんたの名前を教えてくれないか?」
「僕の名前はツクヨミ。これからよろしく頼むよ。我が主マスター

 隷属したのだから命令口調でもいいというのに…案外、甘いのかもしれんな。このマスターは。

「ああ、こちらこそよろしく。ツクヨミ…ちゃん?」
「マスター、僕は一応、男なのだが?」
「え?そうなの!?マジで!?その顔で!?すまん僕っ娘だと思ってた」

 まさかマスターにまで性別を間違えられてしまうとは…しかも滅茶苦茶驚いてるし……それに僕っ娘ってなんだ?

 まぁそんなことはいい。大事なのは…
 
「それで、マスターの目的は一体なんなのかな?」
「俺の身体に刻まれた神秘呪いを解呪できる方法を探している」

 マスターは僕に具体的なことを教えてくれたようだが、それは…

「その呪いとやらが、生きることに繋がるのか?
 身体も弱っているとは思えないし今のマスターはどこをどう見ても健康体なのだが?」

「だろうな。うちの医者にも言われたよ。18歳の成長真っ盛りだってね…」
「それなら…」

 僕は安心させるべく言葉を紡ごうとしたが、途中で遮られ、マスターがぼそりと呟いた。

「だが確実に俺は20歳で死ぬ」
「え……」
「でも後二年だ。二年ある。この二年の内に俺は生き続ける術を見つけなきゃいけない。そのためにもあんたの、ツクヨミの力が必要なんだ!」

 あまりに突拍子のないことで、ついていけない僕だったが、やがて頭が追いついてきた。

「つまり、二年後には死ぬかもしれないから、呪いってのを解く手伝いをしろって事だよな?」
「かもじゃない、確実に死ぬ」

 マスターのその眼はとても嘘を言っているようなものではなかった。逆だ。死ぬことが確定しているからこそ、マスターは徹底的にそれに抗おうと覚悟をしたのだろう。そんなギラリと光る眼をしていた。

「詳しく説明するとだな…ああ、まずは俺の神秘を知った方が早いな。
 俺の神秘は『寿命設定(20歳)』だ。
 まぁ一回聴いただけだとわからんだろうから、重要なのはこの先だ。
 俺が産まれたとき---」

 マスターの話を要約するとこうだ。

 マスターが産まれたとき、当時貧しかった両親は、食い扶持を減らすため願ったそうだ。『早く死んでくれればいいのに』と。
 そしてあろう事かそのふざけた願いは、神秘に歪んだ形で叶えられた。一種の呪いとして。

 マスターも最初は知らなかったらしい。知っていたのは両親だけ。では何故マスターが知り得たのか、それは丁度その地域に視察に来ていた世界調停機関の保護・診療課のおかげだそうだ。

 世界調停機関には神秘が発現しているか検査するための機材があるらしく、マスターもその検査を受けたようだ。その結果わかったのが、両親が願った残酷な神秘という名の呪い。即ちマスターの持つ『寿命設定』だった。

 その後、マスターは世界調停機関に保護されることとなった。当時のマスターはそれはもう荒れたらしいが、それは置いておいて、結果的に世界一の名医である《最医》でも神秘自体に問題があるマスターは治せないそうだ。

 治すにはどうにかして、神秘を消す必要がある。しかしここで問題が発生した。過去に神秘を消した人間は一人も居なかったのだ。

 神秘という仕組み自体、未だ謎があるというのに人間はそのリスクを顧みず行使しているのが現状であり、ましてや神秘が発現する原因となる願いは自身が願ったという者がほとんどで、他人から願われた者は全くいなかった。

 この事実に絶望しそうな時、さらに最悪な事が起こる。今のマスターにとっては良かったことらしいが、当時のマスターからすれば最悪な事態だろう。

 神秘の検査機材がアップグレードしたことにより、これまでより詳細に神秘について調べることが出来るようになったそうだ。そしてその技術革新の結果わかったのが、寿命は20歳ということだった。因みにその頃のマスターは15歳で、当時《最短》という到達者の位に居たらしいが、それがなんとも皮肉だ。
 
 そんなマスターにもやっと転機が訪れることになる。16歳の頃だ。
 先代《最術》が激闘の果て死に次の《最術》を選ぶ事になった。選定方法は簡単で、《最術》の専用兵装である『龍神の魔導書シリーズ』のマスター登録だ。そして偶然か必然かマスターは『龍神の魔導書シリーズ』に認められる事となる。

 本来、莫大な魔力が必要となる『龍神の魔導書』をなんの苦もなく起動できるマスターはそれはもう好待遇を受けたそうだ。機関の手のひら返しがすごかった、と言っていたな。それと魔力量がヤバいのは神秘のおかげかもしれない、とも言っていた。どうやら元々生命力となる筈だった力が神秘によって遮断され、魔力に変わったらしい。

 でもここで一つ考えてもらいたい。生命力が魔力へと変わったのならば、使われ消費した魔力はもちろん無くなる。そしてもし神秘を消せたときそれは一体どんな結果を及ぼすことになるか…想像することは容易い。

「まぁ結局、この呪いが解けても生きていられるのは1,2年だろうけどな」
「……」
「それでも俺は諦めない。生きるためにできる限りの事はしてみせる。」

 確固たる、揺るがぬ意志を持ち、明日を諦めない彼の姿は一体どの様にツクヨミに映ったのか。それは誰にもわからない。
 だが確かなのは遙か昔の神話において人とまったく触れ合うことが無かった神は、それ故に一人の志しある少年に関心を持ったという事だろう。

「では僕もお付き合い致しましょう。マスター」

 今日この日、《最術》ことハクカミル=ユグドという少年は異国の地で、月を司る神ツクヨミを配下に加え、自身の運命に抗う術を模索する過酷な日々を掴み取ったのだ。
 彼のこの選択が実るかどうかは、2年後の未来の話である。


 いつもお読みいただき、ありがとうございます!
 ついに100話達成です!
 そのくせして主人公とは全然関係ない話してますが、お許しを。
 スサノオと桜夜の師弟関係と、《最術》とツクヨミの主従関係をしっかり書くことが出来ていたら、良いなと思います。

 ではこれからもお付き合いの程、何卒よろしくお願いします。

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