ましろちゃんの周りは妖怪異で満ち溢れている。

柳葉 円

第参ノ怪『妖怪の歴史と閻魔大王』


 酒呑童子は空を仰ぎながら、ゆっくりゆっくり、静かに語り始めた。

「まずワシ達妖怪の出現から話そう。妖怪が出現したのは人間が誕生する遥か昔───





 
 男神の伊邪那岐イザナギが、黄泉国よみのくにけがれを落とすために筑紫つくし日向ひむかたちばな小戸おど阿波岐原あわぎがはらにて、みそぎを行ったところ、体を洗っている最中、様々な神が生まれた。
 体がすっかり綺麗になった伊邪那岐が、最後に顔を洗ったところ、左眼から「天照大神アマテラスオオミカミ」が、右眼から「月読命ツクヨミ」が、鼻から「須佐之男スサノオ」の三貴子が生まれた。
 そしてイザナギは、三貴子にそれぞれ「高天原たかまがはら」・「」・「海原うなばら」の統治を委任した。
 しかし、三貴子の中の海を任された須佐之男は、悪戯好きの我儘で、全く言いつけに従わず、幼いころは死去した母伊邪那美イザナミに会いたいと泣きわめくばかりで、伊邪那岐を困らせ、天地に膨大な被害を与えた。これに怒った伊邪那岐は須佐之男を追放してしまった。
 そこで須佐之男は姉の天照大神に会ってから黄泉国へ行こうと考え、天照大神が治める高天原へ昇った。すると山川が響動し国土が皆震動したので、天照大神は須佐之男が高天原を奪いに来たと思い、武具を携えて彼を迎えた。
 須佐之男は天照大神の誤解を解くために、「誓約」をしようと言った。
 誓約の後、勝ったことで須佐之男は調子に乗り、天照大神の田んぼを壊し、御殿で汚物を撒き散らす等の乱暴を働いた。須佐之男が悪戯を働く度に、天照大神はそれを庇ったが、調子に乗った須佐之男は止まらず、ついに馬を生きたまま皮を削ぎ、その死体を機織はたおりの部屋に投げ入れ、それによって中にいた機織女はビックリ仰天。持っていた杼が秘部刺さってしまいに死んでしまった。
 これにはついに天照大神の堪忍袋の緒が切れ、天岩戸あまのいわとに閉じこもってしまった。そして、太陽の化身でもある天照大神が閉じこもってしまったことにより、世界は闇に包まれた。
 
 そしてその時、この世に沢山の「あやかし」が出現した。

 その「妖」というのが現在の「妖怪」である。

 その後他の神々達の働きによって天照大神を天岩戸から出すことに成功し、その後世界は光を取り戻した。
 しかしその妖達は消えることはなく、そのままこの世に残った。






「…とまぁ、ここまでが妖怪の誕生じゃが、分かったか?」

 酒呑童子は首を傾げながら聞いてくる。ましろはその話に聞き入って、目をキラキラと輝かせていたが、理解出来たかどうかを問われると微妙な顔をした。

「うーんと…、とりあえずスサノオ?とかいうやつが色々ヤバいやつだってことは分かった」

 ましろがそう言うとすねこすりは「こいつほぼ分かってないだろ」と言いたげな顔をしたが、酒呑童子は、

「今はそれで良い」

と、苦笑した。

「で、ここから妖怪の時代も幕を開けたわけじゃ。が、」

「が?」

「後から現れた人間達は、最初はワシ達妖怪を受け入れはしなかった」

「まあ、当然といえば当然なんじゃがな。良いことをする妖怪よりも悪いことをする妖怪の方が多いしな。それに、人間の証明できない不可思議な出来事は全て妖怪のせいにされてきた。その人間の考えによって生まれた妖怪も少なくはない」

「でも後から出現したのは人間なんでしょ?なのにそれってちょっと酷くない?」

「でもな、小娘。人間ってそんなもんじゃよ。例えば街中にカラスがいるじゃろう?人間はアレをよく思っていないようじゃが、アイツらは人間達が誕生する遥か前から存在している。それに、人間達が山や森を切り倒し開発を進めていったから烏達の住む場所が無くなり街に出てきてしまったんじゃ。」

「あっ…」

 その話を聞き、ましろは申し訳なさそうな顔をする。

「いやいや、別にお主を責めている訳じゃないんじゃよ?それにお主が開発を進めたわけでも森林を伐採したわけでもないしな」

 酒呑童子は困ったように笑いながら話を続ける。

「まあ、そんなこんなで妖怪は人間達の文化に良くも悪くも根付くこととなったわけじゃが、時代が進めば技術や科学も発達してくる。それによってただでさえよく思われていなかった妖怪は、遂に存在さえも否定され始めてしまった。」

「えっ」

 その話を聞き、ましろは絶句する。

「その流れのまま時代は流れ、いつの間にか妖怪を見ることの出来る人間、即ち妖怪を後世に伝えることができる人間は極わずかなものとなってしまった」

「お主も妖怪に関しては、昨日初めて知ったのではないか?」

「うん。霧は元々見えていたにしても、それが妖怪なんて考え浮かばなかったよ」

「じゃろ?よって妖怪達の頂点に君臨している我らの王、「閻魔大王えんまだいおう」様は、妖怪の存在を自ら否定した人間達とこれ以上関わり合っていくのは難しいと考えた。よって、元々一つだった空間を二つに分けた。人間達の暮らす「表側の世界」。妖怪達の暮らす「裏側の世界」にな」

「閻魔大王様スゲエエエェェェ!!」

 ましろは小さな子供のように目をキランキランに輝かせ、鼻息を荒くしていたが、ふと何かに気がついたように目の光を消す。

「でもなんで妖怪達は表と裏を行き来してるの?別にこっちに来る必要って無くない?」

 すねこすりは呆れたようにため息を漏らす。

「…薄々感じてたが、馬鹿だろお前。人間の噂とか思想によって生まれた妖怪がそれどおりに行動しないとどうなるか、さっきも説明しただろ馬鹿」

「うわ〜〜!!馬鹿って言った!二回も!!人を馬鹿にするのっていけないんだよ?」

「そういう所が馬鹿なんだろ。もしくは阿呆でもいいぞ」

「阿呆の方がなんかなんか間抜けな感じがするから馬鹿がいい!」

「知るか、この阿呆」

「阿呆って言った方が阿呆なんですぅ〜!」

 酒呑童子は、
(どっちもどっちな気がするが…)
と思ったが、あえて無視して話を続ける。

「そして空間を二つに分けた閻魔大王様は、最低限人間との関わりを持たせ、妖怪を死なせないために二つの空間を繋げる妖怪用の通路を作った」

 その言葉にましろがピクっと反応し、喧嘩を中断する。

「それって…」

 ましろの反応に酒呑童子が頷く。

「それがお主が昨日通ってきた「妖通あやかしどおり」じゃ」

「妖怪用の通路だから「妖通り」…。なんかそのまんまだね」

「まあ…、分かりやすくて良いん…じゃないか?閻魔大王「サマ」のネーミングセンスが問われるが…」

 酒呑童子も二人と同じ心境なのか、少し引きつった笑顔を浮かべながら話を続ける。

「…でな?その妖怪用の通路だからお主がここを通ってこれたというのはおかしな話なんじゃよ」

「あっ、確かに。なんでだろ?」

「……」

 すねこすりは無表情のまま黙り込み、酒呑童子を睨みつける。

「あっ…と、失言じゃったな」

 酒呑童子はすねこすりりのその表情の意味を読み取ったようで、焦り始める。

「?」

 ましろは意味がわからないといった顔ですねこすりと酒呑童子、両方の顔を交互に見つめる。

「あー、お前は気にしなくていい」

「そうじゃ。どっちにしろ嫌でもそのうち分かることじゃし」

 二人の誤魔化すような言葉にましろはムッとする。

「えー!どっちみち後で分かるなら今教えてよ」

「いや、今はならん」

 酒呑童子は首を振る。

「なんで?」

 ましろの質問に今度はすねこすりが答える。

「…危険だからだ」

 すねこすりの「危険」発言に、ましろの頭の中は「?」でいっぱいになる。

「お前自身が危険に晒されるかもしれない…ということだ。昨日の鬼なんて妖怪の中では可愛いもんだ。…それでも聞きたいか?」



──昨日の鬼が可愛いもん…?

 昨日すねこすりと酒呑童子がいなければ、危うく裏側の世界で鬼のメインディッシュになるところだったのに、あれが可愛いもんだって?

 ましろは体の温度がスゥッと冷めていくのを感じた。死というのはすぐ隣にあるということを思い知らされ、慌てて首をブンブン振る。
 その様子を見て酒呑童子はケラケラ笑う。

「じゃろ?じゃからまだ知らなくていい」

 ましろはコクコクと頷いた。そして本題に引き戻す。

「でも酒呑さんはなんでその閻魔大王様直々に禁止令を…?」

「そう慌てるな。ちゃんと説明してやるわ」

「昔のワシはな、それはそれはわるーいやつでどうしようもない妖怪じゃった」

「それは今もじゃないか?」

「お主は一言何か皮肉的なことを言わないと死んでしまうのか?」

「別に皮肉じゃない。僕はストレートに物事を言う系妖怪なんだ」

 ましろはすねこすりの頭をパカンと殴ると「そのまま続けて」と、話を続けるよう促す。

「例えば、ものを奪ったり、盗ったり、都の女子おなごをさらったり、女子を食ったり、女子を干物にしたり、女子をそばに置いて家事をさせたり、女子を…」

「人間食べたの!?生きたまま!?」

 ましろの焦りように酒呑童子は「しまった」と目をスっと逸らし誤魔化したように笑う。

「うむ…、オホン、で、でな?そんなことばっかりしていたから、遂に人間を怒らせてしまってのォ、帝がワシの討伐を命じたんじゃ。」

「ワシはワシを討伐しに来る奴らがいるという噂を聞いたもんだから、警戒はしていたんじゃがな、酒に釣られて騙されて毒酒盛られて「首ズバァッ!!」じゃよ」

「更に弟子だったやつらも腕は切られて切断するわ角折られて死ぬわでもう大変じゃ」

(全然大変そうに思えないんですけど…)

「で、その後のことはワシも気絶したんでよく覚えていない」

「ワシ死んだな。とか首切られたわけじゃし少なからず思ったが無事生きてたわ。あっはっはっは!!」

 豪快に笑う酒呑童子にましろは呆気にとられる。

「で、ワシが目覚めて横を見ると、閻魔大王様がいてな?「頼むからお前はもう一切人間に対して手を挙げないことを誓ってくれ」だと。閻魔大王様から見ればワシはかなりの問題児ならぬ問題妖怪!!あっはっはっは!!」

 笑いが止まらず、腹を抱えながら顔を赤くし、涙目で死にそうになっている酒呑童子に、ましろはドン引き。すねこすりは完全に呆れている。
 すると、ましろは急に思い立ったように酒呑童子に質問をする。その顔には不安というよりも、「知りたい」という好奇心が見て取れた。

「酒呑さんって昔は人間食べてたんでしょ?…私も美味しそうに見える?」

「……」

 酒呑童子は目を見開き、驚いたような顔をする。しかしすぐに目を細くし、金色の瞳にギラギラとした鋭い光を含ませる。そして、「フッ」と微笑むと、その口からは鋭い牙が見えた。それから、ましろの頬を両手で覆うと、耳に口が当たりそうな距離まで顔を寄せ、今までの明快な声とは一変し、地を這う様な低い声で言った。


「もちろん。きっとお主は絶品中の絶品じゃよ。人間は特に穢れを知らぬ乙女の肉がこれまた美味でのォ、今すぐ骨の髄までしゃぶり尽くしたいくらいじゃ」

 酒呑童子は少しばかり顔を離し、ましろの方を見やる。どんな表情をしているか、楽しんでいる素振りだった。が、ましろの血のように赤い瞳と目が合うと、酒呑童子は動きを止めてしまった。



(ーーやはり、赤は上辺の色じゃったか…)



 それは、澄みきった空、もしくは海のような、吸い込まれそうな青だった。
 更にましろは、怯えるどころか薄く笑っていた。酒呑童子の恐ろしさゆえからではなく、目には嬉しいといったような輝きが見てとれた。
 
 酒呑童子は一瞬、吸い込まれそうになる感覚を覚えたが、すぐにましろから顔を離すと、無邪気な笑顔を作り、

「…冗談じゃよ!冗談!それはともかく、お主、がっこうとやらは大丈夫なのか?向かってる途中じゃ無かったか?」

 ましろはハッと我に返る。
「アンタらが引き止めたんでしょ!」と言う余裕は無かった。そして、瞳も青から赤に戻っていた。

「あっ!ヤバい!時間時間…、ぎゃあああ!遅刻確定!一限目始まる!!」

 ましろは「じゃあまた!すねこすり、酒呑さん!」と、バタバタと走って行ってしまった。

 すねこすりは無表情で、酒呑童子は笑顔でましろが見えなくなるまで手を振る。

「…はあぁああぁぁぁ~〜」

 酒呑童子は不良座りをし、大きくため息をつく。そんな酒呑童子に、すねこすりはゴミを見るかのような視線を送る。

「馬鹿だろお前」

「…しょうがないじゃろ。あの小娘、今まで生きてきた中でも中々の美人さんじゃったからつい」

 酒呑童子はてへぺろと、舌を出し困ったようにウインクする。しかし、すぐに真面目な顔に戻る。

「あの小娘は気づいておらんようじゃからまだ良いが…。闇雲に発動・  ・されても困るしのォ…。何よりほかの妖怪もアレ・ ・につられて寄ってくるぞ」

「うわぁ…。あの人間どころか僕達まで大変なことになるじゃないか。人間の寿命ってどれくらいだったか?」

「うむ…、七十、八十くらいじゃなかったのォ?まぁ、あの小娘はどうか分からんが…」

「…この際、閻魔大王に報告しておくか?」

「おいこら、「様」が抜けておるぞ。…一応閻魔大王様だけには報告しておくか。ただ、その他大臣共には漏らすんじゃないぞ?」

「分かってるよ」

 それからすねこすりと酒呑童子は、路地裏の廃屋へ向かい、鏡の中に消えていった。

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