Dragoon→Dragon Knights

巫夏希

第四十話 再生の卵(2)

「再生の卵……?」
「この世界は汚れている。人間による欲望、人間による絶望、人間による環境破壊。いずれにせよ、この世界には人間がいることで世界が悉く破壊され尽くしていた。そんな中、神は一つの修正プログラムを用意していた、ということ」
「……それが再生の卵ということか?」
「うん、そういうこと。再生の卵を孵化させると、世界は一気に浄化される。汚いものは排除され、綺麗なものだけが残るようになる。……けれど、そうすると人間は消えてしまう。彼らは、自分たちが汚い生き物であると自覚しているから。世界を破壊するに値する存在であると認識しているから」
「じゃあ、人間も消えるのか? これを孵化させることで」
「これを孵化させただけならば、人間は死滅するだろうね。……けれど、もう一つ人間は救済策を用意していたのさ。それが、アルシュだ」

 こつこつ、と歩き始めながら話し続けるアダム。

「アルシュは一つの山ほどの大きさを持つ巨大な船だ。おおよそ百万人の人間を収容することが出来る。それくらいの人間が収容出来れば、全世界の中で選ばれた人間が収容出来るだろう。……そうして、そこにそれ以外の動物の種も冷凍保存したりして、そうして人間だけが生き残り、汚れ腐った世界だけを浄化する、というプランなわけだ。まったく、人間は独り善がりな生き物だよ。そうだとは思わないかい?」
「そりゃ、そうかもしれないけれど、人間を否定するほど変な人間でも無いさ。それこそ、何か新しい宗教を作るならば話は別かもしれないけれど」
「神など居ない。もし別の神を提示するならば、それは誰かが縋って奪って騙して作り上げた俗物に過ぎない。精神疾患の人間が、愚かにも、皮肉にも、脆くも、作り上げた想像上の俗物だ」

 さらにアダムはスピードを速めていく。

「例えばの話をしよう。人々は、世界は、どうなっていくことが正解だと思う?」

 アダムはぐるりとラインハルトを中心に円を描くように歩き、

「それは、誰にだって分からない。誰にだって答えることは出来ない。でも、あの老人どもはそれに答えようとしている。それに一石を投じようとしている」
「老人ども? 誰のことだ?」
「ラインハルト、僕を殺せ」

 唐突に。
 アダムは何故か自分を殺せとラインハルトに告げた。

「……何を、言っているんだ?」
「文字通りの意味だよ。いや、この場合は言葉通りの意味と言えばいいかな? 人間の言葉は度し難く使いづらい。……再生の卵は、君により孵化する。そうして、僕はそれに君を導くのが役割だった。その役割が終わった今……僕に生きる道は無い。さあ、」

 どこからか出現したナイフを取り出し、彼は告げる。

「僕を、殺すんだ。ラインハルト」
「……何を言い出すんだ、アダム。俺には、君の言っていることが分からないよ」
「未だあれを見て分からないのか」

 巨大な暗黒の卵。
 それは、透明な膜に覆われている何かにも見えた。

「君は覚えていないのか。再生を司る黒きドラゴン、ノワールの存在を。君は数ヶ月前にその存在に出会っているはずだ。破壊を司る白きドラゴン、ブランに……」
「ブラン?」

 そこだけを抽出して、彼に問いかける。

「そうだ。ブランだ。俺とブランは一緒に、ノワールと戦っていたはず。でもあのときブランは、今の君と真逆のことを言っていた……」
「真逆?」
「ブランは再生を司り、ノワールは破壊を司る……って」

 それを聞いて、アダムは振り返る。
 暗黒の卵は、どこか脈打っているように見える。

「そうか……元老院め、嘘を吐いたな」
「ええっ、どういうことだ」

 ラインハルトの問いに、アダムは告げる。

「急げ、急いで僕を殺すんだ。でないと、卵が孵化し、『世界は崩壊する』ぞ!」
「えっ、でもさっき今君は世界の再生と……」
「あれは嘘だ、或いは元老院のデコイと言ってもいい。元老院め、最後にこんな爆弾を手に入れて出し抜くとは、やるじゃないか。作戦を無理矢理にでも遂行しなくてはいけないのだね」
「なあ、アダム。答えてくれよ、君は、君はいったい何者なんだ」

 それを聞いたアダムは頭を掻いて、深い溜息を吐く。

「……やれやれ。儂の知るラインハルトはこんな弱虫じゃなかったはずなのだがのう」

 その声、その仕草、その口調。
 それは紛れもない――ブランの言葉だった。


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