Dragoon→Dragon Knights

巫夏希

第二十四話 ノルーク教

 三ヶ月後。
 彼は教会で賛美歌を聞いていた。賛美歌は神を讃える歌であり、この場合はノルークの大地に感謝を示す歌詞の内容だった。

「……隣、空いてるかしら」

 声を聞いて、彼はそちらを向く。
 そこに立っていたロングコートの女性には、どこか見覚えがあった。

「……ベッキー。何故ここが」
「あなたのアパートの大家さんに聞いたわ。日曜はいつも教会にふらふらと吸い込まれるように出かけるって」
「そうか」

 彼に了承を取らず、ベッキーは彼の隣に腰掛ける。
 ベッキーはポケットから棒付きのキャンディを取り出す。袋をめくると赤と青と緑の、いかにも芸術的な(皮肉な意味を込めて)それを口に入れた。

「飴、いる?」
「煙草、辞めたんだ」
「あー……そうね。パイロットやるなら健康第一と言われたし、それに良いことないしね。おっぱいが不味くなるって話もあるらしいし。将来結婚して子供を産む気があるならさっさと禁煙しろとルディのおっさんに言われたから、そこから辞めた。んで、飴は?」
「悪い。今はそんな気分じゃない」
「あ、そ」

 飴をポケットに仕舞うと、ベッキーは前を見つめ始める。
 まだ十にも満たない子供達が白の小綺麗な衣装に身を包み、賛美歌を歌っている。この教会はあまり人気がないのか、今は二人以外誰もギャラリーが居ないようだった。

「戦争が終わって、三ヶ月かあ。……なんというか、未だに実感が湧かないわね」
「そりゃそうだ。俺たちは戦争をするために育てられた。その為に、あのシンギュラリティにも乗ったし、ブランにも乗った」
「ブラン……あのドラゴンのことね」

 三ヶ月前、長年にわたり続いた戦争が終局を迎えた。
 その理由はたった一つの出来事が原因だった。
 破壊の竜と再生の竜の争い。
 竜は神の使いであるとノルーク教にあり、その神の使いが争うということは最終戦争ラグナロクの始まりであると信じ込まれてきた。
 最終戦争が始まるとなれば、もはや国の争いなど小さい出来事だ。そう考えた兵士は続々と戦う意志を失っていった。
 そういう事情からテスラーとマギニアは平和条約を締結、長年続けられた戦争はこうして呆気なく終わりを迎えたのだった。

「……最終戦争が本当に始まるのかは知らないけど、カミサマが怒って人間を滅ぼそうとするんなら、そりゃ戦う気も失せるよね」
「……ほんとうにそうなのだろうか」
「え?」

 そこで漸く彼が口を開いた。
 何故なら彼はドラゴンと戦いの直前まで居た人間だ。
 だからその記憶を覚えているはず・・・・・・・なのだから。

「俺には未だ……、信じられないんだ。ほんとうに最終戦争の為に終局を迎えたのか? ほかに理由は無いのか? 或いは、俺たちは最終戦争へと世界を進める為の駒に過ぎなかったんじゃないかって」
「ラインハルト……」
「ドラゴンは神の使いだ。確かにそう聞いたことがある。なら俺たち人間はドラゴンを使役して良いはずがない。俺たちもまた、神より生まれた命なのだから」
「ねえ、あなた大丈夫? 体調が悪いなら休んだ方が……」
「神は、この世界を滅ぼそうとしているのか……?」

 賛美歌がちょうど終わったタイミングだった。
 教会は沈黙に包まれ、なおも教会の人々は休憩を取り始める。
 ぎい、と扉が開き何人かが入ってきた。礼拝の入れ替わりのタイミングだ。人々は賛美歌を聞きながら神に祈りを捧げ、終末の日を待つ。
 ふらりふらりと立ち上がったラインハルトは、ゆっくりと呟いた。

「俺は、見てしまったんだよ」
「……何を?」
「シンギュラリティには……いや、辞めた方がいい。未だ君は軍隊に所属していて、シンギュラリティを操っているのだろう? 対して俺は休職中の身。あまり仕事で得た情報は話す必要は」
「教えて」

 ラインハルトの言葉に割り入るように、ベッキーは強い言葉で抑え込んだ。
 さらに彼女の話は続く。

「三ヶ月前、あなたは祖国から逃げたことを、私は問うことが出来なかった。心と身体がボロボロになってしまったあなたを救うことが出来なかった。……それに、国からもあなたにその事を聞いてはならないと言われてしまっている。まるで『そんなことは無かった』と言いたげにね」

 ベッキーはラインハルトに封筒を差し出した。
 ラインハルトはそれを受け取ると、中身を確認し始める。
 中身は一枚の写真だった。
 そしてそこには、エルフの村での惨状が綺麗に映し出されていた。

「破壊の竜、とはいったものよ。……今思えばあなたもその力に操られていただけなのかもしれない。そう思えば、少しは楽になる」
「それは……いいや……、これを一体どうやって!」
「アブソリュート報道局に知り合いが居てね。全滅したはずのエルフの村から逃げ出したエルフが居たらしいのよ。そしてそれは、彼女の記憶から得た『思い出』を絵にしたもの。……ま、思い出になんてしたくないほどの残虐な記憶だろうけれどね」

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