嫌われる意味を知らない者達~異世界で始まった人生の迷い家~

ゼロのカラカラ

七話 異変

 二人一班。その数で妖森を散策し、特定の時間となれば拠点に戻る。異常があれば即座に発煙筒を上空に飛ばす。昨日間違って誰かが発煙筒を飛ばしたおかげで一時騒然となったのは記憶に新しい。もちろん犯人は紫苑だった。

 紫苑は今村井と組んでいる。理由は怪我率が高いからだ。ケキクキとの戦いで小さな傷大きな傷合わせて四つ。剣術もさほどである。もちろん大森先輩を除いた中では一、二位を争うほどの実力者ではあるが、それでも素人レベル。素人集団の中での一、二位なんて無意味であると紫苑は考えている。

 ここに来て早一週間。噂によると近隣の村から紫苑達の活躍を賞賛する声が上がっているらしい。一度はその村に尋ねたものの、それ以来顔も見せない素人集団にどれだけその賞賛が耐えられるのか分からない。

「村崎くん、二時の方向に何かいる」

「おう。任せとけ」

 背中を合わせて構える。「敵に背中を見せてはいけない」。レイジの教訓を習い、自分達なりの文化と知識で捻り出した戦法だ。辺りに異変があればパートナーにそれを教え、この陣につくことで多少なりと防御率は高くなる。と信じている。

「グルルルルル…」

「あらよ」

「グャ」

 茂みから現れた魔獣を剣一振で討伐する。村井は未だその肉塊に苦い顔をするが、紫苑は慣れたので別になんてことない様子で対処した。陣を解体し、紫苑達は先へと進む。

 原生林的な妖森は雨があまり振らない。それは隣に位置する砂漠も関係している。水は山脈からの雪解け水で十分なのだ。そのおかげで一週間雨に遭わずに過ごしてきた。雨で地面がぬかるんでいるとかあればこんなことしてない。

 ぬかるみがあるのなら即座に散策を中止する。実は魔獣は雨が得意なのである。理論はともかく、少しだけ凶暴化、攻撃力が高くなる。今の魔獣もケキクキくらいの強さになりうる。非常に迷惑な話だが、あいにく天気は快晴。問題ない。

「そろそろ時間じゃない?日も落ちてくるし、拠点に戻ろう」

 村井が提案してきた。多少法術を使える村井。これ以上散策し続けたところで木が並び立つ光景は変わらない。そろそろ飽きた頃だ。生返事をして来た道を戻る。コンパスがあるので迷うこともないし、夕方ということも相まり、紫苑の方向性が冴え始める頃だ。

「そうだね…戻るか。開拓のスピードは全く変わらないけどね」

「それはまあ…他のみんなも一緒だし仕方ない」

 向こうには赤いリボンが付けてある木がある。昨日はあそこまで行ったという証拠だ。散策している間に同じ道を歩んでいたらしい。それを横目に紫苑と村井は帰路につくのであった。その様子を一体の影が見ていたのにも気付かずにーー。










 キノコは嫌いだと何回も言ったはずだ。紫苑は生まれてこの方キノコほど憎い食べ物を見たことがない。目の前に現れた瞬間「焼き殺す」と呟く程にキノコへの憎しみは歳を重ねるごとに増していく。

「…な、なぜ今日はキノコスープの日なんだ…殺されたいのか?」

「ほらほら村崎くん、正気に戻って…」

 遠い目をする村崎に声をかける遠藤先輩だが、もはや狩りの目となった紫苑にその声は届かなかった。皆がいただきます、と言って食事にありつく中、紫苑はキノコスープをただじっと見る。

 もちろん元凶はサクラだ。「何がいいですか?」と聞かれたので「キノコ以外」と答えた結果…こうなった。どうしてこうなった。後ろの方でケラケラ笑っているサクラにはゲンコツをかましてやる。そう心に強く決めた紫苑だ。

「村崎くん、早く食べないと冷えちゃうよ?」

 今度は村井が話す。実際箸を持って戦闘準備万端なのだが、いざ実戦演習となると体が強ばる。スープに箸を付けようか付けまいか、まずはそこからだった。

 得体の知れないぷりぷりした変態。紫苑のキノコへの評価。それを食した初めの人類は何を思ったのだろう。食べなくてはならない。食べなくては死ぬ。腹が減っては戦ができぬ。

 腹を括る。紫苑はキノコを1つつまみ上げたその時。

ぐああああああああああぁぁぁ!!!

 森に響く遠吠え。一同は一瞬で警戒モードに移る。そばにかけて合った剣を腰に掛け、食事中だったのにも関わらず慌ただしく動き出す。

 ドーーーン!!

「さ、柵が破壊された!?」

 柵には防御を高めるため法術がなされている。普通の魔獣、妖ならば破ることはおろか、触れただけでも霧散するという代物だ。実際目の前で霧散する魔獣を見た紫苑の心情は些か複雑なものだった。

 しかし、そんな柵が破壊された。それが意味するのは一つしかない。

「逃げろーーー!!!」

 大森先輩の合図で全員が一斉に反対方向の森の中へと逃げ込む。当然拠点の人全員が一ヶ所しかない出入口(門)を集まるわけで、後ろからのしのしと柵を破壊した魔獣が現れる。

 顔がない。巨人のようなフォルムをしたそれは二メートルくらいの高さがある。ゴツゴツした体つき。全身灰色であり、頭部と呼ばれるものは首が繋がっている。なだらかな曲線を描く頭部兼肩はその場にいるものを一瞬で恐怖に陥れた。

「あんな魔獣見たことないぞ…皆!早く逃げろ!俺が立ち向かう!!!」

 異世界人のいうステータスに頼らずレイジは自身で先陣を切る。一瞬で魔獣に飛び込んだように見えたその速度は紫苑達のチート集団を軽々と凌駕していた。むしろこちらの方がチートではないかと思われるくらい。

 もっとも、魔獣だってただでは済まなかった。

はず

『消えろ、ゲテモノ』

 鬱陶しいように腕を振る。その瞬間レイジの体は吹っ飛び、某パンのヒーローの敵のように森を一飛びする。その場にいたもの全てがその様子に呆気に取られた。

「バカ!!!逃げろよ!?」

 紫苑は逃げ遅れて門に押しかけた集団の一番後ろにいる。今はあの魔獣だけだが、柵が破壊された今この拠点に安全はない。早く逃げなければあの魔獣の餌食となる。それでも逃げようとする集団は一向に数を減らす気配はない。

トスっ

「えっ?」

 集団の中から手が伸びてきて紫苑の体を押した。思いっきり飛ばされた紫苑は重心を安定させることができずにいくらか後ろに退いたあと背中から地面に落ちた。集団の中からはみ出した紫苑。そこに

 真上から魔獣の右の拳が掲げられていた。

(ヤバイ!!!)

 声に出す余裕もない。紫苑は右足の裏を地面に接触させそれを軸に飛び退ける。その瞬間紫苑がいた場所からとんでもない轟音がなる。背中でそれを聞いた紫苑は轟音と共に背中を襲う衝撃により吹き飛ぶ。周りからすれば拳により吹き飛ばされたように見えただろう。そのまま紫苑は吹き飛んで柵の真ん中に背中から体当たり。

「かはっ!」

 肺の空気が一瞬で無くなる。地面に落下した紫苑は四つん這いになり喘ぐ。何かを吐き出すが如く、何かを吸い込むが如く。そのまま地面に仰向けになる。体の力が抜ける。

 部員はしっかりとそれを見ていた。しかし、誰一人として動ける者はいない。目の前の恐怖さながら、今自分に生きる可能性というものを感じたのだ。非情だと楽観視するものもいれば、そこまで考える余裕すらない者もいる。

「シオン!!!」

 サクラは飛び出さんとして、大森先輩に抑えられる。サクラ自身の全力で引き剥がそうとして藻掻くが、男の力には敵わない。逃げようとする集団は無くなり、今ここにいるのは襲われている紫苑と地学部一同だった。先生も立ち止まったまま動こうとしない。

 サクラは知っていた。いくら口で帰りたいと言っていても、いくら能力が覚醒しなくても、寝る間も惜しみ普通の人間のように剣術を特訓するシオンの姿を。誰よりも劣りながら、それでも諦めず必死に強くなろうとしていた少年の姿を。サクラに侍女としてではなく、一人の「人間」として接してくれたシオンの姿を。

 紫苑は絶望した。部員は見ているのに助けようとしない。恐怖で体が動かないとかそんなことは知らない。今最も恐怖しているのは紫苑なのだ。もはや目の前に現れた魔獣はあるはずのない目で紫苑を見下していた。

 紫苑は吹っ飛んだ拍子に手放した剣の存在を思い出す。あと少し手を伸ばせば届く距離。必死で手を伸ばし応戦しようとする紫苑。今ここで死にたくない。その思いだけが彼の心を支配し、同時に絶望がその思いに対抗した。

『ゲテモノ、よくやる。玩具として遊んでやる』

 こもごもした声で魔獣が声を出す。それは何かに呆れているようで、しかし今から何かを手に入れる子供のようにはしゃいでもいた。

 無慈悲にも、魔獣は剣を取る。

 仰向けの紫苑の体を跨ぎ、剣を構える魔獣。ゆっくりと恐怖が紫苑の中に煮えたぎる。今ここで《陰影》やら《陽灯》を用いたところで目の前に動けない獲物があるのだから意味は無い。剣の鞘で受けようとも思うが手に力が入らず意味は無い。

 早く得意の剣術で倒せよ大森先輩!巻き込んでもいいから雷放て牧原先輩!空気を早く穿てよ西島先輩!一撃離脱でもいいから気を逸らさせろ遠藤先輩!法術でこの魔獣に攻撃しろよ村井、岩永!生徒の危機を助けろよ田上!

 紫苑は知る。こいつ魔獣じゃない。

 意思がある。「妖」だ。

グサッ

「ああああああああああああああああ!!!!?」

 右腕に一本剣が刺さる。あまりの激痛に叫ぶ紫苑。剣を抜こうと左腕を酷使するが、力が妖に及ばない。ビクともしない剣をグリグリと拗じる妖。その度に噴き出す血と痛みは堪えさせることを許さなかった。

 ゆっくりと剣が抜かれる。ちらと目を逸らす。既に部員はいなくなっていた。先程まで叫んでいたサクラも声が向こうの森の中へと消えていく。虚ろな目でそれを見た紫苑だが、すぐにその目は絶望へと切り替わる。

グサッ

「ひぐぅ!?」

 手先が痙攣する。ぱっちりと目を見開く。漏れ出す喘ぎ声は情けないほどに弱る。心臓に深々と刺さる剣は、虫止めの針のようにその鐔を心臓の真上に突き刺した。血を吐き出すこともできない紫苑は目の前の妖を注視する。

『さて、遊んでやる。覚悟しろ』

 ガンッ

 こめかみに一発拳が入る。岩石のように硬い拳が紫苑を襲った。すぐにこめかみから血が滲みだし、額のそばを血が流れる。一瞬で意識を無くした紫苑だったが、すぐに痛みとともに復活する。

 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も。痛みだけが増し、意識なんてものもなく、無意識すらぼやけた状態。死すら感じさせることを許さない暴行の嵐。激しくなる拳の連打に、紫苑は痛みを忘れ、ただ静かに瞳を閉じたのであった。

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