LOVE NEVER FAILS
ぴぴりんげぼーぼー
「ねぇ、えりか。他の人の前で姉とか妹とかはやめてよね」
「超Eじゃん! じゃぁ、姫って呼ぶし!」
「それもいや! ふつうにリーリスがいい」
ずんずん歩く私の斜め後ろにいるテンションが高い女の子はエリカ。サイドテールに結んだ癖のある金髪、くりくりの目が可愛い18歳。でも、森猿種の血が入っているということで、ちょっとだけ毛深い。特におひげみたいなのが嫌で、普段もずっとマスクをしているそうだ。私はそんなに気にならないけど、本人からしたら深刻な悩みらしい。
「で、リーリスちゃん。どこに行くのか知ってんの? 思いっきり反対方向なんだけど」
「がちょーん!」
「いひひ! 恋する乙女は盲目ってね、超恥ずかしいじゃん!」
エリカに日本語を習うようになって、語彙力が増えた。ノブナガとたくさん話せるようになったので嬉しい。早く会いたいな――。
「リーリスちゃん、こっちこっち!」
私を手招きし、走りだしたエリカに、私は必死について行く。
“deadhead”と書かれた無人バスに乗り込む。
「これって“死んだ頭”とか“ゾンビ”って意味じゃないし! “回送”って意味だし!」
訊いてもいないのに、耳元でキィキィ怒鳴らないでほしい。
英語という言葉らしいんだけど、“out of survice”が普通なんだって。でも、ここの社長さんが気に入って“森猿専用”という意味で使い続けているらしい。
数分後、私たちはバスを降りる。
右手側には、校庭と呼ばれる大きな庭が広がり、前方には広葉樹が茂った森がある。
エリカは迷うことなく、その森へと向かっている。
私たちが向かう先は、確か、どこかの大学の敷地だ。そうノブナガが言ってた記憶がある。
小走りに後を追いながら訊いてみる。
「ここにノブナガがいるの?」
「ちゃうちゃう! ここから異次元、過去に行くんだし!」
「ぴぴりんげぼーぼー!」
「いひひ! リーリスちゃん、そこは“MJD”とか“MT(まさかの展開)”でしょ。あぁOPP(お腹が痛い)だわぁ! 」
「TBS(テンションばり下がる)……」
エリカに習う言葉って、本当に難しい。ギャル語は日本語の中で1番品の良い言葉なんだって。自然に使いこなしているエリカのこと、尊敬しちゃう。私も頑張らなきゃ。
忍び足で木々の間を走り抜ける。
この時間帯はちょうど外には誰もいないみたい。私たちは誰とも出くわすことなく、林の隅っこにある倉庫に到着した。
エリカが鉄の扉をカチャカチャ鳴らして開ける。
彼女を追いかけて中に入ると、そこには地下へと続く階段がぽつんとあった。
「ここに行くの?」
「しーっ! 見つかるとしこたま怒られるじゃん!」
お口に×チャックをして小さな光の球に照らされた階段を下りていくと、少し広めの部屋に出た。
そこには、緑に彩られた扉があった。しかも、2つ、3つ、4つ……全部で6つも。
「うそ? これって――」
「普通にゲートじゃん?」
ゲート。
それは、私が使う時渡りの魔法のことか。自分の中に蓄積された時を消費して、2つの世界(時空)を行き来する魔法。数千年も生きる森の支配者、その中でも限られた者のみに使える特別な力がそれ。
そんな特別な魔法を、どうして?
でも、森猿は“森の賢者”と呼ばれるくらい知恵を持っているし――。
「あたしに訊いてもどうせ分かんないじゃん。いこいこ!」
エリカは、ボーっと考え込んでいた私の手を掴み、強引に5番目の扉を潜る。
あれ?
暗く、ない。
というか、暑いんですけど。
眩しい程の緑色の光が収束し、視界がくっきりしてくると、私の目に浮かぶのは燃え盛る炎を背に一人立ち尽くす男。
片目を開け、私たちを見定めるような鋭い眼差しで声を掛けてきた。
「――何者じゃ」
「リーリスちゃん、この人がノブナガじゃん?」
エリカが無遠慮に男を指差す。
頭の真上にウサギの尻尾みたいなのがちょこんとあるだけの不思議な髪型。もちろん初めて見る顔だ。
「ちがうよ。このおじさん、だれ?」
「あれ? おかしーなぁ。じゃ、かえろかえろ!」
さっきの地下室に戻って早々、私たちはお互いに考え込んでいた。
だって、分からないことだらけなんだもん。
なぜノブナガは過去にいるのか、どうして森猿は過去に行けるのか、さっきのおじさんは何なのか――。
早く会いたいのに!!
あれ?
過去に行けるんなら、昨日の12月15日に戻ればいいんじゃないの?
「ねぇ、エリカ。昨日にもどればノブナガに会えると思うんだけど?」
「それは違うじゃん。リーリスちゃんが捜してるのは“現在”の彼でしょが。“過去”の彼は連れ帰れないし!」
現在? 過去?
頭の上に大きなハテナマークをつけている私に、とうとうエリカが説明をしてくれた。
まず、時間の流れというのは、現在に至る1本の線(過去)と、現在から先の無数の線(未来)で成り立っているんだそうだ。まるで野に咲くリコリスのつぼみのよう。つまり、過去は現在との同一直線上にしか存在しないそうだ。逆に言うと、過去から繋がる現在も、無数の生物が、それぞれ有する無数の選択肢の中から選択した結果の産物であって、唯一無二のものとなる。
それなら、選ばれなかった1つ1つの選択肢の先はどうなるのか。その答えは“全て空しく消えていく”だけ。だから、そういった過去には行くことができないそうだ。それは現在にも言えることで、過去から分岐する仮想の現在にも行くことができないらしい。
次に、過去に行ったとしても、そこで新たに発生する因果関係は“現在”に影響を及ぼさないそうだ。そこで起きる変化は“現在”から来た者からしたら、消えるべき分岐だからというのがその理由。例えば、過去に行って大暴れしたとしても、“現在”が変わることはない。また、誰かを連れて帰ってきたとしても、“現在”と異なる現在は存在しないのだから、その誰かは消えてしまう(私たちは本来の“現在”にしか戻れない)ことになる。
何か引っかかる――。
私の時渡りは、過去を書き換えることができる魔法。でも、このゲートは、過去を変えることができない。似ているけどちょっと違う。
「エリカはどうやってノブナガが過去にいるって知ったの?」
「あたしらには見えるんよ」
エリカは私に全面的に協力してくれるらしい。最初は頑なに秘密を教えることを拒否していたんだけど、今は知っていることを頑張って説明してくれている。
彼女によると、こっち(日本)で産まれた森猿種は、特別な目を持っているそうだ。かなり大雑把だけど、本来いるべきではない何かがいる時間と場所が分かるらしい。どうしてあの石のお城で待ち伏せされたのか、少し分かった気がする。
エリカに手伝ってもらえれば、時間はかかるけどノブナガを捜し出せるはずだ。
「でも、リーリスちゃんのカレシ、何か変じゃん?」
「え? 変?」
「見えそうで見えないじゃん」
それ、ノブナガも言ってた。見えそうで見えないのが理想だって。
「それって、とってもいいことじゃ――」
「アイツ、マジ卍だし!」
えっと――卍って何だったっけ? まぁ、いいや。
「それで、見つかりそう?」
「うーむ……地道に辿っていけば見つかるんじゃん?」
そんな軽い気持ちで私たちが飛び込んだのはさっきの隣の扉。
ここからが本当に大変でした――。
「超Eじゃん! じゃぁ、姫って呼ぶし!」
「それもいや! ふつうにリーリスがいい」
ずんずん歩く私の斜め後ろにいるテンションが高い女の子はエリカ。サイドテールに結んだ癖のある金髪、くりくりの目が可愛い18歳。でも、森猿種の血が入っているということで、ちょっとだけ毛深い。特におひげみたいなのが嫌で、普段もずっとマスクをしているそうだ。私はそんなに気にならないけど、本人からしたら深刻な悩みらしい。
「で、リーリスちゃん。どこに行くのか知ってんの? 思いっきり反対方向なんだけど」
「がちょーん!」
「いひひ! 恋する乙女は盲目ってね、超恥ずかしいじゃん!」
エリカに日本語を習うようになって、語彙力が増えた。ノブナガとたくさん話せるようになったので嬉しい。早く会いたいな――。
「リーリスちゃん、こっちこっち!」
私を手招きし、走りだしたエリカに、私は必死について行く。
“deadhead”と書かれた無人バスに乗り込む。
「これって“死んだ頭”とか“ゾンビ”って意味じゃないし! “回送”って意味だし!」
訊いてもいないのに、耳元でキィキィ怒鳴らないでほしい。
英語という言葉らしいんだけど、“out of survice”が普通なんだって。でも、ここの社長さんが気に入って“森猿専用”という意味で使い続けているらしい。
数分後、私たちはバスを降りる。
右手側には、校庭と呼ばれる大きな庭が広がり、前方には広葉樹が茂った森がある。
エリカは迷うことなく、その森へと向かっている。
私たちが向かう先は、確か、どこかの大学の敷地だ。そうノブナガが言ってた記憶がある。
小走りに後を追いながら訊いてみる。
「ここにノブナガがいるの?」
「ちゃうちゃう! ここから異次元、過去に行くんだし!」
「ぴぴりんげぼーぼー!」
「いひひ! リーリスちゃん、そこは“MJD”とか“MT(まさかの展開)”でしょ。あぁOPP(お腹が痛い)だわぁ! 」
「TBS(テンションばり下がる)……」
エリカに習う言葉って、本当に難しい。ギャル語は日本語の中で1番品の良い言葉なんだって。自然に使いこなしているエリカのこと、尊敬しちゃう。私も頑張らなきゃ。
忍び足で木々の間を走り抜ける。
この時間帯はちょうど外には誰もいないみたい。私たちは誰とも出くわすことなく、林の隅っこにある倉庫に到着した。
エリカが鉄の扉をカチャカチャ鳴らして開ける。
彼女を追いかけて中に入ると、そこには地下へと続く階段がぽつんとあった。
「ここに行くの?」
「しーっ! 見つかるとしこたま怒られるじゃん!」
お口に×チャックをして小さな光の球に照らされた階段を下りていくと、少し広めの部屋に出た。
そこには、緑に彩られた扉があった。しかも、2つ、3つ、4つ……全部で6つも。
「うそ? これって――」
「普通にゲートじゃん?」
ゲート。
それは、私が使う時渡りの魔法のことか。自分の中に蓄積された時を消費して、2つの世界(時空)を行き来する魔法。数千年も生きる森の支配者、その中でも限られた者のみに使える特別な力がそれ。
そんな特別な魔法を、どうして?
でも、森猿は“森の賢者”と呼ばれるくらい知恵を持っているし――。
「あたしに訊いてもどうせ分かんないじゃん。いこいこ!」
エリカは、ボーっと考え込んでいた私の手を掴み、強引に5番目の扉を潜る。
あれ?
暗く、ない。
というか、暑いんですけど。
眩しい程の緑色の光が収束し、視界がくっきりしてくると、私の目に浮かぶのは燃え盛る炎を背に一人立ち尽くす男。
片目を開け、私たちを見定めるような鋭い眼差しで声を掛けてきた。
「――何者じゃ」
「リーリスちゃん、この人がノブナガじゃん?」
エリカが無遠慮に男を指差す。
頭の真上にウサギの尻尾みたいなのがちょこんとあるだけの不思議な髪型。もちろん初めて見る顔だ。
「ちがうよ。このおじさん、だれ?」
「あれ? おかしーなぁ。じゃ、かえろかえろ!」
さっきの地下室に戻って早々、私たちはお互いに考え込んでいた。
だって、分からないことだらけなんだもん。
なぜノブナガは過去にいるのか、どうして森猿は過去に行けるのか、さっきのおじさんは何なのか――。
早く会いたいのに!!
あれ?
過去に行けるんなら、昨日の12月15日に戻ればいいんじゃないの?
「ねぇ、エリカ。昨日にもどればノブナガに会えると思うんだけど?」
「それは違うじゃん。リーリスちゃんが捜してるのは“現在”の彼でしょが。“過去”の彼は連れ帰れないし!」
現在? 過去?
頭の上に大きなハテナマークをつけている私に、とうとうエリカが説明をしてくれた。
まず、時間の流れというのは、現在に至る1本の線(過去)と、現在から先の無数の線(未来)で成り立っているんだそうだ。まるで野に咲くリコリスのつぼみのよう。つまり、過去は現在との同一直線上にしか存在しないそうだ。逆に言うと、過去から繋がる現在も、無数の生物が、それぞれ有する無数の選択肢の中から選択した結果の産物であって、唯一無二のものとなる。
それなら、選ばれなかった1つ1つの選択肢の先はどうなるのか。その答えは“全て空しく消えていく”だけ。だから、そういった過去には行くことができないそうだ。それは現在にも言えることで、過去から分岐する仮想の現在にも行くことができないらしい。
次に、過去に行ったとしても、そこで新たに発生する因果関係は“現在”に影響を及ぼさないそうだ。そこで起きる変化は“現在”から来た者からしたら、消えるべき分岐だからというのがその理由。例えば、過去に行って大暴れしたとしても、“現在”が変わることはない。また、誰かを連れて帰ってきたとしても、“現在”と異なる現在は存在しないのだから、その誰かは消えてしまう(私たちは本来の“現在”にしか戻れない)ことになる。
何か引っかかる――。
私の時渡りは、過去を書き換えることができる魔法。でも、このゲートは、過去を変えることができない。似ているけどちょっと違う。
「エリカはどうやってノブナガが過去にいるって知ったの?」
「あたしらには見えるんよ」
エリカは私に全面的に協力してくれるらしい。最初は頑なに秘密を教えることを拒否していたんだけど、今は知っていることを頑張って説明してくれている。
彼女によると、こっち(日本)で産まれた森猿種は、特別な目を持っているそうだ。かなり大雑把だけど、本来いるべきではない何かがいる時間と場所が分かるらしい。どうしてあの石のお城で待ち伏せされたのか、少し分かった気がする。
エリカに手伝ってもらえれば、時間はかかるけどノブナガを捜し出せるはずだ。
「でも、リーリスちゃんのカレシ、何か変じゃん?」
「え? 変?」
「見えそうで見えないじゃん」
それ、ノブナガも言ってた。見えそうで見えないのが理想だって。
「それって、とってもいいことじゃ――」
「アイツ、マジ卍だし!」
えっと――卍って何だったっけ? まぁ、いいや。
「それで、見つかりそう?」
「うーむ……地道に辿っていけば見つかるんじゃん?」
そんな軽い気持ちで私たちが飛び込んだのはさっきの隣の扉。
ここからが本当に大変でした――。
「恋愛」の人気作品
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