LOVE NEVER FAILS
ふざけんなよ
「うぅ……」
気がつくと、僕は真っ暗闇の中で横たわっていた。
背中に感じる柔らかさは、残念ながらリーシャの膝枕ではない。
この腐敗臭は記憶にあるぞ――あのイケメンエルフの部屋か!
依然として頭が朦朧としている。
どうして生きているんだろう、ここにいるんだろう、リーシャは? オーガは?……次々と疑念が浮かんでくる。でも、その1つ1つへの答えを考える力もなければ、教えてくれる者もいない。止まることなく沸き起こる疑問に、思わず頭を抱える。
あ、折れたはずの手が動かせる。足も!
「ん?」
足に触れた何かを引き寄せると、無くしていた僕の鞄だった。一緒に棒も置かれていた。良かった!
激痛を覚悟し、上半身を起こす。
しかし、痛みは全くなかった。
噛まれた傷口は既に完治していた。それはまるで、最初からなかったかのように――。
“最初から”なかった?
もしかして、巻き戻っている?
リーシャが近くにいた?
きっとそうだ! 捜しに行こう!
疑念の中から一筋の光を見つけ、僕はベッドから跳ね起きた。
懐中電灯で暗闇を照らす。
僕の推論は正しかった。時計が指し示すのは0時。これは時間が巻き戻ったことの何よりの証拠。
これから起こるのはあの恐怖だ。オーガ5体による村の強襲。あの地獄絵図が脳裏を駆け巡る。
僕にできることは――。
「敵が来るぞ!」
「オーガが来るぞ!」
「みんな、逃げろ!!」
白い大木から抜け出した僕は、大声で敵の来襲を告げながら走り回る。
突然起きた深夜の大騒動に、何事かとエルフたちが木々の隙間からこっちを窺う。
「オーガが来るぞ!」
「みんな、逃げろ!!」
「あっちだ!」
一番近くにいた若いエルフの少女に、地下牢のある洞窟を指差しながら叫ぶ。
でも、逃げる者はいない。今さらながら、言葉が通じないことを思い出した。
助けたくても助けられない辛さが、苦しみが僕の胸を押し潰す。
そうだ!
リーシャを捜せば、リーシャに説得してもらえばいいんだ!
そう決断し、騒ぎ立てるエルフたちを放って、僕は森の外へと駆けだした。
左手に懐中電灯、右手には愛用の棒を持って深い森を走る。
あの時も、何度も方向を変えながら走ったから、正直方角は分からない。とりあえず、自分の方向感覚を信じて突き進むだけだ。
前方から、バキバキっという木々が折られる音が響き渡った。
奴らが来たのは間違いない。距離は300mちょっと、時間はちょうど1時。武器はあるけど、奇襲を仕掛けても勝てる気がしない。村は心配だけど、今は全力で避けるべきだ。
オーガとの遭遇を避け、南側へと進路を変えて進む。
見つけた!
森の切れ目から覗く、切り立った岸壁。
時間は2時過ぎ。足元を確認しつつ、慎重に近づく。
耳を澄ますと、ゴゥゴゥという川の音が聴こえる。この崖の下は川なのか。あの洞窟があった場所とは微妙に違うらしい。川は右から左に流れている。上流へ向かうか、下流へ向かうか――。
洞窟付近で川の音は聴こえなかった。それは間違いない。地理的に川と離れていたからか、流れの静かな下流付近だったからか。
悩んだ挙句、崖に沿って左手に進む決断をする。
時計を見た瞬間、心臓を抉られる思いがした。3時――既に村は襲われている時間。見殺しにして自分だけ逃げたという罪悪感に心が蝕まれる。
やっと洞窟を見つけた。僕が落とされた崖もある。ここで間違いないだろう。
「リーシャァァァ!!」
「リーシャ、どこだぁぁぁ!!」
いてもたってもいられず、大声で叫んでしまった。
朝靄の中、森で木霊する声に答えるものはなかった。
何とか崖下へと降りられる道を見つけ、洞窟に近づいてみる。大蛇だか大トカゲが出てきそうで怖いが、リーシャがこの中にいる可能性も否定できない。
「リーシャ?」
「リーシャ、いるか?」
入口から問いかけるが、やはり答える声はない。
フェンシングのような半身の体勢で侵入する。
間合い2mを瞬時に打ち抜く覚悟で、大上段に構える。
懐中電灯の光の先、動くものが映った!
「シュゥゥ!」
光の直撃を躱すように、それは横へと低く動き――。
ガツン!!
僕の喉元に飛び掛かる寸前、右手一閃。
骨を砕く嫌な感触が未だ手に残る。
地面を照らすと、全長3mほどの白い大トカゲの無残な屍が1つ。
さらに奥を照らすと、洞窟は10mほどで行き止まりに達し、そこには花瓶大の卵しかなかった。リーシャはいなかった――。
「ふざけんなよ……」
こいつは、巣を、卵を守るために必死だったのか。それを殺してしまうとか、マジで最悪だろ。
どんな奴にも家族がいるんだということを思い知らされた。ゴブリンにもオーガにも、もちろんエルフや人間にも、守るべき、愛すべき家族がいるってことを。大トカゲの砕けた頭部にタオルをそっと乗せ、その場を去った。
「リーシャァァァ!!」
洞窟の外で、もう一度精一杯の声で叫ぶ。
やはり、答える声はない。
全身の力が抜け、その場に座り込んでしまう。
はぁ……。
辺りの捜索が無駄に終わり、肩を落として村へ戻った僕が見たのは、予想を超える惨状だった。
既にオーガは去ったようで、僕はただ一人阿鼻叫喚の地獄を彷徨う。
そして、白い大樹の幹に串刺しにされたエルフを見つけた。
イケメンエルフ――リーシャのお兄さんだ。
恐る恐る近づいてみると、腹を極太の槍で貫かれ、白い幹を赤く染めている。
「ニンゲン……」
「っ!?」
唇から漏れた声は、聴き間違えでなければ日本語。目を開けることなく、首を項垂れたまま発せられた日本語。
「言葉が通じるのか? リーシャは、リーシャはどこに?」
「イカイニ、ニガシタ…グフッ……」
「おいっ! しっかりして! 僕はどうすれば――」
それ以上の問いかけは無意味だった。
3時間かけて大きな穴を掘った。屍をそこに葬った。何人分なのか見当もつかないほどの、どれも見るも無残な姿だった。時間が巻き戻るのならば、今の行為が無駄なのは理解している。でも、今の僕は、感情が行動を束縛しているようで、そうせざるを得なかった。
11時を過ぎていた。誰もいないリーシャの部屋のベッドで、僕はひたすら考えていた。
リーシャのお兄さんも日本語を話せた。リーシャは異界、たぶん日本へ逃がされた。この2つの事実は何を物語るのか。
リーシャが日本語を教えた? それとも、リーシャの兄も異世界に行く能力があるのか? いや、後者はあり得ないはず。もし行けるならリーシャと一緒に逃げるだろうから。それなら、リーシャが教えた? それも――あり得ない、と思う。僕はリーシャに“ニンゲン”や“イカイ”という単語を教えた記憶はない。もしかして、あの部屋にあった遺体の日本人が? なるほど、その可能性は否定できない。彼は僕が来る前から日本語を理解していたということか。それなら最初から話していればいいのに――。
日本に逃げたリーシャは、またこっちに戻って来られるのだろうか。戻って来るとしたら、この部屋に0時に来るはず。僕はそれを待てば良いのか。そうか、なんだ、簡単なことだったんだ!
不安と希望を胸に、懐中電灯で照らされた腕時計を見つめる――間もなく12時を迎える。
視界がぼやけた後、僕は暗闇の中にいた。
足元の鞄から懐中電灯を取り出し、確認する。予想通り、リーシャの兄の部屋の中だった。時間は0時。急いでリーシャの部屋へと向かう。
無我夢中で走り抜けた僕は、5分ほどでリーシャの部屋へと到着した。
「リーシャ?」
「リーシャ?」
一度は小声で、二度目は大声で呼びかける。それでも応答する声はない。
どこかですれ違った? いや、それは絶対にない。ということは、彼女はこっちに来ていない? 来られない? それとも、来る気がないのか?
その日、僕はリーシャの部屋で1日を過ごした――。
オーガの咆哮を無視し、エルフの悲鳴に耳を塞ぎ、ずっとずっと一人で待っていた。
当然だけど、リーシャは来なかった。
日が沈みかけた頃には、静けさが満ちていることに気づいた。
リビングデッドのようにベッドを這い出し、外へ出た。
そこには、前回以上の惨状が広がっていた。
へし折られた大木、喰いちぎられたであろう屍の欠片と夥しい血液――思わず何度も戻してしまった。
そして、白い大樹には前回同様、彼がいた――。
「ニンゲン……」
うっすらと開かれた目から、射殺すような瞳が僕に向けられていた。
目を背けることなく、強い意思で受け止める。
「リーシャのお兄さん、リーシャは――」
「イカイニニガシタ……」
「リーシャは、リーシャはここに戻って来ますか?」
苦しそうな表情を浮かべ、しばらく沈黙した後、彼の口から出た言葉を僕は決して忘れないだろう。
「ニドト…アウコトハ……ナイ……オマエハ…ステラレタノダ」
その日から僕を支え続けたのは、リーシャを信じたいという気持ちだけだった。
それが唯一の原動力となり、僕は幾度となくこの悲惨なループを繰り返した。彼からの情報をひたすら集めた。
時に黙秘し、時に嘲笑を浮かべて語る彼の話が本当かどうかは証明できないが――おおよそ以下の事実が分かった。
1.リーシャが“イカイ”に行ったのは0時半で、森の東でオーガに囲まれたとき。
2.異世界人はそもそも異世界で日を跨ぐことができないが、リーシャと僕が一緒にいるときは、その例外となる。
3.オーガを撃退することができれば、リーシャの兄が僕を異世界へ送ってくれる。
つまり、巻き戻ってすぐに急いで森の東に行ってもリーシャに会うことはできないということ。そして、何が原因か分からないけど、僕とリーシャが同じ世界にいない限り、お互いに同じ日を繰り返すことになるということ。さらに、リーシャの兄も異世界への扉を開ける力を持っているらしいこと。したがって、彼との約束――オーガの撃退――を果たせれば、僕は日本に戻り、リーシャと出逢えるということ。
僕の目的は定まった。
オーガの撃退だ。
脳裏に浮かぶあの巨体が僕に向かって咆哮し、巨大な斧を振り上げる。
非力な一人の人間が勝てる見込みは薄いだろう。でも、きっと何か方法はあるはずだ。
そして、僕の孤独な戦いが始まった――。
気がつくと、僕は真っ暗闇の中で横たわっていた。
背中に感じる柔らかさは、残念ながらリーシャの膝枕ではない。
この腐敗臭は記憶にあるぞ――あのイケメンエルフの部屋か!
依然として頭が朦朧としている。
どうして生きているんだろう、ここにいるんだろう、リーシャは? オーガは?……次々と疑念が浮かんでくる。でも、その1つ1つへの答えを考える力もなければ、教えてくれる者もいない。止まることなく沸き起こる疑問に、思わず頭を抱える。
あ、折れたはずの手が動かせる。足も!
「ん?」
足に触れた何かを引き寄せると、無くしていた僕の鞄だった。一緒に棒も置かれていた。良かった!
激痛を覚悟し、上半身を起こす。
しかし、痛みは全くなかった。
噛まれた傷口は既に完治していた。それはまるで、最初からなかったかのように――。
“最初から”なかった?
もしかして、巻き戻っている?
リーシャが近くにいた?
きっとそうだ! 捜しに行こう!
疑念の中から一筋の光を見つけ、僕はベッドから跳ね起きた。
懐中電灯で暗闇を照らす。
僕の推論は正しかった。時計が指し示すのは0時。これは時間が巻き戻ったことの何よりの証拠。
これから起こるのはあの恐怖だ。オーガ5体による村の強襲。あの地獄絵図が脳裏を駆け巡る。
僕にできることは――。
「敵が来るぞ!」
「オーガが来るぞ!」
「みんな、逃げろ!!」
白い大木から抜け出した僕は、大声で敵の来襲を告げながら走り回る。
突然起きた深夜の大騒動に、何事かとエルフたちが木々の隙間からこっちを窺う。
「オーガが来るぞ!」
「みんな、逃げろ!!」
「あっちだ!」
一番近くにいた若いエルフの少女に、地下牢のある洞窟を指差しながら叫ぶ。
でも、逃げる者はいない。今さらながら、言葉が通じないことを思い出した。
助けたくても助けられない辛さが、苦しみが僕の胸を押し潰す。
そうだ!
リーシャを捜せば、リーシャに説得してもらえばいいんだ!
そう決断し、騒ぎ立てるエルフたちを放って、僕は森の外へと駆けだした。
左手に懐中電灯、右手には愛用の棒を持って深い森を走る。
あの時も、何度も方向を変えながら走ったから、正直方角は分からない。とりあえず、自分の方向感覚を信じて突き進むだけだ。
前方から、バキバキっという木々が折られる音が響き渡った。
奴らが来たのは間違いない。距離は300mちょっと、時間はちょうど1時。武器はあるけど、奇襲を仕掛けても勝てる気がしない。村は心配だけど、今は全力で避けるべきだ。
オーガとの遭遇を避け、南側へと進路を変えて進む。
見つけた!
森の切れ目から覗く、切り立った岸壁。
時間は2時過ぎ。足元を確認しつつ、慎重に近づく。
耳を澄ますと、ゴゥゴゥという川の音が聴こえる。この崖の下は川なのか。あの洞窟があった場所とは微妙に違うらしい。川は右から左に流れている。上流へ向かうか、下流へ向かうか――。
洞窟付近で川の音は聴こえなかった。それは間違いない。地理的に川と離れていたからか、流れの静かな下流付近だったからか。
悩んだ挙句、崖に沿って左手に進む決断をする。
時計を見た瞬間、心臓を抉られる思いがした。3時――既に村は襲われている時間。見殺しにして自分だけ逃げたという罪悪感に心が蝕まれる。
やっと洞窟を見つけた。僕が落とされた崖もある。ここで間違いないだろう。
「リーシャァァァ!!」
「リーシャ、どこだぁぁぁ!!」
いてもたってもいられず、大声で叫んでしまった。
朝靄の中、森で木霊する声に答えるものはなかった。
何とか崖下へと降りられる道を見つけ、洞窟に近づいてみる。大蛇だか大トカゲが出てきそうで怖いが、リーシャがこの中にいる可能性も否定できない。
「リーシャ?」
「リーシャ、いるか?」
入口から問いかけるが、やはり答える声はない。
フェンシングのような半身の体勢で侵入する。
間合い2mを瞬時に打ち抜く覚悟で、大上段に構える。
懐中電灯の光の先、動くものが映った!
「シュゥゥ!」
光の直撃を躱すように、それは横へと低く動き――。
ガツン!!
僕の喉元に飛び掛かる寸前、右手一閃。
骨を砕く嫌な感触が未だ手に残る。
地面を照らすと、全長3mほどの白い大トカゲの無残な屍が1つ。
さらに奥を照らすと、洞窟は10mほどで行き止まりに達し、そこには花瓶大の卵しかなかった。リーシャはいなかった――。
「ふざけんなよ……」
こいつは、巣を、卵を守るために必死だったのか。それを殺してしまうとか、マジで最悪だろ。
どんな奴にも家族がいるんだということを思い知らされた。ゴブリンにもオーガにも、もちろんエルフや人間にも、守るべき、愛すべき家族がいるってことを。大トカゲの砕けた頭部にタオルをそっと乗せ、その場を去った。
「リーシャァァァ!!」
洞窟の外で、もう一度精一杯の声で叫ぶ。
やはり、答える声はない。
全身の力が抜け、その場に座り込んでしまう。
はぁ……。
辺りの捜索が無駄に終わり、肩を落として村へ戻った僕が見たのは、予想を超える惨状だった。
既にオーガは去ったようで、僕はただ一人阿鼻叫喚の地獄を彷徨う。
そして、白い大樹の幹に串刺しにされたエルフを見つけた。
イケメンエルフ――リーシャのお兄さんだ。
恐る恐る近づいてみると、腹を極太の槍で貫かれ、白い幹を赤く染めている。
「ニンゲン……」
「っ!?」
唇から漏れた声は、聴き間違えでなければ日本語。目を開けることなく、首を項垂れたまま発せられた日本語。
「言葉が通じるのか? リーシャは、リーシャはどこに?」
「イカイニ、ニガシタ…グフッ……」
「おいっ! しっかりして! 僕はどうすれば――」
それ以上の問いかけは無意味だった。
3時間かけて大きな穴を掘った。屍をそこに葬った。何人分なのか見当もつかないほどの、どれも見るも無残な姿だった。時間が巻き戻るのならば、今の行為が無駄なのは理解している。でも、今の僕は、感情が行動を束縛しているようで、そうせざるを得なかった。
11時を過ぎていた。誰もいないリーシャの部屋のベッドで、僕はひたすら考えていた。
リーシャのお兄さんも日本語を話せた。リーシャは異界、たぶん日本へ逃がされた。この2つの事実は何を物語るのか。
リーシャが日本語を教えた? それとも、リーシャの兄も異世界に行く能力があるのか? いや、後者はあり得ないはず。もし行けるならリーシャと一緒に逃げるだろうから。それなら、リーシャが教えた? それも――あり得ない、と思う。僕はリーシャに“ニンゲン”や“イカイ”という単語を教えた記憶はない。もしかして、あの部屋にあった遺体の日本人が? なるほど、その可能性は否定できない。彼は僕が来る前から日本語を理解していたということか。それなら最初から話していればいいのに――。
日本に逃げたリーシャは、またこっちに戻って来られるのだろうか。戻って来るとしたら、この部屋に0時に来るはず。僕はそれを待てば良いのか。そうか、なんだ、簡単なことだったんだ!
不安と希望を胸に、懐中電灯で照らされた腕時計を見つめる――間もなく12時を迎える。
視界がぼやけた後、僕は暗闇の中にいた。
足元の鞄から懐中電灯を取り出し、確認する。予想通り、リーシャの兄の部屋の中だった。時間は0時。急いでリーシャの部屋へと向かう。
無我夢中で走り抜けた僕は、5分ほどでリーシャの部屋へと到着した。
「リーシャ?」
「リーシャ?」
一度は小声で、二度目は大声で呼びかける。それでも応答する声はない。
どこかですれ違った? いや、それは絶対にない。ということは、彼女はこっちに来ていない? 来られない? それとも、来る気がないのか?
その日、僕はリーシャの部屋で1日を過ごした――。
オーガの咆哮を無視し、エルフの悲鳴に耳を塞ぎ、ずっとずっと一人で待っていた。
当然だけど、リーシャは来なかった。
日が沈みかけた頃には、静けさが満ちていることに気づいた。
リビングデッドのようにベッドを這い出し、外へ出た。
そこには、前回以上の惨状が広がっていた。
へし折られた大木、喰いちぎられたであろう屍の欠片と夥しい血液――思わず何度も戻してしまった。
そして、白い大樹には前回同様、彼がいた――。
「ニンゲン……」
うっすらと開かれた目から、射殺すような瞳が僕に向けられていた。
目を背けることなく、強い意思で受け止める。
「リーシャのお兄さん、リーシャは――」
「イカイニニガシタ……」
「リーシャは、リーシャはここに戻って来ますか?」
苦しそうな表情を浮かべ、しばらく沈黙した後、彼の口から出た言葉を僕は決して忘れないだろう。
「ニドト…アウコトハ……ナイ……オマエハ…ステラレタノダ」
その日から僕を支え続けたのは、リーシャを信じたいという気持ちだけだった。
それが唯一の原動力となり、僕は幾度となくこの悲惨なループを繰り返した。彼からの情報をひたすら集めた。
時に黙秘し、時に嘲笑を浮かべて語る彼の話が本当かどうかは証明できないが――おおよそ以下の事実が分かった。
1.リーシャが“イカイ”に行ったのは0時半で、森の東でオーガに囲まれたとき。
2.異世界人はそもそも異世界で日を跨ぐことができないが、リーシャと僕が一緒にいるときは、その例外となる。
3.オーガを撃退することができれば、リーシャの兄が僕を異世界へ送ってくれる。
つまり、巻き戻ってすぐに急いで森の東に行ってもリーシャに会うことはできないということ。そして、何が原因か分からないけど、僕とリーシャが同じ世界にいない限り、お互いに同じ日を繰り返すことになるということ。さらに、リーシャの兄も異世界への扉を開ける力を持っているらしいこと。したがって、彼との約束――オーガの撃退――を果たせれば、僕は日本に戻り、リーシャと出逢えるということ。
僕の目的は定まった。
オーガの撃退だ。
脳裏に浮かぶあの巨体が僕に向かって咆哮し、巨大な斧を振り上げる。
非力な一人の人間が勝てる見込みは薄いだろう。でも、きっと何か方法はあるはずだ。
そして、僕の孤独な戦いが始まった――。
「恋愛」の人気作品
書籍化作品
-
-
59
-
-
3395
-
-
39
-
-
267
-
-
15254
-
-
381
-
-
353
-
-
516
-
-
361
コメント