LOVE NEVER FAILS

AW

ダメモト

 扉の開閉音で目が覚める。いつの間にか寝入っていたようだ。寒空を夕日が赤く染める頃、僕は独り終点の車庫に取り残されていた。

「寝過ごしたのか」

 ぶっきらぼうな太い声。僕の斜向かいに座ったのは、顎鬚を偉そうに蓄えた熊のような車掌。応える気力も沸かず、僕は沈みゆく夕日を眺めていた。

 僕の、おざなり以下なおざりな未満の対応が、何かその男の琴線に触れたのだろうか。ぐいっと身を乗り出すと、薄い頭髪を掻き毟りながら訊いてきた。

「家はどこだ」

 俯いてだんまりを決めこむ。どうせ僕の返事なんて期待していないことは分かっているから。

 案の定、たいした間も取らず、男が呟いた。

「棄てられたか――」

 心に刺さっていた棘を抉られ、はっとする。睨みつけるつもりで顔を上げたけど、車掌の寂しそうな表情にぶつかった途端、僕の戦意は一気に委縮した。

 そこにあったのは、優しそうな目だった。期待してみようと思うような目だった。どうせ、ダメモトだ――僕は、なけなしの勇気を振り絞り、口を開いた。

「信じてくれないでしょうけど、僕は人間です」

 まるで時間が暫し止まったかのように、男が口と目を大きく開けている。

「お、お前、話せるのか!? すまん――」

 脚を縺れさせながら走り去る男から顔を背け、ゆっくりと目を閉じる。

 いつも通りの流れ。誰もが僕を異物扱いする。化け物を見るような目で逃げ去る。誰も話を聴いてくれない、信じてくれない虚しさが心の臓を締め上げてくる。これは一種の天罰だ。法則を捻じ曲げて生きてきたことへの報い。未来は変えられても、過去は決して変えられない――今を精一杯に生き足掻いたとしても、それらは虚しく水泡に帰すだけだったのだから。出会いすら意味を成さないこの世界を、常に僕は生きてきた。この身をもって味わってきた。今となってはあの場所に踏み込んだことすら後悔していた。

 その時、走り寄って来る足音が僕の意識を呼び覚ました。さっきの車掌が5分と経たずに戻って来たようだ。

「ほれ、あったかいうちに飲め。その代わり、詳しく聴かせてくれよ」

 やかんから皿に、湯気を出しながら牛乳が注がれる。僕の心は舌以上に温かさを感じ、目からは熱い涙が零れ落ちた。こんなことは何年ぶりだろう。人とまともに会話をしたのは。人から優しさを貰ったのは。人に受け入れてもらったのは――。

 泣くな僕!

 涙なんてもう涸れたはずだろ。人としての感情なんて、全て捨ててしまったはずだろ。涙を止める術なんて、僕は知らない。だから、歯を食いしばり、心を食いしばり、じっと耐えようとした――。

 でも、できなかった。両目から流れ落ちる涙は止め処ない。だって、こんなの我慢できるはずがないよ!

 泣き続ける僕の頭を、その男は何も言わずに優しく撫で続けてくれた。

 そして――やっと嗚咽が収まった僕は、話すことを決意した。

「はい。始まりは、何気ない好奇心でした。兎を追いかけて町外れの廃墟に向かって、そこで――」

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品