少年と武士と、気になるあの子。

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恋花の咲き開く時(九)


 桜庭の話を聞いていたところ、突然沈黙してしまった僕に、彼女はきょとんとした表情で首を傾げている。
「竹之内くん?」
「ああ、いや、なんでもない。なんでもないよ……」
 なんだかすごく気分が悪かった。桜庭からの話を聞いて、僕は何か忘れてはいけない何かを忘れている気がするのだ。それは瀬名川にとっても重要なことだと思うのだけど、自分自身にとっても重要な気がするのだ。
 けれど、それが思い出せない。このモヤモヤが僕の中に暗雲として立ち込める。あの時、瀬名川はなんと言って落ちたと言ったのだったか……。
「だ、だけどなんで俺にそんなこと聞くの?」
「え? あー、何となくだよ。ほら、瀬名川さんってちょっと近寄りがたい雰囲気あるし、でも竹之内くんなら良いかなって。それに二人って結構仲、良いんでしょ?」
「俺と瀬名川が? なんで?」
 いきなりの振られて、僕は目が点になっていたに違いない。この子は一体何を言い出すのだろう。僕と瀬名川の仲が良いって……。一体どこをどう見たらそう思えるのか、この子の目は節穴なんではないのかと疑ってしまう。少なくとも、学校おいては、人前で瀬名川と喋っているところは見せていないはずなのに。
「だって、あの事故の時、瀬名川さんを助けたの、君だって聞いたけど」
「誰がそんなことを……」
「普通にクラスの男子だよ。山田くんとか」
 そんなの初耳だった。以前、瀬名川からあの事故当時のことを聞いた時、そんなこと話は一言だって口にしていなかった。僕は瀬名川が教えてくれたことはぼかして、聞いた事実だけを述べてみたところ、桜庭は人差し指を顎にやってうねりながら考え込んだ。
「えー、それって誰情報? 私が聞いたのは、君が瀬名川さんを助けて別の人が連れ帰ってきたって話だったけど、違ったかな?」
「あ、うん、それだ」
 瀬名川から聞いたのはまさにその情報だ。けれど、僕が聞いたのはあくまで助けたのもその誰かという話で、完全に手柄が奪われた形で伝わっていたという話だった。彼女の話では、皆その噂を信じているというような話だったけれど、そうではないのか?
「まあ、私もあの場にはいなかったし、説教受けてる時に山の方から先生と男子たちが急いで降りてきてたから、それどころじゃなかったから良く知らないんだけど……」
 それもそうか。確かあの時は瀬名川と仲の良い金森由美と原田瑞奈が残っただけで、他の女子たちは全員が山を降りた後だ。事実かどうかは別として、あの場に僕ではなく別の誰かが瀬名川を連れて降りてきたわけだから、そんな噂が流れただけでなく、さらにあの場にいなかった桜庭に真実がどうのなど、それこそ知りようもないだろう。
「そっか。そうだったんだ」
「だけど、竹之内くんがまさか瀬名川さんを助けるなんて思いもしなかったから、ちょっと意外だったよ」
「そっかな?」
「そりゃそうだよ。まさかあの竹之内くんが?って感じだったから。あ……でもだからなのかな」
 彼女はふと思い出したように、そう言って口をつぐんだ。思う浮かんだことを口にして良いものか、考えあぐねている様子だった。
「どうしたの?」
「あ、いや、ほら……瀬名川さん、夏前くらいからちょっと雰囲気変わったじゃない?」
「あー、髪型変わったよね」
 僕は気を使いながら言葉を選ぶ彼女に、変わったという瀬名川の様子を思い浮かべながら言った。すると、桜庭は違うそうじゃないと強く否定しながら続けた。
「違うよ。髪型が変わったのは夏休み明けでしょ? 夏休み前から瀬名川さんちょっと変わったと思わない?」
「夏休み前から? そう、かな?」
 休み前からと言われて改めて思い出してはみるも、桜庭の言うような変化などあっただろうか。正直なところ、何度思い返しても髪型という外見以外に、何か変わったような様子は見られなかったように思う。あえて言えば、殊勝なことにわざわざ自宅まで来たことがあったことくらいだ。
「……竹之内くんって、もしかしなくても結構鈍感?」
「え? いや、そんなことはない……と思う」
「ううん、絶対竹之内くんは鈍感だよ。ってことは、もしかして瀬名川さん……」
 そういって再び口をつぐんだ彼女に、僕は何のことか分からずただその彼女の様子を眺めているだけしかできなかった。なんだろう。次から次へと良くもまぁ想像できるものだな、と感心していたところ、大きく頷いてみせた。
「うん、多分そうだよ。瀬名川さん、きっと竹之内くんとの間に何かあったんだと思う。だから彼女変わったんだよ、絶対」
「絶対って……」
 その根拠は?と問い返しても、彼女は頑として自分の主張を繰り返すばかりだった。どうも彼女には、瀬名川が何か変わった様子らしいことを見抜き、それが今に繋がっているのだと強く主張した。
「興奮してるところ悪いんだけど、俺と瀬名川は、何かあるようなそんな間柄じゃないよ。ただ助けて助けられた関係ってだけで……」
「それ、それだよ竹之内くん! 多分、その時のことが原因で瀬名川さんは君のことが気になるようになったんだよ! 絶対そう!」
 名探偵よろしく、桜庭は無い胸……控えめな胸を張りながら強く頷いて言った。なんだろう。何を根拠にそういうのか知らないが、男女の関係を疑われているようで気分が悪い。そりゃ瀬名川のことは美人だとは思うけれど、だとしてもそんな突飛な話になるのとは訳が違う。あえて言えば、僕は彼女の命の恩人程度の存在であり、そうであるはずなのだ。
「まぁ確かに最近は……」
「でしょでしょ?」
 ほら見たことか、と言わんばかりに頷く彼女に僕は苦笑した。うっかり言葉を滑らせかけたのを止めただけなのだけど、彼女にはそれが思い出したのを肯定したように思われたようだった。

 一先ずこの話題はここまでと、善貴は中に入って以来展示物を見ずにいたので、一応来た手前見て回ることにした。彼女もそう促されてようやく自分で引き入れたのを思い出したのか、串に刺さった最後の団子を頬張るとそれをゴミ箱に放り込んで案内してくれた。
 地理研究会の内容などほとんど授業の延長でやっていることばかりだが、展示される土地々々の地形図などを見てみると、何だかすごく学術研究っぽいなと感じた。地形図と実際の航空写真との比較した展示などは、いざ並べられているのを見るとまるで同じ土地を描写しているとは思えないほどに、ギャップを感じずにはいられない。
 けれど、こうして見てみると実際には森や開発されて分かりにくくなった地形の本来の形が分かる気がして、なんだか面白くもあった。地味だけれど、こうした知識はいざという時に役に立つと、父からも教わったのを思い出した。
「こっちは?」
 そういって僕が指差した展示物は、航空写真と地形図とは別に、もう一つ別の地形図がかけられていた。部室の最初はこの学校周辺の土地を表したものだったからすぐに分かったが、この展示物を見る限りではどうやら別の場所であることと、二枚の地形図からは似てはいるが違っているようにも思われたのである。
「それはほら、合宿所に行った時の合宿所周辺の地形図。本当はこの地域だけの展示で良かったんだけど、ほら、それだけだと広さがね……。それでまぁ、ついでにあの辺りも展示しておこうと思って」
 なるほど、と頷く。六人しかいない地理研に対して、この教室はいささか広い。展示物をするのに、この周辺だけの展示物だけではどうしても収まりが悪かったということだろう。それにしてもまさか合宿所周辺の地形図とは、彼女は一体いつの間に……そう思って、はた、と気がついた。
「もしかして桜庭さんが肝試しに参加したのって……」
「うん。どうせだからあの辺りのことを調べてみようと思って。夏休みにも一度、あの近くまで行ったんだよ」
「そうだったんだ」
 話を聞いていると、思いの外彼女はすごいバイタリティを持つ人物であるらしい。僕には、その積極性がなんだか羨ましく感じられた。
「でね、こっちはあの周辺の航空写真を拡大したもので、隣がその地形図なんだけど。こっちは私が今と昔との比較を表した地形図なの」
「今と昔? じゃあこれ、両方とも同じ場所?」
「そうだよ。大きく見ると分かりにくいけど、地形図ももう少し拡大して見ると意外と細かい地形が変わったりしてるんだよね。ほら」
 そういって彼女はここがあの合宿所、と三枚の展示物のある地点をそれぞれ指差した。そこから理解できたのは、どうやら今でこそ合宿所のある場所は、昔深い森の山中であることだった。
「これ見る限りじゃ、だいぶ地形が変わってるね」
「うん。地域の観測所の人にインタビューとかしたんだけど、そしたら昔、あの辺りは大きな地震が起きた可能性があって、そのせいで断層に亀裂が入ったことも分かったみたいなの。それで、地形も変化したんだって」
 なるほど、それでか。僕は大いに納得したところ、不意に頭の中にいつもの声が木霊する。
『ふむ。今も昔も地震に天変地異を重ねて言い表したものよ』
 桜庭の説明を聞いていた先生も、それを肯定するように言った。その通りだ。言葉の通り、地形図から見る歴史は、地震という天変地異の影響で地形すら変えたのだから。
「それに、あの辺って昔は戦場があったっていうのも本当らしいし。あの時、永井くんのせいで本当に怖かったんだよ」
 あはは、と笑う彼女に僕は思わず驚いて、僕は言葉を失った。
(戦場だったってあの場所が……?)
 あれは裕二が雰囲気作りに言い出したでまかせではなかったのか。しかし、目の前の彼女が嘘を言っている節はなく、僕は自然と次の言葉を口にしていた。
「桜庭さん、その話、もう少し詳しく聞かせてもらえないかな?」
 何か……僕の身に起きたことと、それが何か結びつきそうな、そんな漠然とした予感があった。もしかしたらそれは単に、原因を探ろうとすることに対する探究心だけだったかもしれない。
 けれど、場所が場所だけに、僕には無視するにはあまりに出来すぎているような気がしてならなかったのだ。



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