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恋花の咲き開く時(六)


 待ち人と校内を回るという裕二と別れた俺は、人気のない校舎裏から昇降口を経たところで俺は、ヨシタカと意識を交代することになった。一瞬、視界が揺らぐような気持ち悪さもあるが、すぐにストンと身体に何かが落ち込むような感覚と共に意識が入れ替わる。
 すると、そこを偶然通りがかった悠里と出くわした俺は、この日訪れたという美樹子と合流し中庭を訪れた。
 ヨシタカ自身は裕二とこの文化祭を楽しむつもりだったようだが、想定外のことが起こったおかげでそれも流れてしまったためだろう、一人で学校を回る気はなくなったようだった。性格の問題でもあるだろうが、ヨシタカはあまり、こうした類の行事には消極的であるらしい。
 しかしそのおかげもあって、俺はこうして表に出ることができることになったその辺り、互いの利害が一致したということで問題はないだろう。俺自身では、模擬店とかいうのに出るらしい様々な食を求めての行動になるが、まぁその辺はお互い承知の上だから気にする必要はない。
 こうして訪れた中庭ではいくつもの出店が白いテントの下、それぞれから美味そうな香ばしい匂いを立てながら所狭しと軒を連ねていた。どこそこからも、食材の焼ける匂いが立ち込めて混ざり合い、それはちょっとした混沌さとなっているが、それが腹を空かした俺には鼻腔をくすぐり、腹の虫を鳴かせて憚らない。
 俺はまず手始めに”たこやき”を食べ、続いて”やきそば”、”くしやき”、更には口直しに”くれーぷ”と頬張っていき、次から次へと一時間としないうちに中庭に店を出す模擬店の品を食べ尽くしていった。
 目ぼしいものは”おこのみやき”なるものを最後に、適当に空いていた花壇の隅に腰を下ろして割り箸を口で割ってそれにがっつく。
「ヨシタカくん、ほんと良く食べるねぇ」
「おお。食える時に食うのが基本だ。次、いつ食えるか分からんからな」
「それ、いつの時代の発想?」
 苦笑交じりの美樹子に返した俺に、悠里はうんざりしたようにそう言った。流石に飛ばしすぎただろうか。節操がないように思われているのかもしれない。前の反省も兼ねて抑え気味にしたつもりだが、それでも女子たちからすれば相当な量だから、それも無理のない話かもしれない。
 現に悠里と美樹子は、最初の”たこやき”を二人で分けた後、続いた”やきそば”と”くしやき”も二人で分け合い、かつ残りを俺に分けたくらいだから、自分一人で彼女たちの何倍も食べていることになる。
 しかしこれも仕方のないことなのだ。ヨシタカと意識を共有している時、どういうわけか消費される体力も幾分早く感じられる上に、朝晩の稽古で出来てきた体がその養分を必要としているのだ。
 もっとも、俺自身が、かつていたあの時代とは比べ物にならないくらいに魅力あふれる食というものに、気持ちが疼いて仕方ないというのもある。飽食といえばそれまでかもしれないが、とにかく食べ物が選り取りみどりであることに文句など付けれようはずもないのだ。
 それにしても、所変われば様々に変わるものだが、時代が違うというのは、まるで異文化に触れているようなものと同じだ。明日をも知れない我が身であった自分が、今こうして何事もなくさも当然のように、こうも多種多様の食を口にできる日が来るとは思いもしなかった。
 しかも、連れているのは女子が二人とは、かつての時代を生きる俺から考えると、それこそあり得ない姿だった。今はヨシタカの身体を借りている身だからこそ実現しえたとも言えるだろうが、あの時代で傍らに女子を二人も連れて歩くなど、それこそ人に知られたが最後、いかなる風評を立てられるか知れたものではない。
 そんなことをぼんやりと思いながら最後の一口分になった”おこのみやき”を見て、悠里が持っていたスマホから顔を上げて言った。
「それよりも竹之内、あんたそろそろ時間じゃないの?」
「む? もうそんな刻がきたか」
「早く行きなよ。遅れるとかダメなんだからね」
「仕方ない。行くとしよう」
 頷きながら”おこのみやき”を喉の奥へとかきこみ、口いっぱいになったものを時間をかけて咀嚼した。しかしかきこみ過ぎたのか、喉が詰まったように苦しい。さすがにやり過ぎたと自省しつつも、吐き出してしまいたくなるのを我慢して口を抑える。
「ちょっと大丈夫? だから無理しすぎだって」
 俺の様子を見ていた悠里が、慌てて持っていたペットボトルのお茶を差し出した。それを半ば強引にひったくるように掴み、一気に喉の奥へと流し込む。まだ半分以上あったペットボトルのお茶は、あっという間に減っていき、もう底をつきそうになったほどだ。
 ペットボトルから口を離し、ようやく一息ついた。やはり無理はいけない。”前の自分”なら出来たことも、体が違えば当然その細かい構造も変わるわけで、ヨシタカの体は俺の体ほど大量のものを含めない口をしている。おかげで今のように、喉が詰まりそうになってしまったというわけだ。
「すまぬな」
 もうほとんど余っていないペットボトルを悠里に返そうとしたが、それを受け取ろうとしておきながら悠里はぶんぶんと首を振って受け取ろうとした手を引っ込めた。突然焦ったようにペットボトルを突き返そうとする様子に、思わず苦笑してしまう。
「どうした」
「なんでもないけど……。っていうか、竹之内こそ大丈夫なの?」
「うむ、おかげさんでな。少し飲みすぎてしまったかの」
「別にそれは良いけど……その、なんとも、思ってないの?」
「何をだ」
 はて?、と首を傾げつつ、再度お茶の入ったペットボトルを返そうとするも、悠里は腕を組んで頑なにそれを受け取ろうとはしなかった。 
「もう良い! 後それくらいしかないなら、もうあんたにあげる」
「む。そうか」
 腕を組んだまま首を横に向けた悠里の態度が解せないが、何をそんなおかしなことがあろうかと首を捻りつつ、ならば、と二口三口程度も残っていなかった残りを飲み干した。
『先生、ちょっとデリカシーが……』
 これまで黙っていたヨシタカが、仕方なしといった具合でそう言った。
「”でりかし”?」
『その……年頃の女の子が口を付けた物を無遠慮に口つけるのは良くないんです』
 俺のいた時代と今の時代との差を説明するように、今の時代は、と付け加えた。ふむ、と手を顎にやって首を縦にした。
 直接接吻するわけでもあるまいし、そんなことに気をつけるようなこともないと思うのだが、女の心はいつの世も謎よの、と心中で呟きながら空になったペットボトルを近くのペットボトル入れに投げ込んだ。
「すごい! ホールインワンだね。ナイスショットー」
「”ほーるいんわん”? なんだそれは」
「あれ、知らない? ゴルフで、最初のショットで穴に入れちゃうっていうやつなんだけど」
「”ごるふ”?」
「あー……そこからかぁ」
 美樹子はどう説明すべきか、短く切り揃えられた髪の端を指でいじくりながら苦笑していた。しかし、それを掻い摘んで説明してくれ、朧げながらにその輪郭がつかめた所で俺は頷いた。
「つまり、地面の穴に向かって玉を落とし込んでいく遊戯か」
「遊戯……っていうのかなぁ、あれ。ま、いっか」
 あまり深く詮索しようとしない美樹子の性格は俺にとってもありがたいもので、おそらく墓穴を掘ったかもしれない俺を気遣うように次の話題に話を持っていった。
「それよりさ、ヨシタカくんとユーリのクラスは喫茶店なんだよね? じゃあさ、後で行っても良いかな」
「うむ良いぞ。悠里の”メイド服”姿も見られるかもしれん」
「え!? ほんと?」
「ちょ、何いってんのよ竹之内! ミーコ、竹之内の言ってること嘘だかんね! メイド服なんて着ないし!」
「そうなの? うーん、残念だなぁ。ユーリのメイド服姿見てみたかったよ。絶対似合ってるに決まってるから!」
 興味津々の美樹子に、突然無いことを言われて困惑げに、かつ顔を赤らめながら驚いて言った。反応がまるで正反対の二人に、俺はくつくつと肩で笑いながら気を取り直して腰を上げると、ぐっと伸びをして首をぽきぽきと鳴らした。
「では、そろそろ暇とする。美樹子も後で来るが良い」
「うん、絶対行くからね」
 手の平をひらひらさせながら気持ちの良い返事をした美樹子に、俺は笑みで返して校舎へと戻っていった。背後では悠里が相変わらず、メイド服なんてないから、と釈明を続けている。
 教室へと続く渡り廊下に差し掛かった所で、そういえば何故ヨシタカの番であることを悠里が知っていたのか、ふと疑問に思ったが、今更それを聞きに戻るのもおかしな話なのでそのまま捨て置くことにした。
 中々に可愛いところもあるではないかと、一人満足げに頷きながら、教室へと戻っていった。




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