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少年と武士と、気になるあの子。

B&B

恋花の咲き開く時(五)


 桜花祭本番のその日、私は朝のホームルームが終わるとすぐに教室を抜けた。
 すでにクラスの出し物である喫茶店のために教室内の様子は、普段使っている机と椅子を並べてそこにテーブルクロスをかけ、それらしい雰囲気にし上がっている。よってその日のホームルームは実質的に立ったまま行われ、クラスメイトたちは各々が思い思いに仲の良い子達とグループを作るように固まった状態で行われた。
 お馴染の由美や瑞奈は、すでに回る友達が決まっているのか、お互いちょっとした挨拶そこそこに、教室を出てすぐに別れることになったのだ。その際、私はつい竹之内を視線で追っていた。
 彼もいつも一緒の永井くんや内海くんとで固まっていたけれど、ホームルームが終わると内海くんは離れ、永井くんの二人だけで何か喋っているようだった。あの様子だと今日はあの二人で学校を回るつもりなのだろうか。正直、竹之内がのあ二人以外といるところを見たことがないので、多分そうなのだろう。
 それはある意味で自然なことなのだけれど、正直ちょっと疎ましくも感じる。せめて今日くらいは普段とは違う子と回っても良いじゃない? そう思って仕方ないからだった。
 とは言うものの、これから自分もいつもと違う子と桜花祭を回るつもりだった。本当は、あまり来てほしくなかったというのが本音だった。もちろん、来るなというわけではないのだけれど、どうしても一緒にいさせたくないという気持ちが強くて、遠回しに断ろうとした。けれど、結局断ることが出来ずに今日を迎えていた。
「やっほーユーリ」
「おはよミーコ」
 桜花祭の一般参加者がこぞって入校してきたのに混じって、ミーコもやってきていた。今日は土曜日ということもあり、通常なら学校が休みなのでこの子も桜花祭に来たというわけである。
「じゃあ早速行く?」
「うん。どこから行こっかなー」
 そんなやり取りをしながら、ふと目にした校門の方を見るとそこに竹之内と永井くんが二人で、辺りをキョロキョロと見回していた。あの様子だと、もしかすると二人も一般参加者に友達が来るのかもしれない。それがなんだか嬉しいような寂しいような、複雑な気持ちになる。
「ユーリ?」
「あ、ごめん。どこ行こっか」
「この占い館なんてどうかな」
「いいよ。じゃあ最初にそこ行こう」
 パンフレットを見ながら指差した、二年生のやっている占いを出し物としてやっているところに行くことにした私たちは、早々に校舎へ入っていった。まるで秘密を遠ざけるためであるかのような強引さがあったかもしれない。
「あはは。ユーリ、そんなに楽しみなの?」
「楽しみにしてるのはミーコでしょー」
 そんな会話で秘密を隠し埋もれさせながら、私は二年生クラスのある校舎へと移動していった。

 私達が最初だったのか、占い館と書かれた看板を出した教室から出ると、その後ろから「ありがとうございました」という元気な声で送り出され、あっという間に終わってしまった。
「ミーコは何を占ってもらったの?」
「ふっふーん、なんだと思うー?」
「いいから教えなさいよ」
「しょうがないなーユーリは。実はねぇ、恋愛について、だよ」
 私自身、会話のネタに何気なく言ったつもりだった。楽しそうにそう言った美樹子の一言に、思わずドキリとさせられた。これまで、この子がこんなことを言うことなんてなかった。思えば、過去に占いをやった時だって、自分の今後についてだとか、健康運とか、どちらかと言えばもっと現実的な目線のものを占ってもらっていた。
 それがここにきて急に色恋沙汰を占ってもらうなんてどういうことだろう。なんだか嫌な予感がした私は、次の言葉を紡げずに思わず無言になってしまった。
「ユーリ?」
「え? あ、うん。そっか、あんたもついにそんな年頃になったわけか」
「ちょ、ひどいよそれー。一応、気になる男の子くらいいるんだからねー?」
 ぷりぷりと頬を膨らます美樹子に、私は軽く衝撃を受けた。あの美樹子に気になる男の子が? 今までそんなことは一度だってなかったのに? 私は平静を装いつつも、内心嫌な予感が湧き上がってくるのを拭いきれずにいた。
「そ、そうなんだ。あのミーコにも好きな男の子できたんだね……」
「うん。だけど、好きっていうよりちょっと気になってるって感じ?かな? まだ自分でもよく分かんないんだよね」
「もう何それ」
 美樹子の言う、好きではないけれど気になってる男の子とは誰なのか、それを聞きたくて聞きたくて仕方のない衝動にかられながら、私はそう言った。
(違う……)
 そうではない。聞くのが怖いのだ。美樹子の言う気になる男の子が誰なのか。それを聞くのが怖かったのだ。
 もし……もし、その気になる男の子が自分の知る、男子の中にいるとしたら? それがもし当たっているとしたら、あまりに怖くて聞き出せなかった。
 それ以上のことを聞き出せなくない私は、その場を適当にお茶で濁して、御手洗に行くと言って一度美樹子の側を離れた。待っててと言ったから、彼女がそこを動くことはない。だから今のうち、少しだけ気を落ち着かせる時間が欲しかった。
 トイレに入った私は、洗面台の前で小さくため息をつき、さらに深呼吸を繰り返した。ふと、目の前の鏡に映った自分の姿を見て、一番仲の良いはずの友達と会っているはずなのに、なんでこそこそと隠れるような真似をしているのか自分が分からない。
 私は気を取り直してトイレを出ると、待っているはずの美樹子の元に行こうとした所、出た先の昇降口近くに佇む一人の男子を見かけた。
 もちろん、ここのところずっと見かける彼の姿を見間違うはずもない。彼の姿を見つけた瞬間、途端に足早になろうとする脚を制止させ、一端大きく深呼吸する。今は美樹子と一緒だ。このままあいつと話したりすれば、そのまま美樹子と一緒になりかねない。そうなれば、最悪この前の夏休みの時と二の舞いになってしまう。
 けれど見かけた以上は話しかけたい気持ちが強く、どうすべきか迷っていると、彼の様子がなんだかおかしいように見えた。普段から大人しいあいつだけれど、今日はいつも以上に大人しい……というより、意識が飛んでいるような、そんな風にも見えるくらいにおかしな様子だった。
「はい。お願いします」
 そんな一言の後、彼は一瞬、人が変わったように何かが変わった。何かなんて分からない。けれど、それは確かに変わった。雰囲気というのか、とにかくそれまでの彼の様子からは明らかに違って見えたのだ。
「竹之内」
 大丈夫だろうか。そもそも、昇降口の向こうに出し物や出店はないはずなのに、あんなところで一体何をしていたのか。私は怪訝に思いながらも、もし万に一つ体の調子がおかしいかも、という思いで竹之内の方に駆け寄った。
 彼を呼ぶ私の声に反応したのか、竹之内はその場に突っ立ったままの体をピクンと震わせてこちらへ顔を上げた。
「おお、悠里か」
 まただ。時々おかしな竹之内になることがあるのは承知なのだけど、今日はその日らしい。いや、今日は、というのは少し語弊があった”今そうなった”と言った方が正しいかもしれない。
 少なくとも、今日のホームルームの時はいつも通りの彼だったのに、今になってなぜか、またいつもとは違う雰囲気になっている。話し言葉もそうだけれど、途端に雰囲気などが変わる瞬間があるのだけど、それがまさに今だった。
 ここのところは”変わった竹之内”を見ていなかったので、やっぱり自分の思い過ごしかもしれないと思っていた。けれど、今なぜか途端に雰囲気が変わった彼を見て、思い過ごしではない、半ば確信めいたものを感じた。
 けれど、そうだからと言ってそれを彼に確かめる気にはならなかった。もっと言えば、確かめるのが憚られたのである。それをどう実証しようというのか。まさか直接本人に「性格変わるの?」なんて聞けるわけがない。
 ただ、確かめたい気持ちはあった。ここの所、ずっと竹之内のことを目で追う回数が増えている気がする自覚はあったのだけど、それだけにいつもの彼と、今のように変わった彼との差を明確に感じる時があるのだ。
 だからだろうか。今、目の前で明確に雰囲気が変わった彼にそれを聞いてみたい気になる。
「誰かと一緒じゃないの?」
「そのつもりだったんだが……裕二のやつ、他に先約があったらしい」
「そうなんだ。そっか、それじゃ今一人なんだ……」
「ん? どうした」
 小声で言った私に、竹之内は真っ直ぐにこちらを見据えながら言った。誰かと一緒じゃないの?なんて、よくもまぁ言えたものだと自分でも呆れて物が言えない。本当は教室で、ずっと永井君や内海君のお馴染みのグループといたのを知ってるのだけど、それは言わない。それを知っているといえば、なんだかこいつのことしか頭にないみたいな感じがして癪に障る。
 てっきり、シフトまでは彼らといるのだろうと半ば諦めた形だったけれど、どうもそうではないようだからここはいっそ一緒に回らないかと誘ってみるのはどうだろうか。この”変わった”状態の竹之内は、割りと付き合いが良く感じるから、誘ってみたら案外素直についてきてくれるような気がする。
「あー、ヨシタカくんだ」
 その時、私を待っていたはずの美樹子が私たちを見かけて、そう言いながら小走りに駆け寄ってくる。
「おお、美樹子ではないか。お主も来ておったのか」
「そうだよ。ちょっと前にユーリから誘われちゃって。なんかユーリが戻ってくるの遅いと思ったら、ヨシタカくんとお話してたんだね?」
 ぷりぷりとした美樹子の様子は無邪気で可愛らしい。けれど、その無邪気さが今はなんだか面白くない。二人を会わせたくない一心で、逃げるように校舎の中へとやってきたというのに、これでは元の木阿弥ではないか。悠里は眉をへの字にして、二人のやり取りを見つめていた。
「そうか。実のところ、他に行く宛がない。おぬしら二人、折角なら共に行くか」
「私はいいよ。ユーリもいい?」
 なんでこんなにも簡単に話が進んでいくんだろう。ミーコも竹之内も、数回しか顔を合わせたことがないとは思えないくらいの親密さで、さも当然のようにするところが気に入らない。
「……別に良いけど。ていうかさ、あんたたちってそんなに仲良かったっけ?」
「んーどうだろ? だけど仲は良い方じゃないかなー? 少なくとも友達だしね」
「確かに。否定すべきところがない」
 互いに頷き合う二人に、私はため息をついた。人の気も知らないで、よくもいけしゃあしゃあと言えたものだ。だからこの二人を会わせたくなかったのだ。自分でも、心に黒々とした暗雲が立ち込めていくのが実感できるほどに、ずくずくと胸の辺りが痛む。
「あのねミーコ、こいつはヨシタカじゃなくてヨシキっていうんだよ」
「知ってるよ。この前にヨシタカくんから聞いたからねー」
「え?」
 この前って、夏休みの時のことを指してるんだろうか。いや、違う。あの時は全くそんな会話はしていない。ということは、私の知らない間に二人はどこかで再会してたということ?
「まぁ良いではないか。呼び方などどちらでも構わん。それよりも、これからどうするのだ」
「さっきユーリと二人でそこに行ってたんだけど、ヨシタカくんはどこか行きたいところある?」
「ふむ、ならば……」
「どうせ模擬店の出店に行きたいとか言うんでしょ」
 思わず口を尖らせて言った私に、竹之内は一瞬驚いた顔を見せると、すぐにその表情を崩して笑った。
「よう分かったな。実はすでに腹が減っておる」
「あんたねぇ……女の子二人と一緒にいて食べることしか興味ないの?」
「そう言うな。話なら食べながらでもできるというものだろう」
 ニヤリと口を釣り上げて笑う彼に、私は盛大にため息をついた。”この時の”竹之内では、これ以上何か言ったところで模擬店に行くことは避けられそうにないことを悟った私は、二人について模擬店が多く出る中庭へと行くしかなかった。




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