少年と武士と、気になるあの子。

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夏は過ぎ去りて風が吹く(一)


 新学期が始まった。約一月半に渡る、一年で最も長い長期休みが終わって、私は一学期までと同様に登校した。教室に入ると、私よりも早くに登校していた由美と瑞奈に挨拶を交わした。
「おはよー、久しぶり……って、どーしたのセナ、その髪」
「はよーセナ。髪型変えたんだー」
 由美と瑞奈は、挨拶した私に返すと同時に、これまでとは違う変化を見せた私に、早くも反応してそう言った。
「うん、そろそろ受験生としての自覚を持ちなさいって親やお姉ちゃんが言うからさ。まぁ、カラーの手入れも面倒だったし」
「そっか。セナのライトブラウン、結構好きだったんだけどな。ま、仕方ないか。実はあたしも親から同じようなこと言われたよ」
 私の変化に、由美は近寄ってきてそう言った。瑞奈も同様なのか、うんうんと頷いている。
「だけど随分思い切ったね。前は背中くらいまであったのにセミロング? 色も真っ黒だし」
 こうした変化に反応した由美と瑞奈たちに釣られて、他のクラスメイトたちも私の座る席を囲む。これまで、ライトブラウンに染まり、緩いウェーブのかかった長い髪をセミロングにまで切っただけでなく、色を黒に戻した私にクラスの反応は大げさと思える位だった。
 私の仲良しグループの取り巻きだった男子グループは、これまでも可愛かったけど、今の方がもっと可愛いとか、女の子たちも綺麗だとか褒めそやしてくれはしたけれど、当の本人は正直どうでも良かった。女子たちならまだしも、別に男子たちに持ち上げてもらおうと戻したわけじゃない。
 むしろ、そう思っていただけに、過剰に反応する男子たちには半ば吐き気を催すくらいに辟易する。結局、見た目さえ良ければどうだって良いのだ。……まあ、それを狙って群がる男子たちを手玉に取ろうとする子がいないわけでもないので、こうして群がる男子たちに対してある種の同情がないわけでもなかったけれど。
 それよりも……と、私はクラスの一角に視線をやった。いつもその席に座る男の子の姿はまだない。ちらっと教室の壁にかかった時計を見ると、そろそろいつもの登校時間だ。むしろ、それくらいになるように登校してきたのだけど、結局会わずじまいだったが、ともかく彼が登校してきてくれれば問題ない。
 そう思いながら私は、男子たちからのどうでも良い褒めそやす言葉に適当に頷きながら、スマホをいじって時間を潰す。別にお前らのためじゃないっていうのに、そんな言葉をかけたところで意味がないことが分からないのだろうか。
 私は小さくため息をついて、未だ空席になったそこを再び一瞥する。今度は教室の時計ではなく、スマホで時刻を確認した。
 おかしい……。いつもならもう登校してきている時刻だ。けれど、何度も時刻を確認してもその席の主は姿を見せない。もしかして自分がスマホいじりに夢中になって彼が来たのを見過ごしたかと思って、次は別の場所を探して目を泳がせる。
 彼が来たらまず真っ先に反応があるはずの、永井くんや内海くんたちの場所を見つけても彼の姿はない。つまりまだ登校していないということだけれど、時刻は普段ならもう登校してきていてもおかしくない時刻を、もう一〇分近くも経っている。
 もしかして、何かあったんだろうか。そう思う私の脳裏に、つい数日前の、夏休みの最後の週末にあった出来事がよぎり、嫌な予感がした。やっぱり、あの後何かあったんではないか。あの場にいたナンパ男たちは、あいつではない別の誰かにやられて、あいつ自身はその人に運ばれたとか?
 自分でも嫌な想像をしてしまう私は、悪寒に襲われながらも平静を装いはしたけれど、そわそわと落ち着かない。
「セナ?」
「どうしたの?」
 そんな私を見た由美と瑞奈が、心配に声をかけてくる。何でもないよ、と言いはするものの、言葉と裏腹に全く落ち着かない気分だったのは隠せるはずもなく、私は逃げるように教室を出た。
 やっぱり何かあったのだ。私が知る限り、いつも時間には正確なあいつが、夏休み明け初日の今日に限って遅れるなど、何かあったに違いない。そしてそれはあの日に由来するものであることは明白だった。彼に何かあったとすれば、それくらいしか思い当たる節はない。
 もしそうだとすれば、もう一生あいつに向ける顔がない。まだあの時のお礼もしていないのに、それだけは嫌だった。
(やっぱり、あの晩に電話しておけば……)
 今更ながら後悔の念が私を襲う。実のところ、竹之内に助けられたあの日、何度も連絡することを躊躇っていたあの晩、覚悟して通話した私だったけれど、結局二回ほどコール音が鳴った後に、恥ずかしすぎて通話を終了させてしまったのだ。
 しかも、あのコール音の後に一瞬人の声が聞こえたような気がした。あんな短いコール音で受話器を取るとは、もしかしたら電話のすぐ近くに誰かが立っていたのかもしれない。そんなこともあり、私はますます恥ずかしくなってもう電話することができなくなってしまった。
 あれはもしかしたらあいつだったかもしれない。もしかしたらお母さんだったかもしれないし、あるいはお父さんだったのかも知れないけれど、ともかく私は逃げてしまった。結局、次の日もどうしようか迷い続けながらも電話することなく、何となく一日を過ごしてしまう内にもう次の日、つまり今日のこともあってあの後のことは今日聞けば良いと思ってしまったのだ。
 もし、彼に何か遭ったとしたら、恥の上塗りではすまない。多分、ただでさえ私のことをあまり良い印象を抱いていなかったところに、もう二度と話しかけてはくれないかもしれない。そう思うと気が気でいられなかった。
 とにかく少しでもあいつと顔を合わせて安否を確かめたくて、下駄箱にまでやってきた私は、突然目の前に現れた人物と出会い頭にぶつかり、尻もちをついた。
「いたた……」
「すみません、良く前見てませんでした……って瀬名川?」
 その声に、尻もちをついたことを苦々しく思ったことなどどうでも良くなってしまった。何してるの?とでも言わんばかりの呆け顔で、竹之内は私を見下ろしている。突然現れぶつかってしまった人物は、探していた竹之内その人だった。
「竹之内……?」
「どうしたの? そんなに慌てて……。あ、そうだった。ごめん、立てる?」
 私とぶつかったというのに全く動じない竹之内は、また天の声でも聞いたのか、思い出したように手を差し伸べ立たせてくれた。
「あ、ありがと……」
 自分でも聞き取りにくいかもしれない。そう思ってしまうほどに小さい感謝の言葉。竹之内はむしろぶつけてしまったことを悪く思っているのか、自分が謝る始末だ。ああ、言いたい言葉は反対なのに、私はなんで気の利いた一言も言えないのだろう……。
「それよりもどうしたの? 何か忘れ物?」
「え? い、いやそういう――」
 ――わけじゃない。と続けようとした私の言葉を遮り、予鈴が鳴った。いつもはもうちょっと早く登校してくるのに、なんで今日に限って遅かったのか、その理由を聞きたかったのだけど、竹之内は予鈴がなると私に早く教室へ行くよう促し、自分はお手洗いに行くと言って近くのトイレに行ってしまった。
「あ……」
 私のこと避けてる? いや、これまでも似たようなことは何度かあったから、今日に限ってそれはないだろう。多分、タイミングの問題に違いない。学校ではお互い距離を持っているから、彼もこれまでと同様の距離を学校では保とうというのだろう。
 そういうところが何となく竹之内らしく思えてくるのは、今まで学校では見せない彼の一面を垣間見たからだろうか。そうだと信じたいだけかもしれないけれど……ともかく、今はあいつが何事もなく登校してきてくれたことが嬉しく、安心した私は、彼の言う通りに再び教室へと戻っていった。
 わずかに遅れて、教室にやってきた彼をいつもメンバーがやってきて、お馴染みの挨拶を交わしている。けれどそれもそこそこに担任が廊下を歩いてきて、あっという間に解散して各々が席に着く。
 放課後に、もう一度彼に話しかけてみよう。悠里はそう強く決心して始まった新学期最初のホームルームに、意識を切り替えた。



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