少年と武士と、気になるあの子。

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君と武士と、夏の終わり(七)


 適当なところで見つけたファーストフード店に入って三〇分としない内に、僕こと先生は美樹子のおごりだと言うハンバーガー五個を何の躊躇いもなしに平らげてしまっていた。一応Lサイズで頼んだのだが、焼け石に水といわんばかりの消費量に、おごった美樹子も瀬名川も軽く引いてしまっている。
「……なんだお主ら、食わぬのか?」
 そういって先生は、まだトレーに乗っている美樹子と瀬名川のポテトに目を向けながら言った。
「ちょっと、人の食べたいの? ……っていうか、まだ足りないの?」
「うむ。普段よりはいくらか抑えているつもりなのだがな、こんなに美味いものは食べたことがない。いや、母の作る料理も美味いのだが、これはこれで、な」
 そういって、先生は半ば当然のように瀬名川のトレーに手を伸ばそうとしたところを、ぴしゃりとはたかれる。
「竹之内、行儀悪い」
「む……」
 いや、それも瀬名川の言う通りだ。僕も止めようとしたけれど、よほどお腹が減っていたらしく、こちらの制止など聞く耳持たず、お構いなしだった。
(瀬名川って結構しっかりしてるんだな)
 ふと、そんな瀬名川を見てそう思った。先生は先生で戦国時代の真っ只中を生きた人だから、食べていない=もういらないという図式が成り立っているのかもしれない。奪い奪われる時代だからまかり通った考えであって、それはこの現代ではまかり通らないことを知るべきだと、内心で瀬名川を褒め称えた。
「あはは。なんだったら私の食べなよ竹之内くん」
「おお、良いのか。ミーコとやら」
「あはは、ほんと面白い人だね君は。良いよ。私、そんなにお腹減ってないから」
「そうか。ではありがたかく……」
 美樹子からの許しを得ると後は我が物顔で、彼女のトレーからポテトをまとめて二本三本と頬張り、食べかけのハンバーガーの入った包みに手をかけた時、思わず横槍を入れる。
『ちょ、先生、それは流石に……』
「ちょっと竹之内、何してんのよ! そこは遠慮するところでしょ!」
 瀬名川が思わず止めにはいった。さすがに女の子の食べかけの物を食べるなんていうのは気が引ける。正直ドン引きされてもおかしくない。しかし僕と瀬名川の制止など気に留めることなく、本当にハンバーガー五個も食べた後なのかと疑問に思ってしまうほどの食べっぷりで、食べかけのハンバーガーを平らげてしまった。
「……うむ。おぬしの”はんばあがあ”も美味い」
「あはは。私が作ったわけじゃないけどね」
 先生が無遠慮に食べた後でも美樹子は特に気にした様子は無く、にこにこと笑ったまま特に気にしているわけではないようだった。
「それにしても竹之内くん、よく食べるねぇ。痩せの大食いってやつかな?」
「どうだろうか。普通とは思うがな。食えるときに食っておかねば、次、いつ食い扶持にありつけるか分からんのでな」
「え? 竹之内くんって一人暮らしか何か?」
「いや、そういうわけではない。ただ……」
 そう言いかけた時、善貴は業を煮やして叫んだ。
『先生!』
 これ以上ややこしいことを言わせないためだったが、この人はつい多弁になる嫌いがある。今は自分と一心同体であることを忘れてしまっているのではないか。社会的に、僕という人間は一人しかいないのだから、僕以外にズレた会話をしてしまうのは頂けない。
 何やら瀬名川から、妙な視線も感じるし、これ以上は僕自身の気も持ちそうになかった。今すぐ交代できるものなら交代したいところだ。そうすれば少しは遠慮というものも分かるのではないか。
「っと、お達しがきたようだ。いや、とにかく腹が減っている時は良く食べておくに越したことはない。それだけのことだ」
「そっかぁ。でも良く食べる男の子は私、結構好きだよ」
「ミーコ……」
 何気ない会話の中で突然好きだなと言われて、僕は思わず固まってしまった。いや、固まったのは僕だけで、先生はといえばサラりと流しているようだったが。けれど、何故瀬名川がそこに反応したのだろう。えらく慌てた様子で、彼女は美樹子に食って掛かりそうな勢いで身を乗り出していた。
「あんたもいきなり変なこと言わないの。竹之内くらいの男子だったらこれくらいが普通だって」
「そうかなぁ? まあ私の周り、あんまり男の子いないから良く分からないんだけど、そういうもんなの?」
「そうだって言ってるじゃん」
「悠里よ、少し落ち着け」
「竹之内は黙ってて!」
 女同士の会話に、男が下手に割り込むと油に火を注ぎかねない事態になると聞いたことがあるけれど、今まさにそんな状態なのだろうか。遠巻きにこのやり取りを眺めている善貴は三人の会話を聞いてそう思った。
 瀬名川に強く言われてか、先生も押し黙る。相手は武士で、それも戦場を知っているような歴戦の兵であるはずなのに、こういう時の女の子ってどうしてこうも強いのか。善貴は不思議なものだな、と一人首を傾げつつも、ぼんやりと彼ら彼女らのことを見守る。
「竹之内くんの言う通りだよ、ユーリ。分かったから落ち着いて」
「……あーもう!」
 にこにこと満面の笑みを浮かべて言う美樹子に、瀬名川は毒気が抜けてたのか、落ち着きを取り戻して着席した。手足を組んで見せた彼女だけれど、少し頬が赤らんでいるのは気恥ずかしさゆえなのかもしれない。
「……あたしの分けてあげるから、もうそれ以上はやめてよね」
 そういって瀬名川は、余っていた自分のポテトをトレーから僕らの前のトレーの方へと移した。僕も先生も思わず目がそちらに移動してしまう。しぶしぶといった感じだけれど、丁寧に移した彼女の仕草に、なんだか心躍ってしまうのは何故だろう。
「良いのか」
「仕方ないでしょ、竹之内お腹減ってるんでしょ? 違うの?」
「ありがたい」
『……先生まだ食べる気ですか』
 半ば善貴も呆れてそう言った。本当に、これが僕の体だということを分かっているんだろうか、この人は……。
「悪いな悠里。ではありがたく」
 胸の前で手切りして、先生はトレイに移されたポテトを頬張り、それも瞬く間に平らげてしまった。底なしの胃袋だな……。善貴は呆れも通り越して、最後の施しすらもペロリと平らげた様子を見て、むしろ感心してしまった。
「もう……」
「あはは」
 全てを平らげた先生はようやく一息つけたと言わんばかりに、お腹を撫でた。その様子を見ていた瀬名川が呆れて、美樹子がくすくすと忍び笑いを漏らしていた。良く笑う子だとは思っていたが、本当にころころと表情を見せる子で、一緒にいて楽しい気になれる不思議な魅力のある子だと、善貴は思った。
 くるしゅうないぞ、なんてどこまで冗談なのか分からないことを口走る先生に、美樹子はさらに笑い声を大きくし、そんな美樹子に充てられたのか瀬名川も、仕方ないな、と笑みを作っていた。その笑みはこれまでクラスの中で見た彼女のどの表情とも違う、柔らかい笑みだった。

 そろそろ店を出ようという算段になり、女の子二人がトレイの片づけをしてくれている間、僕らは手洗いに向かった。正確には僕ではなく先生が、だけれど。トイレに誰もいないことを確認して、僕は先生に声をかけた。
『先生、いくらお腹が減っているからといって、ちょっと行儀が悪いですよ』
「うむ、それでヨシタカよ」
『ちょっと僕の話を……』
「うむ、分かっておるわ。それよりお前、気付いておったか?」
『気付くって何がです?』
 突然声の調子が変わったことを怪訝に思って問い返すと、先生は小さく頷きながら言った。
「俺たちが飯を食べている間、後ろの、少し離れたところにおった小悪そうな連中から見られていたことに気付かなんだか……」
 振り向くこともせずそんなのに気付くのは先生くらいだと思う……なんて言ったら、絶対に修行が足らんだとか言われそうなので、ここは黙っておく。第一、普通は自分の背後にいる人たちを認識するなんて、難しいものだということ自体分かっていないのだろうか。
 少なくとも僕が見ていた限りでは、一度だって背後を振り向いたりだとか、そんな素振りは見せていなかった。視界は動けば必ず、内側にいるこちら側にも今映っている光景が認識できるようになっているからだ。つまり、この人は背後にいる気配とかそういった類のもので認識したということなのかもしれない。
「連中、こちらが食べておる間、じっとこっちを見ておったわ。それも随分としつこい目付きでの」
『それはつまり……』
 一先ず用を足し終えて洗面台の前に来たところで、鏡に映った僕の顔がニヤリと口を歪めた。
「十中八九、狼藉者だろう」
『狼藉者……』
 ニヤリと唇の端を吊り上げている僕は、これから起こるであろう混乱を予感させて楽しむ目だ。
『も、揉め事は嫌ですから!』
「なーに気にする必要はない。相手は俺がしてやるからお前は見ておれば良い」
『そういう問題じゃなくて、それは僕の体なんですよ?』
「安心せい、不覚は取らん。お前も悠里や美樹子たちがえらい目に遭ってるのを見過ごすというのか」
『それは……』
 そこまで分かってるなら、なんで彼女だちだけにしたんだ。そう言おうとした善貴の台詞を見越してか、彼は続けた。
「こうでもせんと、連中、ずっとついてきたかもしれんからな。連中、わしの方を睨んでおったわ」
 相変わらずこっちの言うことは聞かない人だ……。これがもし本当の武士なら……いや、確かに彼は本物らしいけれど、それは中身だけで体は僕の、そこら中至る場所にいる普通の高校生の体なのだ。なのに、その僕の体で彼女達を狙う輩たちに立ち向かおうというのか。
 そんなの無理に決まっている。しかも連中というくらいだから相手は複数、おまけに人数も分からない。一人ならあるいはなんとかできたかもしれないけれど、二人かそれ以上いるというから気が気でない。
「それに……」
『それに?』
「……ふふ。いいや、なんでもないわ。まあ、お前の悪いようにはならん。とにかく見ていろ」
 トイレを出て真っ先に出口へと向かう。善貴には、その足取り先程までと違い、どこかこの状況を楽しんでいるように思われてならなかった。




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