少年と武士と、気になるあの子。

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君と武士と、夏の終わり(二)


「失礼しました」
 僕は職員室の出入り口で会釈をして廊下に出ると、渡り廊下を下駄箱の方へと向かった。手馴れた手つき、というのも変な話だけれど、僕はほとんど何も考えずに上靴と外靴とを履き替えて校舎を出た。
『結局何も収穫はなし、か』
「まあ、そうなりますね」
『ふぅむ。これでは埒があかんのう』
 まさにお手上げ、そんなニュアンスの響きがあった。学校へ来た僕らはたまたま担任がいたところを掴まえることができたのだけど、あの事故の詳細については、僕が医師や親から聞いていたこと以上のことは聞き出せなかった。あえて言えば、崩落に巻き込まれたのが覆いかぶさった土砂の際だったことくらいで、おかげで掘り出すのはかなり容易だったということくらいだった。
 そのまま病院に搬送されてからの記憶は、僕と中にいる同居人との間のやり取りにより、凡その統合が取れているから言うまでもなく、僕が目覚めるまでの経緯も大体が判明している。やはりあの瞬間、それとその時の状況をもっと詳しく知ることができなければ、それ以上の意味はなさそうだった。
「やっぱり瀬名川に頼るしか、ないかぁ……」
『うむ。では早速家を訪ねるが良い』
「え? い、いやそんなできるはずないでしょ」
『何故だ? あの時のことを教えてくれと言うだけのことではないか。何をそこまで遠慮する必要がある?』
 しないはずがない。僕は彼の鈍感さ、というか無神経さが恨めしく思った。なぜこの人はその辺りが分からないのだろう。男が一人で同い年、それも同じクラスメイトの女の子の家を訪ねるなんて、何か問題が起きたらどうしようというのか。
『まさか、何か変な噂が立てられまいかと心配しておるのか?』
「分かってるじゃないですか」
『馬鹿もん。今はそんなこと気にしてる場合か。第一それを言うのなら、あの女子とて一度我らの家に来たではないか。あれの返しだと思えば良い』
「いやいや……」
 何の返しだよ……と、善貴は半ば暴論だと反論するが、彼は聞き入れる気はないらしい。
『ええい、お前は変なところでまどろっこしい。女々しいやつめ! もう良いわ』
「うわっ! ちょ、喚かないで下さい!」
 何かが爆ぜたかのように、声が音の暴力となって善貴の頭の中を反響した。それが収まったかと思うと、静寂が頭の中に訪れる。呆れて引っ込んだか……? そう思った瞬間、突然僕の意識は頭の向こうに引っ張られたように追いやられてしまった。
「もうお前など頼らんわ」
(え? ちょ、これって、どういうことだよ……?)
 僕は枠のない全方位を拝める巨大なスクリーンで観ているような、そんな違和感のある視界に目を疑った。しかし、それは紛れもなく僕と先生の意識が入れ替わった時に見る世界だった。つまり、強引に彼と意識を交代させられたのだ。
「お前があの女子の何をそんなに恐れとるのか知らんが、限度というものがある」
『い、いや恐れては……』
「やかましいわ。だったら何を躊躇することがある? 俺には何も躊躇うようなことなど何もないぞ、たわけが」
 そういって、彼はポケットの中にあるスマホを取り出し、担任から渡されたメモ用紙も一緒に取り出した。メモ用紙に書かれてある一つの電話番号。それにかけようというのだ。
「……む」
 そういったきり、彼はスマホの電源をどういれようか迷っている様子だった。確かここだったな、いやここだったか……そんなことを一人ぶつぶつと呟きながらスマホの電源を入れることそのものに四苦八苦していた。その様子は端から見ている部活中の生徒達から奇異に映ったらしく、完全に注目を浴びている。
『ちょ、ちょっと先生、やめてください!』
「しつこいぞ! 俺は何が何でもこの”電話番号”とやらにかけてやるのだ」
 いや、そんな高らかに宣言するようなことじゃないよ、と思わず突っ込みをいれずにはいられないけれど、今はそれどころじゃない。とりあえず上手くスタートアップ手順であるキーロック画面にまで辿り着いた先生は、今度はそこから先の六桁のキーロックが分からずに癇癪を起こし始めている。
(このままはスマホが壊れされかねない……)
 僕は仕方なく、キーロックの番号を教えることにした。癇癪を起こしてもしスマホを落とされでもしたら、それこそ元も子もない。
『ああもう……番号教えますから落ち着いてください』
「初めからそうしろ」
 そこまで言われるとなんだか教えたくなくなるのだけれど、ここでそんなことを言おうものならまた喚き出すに違いない。予想のついていた僕は番号を伝えると、たどたどしく番号をタップしてロックが解除された。そのまま、電話から番号を入力して瀬名川の自宅番号にかける。
 何度も続いたコール音の後、留守電に切り替わった。駄目か……そう思ったけれど、留守電の案内音声が途切れて生の声が電話越しに聞こえてきた。
『はい、瀬名川です』
「あー、悠里はいないだろうか?」
『はい? えーと、どちら様ですか?』
 戦国時代の人間に、電話の受け答えなど分かるはずもなく、色々と突っ込みどころがありすぎて見てられない。おまけに、僕らはまだしも、端から見ればこんな行動を取っているのは、僕としか見られていないというのが恥ずかしすぎて穴にでも入りたい気分だ。
「これはすまぬ。竹之内という者だが……」
『竹之内? あーあー、竹ノ内ヨシタカくんだ。久しぶりだね』
「うむ。それで悠里はいないだろうか」
『あー悠里ねぇ、今出かけちゃってるのよ。多分、帰るのは夕方くらいになると思うんだけど……急ぎの用?』
 急ぎかどうかと言われると、正直急ぎとは言わないけれど……どう答えたものかと考える間もなく、彼は矢継ぎ早に言った。
「いや、急ぎというほどでもないのだが、少し悠里に聞きたいことがあって電話した次第」
「した次第……? ふーん、まあいいか。じゃあ、あの子が帰ってきたら折り返すように言っておくね。ヨシタカくんの番号教えてくれない?」
「む……こちらの番号をか」
 教えようとはするも、こっちの番号など知るはずもない先生が答えられるわけがない。口ごもっていると、瀬名川の姉はよほど聡いようで、何か閃いた様子だった。
「あー……ははーん、そういうことかぁ」
「そういうこと、とは?」
 僕の疑問を代わりに答えた先生も、瀬名川姉の真意に気付けなかったらしい。なんというか、含みのあるニュアンスで、それは事の成り行きを楽しもうという、そんなニュアンスが含まれているように感じられた。
『ううん、なんでもないよ。分かった。それじゃ、あの子には君から連絡がきたということだけ伝えておくよ。後はよろしくね』
「むぅ……。あい判った」
『いや、あい判ったって』
 先生の言葉は現代ではまず使われるようなことがない言葉ばかりだから、普通の現代人が聞けば、思わずそう思ってしまうのが当然だろう。君おもしろいね、などとケタケタと電話越しに笑う瀬名川姉の様子に、先生も耳に当てていたスマホを遠ざけて、複雑な表情を浮かべた。
『ああ、ごめんごめん。ちょっと面白かっただけ。とにかく、悠里には君に折り返すよう言っておくよ。夕方以なら何時でも良いかな?』
「忝い。これから特に用事らしい用事はない」
『はーい。じゃあ、また後で連絡させますねー』
 軽快な口調で挨拶を終え、瀬名川姉は電話を切った。先生も今しがた終えた通話相手のことを思ってか、スマホを見下ろして何か考えている。
「……全く、かしましい娘よ」
 かしましいって……。いや、僕も嵐のような人だと思ったので、先生がそう思うのもわけないか。
『ともかく……』
「うむ。後は悠里からの電話を待っておれば良い訳だ」
 では帰るとしよう。そう告げて駅へと足を向けて歩き出した先生に、僕は言った。
『あ、すみません。今日は少し寄りたいところがあるんです』
「む、これからか」
 なんだか嫌そうだな。まぁこんな炎天下の中歩いてきたのだから、それも仕方ない。これからまたその中を歩かなくてはならないとなれば、誰だって嫌な顔の一つくらいしたって当然だろう。
『なるべく、涼しいところに行きますから』
 宥めるように、僕は説得して街に向かうよう言った。先生は、仕方ないの、と一言こぼして以降は文句一つ言うことなく、自宅とは反対方面の電車に乗り込み街の方へと向かった。改札では、ICカードをかざすだけの無人改札機をさりげなく通るのも随分と手馴れた様子で、その様は完全に現代を生きる学生そのものだ。
「うむ、相変わらず中は涼しいの」
『これで暑かったら、蒸し風呂ですよ』
「確かに」
 街に向かう車内で、先生は少しでも涼しさを求めて制服のシャツを、パタパタと仰いだ。意識が交代している時は体を主導している方に感覚があるので、僕自身が暑さを感じることはない。
 初め、おっかなびっくりの様子だった先生も、今ではすっかりこの冷房という文明の利器に慣れた様子で、むしろ暑いときは積極的にこの人口的な涼しさを求めるほどになっていた。少なくとも、先生が生きた時代はこれほどまでに暑さはなかったらしいから、初めて経験する蒸し焼きになるような暑さにそうそう慣れるはずもないだろう。
 そんな短いやり取りの後、僕らは黙り込んだ。視界に流れていく外の景色が気になるのか、先生はわざわざ首を曲げて外の流れる景色を見つめている。戦国時代にあるはずもない近代的な街並みをどんな風に思っているのか、こういう時は話しかけても反応がないので今はそっとしておくことにしていた。
 沈黙の続く僕らの目に見える、遠くに聳え立つ都心の摩天楼群は、薄くどんよりとした灰色の雲に覆われ始めていた。この様子では、向こうに着く頃に一雨くるかもしれない。なるべく早く用事は済ませよう、そう思って善貴はこれからの予定を一つに絞って行動することに決めた。




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