少年と武士と、気になるあの子。

B&B

交わらない交差点(三)


 僕はドギマギして目の前の女性の話に相槌を打っていた。
 しっかりと強調されたアイラインに、瞼には薄いアイシャドウ、それに見事に切り整えられたショートカットに赤い口紅が印象的な美人だ。瀬名川沙由里と名乗った彼女は、その苗字が示す通り、あの瀬名川悠里の実姉だった。
 高めのヒールに、さりげなく自らのラインを強調するローライズのデニムからは、内面から溢れる自信をさりげなく覗かせている。はにかんだ笑顔がどことなく妹に似ているのは、確かに二人が姉妹であることの証明であるように思われた。
「そっかそっか。君が竹之内くんねー」
「あ、あの、一応確認させてもらいますが、初対面、でしたよね?」
「うん、そう。知り合いから君のこと聞いてね、まさかこんなところで会うなんて思いもしなかったよ」
 半ば反射的に頷いたが、ん?、と口に出た。知り合いというのは誰だろう。瀬名川のお姉さんというくらいだから僕と彼女を繋ぐ共通の顔見知りといえば、妹である悠里くらいしかいないはずだ。それ以外に誰かいただろうかと本気で考えた。
「その子から君のことを聞いて、なんだか興味が沸いたんだけど……ふーん、思ってたよりも悪くないね」
「えと……」
「ああ、ごめんごめん。ちょっと不躾だったかな。何でも最近になって高校デビューした子がいるって、うちらの間じゃちょっとした有名人なんだよ、君」
「は、はあ……」
 高校デビューって……。それを笑い飛ばしたいところだけれども、あまりに身に覚えが在りすぎて笑えない。どう考えても、最近自分の中に住み着いた例の同居人のことだろう。端から見ればそう思われてもおかしくないのだ。一応、本当に一応だが記憶の混乱ということで済まされてはいるけれど、正直これもどこまで効力があるか知れたものじゃない。
「あっと、またも不躾だったね。とにかく、まぁ受験生にもなって高校デビューした竹之内ヨシタカくんとは一体どんな人なのか、ちょっと興味があったってわけ」
「あ、あの」
「うん?」
「僕はヨシタカではなくて、ヨシキです」
 手の平に漢字を書いて見せつつ貴族の貴と説明を付け加えると、そこでまた彼女は真顔になった次の瞬間、大きく笑った。
「そーなの? ごめんごめん皆がヨシタカって呼ぶもんだからさ、てっきりヨシタカくんだと思ってたよ。ヨシキか、ヨシキね、はいはい」
「はい、ヨシキです」
 真面目にそう答えると、またも彼女は大きく笑った。正直何がそんなに面白いのか分からない。この人の笑いの沸点はよほど低いのか……。ともかく笑いのツボが分からない彼女の様子に、善貴は平静を装いながらも内心は混乱気味だった。
(だけど……)
 ころころと笑う彼女を見ていると、とてもあの瀬名川と姉妹とは思えないほどに正反対だな、と善貴は思った。良く分からないところがあるけれど、悪い人ではなさそうだし、弾ける笑顔が眩しいとはよくぞ言ったものだけれど、このお姉さんを前にするとそれも頷ける。
「えっと……」
「あ、ごめん。これから用事?」
「はい。先のファーストフード店で友達が待ってるんです」
「そっか。ごめんね、呼び止めちゃって」
 まだ薄く笑いの余韻を残した沙由里の顔に浮かんだ表情は、なんだか凄く優しいものに思われた。彼女も彼女でこれから用事があるようなので、お互い挨拶をしてその場で別れることにした善貴は、祐二たちの待つファーストフード店に向かう。
 交差点に差し掛かったとき、歩行者用の青信号がパカパカと点滅し始めて、善貴は小走りに道路を渡りきる。その時、頭の中で声が響く。
『良く笑う女子おなごよの』
「ああ、瀬名川のお姉さんですか」
『うむ。容姿はまずまずだが、おぼこい』
 おぼこいって……。いや、相手は武士の時代を生きていた人なのだから、そんな人間から見れば、極端な争いのなくなった現代を生きる若者の大半はそう見えてもおかしくない。第一、僕の両親の年齢を聞いたときも、えらく驚いていたようだし。何でも二〇代後半そこそこにしか思えなかったらしく、やはり現代人は若く見えてしまうようだった。
「先生の頃はどうだったんですか」
『今の時代は元服が二〇のようだが、わしらの時代は一三だ。一巡りしてしまえば、いっぱしの大人というわけだ』
「一巡りっていうのは十二支のことですか?」
『うむ。一年を一二回、それぞれの干支を巡って様々なことを身につけ、人として一通りやれるようになるのが大体それくらいの年頃だからだろう。今時の娘っ子は二〇余歳で嫁入りするようだが、これが乱世では行き遅れも良いところぞ』
「行き遅れ……それじゃ、嫁入りは二〇前にするのが普通だったんでしょうか」
『そうだ。十六、七にもなればそろそろ初子ができても良い頃合。二〇で子もおらん、嫁入りもできん娘をただ歳だけ取ったおぼこ娘を年増と呼ぶ』
 なるほど。江戸時代には二〇歳ともなると年増と呼んだそうだが、そういう意味合いがあったのか。善貴は頷きながらいう。
『今時の民たちの暮らしぶりを見ておると、だいぶ変わったの。わしらの時代は集落で寄り添いながら生きるのが当然、そうでもしなければ生き永らえることができなかった。だから、家族単位、集落単位で他の集落に嫁入りさせるのは、口減らしと少しでも自分たちに実入りを良くするための手段でもあった』
「というと?」
『例えばヨシタカよ、お前の実入りが少ないとする。娘がいて、その娘に求婚する婿がいるとしよう。その婿がもし実入りの良い身分、つまり大地主だったり名家の大名などであったらどうする』
 その問いに、善貴は歩み進める足を遅めて考える。もし自分が収入が少なくて食べるのに困ってる親だとしたら……。
「娘を少しでも良いところにやって、少しでも良い暮らしをさせたい、かな」
『うむ、まあ人情であればそうだろう。それなりに身分のある者同士の結婚なればそれで良い。だが、それすらも選べない下々の民はといえば違うぞ。むしろ自分たちが生きるので精一杯だ。そこで娘を良いところに出して、嫁に出した家から引き出物を貰って少しでも生活を良くすることが目的なのだ。
 考えてみろ。娘を嫁に出せば、まず一人分の口が減る。同等の食糧しかないのであれば、単純に一人でも少ないほうが一人当たりの食糧は多くなるだろう。さらに引き出物で、食糧や財が入れば少しでも生き永らえることが可能になるのだ。
 だからこそ、親は少しでも娘を良く見せようと着飾らせたものよ。女子は歳一五にもなれば子を産める。するとその子の祖父祖母として、他家との繋がりも強く持てるようになる。さすれば、嫁入りさせた婿からも多少の援助も期待できるというもの。
 だが、嫁入りもせずただ歳だけとった女子はどうだ。今はどうか知らんが、嫁の一番の仕事は子を成し、産めることをしない娘には何の価値もない。だから、ただ歳を重ねるだけの厄介者を隠喩して年増と呼んだ』
 なるほど、と善貴は納得した。納得せざるをえなかった。今ならフェミニストがああだこうだと高々に言うのだろうが、時代が違えば考えも違うのは当然だ。何より、皆生きるために全力で、それが少しでも生きながらえることができる手段ならば、使えるものは全て使うという考え。
 医療も発達していない時代に、少しでも生きながらえるために今なら非道ともいえることをやってのけた時代。そうでもしなければ、そもそも次の世代を産み残すことすら叶わなかった時代に、現代の考えが通用するはずがない。
 男は働きつつも、家族を、果ては子孫を残すために、少しでも実入りを良くする為に一縷の望みを賭けて戦場へ、女は野盗などの蛮民から襲われるかもしれない恐怖に耐える……そんな残酷非道なことが日常的に、どこかで行われていた時代の人間に、それは間違っているだとか理想を叩きつけるだけの権利が自分に、今の自分たちにあるはずがない。
 今の時代、そうした時代時代の事情を鑑みることなくただ昔が間違っていたなんていう人がいるが、それは違う、と先生の話を聞くと思う。その時代にはその時代で最善を尽くした結果が生き残ってきた人類の歴史なのだろう。今ある価値観とて、そうした時代なくしてあり得ないものだろうから。善貴は強くそう思った。
「……あ、だけど先生、今の時代、女性を前に年増なんて絶対言ったら駄目ですからね。もし年増なんて言おうものなら怒られちゃいますよ」
『む……』
 僕がそういうと何故か押し黙った。どうしたのかと思ったけれど、店内に入ったところでそろそろ待ちくたびれたらしい祐二と内海の二人が、善貴の荷物を持って出ようとするところに鉢合わせる。
「あーよしき氏、ようやく来た。充電どうだったん?」
「三〇分だけ。またここまで戻るのも面倒だったからショップで待ってた」
「そっか。これからどうする? 祐二とゲーセンにでも行こうかって話してたんだけど」
「……結局勉強はしないんだね。まあいっか。僕も行くよ」
 言うが早いか二人は最寄の地下鉄に向かって歩き出し、善貴も荷物を受け取ってそれに続いた。たった今わたってきた交差点を横切って地下鉄への階段を降りるとき、道を挟んだ反対側にある階段を、見知った女の子が上がってくるのを善貴は気付くことはなかった。




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