少年と武士と、気になるあの子。

B&B

交わらない交差点(二)


 駅ビルと周辺のビルの間から望める、思わず息を飲んでしまうほど見事なまでの巨大な入道雲と、それをさんさんと照らす灼熱の日差しが真夏の様相を醸し出していた。ビルの窓に反射した日差しが道路に反射し、歩く僕の肌を容赦なく反射焼けにしてくる。
 時刻は真昼時を過ぎてすでに一時間、午後の一時に差し掛かっていた。家を出た時、玄関の温度計は摂氏三五℃に達しているのを見逃さなかったので、この街中はさらに気温は高いと見るべきだろう。マグマの吹き出る火山口近くだとこんな感じなのだろうか、とくだらないことをぼんやり思いながらファーストフード店へと向かうところだった。
 目的のファーストフード店にやってくると、待ち合わせていた祐二と内海が早くも店内の一角を占拠してノートや参考書を開いて善貴を待っていた。
「遅いよ、よしき氏」
「いや、時間ぴったりのはずだけど」
 取り出したスマホに表示される時刻を確認して祐二に見せると、そりゃごめん、と悪びれた様子もなく祐二は謝罪した。内海はよほどお腹を空かせていたのか、トレーに何枚ものバーガーが入っていたはずの包み紙を広げていた。そこに、僕と祐二のやり取りを眺めながら食べていたものの、その包みをそれらの上に重ねる。
「遅いから先に食べちゃったよ竹之内くん」
「いや、それは良いけど。じゃあ僕も買ってくるよ」
「アイアイサー」
 祐二と内海はそういって座ったまま敬礼の姿を取ると善貴を見送った。二人の傍を離れてレジカウンターで照り焼きバーガーのセットを注文すると、受け取り口で注文の品が出てくるのを待つ間、スマホをいじってやり過ごす。
 盛りを過ぎた時刻ということもあって、厨房の方もほとんど込み合っていない様子で、さほど時間もかからず照り焼きバーガーセットが出される。僕はそれを受け取って、二人の待つテーブルに戻った。二人とも勉強の用意こそすれど、実態は毛の露ほども勉強する気配がない。
「二人とも少しは勉強しないと駄目だよ」
「まぁまぁ。勉強は口実だから」
「……またか。まぁ、そうだろうとは思ったよ」
 やっぱりね、と呆れを通り過ぎて、もはや何も思わなくなっていた善貴は祐二の隣の椅子に座って、テーブルの余ったスペースにトレーを置いた。出来立てのバーガーの匂いが鼻腔をくすぐる。
 朝食もそこそこに、昼食はまだという善貴にとって、この匂いはあまりに芳しく思えてならないもので、早速包みをはがして顔を見せた照り焼きバーガーにかぶりつく。
「あー、勉強面倒だなぁ」
「だよね。だけどたまには勉強しとかないと休み明けの実力テストやばいよ」
 まともに勉強すらしていない祐二が早速愚痴をこぼした。それに乗っかった内海は、同意しつつも現実を祐二にたたきつける。僕も照り焼きバーガーを頬張りながら頷いた。休み明けの実力テストほど憂鬱になるものはないけれど、受験生だとそれも仕方のないことだから、一点でも多く点数を取れるよう頑張らなくてはならなかった。
 中の中程度の成績である善貴は、無難ではあるが、それだと志望校の学部に挑戦するだけ無駄にならないとも言い切れない。もっとも、まだまともに志望校すら決まっていないのが実情ではあったが。
「二人とも卒業後はどうするつもり?」
 受験に向けて勉強しなくては、言いだしっぺの内海は自ら話の流れを切って善貴たちに質問した。その前に受験だろ……と突っ込もうとするよりも早く、祐二が食いついた。
「もちろん進学希望」
「僕も。内海もだろ?」
 当然、そう思って投げ返した質問に、予想外にも内海は首を振った。
「実はさ、京都の料亭に入ろうと思ってるんだよね」
「え? 就職?」
「うん。元々家を継ぐつもりでいるんだけど、その前に家じゃなくてもっときちんとした所で修行してこいって親父が言うからさ」
 予想外の答えに僕も祐二も驚いた。内海は僕と祐二よりは少し成績が良く、中の上程度はあるのでそれなりの大学には行くだろうとずっと思っていた。なので、てっきり進学だろうと思っていた所に、まさかの就職組ということに驚きを禁じざるを得なかった。
「実家って何やってるの?」
「板前」
 簡潔に答えた内海に、僕と祐二は思わず納得して頷いていた。確かに、あの世界の料理人になろうというのなら、きちんとした修行が必要だろう。職人気質の大筆頭とも言うべき板前の世界に飛び込もうというのなら、生半可では勤まらないだろうことくらいはこの業界に詳しくない善貴でもすぐに理解できる。
「本当はさ、中学卒業と同時に入る予定だったんだけど、お母さんが高校くらいは出とけって煩いからさ。いくら料理人の世界でも、それくらいは出とかないと駄目なところもあるみたいだから」
 それも大いに納得だ。これが何十年と前なら、少しでも早くに修行を始めるべきだという主張もあったろうが、今はそれだけでも駄目だということだ。最低でも高校卒業以上の人が世のほとんどを占めている以上、やはりそこに合わせておくのも必要だろう。
「……そっかぁ。うつみっちは将来、料理の鉄人になるんだねぇ。もしそうなった時は友情料金でお願い」
「ネタのオマケくらいしかできないって」
「それで良いよ」
「竹之内くんまでー」
 そんな冗談を交わしているうちに、立ちどころに時間は経っていった。気付けば善貴が入店してもう三時間以上も経過していた。始めこそ善貴も真面目に勉強をするつもりで参考書を広げていたのに、話題から話題へ、そのうちにゲームの話題へと移る頃には三人でスマホ片手にモンスタで遊んでしまっていた。
 むしろこの三時間のうち半分はスマホでゲームをしている時間で、勉強会を口実にした遊びと化していたことは否めない。それに気付いた頃には、そろそろスマホの充電が必要になっていた。昨晩は充電を忘れて寝てしまったため、初めから残量も少なめだった。
「あ、充電切れそう。USBケーブル持ってない?」
「ごめん。今日持ってきてないや」
「おれもー」
 どうやら、三人が三人とも充電充ケーブルを持ってないらしいことに頭を悩ませた善貴は、仕方なく近くの携帯ショップへ行っ、て少しの間充電させてもらうことにした。もう残量が一〇%を切ってしまいそうになっている以上、充電が完全に切れないという保障はない。
 そう二人に告げて外に出ると、ムワッと不快な空気に気をやられてしまいそうだった。残量を気にしながらお天気アプリを起動してみると、現在地の気温は三七度と表示されている。
 善貴はその数字を目の当たりにして憂鬱になりながら、重たい足取りで駅の反対にある携帯のオフィシャルショップへと向かった。通行人の誰もが服の襟元をつまんで仰ぎ、ある人は扇子を使って仰いで少しでも暑さを和らげようと必死だ。
 こんなに暑いのでは気休めにもならないことを悟った僕は、気合を入れて目指した携帯ショップに入り、スタッフに来店の主旨を伝えると、快く対応してくれた。また、持ち主である僕の名前を記入して、少しの間、店内で休ませてもらうことにした。
(ああ、ここは天国だ)
 三七度を超える外とは比べ物にならない快適な温度に設定された店内は、灼熱地獄を歩いてきた僕にとってそう思えるに相応しい。
 温暖化だなんだと言われて久しいけれど、この灼熱地獄を前にしたら、涼しいこの空間にずっと浸っていたいと思うのは人として、いや生物として当然だろう。いくら温暖化が人間のせいだとしても、この暑い中エアコンがなければ今度は熱にやられて死んでしまう。
 柄にもないことを考えていると、対応してくれた店員とは別の店員が、来店していた別の客の名を読み上げ、その名を聞いた僕は思わずハッとさせられる。
「瀬名川様」
「はーい」
 瀬名川と呼ばれて、僕は自分が呼ばれてもいないのに思わず顔を上げてしまった。そんな僕の横を一人の女性が通り過ぎる。カウンターに案内された女性を、僕は不躾ながらジッと見つめる。
『なんだ、気に入ったのか』
「え!? いや、違う、違いますよ!」
 突然頭に響く声。心臓が飛び跳ねるくらいに驚いた僕は、人目も憚らずに素っ頓狂な声で慌てふためいてしまった。店内の誰もがこちらに注目するのを感じて、視線から逃れるように顔を伏せた。
「何なんですか、突然」
 僕一人が聞こえるのがやっとの大きさの声でそういうと、頭の中でその声が言った。
『いや何、あの女子のことを凝視しておるから、気に入ったのかと思ってな』
「ち、違いますよ」
『ふむ、そうか。わしはてっきり悠里のことだと思って凝視しておるのかと思ったぞ』
「ばっ……何いってるんですか! それこそ違いますよ!」
 またも大声になってしまって店内からの視線が痛い。視線を合わしたくない僕は、顔を伏せたまま足元を見ていた。というか、そうするしかなかったのだけれど……。
『だがあの娘が気になった。それは間違いないわけだな』
 瀬名川という姓に反応したろう、という彼の言い分に善貴はぐうの音も出ない。こうなってはどう言い訳しようが、先の展開は同じだと思った善貴は話題を変えることにした。
「それより、朝どうしたんですか? なんか、突然入れ替わったみたいなんですけど」
 すると、珍しく考えあぐねているのか沈黙があった。頭の中で沈黙というのも可笑しな話だけれど、この奇妙な会話において本当のことなのだからそう表現する以外になく、その間、重々しい空気が立ち込めていたように感じられた。
『……昔の夢を見た。それだけの話よ』
「夢?」
『うぬには関係ない話ぞ。わしもよく覚えとらんのだ。そしたら突然意識が変わりおった』
 なんだか歯切れが良くないな……。そう直感した善貴は思ったことを口にしようとして躊躇った。好奇心はあったが、これ以上の会話は不毛であるようにも思われたからであった。
 気にはなるが、本人がそういうのならこれ以上は下手に詮索しないほうが良いだろう。そう思って他に話題を変えようとした時だ。
「竹之内様」
 不意に名を呼ばれて返事をした。渡しておいたスマホの充電が終わったのだ。三〇分と決めて伝えてあるから、その時間がやってきたというわけだ。スマホを受け取り、スタートボタンを押して充電がそれなりになっていることを確認すると、お礼を伝えて店を出る。二重扉の店内を出て灼熱の外に出たところで、聞きなれない声に呼び止められた。
「待って。君、ヨシタカくんでしょ? 竹之内ヨシタカ」
 聞きなれない声に間違った呼び方。背丈恰好の似た誰かに間違ってないかと振り向くと、案の定そこには見たことのない女性が立っていた。
「あの……?」
「あー、ごめんね。私、瀬名川沙由里。いつも妹がお世話になってます」
 妹? 瀬名川沙由里? 初めて会った女性はそう名乗った。がっちりとメイクを決めた顔に、薄く茶色に染まったボブカットの髪は、利発そうな印象の彼女に良く似合っている。
 すっと会釈した彼女が覗かせる笑顔は、どことなくあのつっけんどんの妹の面影があるような気がした。




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