少年と武士と、気になるあの子。

B&B

二人をつなぐ距離(六)


 ここのところ疲れていた意識を休ませていた俺が目を覚ますと、ヨシタカの目を通じて映る景色が普段とは違うのに気がついた。ヨシタカの見つめる先にはクラスメイトの女子で、名は確かセナガワユーリが藍色の座席に腰かけている。
 女友達からはセナだとか呼ばれていたんではなかったろうか。この時代の日の本の女子たちの流行は良く分からないが、よくよく観察してみるとこの女子の容姿は、同じ年頃の女子たちの中でも派手な印象だ。
 ともすれば遊郭にでもいそうな雰囲気のユーリは、遊女たちが男達を誘うような姿恰好でヨシタカを手招く。もっとも、仕草も格好も、遊女のように洗練されたものとは甚だかけ離れてはいるが。
「そんなとこ突っ立ってないで座んなよ」
「あ、うん」
 ユーリの誘いにヨシタカは、戸惑ったようにやや上ずった声色で、あえて彼女の荷物を挟んだ隣に座り距離を置いた。
「買い物行ってたんだ」
「うん。ちょっと息抜きにね」
 ヨシタカの持っている荷物を一瞥したユーリは、こちらを見据えることなくそう言った。ヨシタカはヨシタカで、その返事は素っ気ない。
「そっか。何買ったの?」
「Tシャツだけだよ。最近運動してるから替えが多めに必要なんだ」
「ふーん。そういえば、前お家に行った時も庭で運動してたんだっけ?」
「あー、そんなこともあったね」
 この会話は、この女子が訪ねてきた時のことだろう。ようやく稽古を始めて形が様になってきた頃だ。もっとも、あの時はまだまだ形だけで中身が伴ってはいなかったが。
「竹之内、部活入ってたっけ?」
「いや、帰宅部」
「なのに練習してたの?」
「別に部活に入ってなくても運動くらいする人はいるでしょ」
「まあそーだけど」
 途切れる会話。あの時もそうだったが、この二人のやり取りはぎこちなく、互いに距離感を探り合っている感じだ。もう少し突っ込んだ話をすれば良いのに、とは思うが今二人の間に入ることができないので、仕方なくやり取りを眺めることしかできない。
「だけど、なんで突然運動する気になったの? 今までやってなかったんだよね?」
「まー、色々と思うところがありまして」
「ふーん……まあいいけどさ」
 ヨシタカの受け答えが面白くないのか、ユーリはつまらなさそうに返した。それからは会話らしい会話は皆無のまま、いくつかの駅を通り過ぎていき、ようやく会話が始まったかと思えば、お互い乗り換えの駅に着いたので電車を降りるためだった。
「それじゃあ」
「うん。また明日学校で」
「ああ。瀬名川も気をつけて」
 電車を降りた二人は、お互いの向かう方面の電車に乗り換えるため、階段を登ったところで別れた。ヨシタカもユーリも素っ気無い会話やり取りの後に、振り返ることなくホームへ降りていく。ホームへ降りたヨシタカが一人になったところで、俺はヨシタカに呼びかけた。
『なんだあの会話は』
 突然呼びかけたためか、ヨシタカは滑稽なほどに体をビクつかせた。よほど驚いたのか、心の臓がどくどくと強く脈打っている。
「驚かせないで下さいよ、突然……起きたんですか?」
『うむ。先ほどな』
「先ほどって、どこからです?」
『お前とあの女子が会ったあたりからかの』
「……起きたのなら一声かけて下さいよ」
『呼んでも良かったのだが、それだとまたどうこう五月蝿かったろう、なんでな』
 図星を差されたヨシタカは、ぐうの音も出なかったのか押し黙る。こいつは始めからきちんと説明し結論付けておくと、多少のことは納得する性格らしい。外面からは分かりにくいが、内を知ると中々に分かりやすい性格で、可愛いものだ。
 このくらい年頃の男児に可愛いとは禁句だろうが、そう思ってしまうのは自分が竹之内善貴という人間に馴染んでしまったためだろうか。
『それよりもだ、ヨシタカよ。あのユーリとかいったか? あの女子との会話だがお互いもっと会話らしい会話をできんのか』
「いや、何のことですか」
『素っ気無いといっとるのだ。女子と二人、男ならもっと積極的に行け』
 見てるこっちが焦らされてるみたいだと付け加える。ヨシタカはしどろもどろで女子との関係を否定する。
「いや、瀬名川とは何もありませんよ。そもそも僕は彼女と何の関係もないんですから」
『だが”くらすめいと”なのだろう。何の関係もないとはいささか語弊があるぞ』
「別にただのクラスメイトってだけですよ」
『だがわしの目から見ると、あの女子、お前に少なからず興味をもっとるんではないか』
「そんなのは先生の勝手な想像です」
 ヨシタカは、いつからか俺のことを先生と呼ぶようになっていた。これまで弟子らしい弟子など持ったことのない身だが、なぜかそう呼ばれるようになった。この世界で存在する自分はヨシタカの体にいる以上、ヨシタカである以外になく、名を教える必要もないと判断した。よってヨシタカには好きに呼ばせることにしたのだ。
 先生など、農民たちからそう呼ばれて以来、しばしばそう呼ぶ者もいたが、初めてそう呼ばれた時はなんとなくくすぐったいものだと思ったものだった。あのような乱世では、農民たちも大きな戦力と捉える武将は少なくなく、自分たちのような武士たちが彼らに戦略や武の心得を教える機会も多かった。
 そのためか、いつ頃かから先生と呼ばれるようにもなって久しいが、まさかこんな時代にもそう呼ばれることになろうとは思いもしなかった。ヨシタカの担任教師はもちろん、すべからく教師は先生と呼ばれるのがこの時代の常であるらしい。
『まあ良い。お前がそこまで言うのならわしもこれ以上は言うまい。今はな』
 含みあるニュアンスで笑う自分に、ヨシタカはまた何か言いたそうだったがそれを飲み込んで何も言いはしなかった。
「全く……男女と見るとすぐにそういう発想になるのは止めてください」
『そう言うな。ほれ、あそこを見てみろ』
 俺は反対のホームを見るようヨシタカに促した。ヨシタカもそちらに目を向けて、はた、と何か言いたそうにしていたこやつの動きがとまる。見知った女子の姿を見つけて固まった。
「瀬名川……」
 向こうも降りたホームから、こちらを見つめていた。じっと見つめる彼女は、やや躊躇いがちに小さく手を振った。対するヨシタカはどうしようかと考えていたので、俺は勝手に頭を大きく頷かせた。
「え? ちょ、ちょっと……」
『馬鹿もん。女子がこっちに手を振っているのに、何も応じない方がおかしいというものだろう』
「だからって人の体を勝手に……」
『何を言う。お前の体だからだろうが』
 俺は面白い玩具を見つけたみたいに、くつくつと笑った。ようやくホームに入ってきた電車に乗りこんだヨシタカは、自然と車内をユーリに近い方へと移動していく。明るい車内からは薄暗い反対のホームを見通すのには見辛くあったが、それでもあの女子の姿を見つけることができた。
 はにかむようにユーリはこちらに向かってもう一度控えめに手を振ると、入ってきた反対行きの電車に乗り込んだ。向こうもヨシタカの立つ場所が良く分かる場所に移動し、再び互いがはっきりと目視できる距離になった。
 窓と窓に隔てた距離に、互いの表情が良く見える。互いが何を言うでもなく、また何をするでもなく、じっと見つめたままだった。
 車内に出発を告げるアナウンスが流れると共に、扉が閉まって動き出した。向こうも同様に動き出し、二人の交わす視線は急速に離れていき、一呼吸の間もなく互いに姿が見えなくなった。
 つい今しがた、あれほど浮き足立っていたヨシタカは気づけば落ち着き払ったように鎮まっていた。何を考えているのか分からないが、じっと反対に流れていった電車の方を見つめたままだった。




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