少年と武士と、気になるあの子。
僕の中の奇妙な同居人(二)
揺れる電車の中、僕は一人出入り口近くの手すりを抱え込むように掴まり、何度目か分からないため息をついた。徐々にスピードを緩め始めた電車は、次の停車駅を告げるアナウンスが遅いか早いか、ホームに入り半ば急停車するように停まった。
一番乗り、というのも変だけれど真っ先に電車を降りた僕は、足早にホームを駆けるように改札を抜ける。足早過ぎたのか、少し動悸が激しい。
いいや、それだけではないだろう。むしろ、そんなことよりもさっきの事の方がよほど原因と言っても良い。
”僕”が勝手をして、あの瀬名川に声をかけた――これが他愛もない相手、例えば祐二や内海なら問題はない。けれど、相手はあの瀬名川だ。それも、こともあろうに瀬名川のグループはもちろん、他のクラスメイトたちもまだいる中で話しかけに行くなど、怖いもの知らずもいいとこだ。
学校というのは大抵の場合、クラス内はもちろん、ある種の棲み分けがされているものだが、”彼”にはそんな常識はないらしい。中には、他のグループから強引に中へ分け入ろうとする奴は、反動からなのか排除されかねないのに。
瀬名川や金森由美も苦手な部類だし、そこに付け入ろうと群がる男子連中も同様だ。それでもいくらかは前の合宿で思いの外話やすい者もいるので、これまでがなんとなくイメージで”好き嫌い”していた感が否めないわけでもなかったけれど。
だとしても、やはり苦手な連中というのは存在するわけだ。それがあの瀬名川たちのグループで、どうしようもなくアウェーに感じていた僕にとって、半ば死刑宣告でもされたような気分だった。
「だってのに……」
思わず口に出てしまっていた。それに辟易して、さらにもう一度大きくため息。整理しようとしたのだけれど、どうも整理しきれないことが多くて、頭が回らないのだ。
あの日、合宿所の裏山で起きた地震以来、ずっと僕はこの体の中に閉じ込められてきた。多分”僕”がおかしいことくらいは、家いつも僕と接してきた友人たちや家族なら、異変にすぐ気付いたはずだ。
それでもきっと皆、事故の後遺症か何かで良くないことが起きた可哀相な人……そんな感じにくらいしか思っていないような気がする。しかし、それ以外の者はどうかといえば違う。
そもそも僕の意思と別に、体が勝手に動いただけでなく、全く別人の如く振舞ったなどと吹聴したところで、一体誰が信じるだろう。むしろ事故をきっかけに、厨二病でも発症した人くらいにしか思われないのではないか。
けれど、僕はずっとこの”僕”の中で閉じ込められていただけで、確実に自分は存在していたのだ。なのにたった一日、”彼”のやらかした厄介ごとの数々……、それのどれ一つとっても僕には目も当てられないことばかりで、ここに来てその尻拭いをさせられるように突然意識が元に戻ってしまった。
なぜ突然、今になって自分の意識が元に戻ったのだろう。それも気になった。あれだけ自分の思い通りにならなかったのに、なぜあんな場面で突然戻ったのか。何か理由がありそうな気がした。
けれど、一先ずは元に戻れたことを神にでも仏にでも感謝しよう。一生体の中に閉じ込められたまま、”僕”のやることを見ていなきゃならない人生なんて嫌過ぎる。むしろ、あんなことはもう明日にでも忘れ去りたいくらいだ。
僕はまたも小さなため息を一息ついて、しゃんと立ち直った。いつまでも気にしていたって仕方ない。明日から……いいや、この後家に帰ってからだって今までのような普通の生活を取り戻すのだ。親にとっても僕にとっても、これまでの日常に戻るのだ。
そう前向きに考えると、なんだか気分が軽くなったような気になってくる。そういえば、もう何日もやってなかったスマホのアプリゲームもやってやろう。ずっとしてなかったネットゲームにも久しぶりにログインしよう。多分、まだ何人かは知り合いがプレイしてるに違いない。
後は……駄目だ思いつかない。それでも、これまで些細にも思わなかったこれらが、こんなにも胸躍らせてくれるようなものだなんて思ったことはない。
とにかく、限りない自由を得た。このことがいかに素晴らしいことであるかを認識して、僕は気分良く家路に着いた。
その日、久しぶりに得た自由を満喫して羽を伸ばしすぎてしまったのか、帰宅後はスマホのアプリゲームにネットゲームにと、勉強もそこそこにゲーム三昧で遊びほうけていた。
普段なら〇時前に就寝するのだけれど、気付けば日付も変わって一時になろうという時刻になっていた。さすがにこれではまずいと就寝したが翌朝は、やけに体がだるくて危うく寝坊してしまいそうだった。
普段は六時半に起きるところを、七時半を過ぎてもまだ起きてこない僕を、母が起こしに来てしまったほどだ。
「あんた、ちょっと夜更かししすぎよ? 昨日三時ごろまで起きてたでしょう? 勉強ならまだしも……たとえ勉強だからって、そんな時間まで起きてるのは駄目よ」
そう母に言われて、はて?、と僕はなんのことか分からなかった。
昨晩は確かに、いつもよりも長く起きてしまっていたのは事実だけれど、さすがに三時まで起きていたなんてことはない。自慢じゃないが、いつもやってるネットゲームでもそんな時間までプレイしてられる自信はない。
一度だけ、ゲーム内イベントのために三時ごろまで起きようとしたことがあったけれど、それも結局二時前に睡魔が襲ってきて、パソコンの前で寝落ちしかけていたほどだ。
つまるところ、一時だって僕にとってはかなりの危険な時間帯なのに、三時までなんて考えられるはずもなく、またあり得ない話だった。
「俺、昨日一時には寝てたけど……」
「嘘おっしゃい。三時過ぎにシャワー浴びてたじゃないの」
母は辛辣にそういった。流石にそこまで言うということは本当なのかもしれない。けれど、当の本人にはその記憶がない。夜中の三時にシャワーを浴びるなんて、それこそ寝苦しくてそうしたのだろうか。
しかしそうではない。気温は夏に向けて日に日に上昇していっているけれど、まだ夜の暑さに寝苦しく思うほどはなかった。つまり、三時にシャワー浴びなくてはならない理由がないのだ。
けれど少しばかり思い当たる節がないわけでもなかった。そんな遅くまで起きていたなら、この体の気だるい理由も頷ける。僕は深夜三時に、何か変な運動でもして汗が出たのでシャワーを浴びたわけだけど、そんなことをする理由はなにかと食事をしながら考える。
(いや、まさかな)
一応”健全な”男子高校生だから、人並みには性欲もある。綺麗な子や祐二風に言えば、二次元嫁というのを頭の中であれやこれやと、”おかず”にしないこともない。確かに、あれをした後ならいくらかのけだるさも理解できる。
僕は小言をいう母を適当に受け流して、一言謝るとそれ以上はもう何も言わせる気はなく、急いで朝食をかきこんだ。家を出る前に一度確認しておきたいことができたからだった。
多分、あれをしたんなら部屋にそれらしい痕跡の一つや二つが残っている可能性がある。まずゴミ箱。一番確率が高い。なければ、布団や寝巻きに染みがないかも確かめなくてはならない。
後、こっそりと人前ではできないこともあるから、それもついで調べておく。いくら親の前だからといって、股間をいきなり調べることなんてできるはずもない。
というわけで食事を終えた僕は、自室でそれらしいものがないかを調べたけれど、結局その確たる証拠を掴むことはできなかった。当然といえば当然だけども、とにかくこれで可能性は一つ消えた。ある意味、この可能性に賭けたかったのだけど、現実はこちらの思惑通りにはならないのが常だ。
(まさか、ね)
そのまさかとは思うが、”僕”がまた勝手に動いたという可能性はないだろうか。もしそうだとしたら、寝る間も惜しんで何をしていたのか、その理由は……?
全く理由が思いつかなかった僕は、またも朝一番のため息をついて家を出たのだった。そもかく今日こそ、今日からが僕の復帰登校の第一日目だ。そう強く望んで……。
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