少年と武士と、気になるあの子。

B&B

僕の中の奇妙な同居人(一)


 僕はどきどきしながら”僕”の様子を見守っていた。見守るといえば言葉は良いけれど、実際にはそうするする他、選択肢がなかっただけなのだけど……。
 この二日ほどの間、”彼”を見続けているうちに分かったことがあった。どうやら”彼”はどういうわけか、自分が時代錯誤も良いところの、中世の武士か何かであると勘違いしている節があるようだったのである。
 理由は分からないけれど、とにかく言動や行動がそれらしいものであるのは間違いなかった。確証があるわけでもないのだけれど、そうとしか言いようがないほどに”彼”の知識は、現代のそれとは思えないほどの知識レベルであるように思われたのである。
 そんな”彼”が突然、何の予備知識もなく現代の学校へ行く。それも自分と認識されているらしいその体で……。これがどれほどに怖ろしいものであるか、他の人間には想像もつかないだろう。
 大した予備知識もない人間が、突然別の世界に放り出されたような感覚に近いかもしれない。けれど、外見だけは竹之内善貴という人間をまとっているわけだから、周囲は自分として扱うわけで、その温度差たるや、それを怖ろしく思わないはずがない。
 これまでに僕という人間が築き上げてきた物全てを、なかったことにしてしまうような振る舞い。そのくせ、手は出せないのに僕の持つ意識だけは残っているのが余計にたちが悪い。意識が残ったまま、ただ”彼”のやること成すことを見続けなくてはならないのだ。
 どれだけ違うといっても、”彼”は言うことを聞かない。”彼”をコントロールできないことのもどかしさを、誰にどう訴えれば良いのか。このもどかしさ理不尽さを理解してくれる人間が、果たしているだろうか。
 そして、その訴える手段すら今の僕には無いのだ。それが僕にはあまりにも恥ずかしく、同時に怖ろしくて仕方ないわけだ。
 だというのに”彼”はそんな僕の気持ちなどお構いなしに、とんとん拍子で学校行きを決めた。僕は半ば絶望感を味わいながら、その先にある言い拭えない不安と、嫌な予感を同時に味わうことになった。
 ”彼”が寝ると、自動的に僕の意識もシャットアウトされるようだけど、僕の目覚めは必ずしも”彼”の目覚めと共に起こるわけではないことも分かった。不公平に感じて仕方ないのだけれど、訴える手段がない今、それを嘆いても意味がなかった。
 そんな矛盾を感じつつ僕の意識が目覚めたのは、学校についた”彼”が下駄箱を前に、何かを模索しているところだった。下駄箱を虱潰しに探している様子から、”彼”が上履きを探しているんじゃないかと思い至るまでに、そう時間はかからなかった。
 一般常識を知らない”彼”が上履きを探せるとは到底思えず、それは難航するかと思われた。事実、”彼”の様子を遠巻きに見ている同級、下級生達の視線が見事に突き刺さりまくっていた。
 そんな時、祐二がやってきたおかげで”彼”も事なきを得たわけだけれど、その間にも”彼”は何かと話しかけてくる祐二を半ば無視するように、最低限の会話だけで祐二との間もぎくしゃくとしてしまった。その都度、祐二は”僕”が記憶に混乱があるから、と言い訳のように呟いていたけれど……。
 その後も、内海や他のクラスメイトたちとの会話にも、微妙な反応を繰り返していた”彼”は、やはりというべきか、労ってくれた教師陣に対しても微妙なやり取りを繰り返していた。
 よほど授業の内容がつまらなかったのか、はたまた理解できなかったのか分からないけれど、途中で何度も居眠りしては注意されたのには、本当に勘弁してほしかった。
 いくら僕という他人の体だからって、やって良いことと悪いことがある。特別成績が良いわけではなかったけれど、それでもきちんと授業を真面目に受けてきた僕にとって、居眠りをするなんていうのは言語道断、許せるような振る舞いではなかったのだ。
 居眠りを何度も繰り返す”彼”に、ある先生はついに怒って、注意しようと丸めた教科書で”僕”の頭を叩こうとした。するとどうだ。今まで狸寝入りしてたんではないかと思えるくらいに、”彼”は瞬時に飛び起き、先生の丸めた教科書を避わしただけでなく、その手を止めたのである。
 その様子を中から見ていた僕にとっても、到底人間業とは思えない凄いものだと感心したのは間違いないけれど、そのあまりの凄さに、先生もクラスメイトたちもぽかんとしてしまっていた。
 その後は、どうにも寝不足でな、などと言い訳して事なきを得たのだけど、ただただ恥ずかしいだけで、いい加減その言葉遣いもやめて欲しいと本気で願った。
 当然ながら、その後も”彼”の珍妙な行動と言動は続いた。
 午後の体育では、苦手なサッカーでサッカー部のレギュラー陣顔負けの、ドリブルと突き刺さるようなゴールを決めただけでなく、掴まれた相手クラスのエースに対しては、掴まれた瞬間に投げ飛ばすなどの、到底サッカーで見られないラフプレイの連続だった。
 これに伴い、体育教師からはあまりのラフプレイに厳重注意を言われたのに、掴んだのはあっちだと強く反抗、ゲームがめちゃくちゃになった。相手も相手で可哀相なことに、思い切り投げ飛ばされた勢いで当たり所が悪かったのか、意識を失うほど激しい飛ばされ方だった。
 傍目に、もしこれが本当の試合だったら、即レッドカードなんだろうなと冷静にそう思ってしまった。これが原因で、相手クラスからは目の敵にされ、その後は目立ってラフプレイの応酬があったのはいうまでも無い。
 その後は、一人やけに突っかかってくる意地の悪い奴を一人、誰も見られていない一瞬を見計らって、鳩尾に鋭い一発を入れてようやく”彼”の気も晴れたらしい。僕はその瞬間を見ていたわけだけど、その鮮やかな技は見事なもので、思わず凄いと言ってしまったほどだ。
 その見事ぶりは、周りの人間の反応を見ても、相手が突然気を失ったようにしか見えなかったに違いない。合宿も終えた六月の半ば、照りつける陽射しは強く、肌は汗にまみれ、気を失った相手……誰も見ていないなら状況証拠から、ぱっと見は熱中症で倒れたようにしか見えなかった。
 だからこそ、その後は教師からの注意もなく、むしろ教師も熱中症の手当てと言って保健室に運んでいったくらいなのだ。ただ、確かに”彼”の業は凄かったけれど、隣のクラスとはいえ同級生の鳩尾に容赦のない打撃を加えるなど、とんでもない。
 これがもしバレようものなら……そこから先は考えたくもない。なんせ今自分達は受験生なのだ。些細なことが、どんな風評に繋がってしまうか”彼”は考えたこともないだろう。
 ちなみに、最後に戻ってきた先生に、蹴ったボールが直撃した。狙ったのか、それとも偶然蹴ったボールの軌道が変わってしまって当たっただけなのか。僕にそれを証明することはできなかった。
 とりあえず、一応は何かあるたびに祐二や内海たちが、記憶の混乱が……といって場を鎮めようとしてくれたことが幸いだった。多分、これが普通の場合なら、惨めとしか思えなかったけれど、こんなにもありがたいと思ったことがないくらいの混乱と波乱に満ちた一日は終わろうとしていた。

 大して何かしたわけでもないのに、僕はどっと疲れてしまっていた。こんな精神的に疲れるなんて、そりゃあ胃に穴が開く人の気持ちも分かるというものだ。
「よしき氏、帰ろうぜ」
 帰りのホームルームも終えて、クラスから生徒たちがバラバラに思い思いに散っていった。”彼”も鞄に教科書やノートを詰め込んで、帰り支度を終えようとした時、祐二がいつものようにそういってきた。
 どうせ、また僕にはあまり興味の無いような、ハードなオタク趣味全開の話題を投げてくるんだろうなと思って、思わず笑みがこぼれる。
 ほんのちょっと前までは、こんなことを癒しなんて感じもしなかったのに、”彼”の突拍子もない言動と行動に肝を冷やしていた僕は、普段通りに接してくれる祐二の何気ない気遣いに、妙に癒されてしまった。まあ、祐二は何も考えずに、単にいつも通りを貫いているだけなのかもしれないけれど……。
 ところが、ここでもまたイレギュラーなことが起こった。後は、何事もなく家路に着くだけ……そう思っていた矢先、最後の最後で”彼”はとんでもないことをしでかし始めた。声をかけてきた祐二を手で遮って、よりにもよってあの瀬名川に向かっていったのである。
「お主、何か用があるのか」
 まだ帰る気配のない瀬名川とその友人グループ。クラスはもちろん、学年全体でも目立つそのグループに何も考えなしに近付くなんて、なんて無謀なのか。
 やっぱりこいつは何も考えてない。僕は再び肝を冷やす思いで、成り行きを見つめていた。そこにまた、時代錯誤な口調で瀬名川に問いかけたのである。
「え? 何、突然」
 そう言ったのは瀬名川ではなく、取り巻きである金森由美のだった。そりゃそうだろう。突然やってきてそんなことを言われたら、誰だってそんな反応になるのは自然だろう。瀬名川も瀬名川で、金森と似たような反応で”僕”を見上げている。
 昨日もナンパ男に絡まれていた瀬名川を助けた”彼”だけれど、彼女のことを何も覚えていないのだろうか。いや、彼女が僕のことを覚えていないことは、十分に承知しているつもりだ。
 ……嫌いなくせに、彼女を助けたという一応の事実があるわけで、なんとも女々しいと自分でも思うところだけども……。だとしてもその言い方はない。なんてことをしでかしてくれたんだろうか”僕”は。
 ただのクラスメイトというだけで、僕と彼女は赤の他人だ。接点らしい接点なんてないのだ。それをこんなにも目立つ形で……ますます彼女の僕への心象が悪くなる一方ではないか。
「ごめん。なんでもない」
 突然、僕の口からそう言葉が飛び出していた。もう何日も前から、ずっと言葉にしたくても自由に口をきけなかった僕の口から、ようやく紡ぎ出せた言葉だった。
 それがこんな謝罪の言葉だなんて、なんとも間抜けな話かもしれないが、あれだけ自分の意思では言葉一つまともに口にできなかったのに、突然自分の意思が効くようになったのに僕自身驚いた。
 その驚きに混乱した僕は、彼女たちの次の言葉を待つ間もなく、逃げるように鞄を持って教室を出ていった。もちろんこの後は、その様子を眺めていた彼女たちグループに、あれやこれやと話題にされ、吊るし上げにされることは確実だった。




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