少年と武士と、気になるあの子。

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出会いと邂逅(四)


 こきこき――首の骨を鳴らして、俺は”学校”なる場所へやってきていた。どうやらこの時代、若い者はこの学校とやらに赴くことが義務付けられているらしい。
 思えば家でも、母親が家事をしてはいても農作業をしている様子はなく、”すーぱー”という市へ行き、そこで売られている物を買ってきて調理していた。庭でこそ”がーでにんぐ”とかいうのをやってはいたが、基本的に何かを育ててそれを食すという、一連の連行動を取っているわけではなかった。
 通常、よほど身分の高い者でもない限り、屋敷の庭で何かしら農作業するのが当たり前だと思っていたが、この時代ではその限りではないらしい。そのことをそれとなく母親に告げると、あんた農家にでもなりたいの?、と真顔で聞かれたくらいだ。
 もっとも母と共に行った”すーぱー”では、見たこともないほどの量の野菜や魚が並び、これまた見たこともない食材もあって、まさに選り取り見取りだった。恐らく、これまで存在した朝廷の、どの権力者たちさえも見ることができない、豊富な食料庫だった。
 しかも、そのどれもが新鮮そのもので、俺の知っている食材はといえば葉を虫にやられ、あるいは魚の目も白く濁ってしまっているものも少なくなかった。なのに、ここではそれらしい食材はほとんど見受けなかった。
 この時代の日の本は、格段、食すことに関して困っている様子が見られない。つまり餓えというものを知らない民だということだ。それだけ大きな争いがないということは、民も幸せに暮らせるということでもあるのだろう。
 ともかくその豊富さは、まるで天上の神仏たちだとてお目にかかったことはないだろうと思えるほどだったが、逆にいえば、それだけの量の食材を果たして全ての民が全て消費しているのかと思えばそうでもないように思われた。
 つまりこの時代、民衆は考えもつかないほどの贅を享受していることは明らかだろう。飽和状態だと逆に民が自堕落になるようにも思えるのだが、その辺りは良く分からなかった。
 ともかく、腹いっぱいに飯を頬張れるだけ俺にとって、最上の時代というには及ばない。とにかく餓えの心配がないというだけで、全てを許しても良いと思えるわけだから、そこにどんな文句があると言えよう。
 しかし、そんなことに思い耽っていたいた矢先、つい昨晩のことだ。その前日に病院へ赴き、体調などの具合がどうかを聞き、問題がなければ学校へ行かなくてはならない運びとなった。
 この時代、学校へ行くのが当たり前であることを前提に、親と医者の会話から読み取ると、それがどんなものなのかと夢想した。結局それに答えなど出るはずもなかったが、こんな軟な体であるヨシキが行っているくらいだから、まぁなんとかなるだろう。
 ……そんな軽い気持ちでいたが、朝になっていつものように服を着て外に出ようとすると、母から怪訝な眼差しで制服は、と聞かれてしまった。
 どうやら学校へは”制服”という、専用の服を着ていかなくてはならないらしい。なぜ学校とやらに行くために、わざわざ服を着替えねばならないのか理解に苦しむが、思えばめでたい席でも、それなりに良い身なりをするのが当たり前だったから、まぁそれと似たようなものだと思えば良い。
「だが、えらく窮屈な服だ」
 首を鳴らして肩を交互に回した。服に何が仕込まれているのか、肩は妙に角張って出っ張り、裾や丈もぱりっとして固い。おまけに服には”ぼたん”とかいうものもついており、窮屈さを増した作りになっているのだ。
 下穿きにしたってそうだ。”ずぼん”とかいうらしいが、腰に巻く”べると”がなんだか滑稽な感じがしてしょうがない。もっとも、べるとは角帯だと思えばこれはこれで悪いものでもないが、”くつした”という足袋たびも、”くつ”を履く足には窮屈さを増すための道具としか思えず、かなり苦しく感じる。
 そんなこんなで朝から母親に、服を着せることを覚えさせる子供のように服を着せられて、ようやく家を出たのが半刻ほど前のことだった。
 数日ほど前と違って、いつもよりも早い時間に起こされたためなのか、周りにはヨシキと同じくらいの若人たちが似たような服を着ているのが目立つ。一応、学校の場所は把握しているので迷うことはない。
 迷うことはないのだが、学校へ行って何をするのかが気になって仕方なかった。一度は考えるのを止めたが、いざその時を迎えると、いささか不安がないと言えば嘘になる。
 母親から持たされた”きょうかしょとのうと”、それに”さんこうしょ”とかいう伝書を、何冊も”かばん”に入れて持たされた。そこから一つ分かったのは、おそらく何かしらの勉学に励むのであろうことが予想された。
 どうやらこの時代、日の本の若人らは勉学にいそしむ身分であることは理解できた。知識というのは、生きていく上で絶対に必要なことであるので、それそのものは実に良い取り組みだと思わずうねってしまった。
 ただ、渡された”さんこうしょとのうと”などの伝書を見ても、内容のほうはさっぱりだった。おそらく、一からそれらを学ばなければ、理解できない仕組みになっているのだ。それは兵法の極意の巻物と同じで、初心の者が見たところで、到底理解できないようにするというのは当然だ。
 そんなことを考えているうちに、学校までやってきていた。前回病院に行くついでに学校のことも聞いて場所を聞いておいて良かった。おそらく何の前情報もなかったら、一人でここまで来れた可能性は限りなく低かったに違いない。
 これは偶然ではあったが、予め”でんしゃ”とかいう人力でない、鋼の乗り物で移動した経験があったことも巧を奏じた。初めて乗った”でんしゃ”の剛力たるや、何十頭やそこらの牛馬を駆使しようとも、引くことなどできないのではないだろうか。そう思えるほどの重操車だった。
『桜花学園桜花高等学校』――。駅から歩いて数分ほどの立地にある学校の門に、そう書かれてあった。緩やかな九十九折つづらおりの上り坂を、登りきった先に件の学校が建っていた。
 ふと横を見ると、先ほど降り立った駅も見え、高台の上に立っていることが分かった。
(築城するには良い場所だ)
 九十九折の登り道も、万一敵に攻め込まれても、防御に、攻撃にも十分対応できる。おまけに、学校の敷地は広く、四階建ての建屋にそれぞれある小さな窓が、火縄銃や弓矢での攻撃にはもってこいだ。
 しかしその半面、無駄に大きく、それでは敵から丸見えで、鉄壁というにはあまりにお粗末な造りだ。学び舎というが、こんなにもずさんな造りでは、敵に勉学の内容を知られてしまうのではないか。
 全く、いざ、という時のことを考えていない。大きく造るのではあれば、それなりの対策を練るはずなのに、それらが全く考慮されていない造りはどうなのかと考えながら、俺は開放されている門を通り敷地に立ち入った。
 学徒たちの移動する方へ流れるままに向かうが、そこはどうやら履物の交換所であるようだった。それを見て流石の俺もたじろいだ。
(なんだこの多さは)
 交換所というには広く取られているが、上履きや外履きとが納められている棚は縦に十段、横にはざっとその何倍もある大きな履物入れだった。
 学徒たちは思い思いに所要の棚へ行き、そこで外履きから上履きに履き替えていた。全員が全員同じ行動を取っているところを見ると、どうやら履物入れの棚は個人個人に割り当てられているものであるらしい。
 となると、この竹之内ヨシキにも専用の棚が割り当てられているに違いない。だが問題は、それがどれかということだ。この巨大な履物入れには少なくとも数百の棚がある。その中から、竹之内ヨシキ専用の棚を見つけるというのは、いささか困難である。
 しばらくその場に固まっていると、続々とやってくる後続たちが怪訝にこちらを見ながら通り過ぎていった。あまり時間はない。こうなっては、虱潰しに竹之内ヨシキの棚を見つけるしかない。
 手始めに、手前の棚から困難であろう作業を開始した。ところが、開始してすぐにそれが不可能であることが判った。棚には、上履きや外履きが納められているのに、それらに個人を示すようなものが、何一つ書かれていないのである。
 こんなにも似たようなものであれば、混乱するのではないかとも思うが、むしろ敵を混乱させるためならば、むしろ道理として適っている。現に、こうして混乱に陥れられるている自分がその証拠だ。
「むぅ……」
 しかし今はその術中に嵌り、ただでさえ少ない手段の選択肢を、さらに狭められてしまった。それでもこれ以外に調べる手段を持たない俺は、こうする他なかった。何人もの学徒が奇異な視線を送ってきているのを肌で感じるが、今はそれどころではない。なんとしても、竹之内ヨシキの棚を見つけなければならない。
 上履きには青や赤、緑、桃と、ざっと大別するとこれらの四色があった。奇異な目を向けてきながらも、何も言わない学徒たちの様子を横目に、青と緑が男児、赤と桃に女児といった具合に、性別による分類がされていることが分かってきた。
 つまりヨシキの上履きは、青か緑のどちらかだ。赤や桃の上履きは飛ばせばよいわけだから、これでまず、候補は半分程度に絞られたことになる。見たところ、上履きは色こそ違えど、種類自体は一つしかないらしい。今ある上履きの中から、青と緑の上履きを探す、これでさらに候補は絞られる。
 当然、上履きではなく外履きが収納されている棚も飛ばす。少しばかしの希望を持って調べる俺に、奇異な目で様子を眺める学徒の一人が、ついに痺れを切らしたのか近付いてきた。
「よしき氏、何やってんの……?」
 角張った顔をしたニキビ面の男児が、俺に話しかけてきた。いや俺にではなく”ヨシキ”にだろう。この男児がヨシキの同僚ということだろう。
「うむ。上履きを探している」
 男児に簡潔に伝える。すると男児は、呆気に取られながら言った。
「いや……そこ、一年の場所」
 三年の上履き入れはあっち、と付け加えて指差した。それを見て俺は小さく咳払いし、何事もなかったようにそちらへ移動する。しかしそれが分かったところで、ヨシキの上履きの棚がどれかなど分かるはずもない。
 少なくとも一気に候補が絞られたのはありがたい話だが、それでもやるべき作業は同じだった。
「あ、そっか。記憶に混乱があるって先生いってたもんな。よしき氏の上履きはここだよ」
 男児はそういって、ヨシキの上履き入れを案内した。綺麗に整えられた置き方で、緑色の上履きがそこに鎮座していた。
「おお、これか」
 確信などないが、同僚たる男児がそういうのだから間違いはないだろう。
「助かった。事のついでに聞きたいのだが、これからどこへ行けば良いのか、お主わかるか?」
「教室の場所、わかんないの? よしき氏」
 その、よしき氏というのが、とりあえずこのヨシキのことを差していることは理解した。しかし、何故にうじとつけるのだろう、この男児は。第一、氏の付け方が間違っていることに気付いていないのだろうか。
 変な男だ。だが、決して悪い奴ではなさそうであることはすぐに分かった。どうやら、馴染むまでの間は、この男児に頼ることは間違いなさそうだった。



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