家事力0の女魔術師が口の悪い使用人を雇ったところ、恋をこじらせました

アウトサイダーK

第十四話 片付きました

 昨日まで降り続いていた雨も上がり、すっきりと晴れた朝。
 市庁舎へ出勤したミレーネは、今日も市長の執務室を訪れた。

 しようわき退いてくれたので、邪魔されることなく立派な扉をたたく。

「市長、おはようございます。ミレーネと同行者一名、お目通り願います」

「入ってくれ」

 入室許可を得て、ミレーネはドアノブに手を伸ばしかける。
 しかし、ノブは彼女よりも大きな手によりつかまれた。

「あ、ありがとうございます」

「俺はあんたの使用人なんだぞ。これくらいさせてくれ」

 開けてもらった扉をミレーネが通る。その後をギルバートが続いた。

「おはよう。二人連れ立ってどうしたのかな?」

 市長は二人の姿を認め、イスに座ったままにこやかに微笑んだ。

「その、市長に報告いたしたいことが……」

 フードに隠したミレーネの目が泳ぎ、前日のお願いをどう取り下げるべきか探す。

 そのミレーネの思考は、背後から腕が回されたことにより強制的に遮断された。

「きゃっ、ギルバート!」

 自分をいきなり抱きしめてきたことに対して抗議の声を上げるが、彼の腕の力が緩まる気配はない。

「こういうことだ、大人しくあきらめてくれ」

 ミレーネの、フードで隠しきれていない部分の顔が赤く染まっている。
 それから、勝ち誇った表情をしているギルバートを見て、市長は何が起こったのかを察した。

「ほう。これはめでたい。シェーメンの市長として、そして私個人として、きみ達二人が行く道を祝福する」

 ギルバートは拍子抜けした。
 市長はけろっとしており、昨日雨の中、ミレーネに愛を告げると宣言していた人物だとは思えなかった。

「……あんた、俺をはめたのか?」

「ん? 何のことかな? それよりミレーネ、今日も休暇が欲しいのかな?」

「市長……! いえ、ギルバートには私の仕事を手伝ってもらいます」

 ミレーネは魔術師らしく真面目な声を出したが、恋人に後ろから抱きしめられたままでは形なしである。

「そうかい。では、今日も励んでくれ」

「はい。お時間を割いてくださりありがとうございました」

 ミレーネがギルバートの腕を軽くたたくとようやく抱擁が解かれる。
 そうして、二人仲良く退室していく様子を市長は見送った。

「……市長、よろしかったのですか?」

 部屋の隅で邪魔にならないように立っていた青年秘書が市長を気遣う。

「もちろん。愛する女性の幸せこそが私の幸福だからね」

「そんなことですから、市長はまだ独身なのです」

「はははっ」

 市長は穏やかな顔で笑いながら、心から二人の末永い幸せを願った。





「で、俺にあんたの仕事の手伝いなんてできるのか? そろそろ詳細を教えてくれないか?」

「ええと……その……」

 ギルバートはけんにしわを寄せた。
 先程から何をすればいいのか尋ねても、ミレーネは答えを返してこない。

 そうやって静かな通路を歩いている内に、「市長付き魔術師 ミレーネ」と木札が貼られた扉の前に到着した。

「ここがあんたの部屋なのか?」

 口を動かしながら、ギルバートはノブに手をかける。

「あっ、駄目です」

 ミレーネの制止はわずかに遅かった。

 勢いよく引き開けた扉の向こうから物が崩れ落ちてくる。
 ギルバートは何とか飛び下がり、足下が埋まる前に逃れることができた。

「なっ何だっ?!」

 よく見ると、部屋の内側からあふれ出てきた物は本だ。
 嫌な予感を覚えながら室内をのぞく。ギルバートはまいを感じ、視線をらした。
 市長付き魔術師の執務室の床は、ひざが埋まるほどの高さまで本で覆われていた。

「何だこれは」

「本です」

「それは見れば分かる」

 ギルバートの手がピクピクと引きつっている。

「違うんです、私だけのせいではないのです。前任の市長付き魔術師が本の収集家で、その蔵書を後任に残した結果、割と最初からこうなっていて……」

 必死に弁明する恋人の声を聞きながら、ギルバートはめ息をいた。

「なるほどな。ここの片付けを俺に手伝ってほしいと」

「お願いできますか?」

「このこんとんを何とかするのは、いくら俺でも骨が折れる」

「ですよね……」

 さもありなんとミレーネはうなずく。

「だから、追加で報酬が必要だ」

「給金の特別手当ですか? 分かりまし――」

 ミレーネの言葉をさえぎるように、ギルバートは少しかがんでそのほおに口付けた。

 フードに半ば隠れているミレーネの顔が朱に染まる。恥ずかしく思い、彼女は手で両頬を覆った。

「今日の仕事終わりには口にさせてくれ。それが俺の望む報酬だ」

「……うう……どうしてもそれでなければなりませんか?」

「ああ、どうしてもだ」

 ミレーネがギルバートの顔をうかがうと、いつもはけんのある目付きがやや緩んでいるのが見えた。それも格好いいと思ってしまうのだから、れるというのは恐ろしいと彼女は考える。

「……分かりました」

 結局のところ、ミレーネは肯定するしかなかった。嫌ではないのだから。

「よし。では片付けるぞ」

 意気揚々とまずは部屋の外に溢れ出た本を集め始めた恋人を見ながら、ミレーネも本を拾う。
 行っていることはただの片付けのはずなのに、幸せだった。

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