家事力0の女魔術師が口の悪い使用人を雇ったところ、恋をこじらせました

アウトサイダーK

第十話 二人のお出かけは

 祭りの後片付けも済み、シェーメンの商業エリアは日頃ののんびりとした雰囲気を取り戻しつつあった。

 店が開き始める時分、大通りから横に伸びる小道に構えている錬金術素材屋の扉が開かれた。
 こんな早い時間に誰だと、カウンターの奥のイスに腰かけてうとうととしていた初老の店主が目を向ける。

 若い男女の二人組だ。どちらも店主の初めて見る顔だった。
 ごく普通の体格と服装をしており、この店の主な客層である錬金術師には見えない。
 朝から街をぶらついていた恋人達が間違って来たのかと、店主の機嫌が悪くなった。

 男は短い黒髪で、暗色の目は鋭い。しかし店主は、彼が先に店へ足を踏み入れドアの段差を見つけて、連れの女へ手を差し伸べるのを目撃した。
 目付きの悪さと顔立ちの端正さから冷たそうな雰囲気を有しているが、それは見た目だけなのかもしれないと店主は推測する。

 女は遠くの土地の出身なのか、赤茶色の髪と目、黄色かかった肌という、ほぼ見かけることのない外見をしていた。
 男から差し伸べられた手をおずおずと取り、入店してくる。
 しかしながら、店内を歩き回る足取りは堂々としていた。

「すごい臭いだな」

「錬金術の素材を扱う店はどこもこうですよ」

 男は様々な素材の入り混じった独特なにおいに顔をしかめているが、苦笑している女は平気のようだった。
 普通の若い女であれば一瞬たりとも寄りつこうとしないはずだが、と店主は小首をかしげる。

「ここの品ぞろえは素晴らしいのです。ほら、マークヮの卵まで置いてあります」

「マー……何だって?」

「これです。この辺りにマークヮはいませんので、輸入品のはずです。体力回復薬や滋養強壮薬を作る際、とても役に立つ素材なんですよ」

「なるほど」

 店主はさらに疑問を深めた。
 どうやら女の方はこの店に来たことがあるらしい。
 しかし店主には、こんな物珍しい外見をした客には見覚えがなかった。

 その後も二人組は、女が素材を熱っぽく紹介し、男が適当な相づちを打つことを何度か繰り返した。
 一通り店内を見て回り、女は店主に「また後日買いに来ます」とあいさつをして帰って行った。

 店主は首をひねったが、女が誰であるのかどうしても分からなかった。





 ミレーネがギルバートを連れて回った店は、錬金術素材屋を始めとして、魔石屋、魔法薬屋、呪文紙を作るための羊皮紙屋など。どれもミレーネにとっては身近な店だった。

 ただしそれぞれの店の者達は、ローブを着ておらず、しかも男を連れている人物が市長付き魔術師だとは気付きもせず、妙に店内に詳しい異郷の女を不審に思うに終わった。

 魔術の触媒装置を扱う店から二人が出たとき、太陽は南天高くに昇り、まだ強くはない二月の陽光を大地に注いでいた。ただ、空には雲も多く、太陽は雲の背後に隠れては出て、出ては隠れを繰り返している。

「お店の紹介は、こんなところですかね」

「あんたはこういう店に行くんだな。よく分かった」

「はい、私は……あ……」

 楽しげだったミレーネの顔が見る間に曇る。

「私、魔術に関する店ばかり。つまらなかったですよね、ごめんなさい」

「いや、そんなことはない」

 ギルバートは即座に否定したが、ミレーネの表情は暗いまま。

「まず、街の商業地区の地理をおおむね把握できた。それに、俺の主人に特殊な買い物を頼まれても対応できるようになったな。あと、あんたの生き生きとした顔を見られた」

「ええと……よかったですね?」

 彼の真意はよく分からなかったが、少なくとも無駄な時間を過ごしたとは言っていないことはミレーネに伝わった。彼女の顔に月光のごときほのかな明るさが戻る。

「しかし、人通りの少ない場所に店を構えている所もあったな。あんな場所へもいつも一人で行っているのか?」

「はい。……危険ではありませんよ? 魔術師にけんを売ろうとする人はまずいませんし、私も多少は対少人数用の攻撃呪文を心得ています」

「万一という場合もある」

「その際は逃げます。空間転移の呪文紙はいつも携帯していますから」

 そう言い、ミレーネはバッグの中から小さく折りたたまれた紙を取り出してみせた。呪文紙らしい。

 妙な自信を持っているミレーネに、本当に伝えたいことを伝えられない。ギルバートは後頭部をかいた。

「もうお昼ですし、昼食を食べませんか?」

 そうこうしている内に話題が変化してしまう。ギルバートはひとまずあきらめた。

「当てはあるのか?」

「はい、すぐ近くにカフェが」

「そうか」

 ミレーネが先導して少し歩き、大通りから伸びている閑静な通りに面したカフェにたどり着く。

 石造りの小さな店舗だ。
 入店すると、扉に付けられている鈴がチリンと音を立てた。

「いらっしゃいませ」

 店内にいた給仕の娘に頭を下げられる。

「お好きな席へどうぞ」

 うら若い女性に受けがよさそうな、少女趣味な店の様子にギルバートはひるむ。

 四人がけのテーブルが三つ、カウンター席が四つあるだけの小規模な店であるのに、置かれている可愛い人形や布細工やらの数がとにかく多い。へきがんにはへこみを埋めんとばかりの数のぬいぐるみがぎゅうぎゅうに詰められている。

 若い女性の三人組がテーブルを一つ占拠しているだけで、後の席は空いている。
 ミレーネはどこの席がいいか少ししゆんじゆんした後、一番奥まったテーブル席へ歩を進めた。
 ギルバートがしぶしぶ後に続く。

 向かい合わせに着席して一息いたところで、彼は口を開いた。

「あんたはこういうのが好みなのか?」

「こういうのとは?」

「あー、何と言うんだ? 乙女チック?」

 ミレーネはぷっと吹き出した。
 ギルバートがまゆり上げる。

「ふふふ……ごめんなさい、あなたの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったんです」

 無言で抗議の視線が送られてきているため、ミレーネは余韻を残しつつも笑うのを止めた。

「こういう可愛らしいのも嫌いではないですが。その、ここに来たのは、装飾とは関係なく食事が美味しいからで。前に来たとき、ここのパンケーキがとても美味しかったんです」

 ミレーネが店の壁の一部を指差す。そこにはメニューが書かれた板がかけられていた。
 可愛らしい字体で文字が彫られているため少々読みづらいが、メニューのトップにパンケーキと書かれているのがギルバートにも分かった。

「どうですか、ギルバート、これにしてみますか?」

「まあ、そうだな」

「ご注文はお決まりですか?」

 タイミングよく給仕の娘がやって来る。ニコニコとしており、愛想がよさそうだ。

「はい、パンケーキセットを二つお願いします」

「パンケーキセット二つー! ……ところでお姉さん」

 給仕の娘が店の奥へ届くよう声を張り上げた。
 しかし、それで去るのではなく、親しげに話しかけてくる。

「お姉さん、市長閣下の魔術師様ですよね?」

「えっ……どうして分かったのですか?」

「やっぱり!」

 自分の予想が当たっていたため、給仕の娘は楽しそうに笑う。

「わたし、人の声を覚えるのが得意なんです。それで、お姉さんの声が、市長閣下といらしていた魔術師様の声と同じでしたから」

「あのときは、普段通りローブを着ていたはずですが……。すごい識別力と記憶力ですね」

 ミレーネは純粋に感嘆していた。

 その対面の席で、眉間にしわを刻んだギルバートがおもむろに口を開く。

「市長とここに来たのか?」

 ややきつい口調だったが、これまでも彼はちょくちょくそういう声を出していたため、ミレーネは気にせず返答する。

「はい。市長はああ見えて、大の甘い物好きなのです。こっそりとこんな店に行くこともあるのですよ」

「あんたと二人で?」

「いくら私が魔術師だからとはいえ、他に護衛も連れないのは不用心ですよね」

 仕方ないとでも言いたそうな雰囲気でミレーネが笑う。
 ギルバートはその笑顔が気に食わなかった。

「ところで魔術師様、この方はひょっとして?」

「はい?」

 給仕の娘が何を言いたいのか分からず、ミレーネは先を促した。

「ひょっとすると、魔術師様のだん様なのですか?」

 これまで穏やかに応対していたミレーネの顔が火を噴いた。

「ち、違います。ギルバートと私は、そんなのでは――」

「ああ、完全な誤解だ」

 まごついたミレーネの言葉を制するように、ギルバートが冷淡に発言する。

「俺はミレーネの使用人だ。数日前に雇われて、家のことをしている。主人が使用人なんぞに手を出すわけないだろう」

 彼が何を言ったのか、ミレーネの頭が推論を組み立てるまでしばらくかかった。

 ――私がギルバートのことをどう思っているのか、露見しているのでしょうか。それで、牽制された? ……拒絶、された?

 結論へ至ると同時に、しんえんから発せられたような底冷えするが彼女から漏れ始める。

 すぐ側にいたギルバートと給仕の娘は、背筋が冷える嫌な感じを知覚した。体が動かなくなる。

「ごめんなさい。私は失礼します。お代は置いておきますので、どうかギルバートはゆっくりしていってください」

「は? 何言って――」

 ミレーネはバッグから財布の布袋を取り出し、代金分の硬貨を机上に置いた。

「ま、魔術師様?」

 給仕の娘の困惑した声も聞こえないかのように、ミレーネはつかつかとカフェの出口へ歩き出す。
 出入り口のドアが誰も手を触れていないのに開き、ミレーネが外へ出た。
 独りでにドアが勢いよく閉まり、彼女の姿を遮る。

 冷たいの発生源が遠のいたことで、ギルバートの五体に力が戻る。
 素早く立ち上がり、早足で彼女を追う。

「おい、ミレーネ!」

 外に出て周囲を見回すが、彼女の姿はない。

 ギルバートの脳裏にミレーネの声がよみがえった。「空間転移の呪文紙はいつも携帯していますから」と、少し前に言っていたことを思い出す。

「魔法で家に戻ったのか?」

 自分でつぶやいた言葉は正解であるように思えた。
 何が起こったのか理解しきれていなかったが、ミレーネの雰囲気が異様だったことは自明だ。

 雲が厚く垂れこみ始めた空の下、ギルバートは家路を急ぐ。
 息を切らしながら、それでも駆けに駆けた。





 幸運なことと不運なことがあった。

 幸運なのは、ギルバートの地理的記憶力が優れていたことだ。
 おかげで、市街を迷わず進み、ミレーネの屋敷へ戻ることができた。

 不運なのは、不安定であった空がついに雨を降らし始めたことだ。
 しかも初めから土砂降りであったため、ギルバートはずぶれになってしまった。

 全身濡れねずみになった状態で、ようやく屋敷の外壁の門にたどり着く。
 ギルバートが門に触れると、きしんだ音を立てながら門が開いた。

 もしも開かなかったらという考えが脳内によぎっていたため、少しだけほっとする。

 玄関の扉も、彼がノブを回すと抵抗なく開いた。

 ここまで雨の中を走り続けた結果、ギルバートの脚は疲労がまり今すぐ休みたいくらいだったが、むちを打ち、ミレーネの寝室へ駆ける。

 閉ざされた扉を乱雑にたたいた。

「なあ、ミレーネ、いるんだろ?」

 扉の向こうから返事はない。

「すまない。また俺が失言してしまったんだよな? 頼む、謝らせてくれ」

 実のところ、ギルバートにはなぜミレーネの様子がひようへんしたのか分かっていなかった。
 しかしながら、彼は自分の言葉が不用意に人を傷つけることがあることを知っているため、自分のせいでミレーネが去ってしまったことは推測できている。

「ギルバートのせいではありません」

 扉の向こう側からか細い声。まるで幽鬼のような力のなさにギルバートはぎょっとした。

「放っておいてください。今は一人でいたいのです」

「そんな様子のあんたを放っておけるわけないだろ」

 返事は返ってこなかった。
 ギルバートがいくら呼びかけても反応はなかった。

 ふと彼が視線を下に向けると、服からしたたり落ちた雨水が足下で水溜まりを作っている。
 まだ片付けられていない廊下に散らばる本や紙が、いくつか水に濡れてしまっていた。

 仕える家の物を汚してしまうなぞ、使用人失格だ。

 ギルバートは苦虫をつぶしたような顔をしながら、着替えてこれ以上の被害拡大を防ぐべく、使用人の部屋へ引っこんだ。





 ギルバートはいつもの使用人の服装になった後に戻ってきて、何度もミレーネに呼びかけた。
 なしのつぶてだった。

 唯一、夕方にギルバートが夕食を食べないかと呼びかけたときに、「いらない」と短い返事があっただけ。

 その夜、ギルバートはよく眠れなかった。

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