家事力0の女魔術師が口の悪い使用人を雇ったところ、恋をこじらせました

アウトサイダーK

第八話 片付いて、散らかったことに気付く

 そうしてリビングルームのこんとんは鳴りをひそめ、ダイニングルームに置きっぱなしになっていた本や紙も魔法の本棚に収納した。
 昼食を食べて小休止を入れ、次に挑むのはミレーネの寝室だ。

「……予想はしていた」

 部屋の外から寝室の中を見て、ギルバートはそうつぶやいた。

 そう広くない内部には、本はほとんど見られないが、その代わり床一面に紙が散らばっている。

 ベッドメイキングのされていないベッドの上にはさすがに何も置いていないが、その下には紙が入りこんでいるのがかすかに見える。

 ここにギルバートが手を着けるのは初めてであるため、本来の床が露出している部分はわずかたりともない。足を踏み入れる余地はなかった。

「一応聞いておこう。どうしてこうなった?」

「ええと、眠る前にアイディアが思い付くことがありまして。ですから紙を持ってきて、メモを書きまして、眠いのでそのまま……」

 さすがに慣れたため、ギルバートの口からはめ息すら出なかった。

「分かった。まずは片付けだ。ただし、これからも同じことをすると再び散らかるだけだから、後でそれを防ぐ方法も考えないとな」

「うう……」

 ミレーネの悲痛なうめき声は聞かなかったことにする。そしてギルバートは、廊下扉近くの紙をかき集め始めた。
 ミレーネが見守る中、紙の内容は無視してとにかく重ねていき、わきに寄せ、部屋の中に入るための空間を生み出していく。

 分類した物を置くための布を敷き、かつ二人が部屋の中で作業をできるだけの場所を確保するだけで半時間弱が経過した。

「お疲れ様です」

 見守ることしかできなかったミレーネが恐縮そうに頭を下げる。

「後は、ここの本とメモを分類して、あの本棚に持って行くのでいいな?」

「はい」

「では分類作業に入るぞ」

「はい」

 床に座ったミレーネが紙の山から一枚を取り、そこにどんなメモが書かれているのかを読み取る。不要な物であれば捨てるように、必要な物であれば分類を伝え、ギルバートに手渡す。
 ギルバートは、手渡された物をあらかじめ決めておいた場所に置いていく。

 作業は、メモに書かれている内容についてミレーネがちょっとしたコメントをし、ギルバートが相づちを打ちながら、穏やかに進行していった。

 そうやって、紙の量が半分程度になった頃、ミレーネは重ねられている紙の山の中に、他の紙よりも小さいものがあるのを見つけた。
 手に取ってみる。
 長い方の辺でも十センチメートルない、小さな紙片。

 中身を読む。
 ミレーネ自身の丁寧な字で、とうに過ぎ去ったある日のさいな用事が書かれていた。

「これはいりません」

「おう」

 紙片を持った右手をギルバートの方へ伸ばす。
 ギルバートもそれを受け取るために、ミレーネの方へ手を差し伸べた。

 しかし、その紙片はミレーネの手にも収まるくらい小さいのだ。
 それを受け取ろうとしたギルバートは、下方から伸ばされたミレーネの手に、自分の手を重ねる形となった。

 薄い紙一枚を隔てて、ミレーネのきやしやな手と、ギルバートの労働を積み重ねてきた硬い手が触れあう。
 お互いの手の穏やかな温かさが伝わる。

 あ、とどちらからともなく声が出た。

 時が止まってしまったかのように、しばらく二人とも動けずにいた。ただ相手の温もりだけを知覚していた。





 我を取り戻したのはギルバートが先だった。

「わ、わるいっ」

 ひったくるように紙を取り、ギルバートは手を離す。

「あ、お、お構い、なく……」

 ぼうっとした思考のまま、ミレーネは服の上から右手を胸に当てた。
 心臓が早鐘を打っている。

 視線を感じてミレーネが顔を上げると、ギルバートにじっと見つめられていた。
 ミレーネに気付かれるや否や、彼はさっと顔をらしたが。

 ミレーネも気恥ずかしくなり、目を紙の山に向ける。

「次、次の紙、見ますね」

「頼んだ」

 それからは必要最低限しか話さずに、黙々と紙の山をさばいていった。





 うずたかく積まれていた紙も、時間をかければ全て処理できる。
 当然のことだと理性的には分かるのだが、ミレーネはギルバートと片付けをやり、初めて実感できた。

 紙や本を全て分類し、リビングルームへ持って行き、本棚に収納。

 寝室に戻ってきた二人は、紙も本も今の寝室には残っていないことを最後にチェックする。

「見逃しはないようだな」

「はい。終わったみたいですね」

「今後はホコリを掃除しつつ、再度散らからないように何らかの策を講じる必要はあるが、そうだな、とりあえず優先順位を高くした部屋三つは片付いた」

 俺のおかげだろうとでも言いたげに、ギルバートが腕を組んだ。

 ミレーネの顔を微笑が彩る。

「本当にありがとうございます。こんなに親身になってくれた人は、あなたが初めてです」

 ギルバートは後頭部をかいた。

「まあ、これが仕事だからな」

 あっさりと目の前の男から発せられた言葉が、女の笑顔を凍らせた。

「……ええ、そうですね。ボーナスの支給を検討するべきでしょうか」

 急に苦しくなった胸が訴える痛みを無視しながら、ミレーネは笑顔を偽り続ける。

「使用人として当然のことをしているまでだが、もらえる物はもらうぞ」

「考えておきますね」

「……あー、もういい時間だな」

 ギルバートの視線を追い、ミレーネも寝室にある窓から外を見ると、赤い赤い夕焼けが見えた。

「夕食の準備を急ぐ。疲れただろう。できたら呼びに来るから、休んでいてくれ」

「ありがとうございます」

「じゃあな」

 きびすを返し、ギルバートは寝室から退室していった。
 扉がぱたりと閉められる。

 途端にミレーネはベッドへうつ伏せに倒れこんだ。

 胸が痛い。苦しい。

「なぜ、こんなにつらいのでしょうか」

 問いを声に出し、答えを探す。

 ギルバートといると、急に嬉しくなったり、どうがしたり――苦しくなったり。

 ミレーネの豊富な知識はすぐに推測を導き出した。

「やはり、恋、なのでしょうか」

 より強く額をベッドに押し付ける。

「私は何を考えているのでしょう。ギルバートと出会ったのはたった三日前ですよ。それなのに、こんなに……」

 日が暮れつつある。窓から入る日光は弱まっていき、次第に部屋が暗くなっていく。

「ギルバートにとって、私は雇い主でしかないのに。そもそも、私はもう二十六歳です。行き遅れです。魔術師を妻としたい方なんていないでしょうが。それに、この地方の人から見れば、私は異郷の者。ああ、そもそも、ギルバートの身の上についてだってほとんど知りません。ひょっとしたら想い人がいるか、既に結婚しているのかも。それなのに、恋だなんて……こつけいです」

 渇いた笑い声が一人きりの部屋の静寂を破った。
 ひとしきり笑った後、静けさが戻る。

 明かりを灯さずにいる部屋はすっかり闇に沈んだ。





 ノックの音が聞こえて、ミレーネはベッドから身を起こした。

「夕食の用意ができたぞ」

「はい、今行きます」

 普段通りの声で答え、ミレーネは暗闇に慣れた目で部屋の中を歩き、ドアを小さく開ける。

 魔法の明かりがついている廊下がまぶしくて、ミレーネは目を細めた。

「どうかしたのか?」

 何かが引っかかる気がして、ギルバートが問いかける。

「え? 何もありませんよ。それよりも、私はお腹が空きました。今夜の夕食は何でしょうか?」

 部屋の外に出て、後ろ手に扉を閉める。

 廊下はまだ片付けきれていないため、物が散らばっている中に細い道があるだけだ。
 その細道を、ギルバートが先に立って歩く。

「今日の夕食は――」

 自分が何を用意したのか説明しているギルバートは、背後でミレーネが寂しそうに微笑んだことに気が付けなかった。

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