家事力0の女魔術師が口の悪い使用人を雇ったところ、恋をこじらせました

アウトサイダーK

第七話 片付けにも慣れてきて

 ミレーネの休暇二日目の朝。
 ギルバートはリビングルームの扉を開け、中の惨事にげっそりとした。

 彼が物を押しのけ、通行のために作り上げた細い道はある。散らかっていた衣服は回収済みだ。
 しかしながら、道の部分以外の床は本や紙、紙で覆われたよく分からない物で占められている。

 そして、この家のリビングはダイニングよりも広いのだ。

 周囲を八人くらいで囲めそうな大きさの机。その上は魔術師ではないギルバートには何に用いるのか推測もできない器具と紙で散らかり放題。
 一人がけのイスが二脚あるが、その一脚には本のタワーが積んである。
 床にもいくつも本のタワーがそびえ立っている。壁の一面を占める本棚には多くの空きがあるとはいえ、全てを収納しきることは不可能だろう。

 ギルバートはげっそりとした顔色を隠そうともしなかった。

「……やるか」

「いえ、先に私がすぐできる分を片付けてしまいますので、少し待っていてください」

 ギルバートが自分の背後にいるミレーネに視線を移すと、なぜか自信ありげな様子である。
 彼女こそがこの現状を作り上げた張本人であるため、ギルバートは何も期待しなかったが、ミレーネの興をそぐのは気が引けた。
 体をずらして、ミレーネが扉をくぐるのを見送る。

 リビングルームの机の前まで歩いて行ったミレーネは、周囲をぐるりと見回した。
 そして、呪文の詠唱を始める。

「検知。識別。探知」

 彼女を中心として、呪文の波動が部屋中に行き渡った。
 呪文が体を横切っていった感覚を覚え、ギルバートは反射的に目をつぶる。

 ゆっくりと目を開けると、ギルバートの視界に、発光した本や紙が映った。
 部屋に散らばっている本の五割程度、紙の三割程度が淡い桃色の光を放っている。

「何をしたんだ?」

「この部屋内部の、を宿す物体を全て把握しました」

 ギルバートの方を振り返らず、ミレーネは床に置かれている光っている本の一冊を指差す。

「例えばこれは、表面がざらざらした物体をつるつるに変える方法が書かれた魔術書です」

 示された本がふわりと浮き上がり、部屋の中空をくるくると飛び回る。
 次いで、一冊、また一冊と本が浮かんでいき、発光している本が二十冊ほど空で動き回るまでになった。

「その魔法は……役に立つのか?」

「……どうでしょうか? 確か、著者は思い付いたから研究したというていだったかと」

 魔術師はやはり何を考えているのか分からん、とギルバートは思った。
 そのような魔法を研究する奴も、その本を持っているミレーネも。

「本棚展開。変性術・物質変化の棚」

 呪文を受け、ただのやや大きいだけの本棚だと思われていた物がその真価を表した。
 ぐにゃりと本棚の表面がゆがみ、次の瞬間には本棚に並べられている本の顔触れが様変わりしていた。
 あまり本がない、ほとんどスカスカの本棚であったはずが、今や半分は本が詰まっている。

「……すごいな」

 ぼうぜんとした様子でギルバートがつぶやいた。

「はい。拡張の呪文が付与された、大量に本や紙を収納することができる本棚です。私がこの都市の魔術師となった際に市長が贈ってくれました」

 呪文が付加された物品は総じて高価で、これまでギルバートは数回目にしたことがあるだけだ。
 値が張るのも納得できる。魔法について全く詳しくない彼であっても、この本棚がとても便利であることは容易に推測できた。

 ミレーネが本棚を指差すと、棚の空いている場所目がけて飛んでいた本が滑りこんでいった。
 続々と本が並んでいく。
 最後の一冊がれいに収まったところで、ミレーネはほっと息をいた。

「次、行きますね」

 ミレーネの呪文は今日もえ渡っていた。
 本や呪文紙が持つの違いにより分類をし、同じ分野の魔術について扱った本・紙を見分け、念動力テレキネシスで飛び立たせる。
 ミレーネが望む分類の本棚の棚を呼び出し、そこに本や紙を入りこませる。

 この本棚があったところで、手作業でやれば運ぶのも並べるのも大きな手間だろう。
 それを容易にやってのけるのが魔法なのだと、ミレーネのわざをただ眺めながらギルバートは実感した。





「……これで、魔術書と呪文紙は全て収納しました」

 そうミレーネは宣言し、部屋の様子を見回してみた。
 見た目では、部屋の乱雑さが三分の一くらい軽減されたように見える。

「あとは地道な作業です。ギルバート、協力よろしくお願いします」

「残りも今の方法で片付けることはできないのか?」

「残りは普通の本やメモしただけの紙です。つまり、を有しているわけではありません。持ち運びに念動力テレキネシスを使うことならできますが、長時間やりますと疲れますので、できれば遠慮したいです」

「そうか。もう一ついいか?」

「何でしょう?」

「一部の物はこうも簡単に片付けられるなら、なぜこれまでやらなかった」

 淡々とした疑問に、ミレーネはあからさまに視線を泳がせた。

「や、やる気が……起きなくて……どうせ私一人しかいなかったのですし……」

 はぁ、とめ息をかれ、ミレーネの肩が跳ねる。

「俺がいてよかったな。残りを片付けるぞ」

 予想よりも言葉が柔らかかったため、ミレーネは視線を彼へ戻した。
 目付きの悪さは相変わらずだが、表情をいくらかやわらげた使用人の顔が目に映る。今度はミレーネの心臓が跳ねた。

「は、はい。頑張ります」

 ――どうがする気がしますが、きっと見栄を張って強めに魔術を使ったせいです。

 そう考えて自分を納得させ、ミレーネはまだまだ散らかっている部屋を収拾すべく、ギルバートと共に片付けを始めた。

 リビングルームはミレーネが魔術の研究に用いている部屋であるため、物の種類は本や紙以外も豊富だった。

 錬金術の薬が入った瓶や空き瓶、素材である動植物の欠片。
 魔術の触媒となる鉱物。
 魔術の行使を補助する装置。

 ミレーネが大まかな希望を言い、ギルバートが要望に添ってそれらを棚に並べていった。

 ミレーネの主観では棚に収まりきらないだろうと思う量の物品を、ギルバートは手際よく置いていく。
 彼が普通の棚のスペースを最大限に有効活用し、あの手この手で物をしまっていく様は、ミレーネにはまるで魔法のように見えた。
 魔法と違い、ミレーネにはその原理がさっぱり分からなかったが。

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