家事力0の女魔術師が口の悪い使用人を雇ったところ、恋をこじらせました

アウトサイダーK

第五話 家で待つもの

 石造りの城である市庁舎へ出勤したミレーネは、そのまま真っ直ぐ市長の執務室へ向かった。
 この都市のトップである市長は多忙な身である。しかしながら市長付き魔術師という立場にあるミレーネにとって、彼との面会はそう難しいことではない。

 市長の執務室は、市庁舎において最も防衛上堅固な奥にある。
 その部屋の扉の横は、二人の衛兵がしようとして警護している。ミレーネに気が付いた一人が背筋を正して敬礼をし、口を開いた。

「魔術師殿、市長閣下にご用でしょうか?」

「はい。面会を希望します」

 ミレーネは冷静沈着に返答する。

「どうぞ」

 衛兵がさらに横にどき、ミレーネは扉の前に立つ。まずはノック。

「市長、ミレーネです。少しお時間よろしいでしょうか?」

「ミレーネか。入ってくれて構わない」

 おうような声で部屋の中から許可が出たため、ミレーネは扉を開けた。

 市長用のごうしやな装飾が施された机の後ろ、柔らかそうなイスに腰かけた壮年の美丈夫は、手元の書類に署名を書きこんだ。
 横に控えていた青年秘書にその紙を手渡すと、秘書は一礼してから部屋を出て行った。

「ああ、ミレーネ、昨日の祭りにおけるきみの活躍は、本当にかつもくに値するものだった」

 部屋に二人きりになるや、市長はイスから立ち上がった。ミレーネに笑顔を向けると、ゆっくりとした足取りで彼女に近づく。
 そして、ミレーネの細い肩を、ねぎらいをこめて軽くたたいた。

 フードに半ば隠れたミレーネの顔色は変わらない。風のない湖面のように静かなままだ。

「お褒めいただき、光栄です」

「暴走するグリフォン! 悲鳴を上げ、絶望する人々! そこに現れたる救世主は、うるわしき魔術師の乙女だ! そろそろ酒場で吟遊詩人がきみの歌を歌い出す頃だろう」

「魔術を操る者として当然のことをしたまでです」

けんそんしなくてもいい。きみはたたえられるだけのことをしたのだ」

「ギルバートが死なずにすんだ。それだけで私にとっては充分です」

「ギルバート? ああ、グリフォンに襲われかけていた男か。彼の怪我は治せたのかい?」

「はい。それに関連して、お願いがあって参りました」

「ほう。何だろうか?」

「明日から休暇をいただきたく存じます。とりあえず、三日ほど」

「市内にいるのであれば構わないが。祭りの視察で疲れさせてしまったか?」

「いいえ」とミレーネは首を横に振る。「ギルバートと家を片付けることとなりましたので」

「……ん?」

 市長は彼女が何を言ったのかを理解できず、首をかしげた。

「雇ったのです、ギルバートを。使用人として」

 補足を受けた市長は、黙って目を閉じた。ミレーネが不思議に思っている前で深呼吸をする。

「片付けのための休暇なのか?」

「はい」

「……そんなに家が散らかってしまっていると?」

「お恥ずかしながら」

 あくまで淡々とミレーネは返答する。

 市長は頭を抱えた。

「待て。今まで女中を雇ってはいなかったのか? 給金は充分な額を渡していると思うのだが」

「家のために人を雇うという発想がありませんでしたので」

「それで、あの彼を雇ったのか? 男を?」

「ギルバートにも聞かれましたが、何か問題があるのですか?」

「いや……その……気がかりなことはないのかい?」

「ありません」

「……そうか」

 男と二人っきりで暮らしているらしい報告を聞き、市長は頭を抱えたまま苦悩した。自分が若い女であることに自覚を持ってほしいのだが、どう伝えるべきか判断できないでいる。

「休暇の許可、ありがとうございました。お忙しいところお時間を取ってくださったことにも感謝申し上げます。失礼いたします」

 会話は終わったと判断したミレーネは、一礼をしてからさっさと退室した。

 秘書が戻ってくるまで、市長は放心したまま固まっていた。





 その日のミレーネの仕事は、市庁舎にある市長付き魔術師の執務室にて、祭りの視察結果およびグリフォン騒動の報告書を書くことに費やされた。

 二月の日没前、仕事を終え、市庁舎を出る。ミレーネは気温の下がった街を歩き、自宅の前までたどり着いた。

「帰りました」

 玄関にそう語りかけると、音もなく扉が開く。
 そうして眼前にさらされた屋内を見て、ミレーネはフードの下の目を瞬かせた。

 廊下に細いながら道ができている。

 ざっと見た限り、物を少しだけ壁際に寄せたようだ。何かを処分することも大きく動かすこともなく、人が一人歩けるだけの動線が生成されていた。

 廊下の向こうにある扉が開き、目付きの悪い黒髪の使用人が姿を見せる。外から帰ってきたばかりのミレーネを視認し、彼女が感心している様子に口角をり上げた。

「おかえりなさいませ、お嬢様……とでも本当は言うべきなのだろうが、ただの『おかえり』でもいいか?」

「え、ええ、構いません」

「では、おかえり、ミレーネ」

「……ただいま」

 心ここにあらずといった様子で、ぽつりとミレーネは返答した。

「夕食の準備はできている。温め直してくるから、用意ができたらダイニングに来てくれ」

 それだけ伝えると、ギルバートはさっさと奥に引っこんだ。

 ミレーネは靴のまま、一歩廊下を歩んでみる。

「……歩ける」

 ややおぼつかない足取りで、ミレーネは飛ばずに床に足を着けたまま自室へ向かった。
 ギルバートはミレーネの寝室にまで入りはしなかったようで、その部屋の中は散らかり放題のままだ。

 面倒だったので部屋の前でローブを脱ぎ、丸めてベッドの方へ放り投げる。都市に暮らす女性としては地味な、灰色のワンピースが露わとなった。

 そしてミレーネは廊下にできた細い道を進み、ギルバートが待っているであろうダイニングルームへと歩いた。





 目的の部屋まで来たミレーネは、そこで目を見開いた。

 ミレーネがそう頼んだため、部屋はいくらか散らかったままである。
 しかしテーブル上に、これまでこの家で見たことのない物があった。

 料理である。

 調理され、皿に盛られた料理が二人分、机上に並べられていた。

 柔らかそうな白パン。
 湯気の立つスープ。
 鶏肉と野菜が交ぜられた、ミレーネには名称が分からないが美味しそうな主菜。

「早かったな。まあ座ってくれ」

 室内で立って待っていたギルバートに促され、ミレーネは席に着いた。
 それを受けて、ギルバートも対面のイスに座る。

「あんたの食べ物の好みを聞いていなかったから、今夜は無難なものを作っておいた。食べられない物はないか?」

「平気、です」

 ミレーネがぼうっと料理を見ているので、ギルバートはげんそうに眉をひそめた。

「どうかしたのか?」

「いえ……いただいてもいいですか?」

「俺に許可を求める必要なんてないだろ」

「……いただきます」

 スープを一口すする。
 ほどよい温かさで、寒くなりつつある夕方の野外を歩いて帰ってきた身に染み入る。

「美味しいです、とても。ありがとうございます」

 赤茶色の目が細められ、ふわりと自然な微笑みがミレーネの顔を彩った。
 自信なくおどおどした表情とも、魔術師然とした冷静沈着な表情とも違う、柔らかな笑み。

 ギルバートは照れ臭く感じ、頭をかいた。

「あー、それで、休暇は取れたのか?」

「はい、市長は三日間の休暇を許可してくれました」

「三日か。その三日間を有効活用して、人間が暮らすに相応しい住環境を整えたいところだ。考えてみたんだが、手順はまず――」

 魔法灯が優しい光を投げかけるダイニングルームにて、夕食を共にしながら二人の話し合いは進んでいった。

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