家事力0の女魔術師が口の悪い使用人を雇ったところ、恋をこじらせました

アウトサイダーK

第二話 市長付き魔術師の実力

ぼんやりと露店を見ながら歩いていたミレーネは、大通りからシェーメンの大広場に到達した。
彼女が普段見る大広場は、石畳が綺麗に敷きつめられた街の中心ではあるが、ただただだだっ広いだけだ。


しかしながら今日は、中央に催し物のステージが組まれていた。
ステージ上では露出度が高く、春を思わせる色鮮やかな服を着た踊り子達がなまめかしく踊っている。
ステージの手前では何人もの楽師が楽しげな音楽を演奏している。


周囲にたむろして踊りと音楽を鑑賞している男女の輪に、ミレーネは混じるつもりはなかった。
飲み物を売り歩いている売り子から距離を取りながら、四方へ視線を巡らせる。
特に何も気になるものはないはずなのに、なぜか嫌な予感がした。






ミレーネが歩いてきた大通りとは、大広場を挟んで反対側の通り。
その道沿い、横に広くスペースを陣取っている見世物小屋内で異様な音がしていた。
何かがうめくような音に、道行く人は天幕に隠された中身を不思議に思いながら通り過ぎていく。


金を払った者のみが入場できるテントの中にて、展示物の一つの横でこうぎようの壮年男性が憤っていた。


「おい、どうした。落ち着かんか」


興行師が語りかけている相手はグリフォン。
上半身がわし、下半身がという外見をしているその中型魔獣は、後ろ足だけで立ち上がり、背の翼を広げ、興奮した様子でわめいている。
大きな鎖で足を拘束され、地面に突き立てられている金属製のくさびつながれているために一定距離以上移動できない魔獣。
観客はわずかな恐れを抱きつつも興奮しながらそれをながめていた。
見世物の活発な動きは客を喜ばせてはいる。しかしながら興行師は、グリフォンを少し「落ち着かせる」ことにした。
前も暴れられた挙げ句、テントの柱を一つ折られたことは彼の記憶に新しい。


興行師は長いむちをしならせ、グリフォンの胴体をたたいた。
よく見るとそのグリフォン、体中に傷跡を持っていた。しかも傷のいくつかは塞がりきっていない。そこに新たな傷ができた。


グリフォンの悲痛なうめき声。
観客には喜色を浮かべる者も、眉をひそめる者もいた。


なおも鎖を引っ張り動き回るのを止めないグリフォンに、興行師は鞭をもう一振り。


「グォオオオオオ」


次にグリフォンが上げたのは、痛みにうめく声ではなく怒りの雄叫びだった。


がむしゃらに前方へ突進する。


老朽化していた鎖と楔は魔獣の走力を制しきれなかった。
深く突き刺してあったはずの楔が地面から抜け、グリフォンは鎖を足に絡ませたまま前へ走る。


きようがくのあまり動けなくなっている観客の合間をい、テントの天幕へ突進。


そして、大広場に鎖を引きずった魔獣が現れた。
グリフォン出現場所の近くにいた者が悲鳴を上げる。混乱が大広場中に感染していく。


グリフォンは翼を広げ、羽ばたかせた。
しかしながら、飛ぶためのの大半を宿す風切り羽を切られており、少しも浮き上がることができない。
苛立ち、雄叫びを上げる。


大広場中にとどろいた魔獣の声により、人々が恐慌状態に陥る。
芸事を披露していたパフォーマー達も観客達も我先に逃げだそうとし、人が多すぎるために押しあう。
その様子にさらに興奮したグリフォンは、ステージの方へ石畳の地面を駆けだした。


逃げようとしている最中、人に押され、男が一人転倒した。


使用人の服装をした、黒髪の若い男。


逃げだした人々により空いた空間に彼一人が残される。


グリフォンは彼目がけて真っ直ぐ駆けてくる。
殺される。男はそう思った。


逃げようとするが、転倒した際に左足をくじいてしまったようだ。
立ち上がろうとしたが痛みでバランスを崩してしまう。
狂乱したグリフォンの突進が目の前に――。


「重力。拘束。動作阻害」


静かな声であるのに、悲鳴があふれていた大広場の誰もがその声を聞いた。
使用人姿の男の眼前でグリフォンが突然地に伏せる。
グリフォンは動こうとしているが、まるで上から強い力で押さえつけられているかのように、ぴくりとも動けないでいた。


人々の視線と、グリフォンの吐息を感じられるほど接近されている男の視線が、静かな声の聞こえた方へ向く。
あでやかな踊り子がいなくなったステージの上に、だぼっとした灰色のワンピースを着たミレーネが真っ直ぐ立っていた。
右腕をグリフォンの方に伸ばし、鋭い目線を魔獣に注いでいる。
りんと立つその女が先程押し売りから助け出した者と同一人物であることに気付き、あまりの雰囲気の違いに男は驚いた。
ミレーネはゆっくりと左腕もグリフォンに向ける。


「睡眠。休息。こんすい


再び端的な詠唱。
押さえつけられながら激しく抵抗していたグリフォンの動きが段々と鈍くなっていく。
すぐ側にいる男には、グリフォンの目が眠たげにとろんとしてきたのが分かった。
ミレーネが右手を下げて加重の魔法を解く。
彼女の考え通り、最早グリフォンは押さえつける力がなくなっても動こうとはしなかった。
興奮していたはずの魔獣の目が閉じられ、規則的な寝息を立て始める。


「助かった……のか」


グリフォンに押しつぶされかけていた、使用人姿の男がつぶやいた。
遠巻きに様子を見ていた人々が歓声を上げる。


「諸君、せいしゆくに!」


よく通る威厳ある男の声に、人々は慌てて口をつぐんだ。
ステージ上の人物がいつの間にか二人になっている。


元からいたミレーネはグリフォンを眠らせた後、残ったを総動員して灰色のローブを自分の手中に転送し、素早くまとっていた。
フードにより顔が半ば隠れ、体もほぼ全身が灰色の生地に覆われている。


ミレーネの隣には三十歳くらいの壮年の男。先程よく通る声を発した人物だ。
全身からカリスマ性を発しているその男は、すらりとした美丈夫だ。
ミレーネよりも頭一つ背の高い長身。さらりと流れる金色の長髪。青い目には覇気がこもっている。
色彩と装飾の豊かな服は、豪華さで装着者が権威ある者であることを示していた。


足をくじいたためにまだ立ち上がれずにいる使用人風の男は、ステージ上の男の右手に印章指輪を認めた。シェーメン市長のものだろうと彼は看破した。


「衛兵隊よ、その可哀想な獣を確保してくれ」


号令の下、十名程度の男女がおっかなびっくりグリフォンの方へ進み出る。
体の急所に当たる部分部分のみを防衛している金属よろいを着た男女は、このシェーメンの衛兵達だ。
移動できずにいる使用人姿の男に目を向ける衛兵もいたが、誰も彼に大した興味はなさそうだ。


「グリフォンは魔術による眠りの中にあります」とミレーネが市長に報告する。「二、三時間は熟睡していることを、私の名にかけて誓います」


「流石は我が魔術師殿! 強力無比なその呪文にかかれば、たとえ伝承にうたわれるドラゴンとてきみの前にひざまずくことだろう!」


意気揚々としやべる市長の隣で、ミレーネは堂々と、かつ静かに立っていた。
本当に彼女は、あのおどおどしていた女と同じ者なのか、使用人姿の男はいぶかしんだ。


「それから、このグリフォンを所持していた者の話を聞きたい。確か、そこにある見世物小屋がグリフォンを展示すると申請を出していたか。
衛兵諸君、その小屋の責任者を市庁舎へ連れてきてくれ」


市長の命令一下、人混みの中で別の衛兵グループが動き、見世物小屋のテントの方へ歩を進める。
興行師は慌てて逃げだしたが、日々鍛えている衛兵から逃げ切れるわけもなく、あえなく拘束された。


「一時間後には大広場に元の活気を戻すことを、シェーメン市長の誇りにかけて誓おう。諸君、祈豊祭を楽しんでくれ」


万雷の拍手が人々から沸き起こった。


うるささに顔をしかめながら、使用人の服装をした男は、衛兵達に前足を持たれ引きずられていくグリフォンを見送る。
この騒音の中でも眠ったままの魔獣を見れば、ミレーネの魔法の強大さは自ずと理解できた。


その魔法の使い手の方へ、彼は何となく目線を向ける。
ミレーネもちょうど彼を見ており、目と目が合った。

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